眩暈
その姿を、忘れない。
揺れた。
それは僕自身であった。
真っ白な部屋に浮かぶような。
群青色。藍鉄色。そんな何か。
あまりにも大きくて、目を背けていたもの。
目に見えれば、霧のように莫大に漂って、拭えない。
夜のような黒を孕んで、強く揺れる。
それは僕自身であった。
思えばこれまで、永い刹那を凭れかかって来た。
いつからか角膜と水晶体の間隙に雲がかかっても、怠惰に振る舞って来た。
右が良ければ右と言わせ、左が良ければ左に引き寄せた。
そのことで、僕の背後は一本道であった。
現在地は地平線の端っこ。
長い道のりを振り返ると、足跡が1人分と、地を這ったかのような跡。
気づくには少し遅かったみたいだった。
間隙の雲から角膜を通過して雨が降った。
それすら濃霧の中で、許されるのか、許されないのか。
這った跡に雨粒が落ちると、灰神楽のように舞って、揺れた。
それは僕自身であった。
地平線を踏み越えた先に、どうやら色はないらしい。
夜に潰されて、眩暈に溺れて、僕は仰向けになった。
逃げるように微睡み、夢を見た。
紫蘭の花が咲き誇る一面の草原に、立っていた。
陽は暖かく、ビビッドな景色が広がっていた。
まるで幼い頃に描いた絵のようであった。
カラスアゲハにつられて振り返れば足跡は2人分。
寄り添うように続いていた。
そこで泡沫は弾けた。
現在地は地平線の端っこ。
冷えきった手の甲で目を擦っても、雲は晴れない。
鉛のような体を起こして、一つ呼吸をする。
乾いた空気が肺に流れ込み、ぐらりと大きく揺れる。
それは僕自身であった。
ふと、道端を見ると、味気ない風景に、一輪の紫蘭。
手を伸ばして、瑞々しく咲くそれを撫でた。
色のない地平線の一歩向こうと、皮肉なまでに対照的な鮮やかさ。
僕は地面に残る這った跡にキスをして、立ち上がった。
微かに、また灰が舞う。
徐々に朽ちる一本道に別れを告げて地平線の彼方へ墜ちた。
夜のような黒、灰神楽、カラスアゲハ、濃霧、泡沫、紫蘭、眩暈………そんな何か。
揺れる。
それは僕自身であった。
眩暈
後悔と別れ、をこれらの単語を使わずに生々しさを避けて幻想的に表現するつもりでした
その姿を、忘れない。は紫蘭の花言葉です
紫蘭の花言葉は他に薄れゆく愛というのもあります
眩暈(めまい)が印象深くなるよう、象徴的なフレーズを用いようとしています