ふたりの絆(24)

徳島と赤いカバン

10月に群馬でアカリとの再会を果たした。

しかし、そこで思いもよらぬ許婚の話を聞かされた。

岐阜へ帰ってきてからも、モヤモヤした気持ちが取れない日々が続いたある日、

ヒカルは思いきった行動に出た。

「アカリ、徳島まで遊びに行ってもいいかい?」

アカリにメールをしたのだ。

「大歓迎だよ!気をつけてきてね。」

何も考えていないアカリの返事であった。

アカリは12月中は実家にいる。

アカリと相談した結果、12月上旬の土曜日と日曜日の2日間を使っていくことにした。

徳島には一度も出かけたことがないヒカルである。

念入りに道の下調べを済ませると、いつかその時がきたら渡そうと買って置いた赤いカバンを、

忘れずに車のトランクに積んだ。

そして約束の日、まだ暗い岐阜を星空に見送られながら出発した。

大垣インターから高速に入り、名神・神戸淡路線・高松道を経て、徳島に入ったのが午前6時頃であった。

アカリとの待ち合わせ時間は8時である。

少し寝るかな・・・ヒカルは仮眠を取るために、コンビニの駐車場に車を止めた。

さすがに12月である・・・極寒だ。

寝たような、寝なかったような感じで時間は過ぎていった。

約束の時間の少し前にアカリの実家に着いた。

(誰かアカリの隣に見慣れない女性が立っているな。ひょっとして、あれは・・・。)

ヒカルは慌てて車を降りると、その女性に向かって頭を下げた。

「はじめまして、いつもアカリさんにはお世話になっています。」

そう、アカリのお母さんだったのです。

「まあ、こんな遅くまで来てくださってすみませんね。」

気さくな感じの母親であった。

2人のおかしな会話を笑いながら見ているアカリである。

「アカリさんをお借りしていきます。」

ヒカルはそういうと、アカリを車に乗せて出掛けた。

「びっくりしたよ、まさかお母さんが居るとは。」

「ごめんね、私はいいからって言ったんだけど・・・。」

アカリは申し訳なさそうに謝った。

「こんな所まで来る男の顔がみたいからって言って聞かなかったの。」

「まあ、こんな男の顔が見れたから満足したと思うよ。今度、お母さんの感想教えてくれよな。」

ヒカルは、笑いながらアカリに話したのだ。

2人は近くのマクドナルドに入った。

その後のお互いの近況を報告しあった。

アカリは、いよいよ来年の4月から声優を目指して専門学校に通う予定である。

「来年はアカリも忙しくなるから、思うように会えなくなるな。」

この時点ではまだ何も問題は起きていなかったので、自分の思うことを話していた。

ヒカルはここで自費製作した本を取り出してアカリに渡した。

お互いの想いをタイトルに付けた本である。

「嘘、本当に作ったんだ。」

「アカリの為に書いた本だからね。」

ヒカルは、本の製作をするまでの苦労を話した。

「ありがとう、私の宝物にするね。」

アカリに喜んでもらえることが1番嬉しかった。

実は、この本に関しては後日談がある。

それはまたのお楽しみにしておきましょう。

朝食を終えた2人はアカリの案内で、市内観光をして廻った。

なかなか本来の目的の話ができない。

そんな中、山の中の公園に着いた2人は、遊歩道を手を繋いで散歩した。

ヒカルは心を鬼にして切り出したのである。

「アカリ、許婚のことなんだけど。」

楽しそうにしているアカリの顔が一瞬曇ったのを見逃さないヒカルだった。

「その後、どこまで話が進んでいるんだい。」

アカリは重い口を開いた。

「まだ、会ったことはなくて、年末にお母さんと2人で、大阪に会いに行く予定なの。」

淡々と話すアカリの様子に、段々腹が立ってきた。

「連絡は取っているんだろう。」

「ときどき・・・。」

ヒカルはさらに深く切り込んだ。

「アカリは来年の4月から大阪だったよね。大阪でどうするつもりなんだい。」

黙っているアカリである。

(何を意地になって聞いているんだろう。)

馬鹿な自分を反省している。

「言いたくなければ言うなよ。」

「・・・たぶん、許婚の人の家に同居させて貰うと思う。」

男と女が一つ屋根の下に住むことが、何を意味しているかは誰にでも判ることである。

ヒカルにとって1番心配していたことだった。

「もういいよ、判ったから。」

半分妬け気味に言うヒカル。

たぶん、世の男性人ならこの時のヒカルの心情を理解していただけるのではないだろうか。

反対に、女性人の方々からはなんて人なのと、反感を買うかもしれません。

アカリはそんなヒカルに向かって涙目で聞いてきたのである。

「私たちの仲はこれで終わりなの?」

ヒカルはしばらく目を閉じた。

自分の心に正直になろう・・・そう決めたのだ。

「馬鹿、アカリと僕はもっと深い絆で繋がっているんだろ!こんなことぐらいで切れないから。」

アカリにどんな人がいても、アカリが好きな気持ちは変わらない。

「そうだよね、私たちの絆は深いもんね。」

なぜか、安心したアカリの表情であった。

ヒカルは、許婚の話はここまでと決めた。

せっかく徳島に来たんだから、アカリと楽しもうと思った。

「アカリ、徳島ラーメンが食べたいな。」

「いいよ!食べに行こう。」

市内の有名店はどこも混んでいた。

名もない小さな店に入った2人である。

どこで食べても徳島ラーメンに違いはない。

「アカリと食べるラーメンは、やっぱり美味しいな。」

「当たり前でしょ。」

得意そうに言うアカリ。

その後、アカリの案内で河川敷の公園に来た2人だ。

公園といっても、ブランコとか鉄棒がある訳でもなく、大きな木と古びた木製のベンチがあるだけの公園だ。

「ここは私が小さい頃よく遊んだ公園なの。いつも1人で木に登ったりして、暗くなるまで遊んでいたの。」

アカリは小さい頃から変わった子だったようだ。

アカリとヒカルは交互に記念写真を取り合った。

最後はツーショット、お互いの頬を付けて、ピースサインする2人。

誰が見ても、仲の良いカップルに見えるだろう。

「アカリ、そのベンチに座っていてよ。」

ヒカルは、そういうと車に戻った。

トランクの中から大きな紙袋を出すと、それを持って急いでアカリの所に戻ってきた。

「はい、これアカリにプレゼント。」

アカリは袋の口を開けて中の物を取り出した。

「嘘、これ私に?何で私の好みが判るの?素敵。」

大喜びするアカリだった。

「アカリの好みは全部知っているよ。」

偉そうに言ってみる。ヒカルは言葉を続けた。

「この赤いカバンはアカリの夢を詰めるカバンだからね。たくさん詰め込んで、パンパンにしてくれよな。」

「わかった、たくさん詰め込んでいくね。」

アカリは両腕でカバンを抱きかかえて答えてくれた。

「アカリ、そのままで目を閉じていてくれないかな。」

ヒカルはアカリにお願いした。

アカリが目を閉じたところをヒカルは無言でハグをした。

何も言葉は語らないヒカルである。

アカリもヒカルの心を感じてくれたと思う。

時間にしたら数十秒位であろう。

「ヒカル・・・苦しいよ?」

「ごめん。」

謝るヒカルに、苦笑いするアカリだった。

徳島での最後のデートは、母親を交えて3人での夕食だった。

アカリの実家の近くにある焼き鳥屋である。

「この子の小さい時は・・・・・・・・・・(省略)。面倒見るのも大変でしょう。」

「そんな子だったんですね。そんなことないですよ、お母さん。」

母親とヒカルの会話である。

「何2人だけで盛り上がってんの。」

仲間はずれにされたアカリが怒っていた。

ヒカルは特異な性格の持ち主であった。

相手の年齢に関係なく、どんな人ともすぐに仲良くなれるのだ。

「お母さんとこんなに話す人は、ヒカルが初めてよ。」

アカリも感心していたほどだ。

別れの時間が来て、母親に挨拶をしたヒカルは右手を差し出した。

「また、連絡くれよな。」

「必ずまた会おう。」

そういいながら、握手をしたアカリ。

岐阜に無事に帰って来たヒカルはメールを入れた。

「無事に帰ってきました。お母さんにも宜しくお伝えください。」

アカリからの返事がきた。

「よかった、運転お疲れ様。母親もヒカルのことが気に入ったと言ってたよ。また、会おうね。」

ヒカルにとっては、酷な内容であった。

これを境に、ヒカルはアカリと会うことを止めた。

ヒカルにとって、許婚の存在は心が折れるほど大きな問題であったのだ。

                            →「危機一発(徳島編)」をお楽しみに。  1/17更新

                            ホタル:まさか、お母さんとご対面しちゃうとは・・・驚きました。
                                 でもさすがヒカルですね。すぐにアカリのお母さんと
                                 仲良くなってしまうのですから(笑)。
                                 ですが、ヒカルにとって許婚の存在はかなり痛いと思います。

                              -23-

ふたりの絆(24)

ふたりの絆(24)

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-17

CC BY-NC-ND
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