泡沫、宙に沈んで

さいこ

 ふと気づくと、僕は真っ暗な空間の中に立っていた。

 いや、あるいは泡のように浮いていたのかもしれない。
 なにせ、壁も地面も天井も、そこに在るものは全て塗り潰したように真っ黒で、その存在すら確認できないのだ。
 見渡す限り、墨のように深くて、暗い、黒、黒、黒。
 自分の姿だけが、なぜかぼんやりと色を持って映っているようだった。

 僕は、状況を把握しようと、右足を前に出そうとした。だが、どういう訳か、他人のように体は動かない。

 金縛りという類いではないが、ただ体が歩こうとしなかった感覚。
 脳からの意志がどこかで途切れて、伝わっていないかのようだ。
 仕方なしに、歩くのは諦め、今度はしゃがんで地面を触ろうとした。
 今度は、きしきしと音を立てるようにゆっくり動いた。

 足下に手をやると、冷たい水に触れたようなひんやりと濡れた感触が伝わってくる。
 僕はなにか液体の上に立っているのか。

 そっと手を引き抜くと、指先から何かの雫が零れて足下に波紋が広がった気がした。と言っても、真っ暗で実際には波紋なんて見えていない。
 ただ、何となくそんな気がしただけである。

 すると、前方の黒い水面から、黄緑色の球体が浮かんできた。
 淡く光りながら、ひしゃげては膨らみ、フワフワと形を変えているそれは、まるで静かな水中を浮上していく泡のようであった。

 触れようと手を伸ばすけれど、届かない。

 すぐ目の前にあったと思っていたが、いつのまにか蛍光色の泡は、遥か彼方にいたようだった。差し出した掌は球体の光で影を作っただけだった。

 足は、やはり前に進もうとしない。

 うようよと変形しながらゆっくり浮かんでいくそれをただ、ぼんやりと眺めていた。
 そいつはいきなり弾けた。
 ぽわっという拍子抜けしてしまうような音が、僕の鼓膜に届いて耳小骨に響いた。深い深い海のそこから、小さな泡が浮かんで弾けたような。

 アルコールの匂いがした気がした。

 言い様もない虚しさに打ち拉がれていると、もう一つ、泡が浮かんだ。

 気付けば泡たちは、四方八方の水面から、気怠そうに浮かんでは弾けるのを繰り返していた。

 低いとこで、高いとこで、近いとこで、遠いとこで、泡たちはぽわんと消えてアルコールの匂いを残す。

 彼らには意味が無いように思えた。
 無意味に生まれ、無意味に浮かび、無意味に弾け、アルコールの残り香。
 僕の中で何かに重なった。

 そこで弾けたんだ。

泡沫、宙に沈んで

幻想的という言葉を使わずに幻想的を書いてみたり
いつか見た夢がモチーフです

泡沫、宙に沈んで

もはや詩 日本語で遊んでみました 1000字強

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-15

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