無剣の騎士 第2話 scene3. 邂逅

新キャラ登場です。(個人的にもお気に入りキャラの一人です。)

 ウィンデスタールからアストリアへ留学する鍛冶職人とその卵たちの第一団は、数十人規模であった。志願者は実際もっと多かったのだが、何分初めての事でアストリア側も受け入れ体制が十分整っておらず、最初としてはこの程度が手一杯だったらしい。今後、徐々に人数を増やしていこうとの合意が両国間でなされているとのことだが、そういったことはどれも当の留学生達にとってはあまり興味をそそられる話ではなかった。職人である彼らにとっては、脈玉関連の技術を学べることそれ自体が栄誉であり喜びであったのだ。
 ただし、その喜びを味わう前に彼らには幾らか忍耐が必要であった。
(アストリアに来たらすぐ脈玉に触れると思っていたのに……)
 初日は、入学式で校長の長い話を聞かされただけ。
 その翌日以降も、脈玉の理論や歴史にまつわる座学が続くばかりで、なかなか実技には入りそうになかった。
(このままじゃ、腕がなまっちゃうわ……)
教室の窓際の席で、朱色の髪を二つに束ねた少女は外をぼんやりと眺めながら深く溜息をついた。
「ゲイルハート君、聞いているのかね?」
急に指され、驚いて前を見ると、教壇に立つ教師と校長がこちらを睨んでいた。少女は慌てて姿勢を正すと、はい、聞いていますと返事をした。叱られるかと思ったが幸いお咎めはなく、校長はただわざとらしく咳払いをして、話を続けた。
「えー、そのような訳で、今日まで諸君には脈玉の理論的な部分を学んでもらった訳だが、これから実践へと移行していくに当たって、そろそろ本物の脈玉がどのような物か、見てもらおうと思う。
 諸君が主に扱うのは、武器に埋め込まれる脈玉だ。そこで、今回は私が王太子殿下にお願いして特別に、近衛騎士の方を派遣して頂いた。脈玉入りの剣を常時携行していらっしゃる、いわば脈玉を使うことに関する専門家だ」
(王太子の近衛騎士か……)
少女は、体格の良い髭面の中年男性を想像した。彼女がこれまで目にした祖国の騎士達といえば、大柄な大人ばかりだったからだ。
 だから、校長の招きに応じて教室に入ってきたのが、自分と同じくらいの年齢の、決して大柄とも筋肉質ともいえない、どちらかといえば優男にすら見える少年だったのには、大きく目を見開かざるを得なかった。
 少年は教壇に立つとぺこりとお辞儀をした。
「はじめまして。エドワード王太子殿下直属の近衛騎士、アーシェル・クレア・ヴァーティスといいます。よろしくお願いします」
「あー、ヴァーティス殿は現役最年少の近衛騎士で、御歳は十五歳、家は代々……」
 驚いたのは少女だけではなかったらしく、教室中からこの若き近衛騎士に驚嘆と好奇の視線が注がれていた。しかし少女が驚いたのはほんの最初だけで、彼女の感情はすぐに別のものに取って代わられた。
(この男の子、格好良いかも……)

        *    *

 少女を含む留学生達と教師、そして近衛騎士の少年は、教室から学校の中庭へと移動した。
 空は明るく、微かにそよ風が吹いており、何となく今日は稽古日和だわ、と少女は思った。剣など一度も振るったことはないのだけれど。
 中庭には、この日の実演のために、剣の稽古でよく使われる人間に見立てた木の棒が何本か立てられていた。棒というより、細めの丸太に近い。
 一本の棒の傍に少年が立ち、教師は安全のため少し離れて地面に座るよう生徒達に指示した。少女はさも当然であるかのように一番前の最も少年に近い位置に陣取った。
 現役の近衛騎士による講義の始まりである。彼は腰に下げていた華美な造りの剣を鞘ごと取り出して掲げた。
「この剣の根元、柄のすぐ上にある銀色の宝石が、脈玉です。皆さん学ばれたと思いますが、脈玉とは霊格を宿した石。自分の従うべき人間を、きちんと識別します。例えば――」
少年は、さっと剣を抜くと、また元通り鞘に収めた。
「じゃあこれを、先生、同じように抜いてもらえますか?」
少年はにこやかな顔で剣を教師に渡した。教師は受け取った剣を抜こうとしたが、剣は抜けなかった。改めて力を込めて引き抜こうとしたが、剣は微動だにしない。
 生徒達の間から、小さくどよめきの声が上がった。彼らもこうなることは――知識として知っていたが故に――十分予想できたのだが、やはり実際目にしてみると違う。
「このように、剣の持ち主でなければ、鞘から抜くことさえ出来ません」
「はい、はーい」
その時、一番前に座っていた少女が勢いよく手を挙げた。
「あたしにも、やらせてください!」
少年は剣を手にしたまま一瞬目を丸くしたが、すぐにまた穏やかな表情になり、剣を少女に差し出した。
「どうぞ」
少女は飛び上がるようにして少年の傍に行くと、剣を受け取り、先程の教師と同じように力を込めて剣を抜こうとした。が、やはり、剣は全く動じない。
 まるで、開かなくなった瓶の蓋をこじ開けようとするかのように、少女はひとしきり唸っていたが、ようやく諦めて剣を少年に返した。
「やっぱり無理ね」
少女は自分の元居た所に戻った。目的は果たした。彼の大切な剣に触るという目的は。
「さて、持ち主が出来ることはこれだけじゃないです。むしろこれからが本番で――」
少年は改めて剣を抜くと、そのまま片手で手近の木の棒めがけて斜めに振り下ろした。剣は刃の幅の半分ほどのところまで食い込んだ。
「普通、切れ味はこれくらいです」
 剣を棒から引き抜くと、今度は両手で剣を持ち直した。両肘を肩の高さまで上げ、両手を顔の前に。剣は真っ直ぐ天に向いている。少年の額の前に、脈玉があった。そして目を閉じる。
「――脈玉の戦闘状態を、発動します」
彼がそう言うと、銀色だった脈玉はみるみるうちに見事な赤色へと変化していった。生徒達の間に、さっきよりも大きなざわめきが起こる。
 脈玉が完全に赤色に変わると、少年は目を開き、剣を構えて木の棒に相対した。その顔に先程までの笑みはなく、眼も精神統一の域に達した者のそれだった。
「――行きます」
少年は頭上に剣を振り上げると、叫び声と共に勢いよく剣を振り下ろした。
 木の棒は――人間の胴ほども太さのあるその丸太は、真っ二つに切れてしまった。斬られた上部がごろんと地面に転がった。
「…………」
一瞬、辺りは水を打ったように静まり返ったが、
「ま、こんなところです」
少年が生徒達を振り返って笑顔を見せると、生徒達は歓声にも近いどよめきに包まれた。
「凄いですね、ヴァーティスさん!」
「こんなに違いが出るとは思ってもみませんでした!」
口々に賞賛の声があがる中、少女は一人だけ、両手を頬に当てて少年を見つめていた。

        *    *

 午前の実習が終わり、昼休みになった。この日のアーシェルの務めは午前のみだったのですぐに帰っても良かったのだが、せっかくなので学校で昼食を摂っていくことにしていた。これから暫くの付き合いになるウィンデスタールの留学生達と親睦を深めておくのも悪くない。
 食堂で、他の生徒や教師達に交じって列に並ぶ。各自、自分の分を受け取ったら食堂内の好きな席で食べてよいと聞いていた。
 アーシェルがどの席に座ろうかと辺りを見回したとき、少し離れた所に何人かの留学生達が集まって座っているのを見つけた。その内の一人がこちらに気付き、手を挙げて呼んでくれる。
「ヴァーティスさーん、ここ空いてますよ、良かったらどうぞ」
アーシェルが微笑み返してそちらに一歩踏み出した時だった。
「残念だけど」
アーシェルは後ろからがっちりと肩を掴まれ、危うく転びそうになった。
「近衛騎士様はあたしと一緒に食べる約束をしているの」
「え?」
いつの間に隣に来ていたのだろうか、朱色の髪を二つに結んだあの少女が、右手で給食の盆を、左手でアーシェルの肩を持って立っていた。
「さ、行きましょ」
「え? え?」
 少女は戸惑うアーシェルの手を掴むと、不平を浴びせる留学生達などお構いなしにずんずんと食堂から出て行ったのだった。

「よし、ここなら邪魔は入らないわね」
 少女は手で額に屋根を作って辺りを見回しながら満足げに呟いた。一方、屋上に着いてやっと解放されたアーシェルは、盆をひっくり返さずに済んだことに安堵しつつ、へなへなと壁にもたれて座り込んだ。
 何なんだ、この娘は? 約束なんていつしたっけ? それに食堂の外に給食を持ち出してもよかったのかな?
 アーシェルの頭の中は疑問符だらけだったが、とりあえず何か質問して状況を把握しなければと思った。ただ、混乱しているせいか、最初に口を突いて出た質問は少々間抜けだったかもしれない。
「えーっと……、貴女の名前は?」
「あたし?」
少女はぱっと振り向いてアーシェルを見下ろした。
「あたしは、レザリス・ゲイルハート」
「じゃあ、ゲイルハートさ……」
「レザリスって呼んで」
「はい」
「それに、同い年なんだから敬語使わなくていいわよ」
「……分かった」
「貴方のことは、アーシェルって呼んでいい?」
「いいよ。親しい友達は“アーシェ”って呼ぶけど……」
そう言いかけて、アーシェルはしまったと気付いたが、遅かった。
「じゃあじゃあ、あたしも“アーシェ”って呼ぶねー」
そう笑ってレザリスは、アーシェルのすぐ隣に腰を下ろした。
 会話はしているのに、話が一向に進んでいないような気がしたが、この娘の前ではそういう努力が全て水の泡と消えてしまうような錯覚に、アーシェルは頭を抱えた。
「ねぇ、レザリス」
「なぁに?」
「訊きたい事はいっぱいあるんだけどさ」
「うんうん、何でも訊いて?」
「とりあえず、ご飯にしない?」
「あはっ、そうね」
 こうしてアーシェルはやっとのことで、昼食にありつけたのだった。

        *    *

「あっはっは、あの娘とそんなことがあったのかい」
 キースは腹を抱えて大笑いした。笑い過ぎて、涙を流さんばかりの勢いだ。
「笑い事じゃないよ。こっちは大変だったんだから」
アーシェルは口を尖らせた。

 この日の午後、キースはアーシェルと剣の稽古をする約束だったので、学校の昼休みが終わる頃を見計らってアーシェルを迎えに学校へ赴いた。
 食堂を覗いてみると、窓際の隅っこの席に座っているアーシェルを見つけたのだが、珍しいことに彼は見知らぬ少女と二人きりで語り合っていたのだった。アーシェルはキースに気付くと、まるで迷子が母親を見つけた時のように顔を輝かせて近付いてきた。その後を追ってきた女の子とは、アーシェルの紹介のもと互いに軽く挨拶した程度で別れたから、特に変わった印象は受けなかったのだが。

「まさか、そんなに積極的に君に近付いてきたとは思わなかったよ。まぁ、君の方から声を掛けた訳でもないだろうとは思ったけどね」
「もしかして、ウィンデスタールの女の子って皆あんな感じなのかな?」
「まさか。そういう国民性だとは聞いたことがないね」
 キースは笑って答えたが、この様子から察するにアーシェルは彼女の気持ちに本気で気付いていないようだ。
(まぁ、今まで恋愛経験もほとんどないみたいだし、同じ年頃の女性といえばシェリア妃殿下以外に親しくしている人もいないし……、鈍感なのも無理はないか)
今ここで彼女の気持ちに気付かせてやってもいいのだが、それは野暮というものだろう。
「少なくとも彼女に悪気はなさそうだから、いつもの君らしくしていればいいと思うよ」
「うん」
「ただ、講師としてはなるべくどの生徒とも公平に付き合うようにね」
「それは……、そうしたいんだけど、ちょっと難しそうかな……」
アーシェルは乾いた笑いを漏らした。確かに今日の話を聞く限りでは、そのレザリスという娘がアーシェルを独占しようとするのほぼ確実だろう。そしてアーシェルが彼女を拒絶できないであろうことも、キースは容易に想像できた。
「ところで、講義はうまくいったのかい?」
「うん、ちょっと緊張したけどね」
 二人は、いつも剣の稽古で使う野原を歩いていた。そして、いつもの場所に辿り着く。
「じゃあ、現役最年少の近衛騎士様の有り難い講義をここで再現してもらおうか」
そう言ってキースはゆっくりと剣を抜いた。
「え、それだと脈玉の戦闘状態を発動することになるけどいいの?」
アーシェルが目をぱちくりとさせて問う。
「前言撤回だ。いつもどおり、お相手を頼むよ」
「了解」
そう言ってアーシェルも剣を抜いた。
「行くぞ!」

        *    *

 王太子直属の近衛騎士と、その友人。そして、隣国からやって来た鍛冶職人見習いの女の子。恋愛沙汰以外、特に何も起こりそうにない三人の少年少女たち。
 そんな彼らの出逢いが、今後この国の運命を大きく狂わせることになるなどとは、この時まだ誰も知らなかった――。

無剣の騎士 第2話 scene3. 邂逅

⇒ scene4. 脈玉 につづく...

無剣の騎士 第2話 scene3. 邂逅

2016年初投稿。今年こそ完結させるぞと言い続けてはや数年……(汗)

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-13

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