土の子と風の子

青い青い地球の、空と大地の間に、風の子と土の子がおりました。
ふたりは毎年季節が変わるごとに、神様に、その季節の風と、その季節に咲く草花の種を届けに行くのでした。

やがて長い厳しい冬が終わりを告げ、そろそろ春の準備を始める頃合いになったある日のことでした。
「ようし、そろそろ冬が終わるぞ。神様に、春の草花の種を持って行かなければ。」
すっかり身支度を終えた土の子が、どっしりと立ち上がりました。
自分の住処にしている大きな山の中にある洞穴から外へ出ると、冬の凍りつくような風を思いきり吸い込みました。
「ようし、行くとするか!」
土の子はたいそう根がまじめであったので、神様の元への出発も、まだ冬が終わらない、春がまだちょっと先の頃から始めました。
そして、自分の足で一歩一歩大地を踏みしめながら、あわてずあせらず、ゆっくりと歩いて行くのです。
そうやって周りの景色を眺めていると、実にいろいろなものが見えてきます。
寒さをしのぎ、穴の中で丸くなっているキツネの親子や、春はまだかと辺りを見回しながらチョロチョロと飛ぶメジロの姿もありました。
土の子はそう言ったものを見ながらのっそのっそと歩いていました。
するとそこへ、ひゅーっと一陣の風が吹いたかと思うと、甲高い笑い声が辺りに響きました。
風の子です。
風の子はひゅーっと土の子の近くまで飛んで来ると、ふわふわと体を風に遊ばせながら土の子に言いました。
「やい、土の子。お前、もう神様のところへ行こうとしてるのか?」
土の子は足を止めずに、ゆっくりと頷きました。
「ああ、そうとも。わたしの足では今から旅立たねば、春までにはとうてい神様のところへは間に合わんからな。」
それを聞いた風の子は、けらけらと笑いました。
「あははは、そうかいそうかい。のろまな土の子は大変だなぁ。オイラなんか、春になるすぐ前にひとっ飛びすれば、あっと言う間に神様のところへついちゃうもんだがなぁ。ま、せいぜい頑張んな。」
そう言うと風の子は、また、高い笑い声と共にぴゅーっと向こうの方へ去って行きました。
風の子にそんな風に言われた土の子でしたが、全く気にしている様子はなく、変わらず自分のペースでゆっくり大地を踏みしめていました。
誰かに何かを言われたところで、自分の本来の目的を忘れるような心の持ち主ではなかったのです。
いくつもの野を越え山を越え、谷を越え川すら渡り、幾日もかけて、土の子はひたすら先を目指し、ゆっくりと進んでいきました。
行く手にどんなに大自然が立ちはだかっても、強靭な土の子の手足が負けることはありませんでした。
土の子はこの時のために、普段からたいそう鍛えてありました。


やがて土の子は、高い高い、上を見ても全く終わりが見えないほどの岩山の前に着きました。
この山を越えれば、その先に神様がいらっしゃる場所に出るのです。
「ようし。」
土の子はふんっと気合いを入れると、岩山の最初の部分に手をかけ、登って行きました。
ゆっくりと、でも確実に、土の子は天に近づいて行きます。
そこへ、また、あの聞いたことのある高い笑い声が辺りに響き、ぴゅーっと風が吹きました。
「やい、土の子。お前まーだこんなところにいるのか。それも、大変な思いをして、ひとつひとつ岩山を登って行かなければならないのかい。かわいそうになぁ。オイラなんかついちょっと前に出発したところさ。お前が一生懸命かけて歩いてきた道を、ひとっ飛びしてきてやったぞ!あはははは!」
風の子にこう言われた土の子でしたが、やはり全く気にしていない様子でした。
また、ぴゅーっとひとっ飛びでどこでも行ける風の子のことをうらやましいとも思っていませんでした。
土の子は、ゆっくり歩きながら見る景色が好きだったからです。
そうやって、しばらく岩山を登っていると、やがて、雨が降ってきました。
そうだと思うと、辺りは一瞬にして、嵐に変わっていきました。
風がごうごうとうなりを立て、雷が激しく辺りの岩を砕いていきます。
土の子は器用に雷を紙一重でよけながら、更に上へと登って行きました。
すると、上の方でかん高い声が聞こえました。
しかし、今度の声は笑ってはいませんでした。
なんだろうと思い、土の子が登って行き、頂上に足を据えると、目の前で先ほどの風の子が、大変困った顔で風の中に漂っているのでした。
「おうい、風の子やい、いったいどうしたんだね。」
土の子が聞くと、風の子は、泣きそうになりながら言いました。
「こいつらが邪魔して、先へ進めないんだよう。ここを通らないと、神様のところへは行けないのに。」
土の子が風の子が指を差した方を見ると、そこには、ごうごうと唸りを立てた嵐の親分が、行く手を遮っているのでありました。
「ぬははは、ここは通すまい。神のところへなぞ行かせぬぞ。春なぞこの地に来させるものか。」
嵐の親分は低い声で不気味に笑うと、自分の体をよりいっそう、大きくしました。
これでは並大抵のものでは、ここを通ることができません。
風の子も何度か通ろうと試みてみたのですが、だめでした。
風は火や水や土には何ともないのですが、同じ風である、風の子より何百倍も強い嵐の親分には、とうてい太刀打ちできないのでありました。
風の子は困り果て、どうしていいかわからずにとうとう泣いてしまいました。
土の子はようしっとふんばると、風の子に呼びかけました。
「風の子やあい、わたしの背中につかまりなさい。この嵐を一緒に抜けるぞ。」
風の子は土の子の言葉に、えっと驚きました。
今まで土の子に対していじわるな言葉ばかり言っていたのに、土の子は、自分と一緒に嵐を抜けてくれると言うのです。
「・・・土の子、お前・・・。」
土の子は風の子の顔みると、うん、と頷きました。風の子は、黙って土の子の背中にしがみつきました。
そして土の子は再びふんばると、行く手をさえぎる嵐に向かって歩き出しました。
「ぬははは、おろか者めが。誰ひとりとて、ここを通すものか。そうれ!」
嵐の親分が体をめいいっぱい大きく広げ、凄まじい勢いの風で、土の子の体を吹き飛ばそうとしました。
「ぬうん!」
土の子は少し後ろに押し倒されそうになりましたが、大勢を整えると、前かがみになり、また、ゆっくり歩き始めました。
「ぬははは、なかなかやりよるわい。それじゃあ、これならどうだ。そうれ!」
嵐の親分は、今度は自分の体を丸ごと土の子に体当たりさせました。これはなかなか大そうなものです。
「ぬう・・・!ぐわあああああ!!!」
土の子はじき飛ばされそうになった体を自分の足で支えると、声を出し気合いを入れて、今度は今まで出したことの無いものすごいスピードで走り出しました。
どすんどすんどすんどすん!
辺りは土の子が走る度に、ぐわんぐわん揺れました。
「な・・・!なにぃ!これでもきかぬとは!きさまいったい・・・!行ってはならぬ!春が来たら、わしは・・・わしは消えてしまう!!」
今度は後ろから嵐の親分が追いかけてきましたが、それが追い風となり、土の子と風の子は一気に頂上の奥まで押し出されました。
「ぬあっ!しまったあああ!!!」


土の子と風の子が固い岩山を抜けると、そこには、日の光がよりいっそう降り注ぎ、辺りにさわやかな風が吹いている緑が萌える丘が広がっておりました。
ここまでくればもう安心です。
神様の領域に入ったので、邪悪な存在はここまで入ってこれないのです。
風の子はそっと土の子から離れて、宙に浮きました。
「えっと、あの、土の子やい・・・、オイラ、大そうなことをしたなぁ。ごめんよう、いじわるばっかり言って。」
もじもじしながら、風の子は土の子に謝りました。土の子は笑いました。
「ちぃとも気にしとりゃせん。お前さんがおらんと、せっかくわたしが神様のところに花の種を持って行っても、春いちばんが吹いてくれにゃあ草花たちは目を覚ましてくれんからな。」
土の子の笑顔を見ると、風の子は涙が流れる目をこすりながら、ヘヘッと笑いました。
「これからは、力を合わせて季節を運んで行こうな。」

それからふたりは神様のほこらへ行きました。
土の子が神様に春の草花の種をお渡しし、風の子は春の踊りを踊りました。
するとどこからともなく、賑やかな音楽が聞こえてきたかと思うと、春の到来を告げるパレードがやってきました。
それはそれは楽しい音色でした。
このパレードが全世界を1周する頃には、春が訪れます。
土の子と風の子は一緒になってパレードに参加しました。
辺りに、暖かいさわやかな風が吹き始めました。

春は、もうすぐそこです。



おしまい

土の子と風の子

土の子と風の子

土の子と風の子。姿も性格も正反対なこの2人が春の用意をしなくてはならないのですが、果たしてうまくいくでしょうか・・・。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-30

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