僕の好きになった人はいつも戦場で泣いていた

朝の八時に家を出て歩道を歩いていると、向こうから手を繋いだ高校生のカップルが幸せそうな笑顔で僕の顔を見つめた。自分達の心の内にある温かなともし火を僕の内にもそっと、静かに、まるで子猫をいたわるような感じで、とても親切に自然と差し出されてしまった。僕は動揺なんかしなかった。いや、それは嘘になる。瞳を閉じて視神経から入ったそのカップルの残像が脳みその、とても繊細で敏感な部分とでもいうか、涙腺から涙が出てきそうな、そんな所を刺激してしまって、僕は立ち止まって思わず泣き笑いしそうになった。今日一日の中で、素晴らしいスタートをはじめたように感じた。なんだか歩道のアスファルト路面を数センチ浮いた感じで歩いているような気分だ。僕は高校生カップルのその笑顔に影響されて自分も微かな笑みを浮かべていることに気づいて、とても爽やか気分で街の風景を眺めていた。一軒家やマンション、アパートなど、沢山の建物の中を透して人々が生活している様子を見つめることができるようだった。食卓を囲んで家族で食事をしている姿が自然に把握することが容易で僕にも簡単に言ってしまえば超能力みたいなものがあるのかな?と思ってしまった。
駅前のマクドナルドでサラリーマンたちの後ろに並んで待っていると女性の店員が注文を取る為に僕のところにやってきた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「ハンバーガーとポテトのМサイズ、それとジンジャーエールのМ」僕は彼女の自然な笑顔がいったいどこから醸しだされたのか不思議に思って、その店員に質問してみてた。
「お仕事中にすいません。あなたのその笑顔はどこからきたのですか?」
「えっ?そうですね‥何処からなんだろう?たぶん両親の影響が表れているんだろうと思います。とてもしつけに厳しい親でしたから。でも、愛情深くて、いつも頬っぺたや、おでこにキスをしてくれました。おもいっきり抱きしめてくれたり、温かい言葉でわたしを励ましてくれたりもしてくれています」
「そうなんですか。なんだかとても羨(うらや)ましいです。僕なんか、表面上は温かい言葉のようでも、ただ頭ごなしに言われることがあって、落胆することが多いんですよ」
僕は店員の胸のネームプレートを見た。ローマ字でnoguti、と書かれていた。
「あの、良かったらお友達になってくれませんか?突然ですいません。野口さんの心の中にある素敵な沢山の素材を僕にも分けてもらえませんか?僕は人間として成長したいのです。僕が野口さんに差し上げるものがあるかどうかはわかりません。でも、きっと自慢するわけではないけど、まだ17歳で人生経験が浅くても、僕の心の中には野口さんの心を揺さぶることのできる言葉があると思うんです」
「ええ、わかりました。メールアドレスを教えましょうか?」
野口さんはポストイットにメールアドレスを書いて僕に手渡した。それを制服のポケットに大事にしまうと、注文したハンバーガーと飲み物が出来上がって僕は店の中の席に座って食べ始めた。野口さんはお客さんにとても素敵な笑顔を浮かべて接客をしている。多分何千回見ても飽きない笑顔だ。おそらく僕の脳裏には半永久的に焼き付いてしまうことだろう。野口さんのことをもっと知りたいと思った。多分年齢は25歳くらいだろう。すると僕より8歳は年上ということになる。憶測では。大人の女性は年上か同年齢の人を好きになるだろう。僕のような年下の人間を好きになることはあるのだろうか?でもメールアドレスを教えてくれたからには、少しは興味をもってくれているのだろう。僕には学校での親友と呼べる人はいないから、野口さんとの出会いはとても劇的な人生での重要な転換点となるはずだ。僕の今まで生きてきた中でこんなにも心をときめかせたことは無かったのではないだろうか。今食べているハンバーガーを噛みしめながらビーフ本来の味、鉄分の残った味覚がとても美味しく感じられた。
食事を終えて店から出て、駅のホームに立ちながら電車を待っていると何人かのサラリーマンが先ほどのマクドナルドで食事をしていた人達だということに気づいた。僕はいつも彼らの姿がまるでマネキンのような、なんの個性も人格も無い人たちだと思っていたけど、彼らは僕と同じように人を愛し、愛されていて、妻や恋人と抱擁を交わして、きっと人の温もりを体に感じて、あまりにもその肉体がもっている存在感というか物体の与えるエネルキーに感動をして涙を流しているのかもしれない。僕はなんだかそのサラリーマンたちに触れたくなってきた。いや、それだけでは無い。抱きしめてあげたくなってきたし、抱きしめられたくもなってきた。それで電車がホームに着いて乗客が降りてから、僕はマックにいたサラリーマンと一緒に電車に乗った。車内は満員でぎゅうぎゅう詰めだったが、そのサラリーマンの男性と体を接していて心の中が熱くなり、頭がじーん、とまるで恋をしたときのように、ときめいていた。ありがとう、サラリーマンのおじさん。僕は今日一日、生きていけるような気がしました。
電車を降りて十分ほど歩くと僕が通っている高校がある。男女共学の高校で偏差値は55くらいでけっこう可愛い女子が沢山いることで有名なのだ。何故だか知らないけど女子高マニアのカメラ小僧たちがその女子生徒の制服が可愛いということを聞き及んで噂ではネットのサイトではうちの高校の女生徒の画像がアップされているという。でも僕は彼女には興味が無い。だってまるで、ちいちゃな女の子なんだもの。僕が理想としている女性は相手の人に対して全ての背景を理解してその人を受けとめてくれる女性なんだ。微笑んでひっそりと

僕の好きになった人はいつも戦場で泣いていた

僕の好きになった人はいつも戦場で泣いていた

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-16

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