カジオは夢みたいに優しい

あおい はる

 抹茶アイスと白玉が溢れんばかりに盛られたパフェを、作ってくれたのは三年のカジオさんで、カジオさんは材料さえ提供すれば希望するおやつを作ってくれることで有名な先輩だった。
「七瀬くんも好きなんだね、抹茶パフェ」
 大学三年生にしては子どもっぽい声を、カジオさんはしている。
 パフェ用のグラスはカジオさんの自前で、言われた通りに市販の抹茶アイスと、白玉粉と、あと生クリームを買って行ったら、それだけでファミレスのメニューにあるようなパフェが、カジオさんのアパートのキッチンから現れた。抹茶アイスの下のあんこや、生クリームに刺さった筒状のお菓子や、底の方に見えるフレークは、うちにあったのだとカジオさんは言った。
「七瀬くん以外の人にも最近、リクエストされてさ。余ってた材料、使い切れてよかったよ」
 手帳になにやら書き込んでいるカジオさんを、じっと見つめる。
 カジオさんは、まつ毛が長い。
 カジオさんは、女の子みたいなふわふわのパーマをあてているのだが、妙に似合っている。仔犬のようだ。
 カジオさんは、男の人が好きという噂が、ある。真相は不明だ。カジオさんに面と向かって「男の人が好きなのですか」と訊ねた場合、うまくはぐらかされそうな気がする。都合の悪い話は笑って受け流すのが、カジオさんの特技である。時折、教授や、サークルの先輩に怒られている姿を見かけるが、呆れられることはあっても、決して嫌われることがないのは、カジオさんの人徳のなせるわざだろうか。
 それよりも自分以外に、カジオさんに抹茶パフェを作ってもらった人とは、いったい。
 パフェを食べるための細長いスプーンを持ったまま、じっと動かないでいる僕に、手帳から顔を上げたカジオさんが、笑った。
「お食べよ、遠慮しないでさ」
 僕は頷いて、まず、抹茶アイスと白玉をひとつ、掬って食べた。
 抹茶アイスは市販のものだからか、慣れ親しんだ渋みと甘みが、口の中にひろがった。白玉はカジオさんが丸めて、茹でたものであるが、適度にもちもちしていた。そういえばカジオさんの頬は、白玉みたいだと思った。触れたことは、ないけれど。
「美味しいかい、七瀬くん」
 小首をかしげるカジオさんには、やっぱり、仔犬のような愛らしさがある。
 カジオさんが笑うと、世界がやさしくなる気がするの、気のせいじゃないと思う。荒んだ身体を、ふわふわの毛布が包みこんでくれる感じ。
 最近、つき合っていた彼女に裏切られた。
 七瀬くんしかいないのと枝垂れかかってくる彼女は、別の男とも関係を持っていた。初めての彼女だった。
 彼女の世界の中心になれたと勘違いして、舞い上がって、まわりを見失っていた僕を、カジオさんは「ダサい」と嗤うか。嗤わないでしょう。だってカジオさんは、夢みたいにやさしいもの。
 スプーンを休めないでパフェを食べ続ける僕に、カジオさんは言う。
「いつでも作ってあげるから、またおいでよ」
 玄関を開けたときから、バニラエッセンスの香りが漂っている。
 カジオさんちの座布団は、大変座り心地が良い。
 本棚には文庫本と、お菓子のレシピ本がひしめき合っていて、小さな猫の置物が点々と飾られている。重量挙げをしている猫。フライパンを振っている猫。肩を寄せ合い、仲睦まじげにベンチに座っている二匹の猫。
 あたたかい部屋で、世界を変えるような微笑みを湛えている、カジオさん。
 もし本当にカジオさんの恋愛対象が男の人で、万が一にも僕が、カジオさんに誘惑されることがあろうものなら、そうだな、ありえない選択でもないなと、僕は静かに考えながら、ふたつめの白玉をむちっと噛んだ。

カジオは夢みたいに優しい

カジオは夢みたいに優しい

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-14

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND