冷酷レジスター

「そんなの、ひどいよ!」
 甲高い声が僕の耳に届いた。それは確かに、僕の左手にある財布から聞こえた。

 僕はあまりの驚きに、右手にあるお会計前のチョコクッキーを握り潰してしまうところだった。
 さっきまでからくり人形のように怠そうにレジを打っていた緑色のエプロンの店員さんも、信じられないと言わんばかりに、愕然と目を見開いてその様子を見ていた。

「ひどいよ………。そんな些末な物の為に僕を手放してしまうのかい?」
 まるで大親友が引っ越しで転校してしまうかのように寂しげな声で、尚も小銭が訴えかけてくる。
 確かに喋ってるよな、この五十円玉。
 金が物を言うという諺はこういう意味だっただろうか?
 あまりに突拍子もない出来事に、僕の粗末な脳みそが猫だましをくらい、マッハ3で置いてけぼりをくらっているのを実感する。
 その事に関しては、店員さんも同じらしく、しばしばと瞬きをして、こちらを見た。
「これ………」
 唖然とした表情で店員さんに見られるが、正直そんな顔をされても困る。
 むしろ僕だってそうしたいところだ。なんだこいつは。

 とはいえ、一応は僕の小銭なわけだし、とりあえず説得を試みる。
「僕はお菓子を取り止める気はないよ、おとなしく」「さっきも肉まん食べてたじゃないか!」
 そんなことは僕の勝手であろう。しかもさっき買ったのは肉まんではなくピザまんだ。

 なおも小銭は甲高い声でしゃべり続ける。
「そもそも、君は無駄遣いが過ぎるよ! 金の切れ目は縁の切れ目って言うじゃないか! それに、あの冷徹なレジスターに強制収容される小銭の気持ちにもなってみてよ!」
「小銭の気持ちにもなれる奴のほうが珍しいし、喋る小銭との縁など賽銭か何かにしてでも早々に切ってしまいたい。それに君たち、使われてこその小銭じゃないか」

 僕の台詞は、小生意気な小銭くんの主張の痛いところを突いたらしい。彼は少し黙り込んでしまった。
 ようやく観念したか。もう気味が悪いし、構わずチョコクッキーを買ってしまおう。

「ねぇ、僕をとっておいてよ。必ずや役に立つからさあ」
「まだ言うか。いい加減往生しろよ」
 全く観念していなかったようだ。五十円玉とは思えないしぶとさだ。

「そうだ! 百円玉を使えばいいじゃないか!」
「お釣りが半端になるじゃないか。僕は五十円玉を二枚持つのが嫌なんだ」
「大丈夫だよ! 僕は大歓迎だから!」
 知らんわ。嬉々とした声色で語る五十円玉を見て、僕は"こいつ"の性格が大層悪いらしいことを把握した。

「僕が、嫌なんだよ。大体そうやって仲間を"売る"なんて、レジスターより余程冷徹じゃないか」
「彼ならいいんだよ、どうせ平成二十一年生まれだからね!」
 そう言う五十円玉のお腹には、平成六年と書かれていた。
 小銭のくせに、上下関係があるらしい。そんな体育会系の小銭があってたまるか。

「あまり後輩を雑に扱うと、反感を"買う"ぞ」
「いいんだって、彼とは"位が"違うんだから!」
「ははは、何言ってんだ、君の方が"位は"少ないじゃないか」
「笑うな! 一銭を笑うものは一銭に泣くんだぞ!」

「あの………」
 店員さんの困り切った声で我に返ると、自分の後ろにはお客さんの列ができていた。



「結局買えなかったじゃないか」
 僕はコンビニを出て、手のひらの上にしれっと乗った小銭に話し掛けた。
 しかし、先ほどまでの騒がしさが嘘のように、今度は沈黙を守っている。
「おい、なんとか言ってみろよ」
 周りに人がいないのを確認して、親指と人差し指で小銭の上下を挟んで語り掛けてみる。
 やっぱり小銭は何も言わない。
 僕はなんだか狐につままれた気分になった。
 もしかしたら疲れていただけかも、と自分で納得して小銭をしまうために財布を取り出した。

 小銭入れを開いて、まさに財布に入れてしまおうという瞬間、五十円玉はするりと僕の手から抜けた。
 側面でコロコロ転がる小銭を慌てて踏んづけようとするが、間一髪届かず、自動販売機の下のスペースに入り込んでしまった。

 屈みこんで隙間を覗き込むと、案の定小銭は手の届く範囲にはいなかった。
 少し薄気味悪かったこともあったし、もうあきらめてしまおうと立ち上がるその時、隙間から金が物を言ったのが聞こえた。

「ひゃっほー! マヌケ人間め、これで自由だー! レジの中なんてごめんだからなぁ!」

 誰だったか、"お金は裏切らない"って言った奴がいたような。

冷酷レジスター

冷酷レジスター

2000字弱 さっくり読める掌編

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-16

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