白歯の二十歳
あおい はる
見える。
ミドリちゃんの薄い唇から、乱れなく整列している白い歯。
背筋が凍るほどに美しく、規則正しい歯並びを、羨ましく思うし、歯をピアノの白鍵に見立てて叩きたい程度には、憎たらしいとも思う。
ミドリちゃんは二十歳になった。
わたしも、二十歳になった。
成人式である。
二年ぶりに逢ったミドリちゃんは、二年前のミドリちゃんがそっくりそのまま未来にやってきた感じだった。ミドリちゃんの薄く、仄かに紅を注した唇からは変わらず、寸分の狂いなく整列する白い歯が覗ける。ミドリちゃんはアニメが好きだったけれど、まだアニメを観ているのかと訊ねたら、ナントカというアニメを薦められた。ミドリちゃんの振袖は、紫の藤の花だった。
「ナントカというアニメのナンチャラ君がかっこよくて、ホニャララ君との関係がどうとかこうとか…」
ミドリちゃんは、ミドリちゃんである。
わたしは「へえ」と言って、ミドリちゃんの髪に触れた。ウィッグを被っていると聞いている。黒のおかっぱ頭に、大輪の白い花が咲いているのだけど、ミドリちゃんなのだから、緑の花でいいじゃないと思いながら、ミドリちゃんのウィッグを左の毛先から引っ張った。ミドリちゃんは慌てて、わたしの手を叩き払った。
ちょっとォ、やめてよォ。
ミドリちゃんが、近くに男子がいるときに発する、甘ったれた調子の声は、相変わらず胸糞悪い。
わたしはミドリちゃんが嫌いなわけではない。むしろ、好きである。
ただ、ときどき、意味もなく、彼女を蔑みたくなるときがある。
ミドリちゃんがいない大学生活は、酷く退屈だ。
周りの女の子たちに倣ってお化粧を覚えたけれど、口紅も、マスカラも、わたしには似合わないような気がしている。彼女たちはアニメの話なんかしない。わたしは、主だってアニメの話をしたいわけではないけれど、彼女たちの会話の七割を占める恋の話には、まるで興味がない。興味があるように振る舞うが、正直、他人の好きな人とか、やや自慢を含む過去の恋愛遍歴とか、そんなの、無駄な情報でしかないじゃない。
その点、ミドリちゃんは厭きがこない。
然して面白い話をしているわけではないのに、ミドリちゃんの話なら、何時間でも聞いていられる自信がある。
それで、時折、蔑む。
ときどき、共感する。
たまに、誉めちぎる。
それでまた、しばらくしてから、蔑む。
心から笑うときもあれば、なんとなく笑っているときもある。
ウィッグを直し、大輪の白い花が零れ落ちないよう、そっと髪を整えるミドリちゃんに、わたしは提案した。
「ねえ、写真撮ろうよ」
「いいよ」と、歯を見せて笑うミドリちゃんの、その白い歯を、ピアノの白鍵に見立てて叩いてみたら、わたしは、呼吸の仕方を思い出すかもしれないと思った。
白歯の二十歳