ハーミー

やまたか

ハーミーは、手の平に乗るくらいのちっちゃな妖精です。本当の名前は、『ハーミッシュ』と言って、
とても大切な仕事をしています。
ハーミーを作ったのは、月の女神さまです。
月から人間たちの様子を見ていた女神さまは、自分の金色に輝く美しい髪の毛をそっと手に取り、
魔法をかけてハーミーを作りました。
そして、「ハーミー、出番ですよ。」と優しく声をかけて、ハーミーを人間の元へと送り出しました。
ハーミーはたんぽぽの綿毛につかまってふわふわとお月さまを横切り、長い旅へと出発します。
ハーミーの仕事の始まりです。
ハーミーが向かった先は、ひとりのおじいさんの元でした。おじいさんはとても元気のない顔をして、開け放った窓から夜空に浮かぶお月さまを眺めています。
ハーミーはそのおじいさんの横にそっと降り立つと、窓辺に腰かけました。おじいさんはハーミーには気づきません。しばらく月を眺めていたおじいさんは、やがてはぁと大きなため息を吐くと、窓を閉めようとしました。
その時やっと、自分の横に座っているハーミーに気がついたのです。
「おやっ。」
ハーミーを見ると、おじいさんはおどろきました。
赤い帽子に、黄色いぼたんの赤い服。茶色い長い髪の、手の平に乗るくらいの小さな女の子が、
にこにこと笑って自分のすぐそばに座っていたのです。
「これは驚いた…!まるで小人のようだね。おまえさんは、いったい誰なんだい?」
おじいさんは優しい瞳でハーミーを見つめると聞きました。
「ハーミー。」
ハーミーは前髪を風にさらさら揺らしながら、にこにこ笑顔のままで答えました。
「ハーミー…と、言うのかい、おまえさんの名前かい?」
けれどもその後は、おじいさんになにを聞かれても、ハーミーはただ微笑んでいるだけで、
なにも答えることはありませんでした。
そうやって、ハーミーがただ静かに微笑んでいるだけなので、おじいさんはハーミーに色々と語りかけました。
「おまえさんは、幻かな?それともこの老いぼれの心を癒すために、天が使わせてくれた、天使なのかもなぁ?…おまえさんのその穏やかな微笑みを見ていると、不思議だなぁ、なぜだか心がとても安らいでいくよ。」
ハーミーの微笑みにつられて、最初は元気のなかったおじいさんの顔が、わずかながら穏やかな顔に
変わりました。
「…ハーミーや、もしお前さんが天からの贈り物であるならば…、この年寄りの話に耳を傾けてくれるかな。…私はこう見えて、ひとつの会社を束ねる社長でね、…昔からの夢だった。社長になって、
たくさん稼いで、家族と幸せに暮らす。その夢が叶った時は、それはそれは嬉しかった。
…だけどなぁ、最近はちっとも、私の心は満たされんのだよ。仕事、仕事で、家族のことはそっちのけになってしまって…、いつからか、子どもたちと関わることも少なくなった。…いったい私は、なんのために社長になりたかったのか…。これが本当に私の望んだことだったのか…。」
おじいさんはそこまで言うと、しばらく黙りこみました。そうして月を見上げると、再び話を始めました。
「…どうもそれは違ったようだ…。裕福になることが幸せになることではなかった。金があれば、家族を幸せにできると思っていた。しかしそれよりも今は、家族との繋がりを、再び取り戻したい…、
そんな想いでいっぱいなんだよ…。」
おじいさんは目をうるませながら話しました。
「…だが、私ももうこんなに歳だ。気づいたのが遅かったなぁ…。私はこのままひとりきりで余生を過ごしていくのかもしれない…、そう思うとね、悲しくて、なにもやる気が起きんのだよ…。」
うるんだおじいさんの目からは、次第にキラキラ光る雫がこぼれ落ちました。ハーミーはそんな
おじいさんの様子を、窓辺に座って相変わらずただニコニコと聞いています。
「…はは、すまないねハーミー。年寄りのこんな戯言を聞いてもらってな…。」
おじいさんは手の平で涙を拭うと、顔を赤らめてはにかみました。
「誰かに、こんなに自分の本当の気持ちを聞いてもらったのはしばらくだよ。
なんだか心がすっきりしたなぁ…。ありがとうな、ハーミー。」
おじいさんはそう言うと、ハーミーに少し待っておいでと言ってその場をはなれました。
しばらくして戻って来たおじいさんの手には、チョコレートが握りしめてありました。
「私の話を聞いてくれたお礼だよ、受け取っておくれ。ありがとうハーミー。」
ハーミーはおじいさんの手からチョコレートを受け取ると、その小さなからだでぎゅっと握りしめました。そうしてふわりと宙に浮かぶと、また、たんぽぽの綿毛につかまってゆっくりと空へ舞いあがり、
やがて見えなくなりました。

そしてその日からハーミーは、たんぽぽの綿毛につかまってふわふわと浮かびながら、
毎晩おじいさんの元へ現れました。
「おお、ハーミー!今夜も来てくれたのかい!昨日のお前さんとのことは夢じゃないかと思っていたが…、そうではなかったみたいだね、ハーミー。嬉しいよ、今夜も会えて。」
ハーミーはまた、窓辺に座ってニコニコしながらおじいさんの顔を見つめました。
おじいさんはご機嫌にハーミーに話しかけます。
「昨日は久しぶりにぐっすり眠ることができたんだよ。お前さんに話を聞いてもらったおかげだね、
ほんとうにどうもありがとう。」
そしておじいさんは、今日もハーミーに色々な話を始めました。子どもの頃の夢、娘と息子の自慢話、孫がどれだけ可愛いか、奥さんとの思い出話…。
どれもとても素敵な話でした。話をしている時のおじいさんは、それはそれは嬉しそうに笑うのでした。そして時間が来ると、ハーミーはまたふわりと浮かんで、おじいさんの元からお月さまのところへと帰るのでした。
おじいさんはハーミーが来てくれるのが待ち遠しくてなりませんでした。そしてハーミーと話しをしているうちに、おじいさんはだんだんと見ないようにしていた自分の気持ちに気づいて行くのがわかりました。
ある、晩のことです。おじいさんはハーミーのそばでささやくように言いました。
「…なぁ、ハーミー。わたしはもう一度、妻と子供たちに連絡を取ってみようと思う。…そりゃあ、
最初からそううまく行くとは思わんよ。わたしだって散々なことをしていたのだからね。…だけどわたしのほんとうの願いのために、やるだけやってみようと思うんだ。やっぱりわたしは、家族のことがなによりも大切なんだよ。」
おじいさんはそう言うと、ニコリと笑いました。ハーミーもいつもの笑顔でニコニコと笑うと、
おじいさんからチョコレートを受け取り、ふわりと空へ舞いあがりました。おじいさんは、ハーミーに大きく手をふりました。
「ハーミー、私の本当の気持ちに気づかせてくれて、向き合わせてくれて本当にありがとう!本当に、お前さんのお陰だよ。ありがとう…!」
おじいさんはハーミーに何度も何度も、お礼を言いました。ハーミーはおじいさんの言葉を受けて、
ニコニコと空へと飛んで行き、やがて見えなくなりました。

それから月日が経つと、おじいさんの家から、今まで聞こえて来ることのなかった明るい笑い声が聞こえて来るようになりました。窓から、家族に囲まれて幸せそうに笑うおじいさんの顔が見えます。
おじいさんは社長と言う立場を他の人に譲り、家族と過ごす時間を選んだのです。
月夜の晩、おじいさんは空を見上げると、必ずハーミーのことを思い出し、月に向かってウインクをするのです。すると、ハーミーにあげた甘いチョコレートの香りがただよう気がしました。
「ハーミー、出番ですよ。」
今夜もあのかわいい笑顔のハーミーが、月の女神さまの呼びかけで、新たにだれかの元へと旅立つのでした。

ハーミー

ハーミー

ハーミーは、人間たちにとってとても大切な仕事をしています。 人間にとって本当に大切なことを、ハーミーは教えてくれるのです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-17

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