うさぎのクー

わたしの名前はクー。
うさぎのぬいぐるみなの。
私を作ったおじいさんは、町でとても評判の人。
だからわたしの仲間は、たくさんの子供たちの元にもらわれて行くの。
わたしたちは、おじいさんのお店のショーケースに飾られていて、子供たちが、それはそれはキラキラした目でわたしたちを見るのよ。
「ママー!これ欲しい!これ買って!」
そう言って赤いコートを来た女の子が差したのは、私の隣に座っていた、くまのぬいぐるみのテリー。
「バイバイ、クー!」
テリーが私に手を振ったの。
わたしも、ちょん、て振り返したわ。
テリーを抱いた女の子は、嬉しそうにママと手をつないでお店を出て行っちゃった。
かと思うと、今度はわたしの前に座っていた、アヒルのぬいぐるみのキキが、男の子に抱っこされたの。
「やったー!キキのばんだ!」
キキはわたしに笑顔で別れを言うと、プレゼント用に綺麗に包まれて行っちゃった。

そうやってみんな、どんどんもらわれて行くの。
でも、わたしだけはいつも取り残されるの。
だからまた、わたしのまわりには新しい仲間がやって来る。「初めまして。」「いつからここにいるの?」そんな会話を何度交わしたことかしら。
そうやって会話をした新しい仲間も、みんなもらわれて行って、また私だけが取り残されるの。

どうしてなのかしら。
私だって、おじいさんが一生懸命心を込めて作ってくれたぬいぐるみよ。
みんなと同じなのに、私だけがもらわれないの。選ばれないの。
わたしはテリーの次に新しく隣にきた、猫のぬいぐるみのキャンディーを見てみたの。
ピンクのリボンがとてもよくお似合いの、白くてちっちゃくてふわふわしているキャンディーは、目をキラキラさせて、いつ自分がもらわれるのかを楽しみにしているような顔で、ちょこんと座っていてね。
そんなキャンディーに、わたしは聞いてみたの。「ねぇ、あなた。あなた、自分のこと、好き?」
急に聞かれたものだから、キャンディーは目をくりっとさせて、わたしを見たわ。
そしてにっこり笑って「ええ、とっても!」って言ったの。
とっても楽しそうだったから、私、ちょっといじわるがしたくなっちゃった。
「そう。でも、あなたがあなたを好きでも、誰もあなたを好きになってくれる人がいなくて、ずぅっとここに座っていることになるかもしれないわ。」
キャンディーはまた目をくりっとさせて、じぃっとわたしを見たの。それからこう言ったわ。
「どうしてそう思うの?」ですって!

どうして?どうしてなんて考えたことないわ。
キャンディーこそ、どうしてわたしにそんなこと聞いたのかしら。
それでわたしが黙っていると、キャンディーはまた、さっきみたいに座って、目をキラキラさせたのよ。
それから少ししてキャンディーは、キャンディーと同じまっ白いコートを着た女の子にもらわれて行っちゃった。
最後に見たキャンディーの目も、とってもキラキラしていて。
どうしてキャンディーはあんなにキラキラした目ができるのかしら。
わたしには、わたしにはできそうにない目を。
どうしてわたし、キャンディーにあんなこと聞いたのかしら。

それからまた、仲間たちがもらわれていくのをただ見送るだけの毎日が過ぎて。
最初は真ん中に飾られてたわたしだけど、今じゃすみっこの目立たないとこにちょこんと座ってる。
おじいさん、きっと、わたしのこと忘れちゃったのね。
わたし、一生ここにいるのかしら。
誰にももらわれないで、一生ひとりでここで過ごすのかしら。
わたしだって、誰かの温もりに触れてみたいのよ。
夜、寝る時に、可愛い子供の隣に寄り添ってみたいのよ。
おじいさんが言ってたわ。ぬいぐるみは子供たちから温もりをもらうんだって。

温もりって、いったいどんなものなのかしら。
おじいさんの言葉がとても気になって・・・。

・・・ああ・・・。
そう、そうね、そうだったわ。思い出したわ。
おじいさんが言ったこと、もうひとつ、あったの。
わたしを作った時、おじいさん。

“ああ、この子はちょっと、失敗したかなぁ。”

確かにおじいさんはそう言ったんだったわ。
だからなのね。だからわたし、誰にももらわれないのね。
ああ。
だから、わたし、キャンディーみたいにキラキラした目ができなかったんだわ。
だから、わたし、キャンディーみたいになりたくて、あんなこと聞いたんだわ。
そう考えたら、わたし、とても悲しくなってきちゃった。
わたしなんか、作られなければよかったのね。

わたし、泣いてるのよ、今。
ぬいぐるみだからわからないだろうけど、わたしの心は今、ぽろぽろ大きな涙を流しているのよ。
だけど誰も気づいてくれない。

失敗したわたしなんか、誰も見てもくれないもの。

おじいさん、わたしを思い出して。
わたしを、捨ててちょうだい。
誰もわたしを覚えていないのに、神様、どうしてわたしはここにいるの?
今すぐ、消えてしまいたい気分。

わたしのことを心配して、まわりにいた子たちが話しかけてくれたけど、そんなことされたらよけい悲しくなっちゃう。
どうせあなたたちもわたしより先に行ってしまうんですもの。

わたしのことはおかまいなく!

それからわたし、誰とも喋らなくなったの。
誰が隣にやって来ても見ることはないし、話もしなくなったわ。
こんなわたし、何の価値もないもの。
早く時だけが過ぎればいいのに。
そんなことを思って、わたしは毎日を過ごしたの。
そんなこと思ったって、わたしの目がキラキラするはずないのはわかっていたのに。でもね、どう頑張っても、わたしはキャンディーや他の子みたいに、なれないの。

だってわたしは、失敗作なんだもの。

それから、どれくらい経ったかしら。
たくさんの季節をまたいだの。
お店にやって来るお客さんが、もうコートを着なくなったていたから、今は春かしら。
相変わらずわたしはショーケースの隅っこで丸くなっていたの。
もう誰からも話しかけられることはなくなったわ。
今日もお店はたくさんの仲間と子供たちでいっぱいなのに、わたしはひとりぼっち。
悲しいとか、寂しいなんて気持ちもどっかに行っちゃった。
わたしはずっと、最後までこうしているの。大丈夫、もう慣れたもの。
今だって相変わらず、仲間たちがもらわれて行くのを見送るわたし。

「ママ、私、これがいい。」
わたしにはもう関係ないことだけど、できるならなにも聞こえなくなればいいのにね。
そんなことを考えていたら。

ふわっとしたの。

わたしの体が。

えっ、て思う間に、わたしは温かい腕に包まれたのよ。
なにが起こったのか、全くわからなかったわ。
「あら、でもこの子、古いみたいだし、ちょっと変じゃない?ほら、こっちの方が可愛いわよ。」
ママかしら。
ほら、やっぱりわたしは選ばれる存在じゃないんだわ。
大丈夫よ、慣れっこだもの。

「ううん、これがいい。」
そう言ったわたしを抱いた腕は、ぎゅってわたしを、また温かく包んでくれたの。

ああ・・・。
なんて・・・なんて温かいのかしら。
これが温もりってものなのかしら。
だとしたら・・・。

どうしてかしら。涙が出そうになるの。心の中でまた、ぽたぽたって。
わたしは思い切って、見てみたの。
わたしの瞳に映った、その顔を。

そしたら。
お花模様のピンクのワンピースを着た、髪の毛をふたつに結んだとても可愛い女の子の、見たこともない笑顔が飛び込んで来たの。
そうやってわたしが温もりに包まれていると、おじいさんがやって来て。
おじいさん、おや、クーか、ってわたしの名前を呼んで眼鏡を触ると、わたしをまじまじと見たわ。
それからわたしを抱き上げて、女の子に向かって、こう言ったの。
「お嬢ちゃん。この子は、ちょっと失敗してしまったぬいぐるみなんじゃ。」

ええ、わかっていたことなの。
おじいさんがそう言うって。
だから平気だと思っていたのに、わたしの閉ざされていた心の氷がとけてしまったの。
忘れていた、悲しいって気持ちが溢れてしまったのよ。この女の子の温もりで。
ああまたわたし、あの悲しい、辛い気持ちにおそわれるのね。
おじいさん、今度はわたしを捨ててしまうでしょうね。
でもわたしね、嬉しかった。
温もりと言うものを知ることが出来たんですもの。

さようなら。わたしを救ってくれた、小さな光。

「失敗なの?どこが?でも私、これがいい!」

その言葉は予想出来なくて。
またわたしは、温かい腕の中に戻ったの。
神様、奇跡って、こう言うことを言うのかしら。
わたしは自分のことを、存在していても意味のない、失敗作だと思っていたの。
そんなわたしを、いいって言ってくれる人が現れた。
失敗作じゃないって言ってくれる人が。
おじいさんはとても優しそうに笑って、こう言ったわ。


「おお・・・そうか。クー、すまんのう。
お前は失敗なんかじゃなかったわい。
ありがとう。お嬢ちゃんに教えてもらったな。」


それからわたしは。

女の子の隣で、毎晩一緒。

わたしね、わたしのこと大嫌いで、消えてしまいたかったんだけど。

今は、好きになれそう。

この子のおかげなの。
こんなわたしを好きと言ってくれた、隣で寝ている天使の。

ずっと知りたかった、温もりを教えてくれた。


わたしの名前はクー。
大好きな人に温もりを与える、キラキラした目の、可愛い可愛い、うさぎのぬいぐるみ!




おしまい

うさぎのクー

うさぎのクー

良かったね!クーちゃん!

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-30

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