ぼくらの奇譚集 1、双葉さんの話
不思議な話を集めることになった。
はづみと話しているときだ。
奇譚集がほしいといいだした。
不思議な話、幻想的な話。
それを「奇譚」というらしい。
「都市伝説の本とか、幻想小説とか、買えばいいだろ?」
「そういうのは、あらかた読んだんだ。なんか……ちがうんだよな。なんかさ」
はづみはつまらなそうにしていた。
やがて天啓をえたようだ。
「……そうか。なかったら、作ればいいんだ」
大学をでてから、彼とばかりつるんでいる。
介護用品の会社で、慣れない営業をして、まいにち疲れていた。
行きづまっていると、先輩がアドバイスをくれた。
「行きつけのバーでもつくれば? 精神的に弱いやつに、酒はかかせないよ。いや、お前のこと悪く言ってるんじゃなくて。まわりのやつらを見ても、そういう傾向があるんだ。ストレス吐き出せる場所みつけろよ」
そして店を渡りあるいた。
いちばん気に入ったバーで、はづみと出会ったのだ。
彼は同い年だ。デザイン会社に勤めている。
女性的な顔だちで、繊細そうに眼や口角を動かす。
おびえているみたいで、だから表情が変わるとき、あやうい感じがする。まぶたがときどきひきつりのように動くと、神経質さがむき出しになる。
もっと自信ありげにふるまえば、モテそうなのにな。
それが彼の第一印象だ。
僕らはすぐに仲良くなった。
煙草をふかしながら、彼がつぶやいた。
「現実にあるけど、ちょっと幻想的な話。そういうのがいいな」
灰皿に、長い吸いがらが5、6本。
芸大出のデザイナーなのに、どうしてこうイラチなんだ。
「怖い話じゃないやつ」
「ホラーじゃないのか。難しいな」
彼はうなずいた。「何かない?」
「期待してるのに合うかどうかわかんないけど。まぁ、あるよ」
思いかえすと、まわりには変な人がいたものだ。
記憶をたどり、不思議な話をほりおこす。
それがこれから話す話だ。
全貌を話すまで、はづみは煙草をすっていた。灰皿は何度かとりかえられた。
*
双葉さんの話
大学のとき、先輩に、双葉さんという人がいた。ソーバさん、ソバさんとよばれていた。
蕎麦がすきなのかと思っていたが、苗字だった。
手足がながく、猫背で、やせている。和蕎麦が似合う。焼きそばは食べそうになかった。ソースのような濃いものは、消化しそうにない。
黒ぶちめがねをかけていて、髪も漆黒。やさしい性格を反映した猫っ毛だった。
友だちが落語研究会に入ったため、僕もいくようになった。
そこで知りあったのだ。
双葉さんは落語を愛していて、いつも部室にいた。
ふだんは寡黙なのに、高座では人がかわったように話した。何かにとりつかれたみたいに。
彼は固形物より、アルコールを摂取する。酔ってもまったく変わらない。宴席でみんなが倒れたりして、様態がかわっていくなか、面白そうにそれを眺めていた。
僕は彼のそういう風情がすきだった。彼もなぜか、僕を気にいってくれた。
「トーマくん、銭湯いかない?」
二回生の秋。
夕暮れに、そうさそわれた。
銭湯か。少しずつ、肌寒くなってきた季節だ。銭湯と秋。どっちも双葉さんににあう。
「銭湯好きなんすか?」
「回数券もらったんだ。彼女に、誕生日にさ」
わざわざ財布から出してみせてくる。7枚つづり。「彼女」という単語より、「誕生日」のほうがおかしかった。そうだよな、双葉さんにも誕生日はあるんだ。
「彼女いたんすね」
「うん」
にっと笑った。
長い首、横に大きな口、糸のような目。高い背、うすい胴……。細長い線で構成された人だ。口をとじて笑うとグッとしわが広がるし、口をあけて笑うと壊れたパペットみたいにぱかっと空間が広がった。
湯船のなか、好奇心のままに、ききたいことを訊いた。
「双葉さんって、新興宗教の教祖のバイトしてたって噂あるんすけど。本当ですか?」
彼は噴きだした。「そんな噂あるの?」
「ほかにもありますよ。親が京都の由緒ある占い師だとか、霊能力があるとか、落語にとりつかれてるのは悪魔のしわざだとか、双葉さんに触られると性欲が爆発するとか……」
「よし、触ってやろう」
エイリアンのような指。
「やめてください、僕、彼女いないんすよ」
「あわれだなぁ」
ふたりで笑ったが、彼はすぐ笑いやめた。
「でも、どの噂もいい線いってるか。つなげて話してみよう」
*
自分でも他人事みたいなんだけど、子どもの頃、ものを食べなかった。
もともと小食だったんだ。でも10歳くらいのときから、まったく食べなくなった。
飲み物しかうけつけない。母親にむりやり食べさせられても、吐いてしまう。
病院で点滴してもらったり、心療内科・精神科に行ったりしても進展しない。飲む栄養剤ばかり飲まされたよ。でも原因がわからないんだ。どんどんやせていった。
あるとき、母方の祖母から電話があった。俺をつれてこいとのことだ。
祖母は占い師。母の家系には代々その血があり、時々ぽっとすごい能力者がうまれる。祖母がまさにそう。母は、まったく顕現しなかった。
祖母は長い間、じっと俺をみていた。
「……大丈夫だよ。この子は生きる。でもお前はこの子に注意しなさい。転機がないと、人生が不幸になる。いい転機が訪れるように祈りなさい。親として愛情をそそぐことはもちろん大事だが、本当は、祈る以外にできることはない」
母の心臓は早鐘のように打っていた。
しがみついていた俺には、間近にきこえた。
祖母の言うとおり、食べなくても生きられた。減りつづけた体重も底をうった。不思議なことに、背はのびた。声がわりもあった。年相応の成長はしてたんだ。食べないのに。思い返すと気味が悪いな。母はよく泣いたし。
10歳から16歳まで何も食べなかった。学校では嫌われものだった。
自分としてはふつうに生きていたんだけど、いつも頭の一角が、どす黒いもやがかかったようになっていて、常にそれを意識していた。その、何かわからない謎のものを守るために、エネルギーをいつも使わなければならなかった。いらないけどアンストできないアプリみたいなもんさ。維持するために電池を浪費してる。夢はよくいやなものをみた。どうにもできない状況においこまれる夢。
15歳のとき、ある団体の幹部から接触があった。
宗教団体K。
有名ではないけど、信者は多いらしい。
俺はまったく知らなかった。その幹部から教祖の写真をみせられて、息がとまった。俺にそっくりだったからだ。
30すぎらしい。奇妙に若くみえる。
俺はこの頃から、笑うと口もとに深いしわができて、妙に年よりに見えた。でもそれをさしひいたって、立ち方やまとった空気がそっくりだ。何枚か写真を見せられた。見れば見るほどにている。
彼はそれを見せただけで十分だと思ったようだ。
「いま、このお方はお忙しくてね。お言葉を待っている人がたくさんいるのに、声さえ届けられない。そんなとき、やっぱり待っている人たちは落胆するんだ。わかるかな?」
俺はうなずいた。
「君にお願いがある。このお方の特別な「お言葉」を、代わりに読んでほしい。原稿はこちらで用意するし、私がいうように読んでくれればいい。もちろん、謝礼は出すよ」
幹部の男はきれいな、でも新品ではないスーツを着て、姿勢がよく、細いフレームの眼鏡をかけていた。30代後半か。丁寧に、やや人を見下したようにしゃべる。何度かこの人としゃべったが、何を考えているのか、何を本当には望んでいるのか、一度もわからなかった。
謝礼は多額だった。俺はひきうけた。
母を楽にしたかった。一人で俺を育ててくれていたから。看護師で、いつも疲れていた。
俺には負い目がある。母は祖母のことが好きではないのに、俺が食べないせいで、ときどき会いに行かなくちゃならなかったからだ。母を苦しめているのは俺だった。
言われるがままにセリフを読んだ。
週に1回ほど、幹部の男が来てビデオカメラで撮影する。「Kの本部に連れていかれるのでは」とビクビクしたが、いつも街中の特定のスタジオで撮った。俺を教団に入れても仕方ないと思ったのだろうか?そこは壁がまっ白で、小箱に入れられた鳥のような気になった。
セリフは抽象的で、何がすごいのかわからなかった。「現世がつらいほど、私たちの楽園は、より私たちのものになるのです。より鮮明になるのです。あなたはそれを必ず夢に見るでしょう」、「苦しい、貧しい、出口がない、上がない。そんな者のためにこそ、人生はある。あなたがたのせいではありません。あなたが悪いのではありません」。そんな感じだったな。それより、紺色の布を肩からかけさせられ、幹部の男にじっと見られるのに緊張した。布からも男からも、ねちっこいお香のような匂いがした。
男から、細かい指示がある。「もっとゆっくり。意味はわからなくても、言霊をこめてくれ」「これから俺が言うイメージを想像してくれ。最初の一行を言うときは、金色の帯。天の川のようなものを想像して。二行目は薄い、輝く青を……」。色のイメージ、身体の力の抜き方、手の位置、呼吸の速さ、姿勢などをいわれた。それは実際の教祖が見たイメージ、しぐさだということだ。
半年続けた。
俺はおかくなっていった。いつも心の隅にあった黒いものが大きくなり、実際に目の前が真っ暗になったり、記憶がなくなることもあった。頭痛がした。考えても仕様のないことを延々と考える。何も食べない。しゃべらない。
いつの間にか、唯一の楽しみが、その「撮影」になっていた。
指示されたイメージを思い浮かべる。何度もテイクを重ねる。すると本当に、その言葉に血がかよう瞬間がある。
実際、俺は「上手く」なっていった。「手ごたえ」がある。
達成感。
そんなときは、男もほめてくれる。
「今日はとてもよかった。このビデオを見る人たちも喜んでくれるよ。最初は懐疑的な人もいたんだ。でもいまは大丈夫」
最後の撮影の日。俺はかなりうまくいえたと思った。幹部の男はいつもより静かだった。
撮影が終わったあと、男に電話がかかってきて、数分話していた。通話のあと、男が俺にまっすぐ近づいてくる。
「トーマ君、あのお方に会ってみる?」
言葉を失った。
やっぱり、教団にひきこまれるんだ。半年たってそういう方針になったのか。動悸がして、何をいえばいいのかわからず、指先がふるえた。だめだ、こんなことをしていては。拉致される。早く逃げないと……。
そう思うと同時に、でも、会いにいけばいいじゃないか。という声がきこえた。
あの言葉をいってる人に、会ってみればいいじゃないか。もっと理解が深まるぞ。
会うことの、なにが問題なんだ?
その声は頭のなかからきこえたのだが、かなり堂々としていた。ささやく悪魔ではなく、ふつうに意見をのべる青年みたいに。俺の頭は想像以上に、それに堂々と占められていたんだ。そのことに驚いた。
しかし結局、会うことはなかった。黙っている俺をみて、男はなにか判断した。彼はスタジオのスタッフに目配せした。(たぶん彼らも信者か幹部だったのだ)
「無理はしなくていいよ。今日はやめようか」
あっさりと解放された。
つぎに撮影の連絡がきてもことわった。もうできなくなったから、と言った。幹部の男は何度も言葉を変えてさそった。「君にはいい力があるのにね。もったいないよ」。それはあのセリフと同じような言葉だった。ここの人たちはそういうしゃべり方しかできないのか。
「ごめんなさい。お金なら、いくらか返します」
「うん、まあ、契約書を交わしたわけじゃないからね……」
後で知ったのだけど、俺がバイトを始めた頃、教祖は体調を崩していたらしい。半年後には回復していたらしく、俺は用なしになったのかもしれない。
当時は知らなかったから、恐ろしかった。いつ拉致されて洗脳されるのかと。
でもそれから、接触はなかった。最後の月のお金はふりこまれなかった。けどそんなこと、どうでもいいよな。新興宗教ってだいたいお金に汚いのにさ。幸運だったよな。
そのときのお金と奨学金で、俺は大学に通ってる。母にあげたかったんだけどね。宝くじが当たったっていっても、信じなくてさ。ずっと疑ってた。最終的に、「悪いことで稼いだお金でないなら、それで大学にいきなさい」って。それだけが願いだったらしい。べつに俺は、行かなくてもよかったんだけど……。だってすぐに大事なものがみつかるから。
16歳になった。
俺の人生でもっとも素敵なことが起きる。
落語を聞いたんだ。
チケットをもらってきたのは母だった。
「母さん仕事でいけないの。いってきてよ? 感想おしえて。もらいものだから、きちんと感想とお礼いわなきゃいけないじゃない」
落語なんて。
のり気じゃなかった。
席にすわって、聞きはじめても、何をいってるのかよくわからない。
ただ最初から、それは音楽に聞こえた。
心地いいリズム。
その音楽はストレスの対極にある。
意味がわからなくても、聞いている者を噺の世界にのめりこませる、前のめりにさせる力がある。
延々とつづく、様々な声色があった。自由自在の緩急があった。
ときどき、会場が爆発的に笑った。
次第に、するすると緊張がほどけるように笑えてきた。
まわりの笑い声にも触発され、初めてこんなに笑った。
高座をきくのは、笑う「手ほどき」をしてもらうことだった。手とり足とり教えてもらう過程だった。
「話す」ことに技術がいるなんて。考えたこともなかったよ。俺が「笑う」のに手ほどきが要ったっていうのもびっくりしたけど。
高座ってすごいよな。人が出てきて話をする。その入り方からはけ方まで技術がいる。いろんな噺があるけど、どんなふうに改編してもいいし、どんなオチにしてもいい。
でもたしかに味があってワザがあって、名人がいる。もう「職人」なんだ。いや、違うか……、やっぱり「噺家」は「噺家」だよな。
俺は奇妙な子どもで、どうしようもない混乱の人生をグルグルまわっていた。百戦錬磨の噺家たちは、すました顔で俺の手をとり、そちらの世界にひきこんだ。すべては一変した。
そこでは、もう一ついいことがあったよ。
開場時、俺はどこに座ればいいかわからなかった。寄席って自由席だろ。そのうち、真ん中のいい席はとられて、はしっこと前の席が残った。所在なく、前方の左端のブロックに行った。
5列目が一つ空いていた。隣には同い年くらいの女の子が座っている。
不思議だった。だって、ほかは老人ばかりなのにな。
小柄で、ポニーテールをうまくまとめている。後ろと横からみると、小さい頭と首回りがスッキリしすぎていて、不安なくらいだ。近くでみると柔和な丸顔。
彼女は俺に気づき、見あげた。
「座ります?」
その目は、水をたたえた湖のようだった。腰をうかして、ひとつ奥にずれてくれる。
「真ん中の方がみやすいから。どうぞ」
俺は座った。椅子は温かかった。
俺の人生にないもの。それは食欲だけじゃなかった。笑いと性欲。それを得てはじめて、それがなかったことを発見したんだ。そんなこと思いつきもしなかった。
その全部が、寄席にいったら手にはいった。不思議だよな。どういう因果なんだ?
「その彼女とは、どうなったんですか?」
湯気のむこうに、一瞬寄席が見えたような気がした。
「銭湯の回数券をくれるまでになったよ」
「ドラマですか?」
うまくいきすぎだろう!
笑ってしまった。
彼女はそのときの、真打の娘さんだったらしい。ネタがまた「時そば」。
観終わったあとの双葉さんは、落語への感慨と、そばへの貪欲なまでの食欲、彼女への興味で身体中がおかしくなっていた。嵐のように吹きあれていた。
「初めてのことばかりだったから、何も把握できなかった。後から思いだしてやっとあれは感動だったんだとか、あれが食欲だったんだとか。すこしずつわかったんだ。なんもかんも発見だった」
双葉さんは、今でもよくわかってないように言う。
「双葉さん。その時点まで、本当に、食欲も笑いも性欲もなかったんですか?」
想像できない。
「そのときはあったと思ってたよ。でも「本物」を経験した後では、なかったと言わざるをえない。ずっと何かに追いたてられて、セカセカしてたんだ。人の許せないところばっかり目についた。同級生の悪いとことか許せないとことか、いちいちみつけて糾弾してたんだ。そりゃ嫌われるよ。本物の「笑い」が入る余地はなかった。性欲も。エロ動画とか、すごく見てたんだけど、パトロールに近かった。毎日巡回して、「けしからん」みたいに。いらだってた。笑いも性も食欲も、まっすぐに捉えたり、迎えいれたりできなかったんだ」
「中二病ですか」
「うん……」
双葉さんは恥ずかしそう。
「何かがないことに、ないって気づけるのも、あたりまえじゃないんだ。幸運だった。それが俺の教訓」
湯で顔をぬぐった。長湯した僕たちは、まっ赤になっていた。
「そろそろ出ようか」
きがえながら、僕は双葉さんに訊いた。
三つ、ききたいことがある。
「もし、落語に出会わなくて、その宗教の方にいってたら、どうなってたんですかね?」
「笑いと食欲はなかっただろうね。性欲はあったかもしれないけど、幸せな発見とはちがったかもしれない」
「落語に出会うまえの生活に戻ることって、あると思います?だって食欲も笑いも性欲も、とつぜん得たわけでしょう。とつぜん失うこともあるかもしれない」
「たしかに。そう思うと怖い。だから落語の技術と、おかしさを身体にいれておくんだ。面白いと思えなくなっても思いだせるように。思いだせるだけ、まだいいだろ」
銭湯をでると、街灯がともっていた。
「でも、これがひとつの噺だったらいいよなぁ。俺はすごくまぬけな人物で、落語にぴったりだろ。どういうオチにするかって、いまかんがえてるんだ」
最後にききたいこと。
それは教祖との関係だった。
話を聞いていて、血縁者なのかと思ったのだ。
でもさすがにそれは訊けなかった。もし血縁者だったら、いや、そうでなくてもお金をもらったのだから、彼の人生にこれから干渉してくるかもしれない。そうならないよう、彼の祖母のいうとおり、僕は祈ることにした。
*
「変な人生だな」
はづみは眉根をよせた。
「作り話?」
「何でだよ。本当の話。や、うん、どこまで本当かわかんないけど、本当にきいた話ではある」
双葉さんはうそをつく人じゃない。
面白くしてた可能性はあるけど。
「結局、人生には笑いと食と性が大事ってことか?」
「まとめるなよ、そんな風に。身もふたもないなぁ」
はづみらしい。
「いや、でも……。呪いについての話かもな。俺にはそっちの方がしっくりくる。食べれないのはある種の呪いだろ。教祖に似てるのも呪い。そこから食も笑いも性も得て、呪いから解放された……っていい話にきこえるけど、それも陽の呪いじゃないか?今度は落語と彼女のとりこになったんだから。陰の呪いから、陽の呪いに反転したんだ」
親指と人差し指をくるっと回し、彼は「反転」を表した。
極端な意見だな。「でもさ、それってふつうのことだろ?誰にもあるもんじゃんか。お前は人生そのものを呪いだといいたいの?」
「まぁ……、そうかもな。うん。そういわれれば。人生って呪いを受けいれるか受けいれないかってことなのかな」
「幸せのことを呪いっていうの、お前だけだよ」
僕は双葉さんとおなじくらい、はづみが心配になった。
のちのち、双葉さんは彼女と結婚した。
そのまま義父に弟子入りした。
数年して、高座をはづみと観にいったことがある。そのとき、また不思議な出来事があったのだけれど、それはまた別の話だ。
ぼくらの奇譚集 1、双葉さんの話