竜二たちの甲子園

絶体絶命の大ピンチ。
ピッチャーマウンドに集まった九人に囲まれてオレは家に代々伝わる「勝利のドジョウすくい―金魚すくい編―」を審判に羽交い絞めにされるまで踊り狂った。
ベンチに戻ったオレに竜二監督は「素晴らしい働きをした」とでも言うように親指を立てるジェスチャーをした後、屁をこいた。
「もっと別な働き方させろ」と、竜二監督にひとこと言いたかったが言葉を飲んでベンチに座った。

甲子園決勝、相手チームのエースは小さい頃からずっとライバルだった男、竜二。
オレはこのチームの大黒柱、キャプテンで4番、竜二。
ここまで五試合の成績はホームラン250本、打率20割。
そのオレがこの絶好の舞台でなぜかスタメンを外された。
ベンチを温めたまま、とうとう九回まできてしまった。
4対4の同点で迎えた九回の表、相手の攻撃。
ここまで粘りの投球を見せていた後輩の竜二も遂に相手打線につかまった。
ワンアウト満塁で次はオレの永遠のライバル、竜二。
ここにきてようやく竜二監督に呼ばれた。
伝令。
「キャプテンの働きをしてこい」
おれは4番竜二だ。
4番の働きをしたいんだ。
そう心で泣きながら、オレは踊った。

九回表、オレから元気をもらった後輩竜二はライバル竜二を三球三振に仕留めた後、29連打を浴びた。
ひたすら打たれまくる後輩竜二は、全く交代させようとしない監督竜二にしびれをきらし、10連打を浴びたあたりから危険球退場を狙って相手打者の頭ばかりを狙って投げ始めたが、球はことごとくコースを外れ、その球は全てストライクど真ん中に集まり、球場に快音が響きまくった。
29連打の後、荒廃した精神でよだれを垂らしながら投げた球は、まるで生きているかの様に打者の手元で変化し見事三球三振に打ち取った。
戻ってきた荒廃竜二に向かって監督竜二は「あれが魔球だ」とでも言うように親指を立てるジェスチャーをした後、屁をこいた。
荒廃竜二はベンチの奥から殺意を込めて監督竜二の頭めがけて球を投げたが、まるで生きているかのように頭すれすれで変化し、マネージャーの竜二(女子)の顔面に直撃した。

九回裏、うちのチームの最後の攻撃。
「代打、竜二」と呼ばれて打席に入ったオレは、バットをバックスクリーンへと向け予告ホームランを宣言した後、ライバル竜二のストレートを宣言通りバックスクリーンへと運ぶ。
そういうイメージトレーニングをかれこれ二時間ほど目を瞑って息をするのも忘れてぶっ続けでやっていたために周りから「死んでんじゃないか」という声も聞こえてきてはいたがその都度「オレは生きてる」と周りに宣言しながら呼ばれるのを待った。

一人目の打者、ブルキナファソ人とアンティグア・バーブーダ人のハーフである竜二は、ファウルで二時間ほど粘ったが客席からの「もうよいではないか」のヤジに根負けしたようで、その後すぐ三振した。
戻ってきたハーフ竜二に監督竜二は「アンティグア・バーブーダってどこ?」とでも言うように親指を立て屁をこいた。
ハーフ竜二は「セントクリストファー・ネイビスの近くです」とでも言うように帽子を取ってベンチの奥へと向かった。
監督竜二は「それってどこ?」とでも言うように、ベンチを出て審判の元へ歩いて行った。
代打だ。
とうとうこの時がやってきた。
スコアは「33-4」で勝利は絶望的だが不可能ではない。
オレが満塁ホームランを8打席連続でかっ飛ばさなければならないが不可能ではない。
オレの頑張りいかんによっては一打席で七、八回は満塁ホームランを打てるかもしれない。
「竜二」
監督が呼んだ。
「はい」
マネージャーも含めて選手全員が監督の方を振り向いて返事をする。
「代打だ」
「わかりました」
オレは家に代々伝わる―
「お前じゃない」
そういうと監督はオレの後ろの男へ視線を向けた。

バッターボックスに、野球歴一か月、体重250キロの男が立っている。
個人的趣味で日々欠かさず相撲部を覗いている竜二監督が、しこを踏みつつバットを振りながら「競馬のジョッキーになりたい」と叫んでる姿を見てスカウトしてきた男だ。
名前を竜二と言う。
ライバル竜二の投げた初球。
その球は相撲竜二の横っ腹にめり込んだ。
相撲竜二は係員総出でバックヤードへと運び出された。

九回裏ワンアウト一塁。
一塁にはまだ誰も立っていない。
相撲竜二は立てそうもない。
立ったところで一塁ランナーになっても足は遅そうなので困る。
監督が審判に「代走―」と言いかけたところで、オレに再び出場の光が見えた。
光が見えたと同時に監督の袖を相撲竜二が引っ張った。
「いけます」
いけては困る。
「よく言った」
そう言って監督竜二が相撲竜二を抱えてグラウンドへ向かおうとした。
その瞬間、その場にいる全員の予想が当たり、監督竜二は相撲竜二に押し潰された。
監督竜二は「まさに『押し倒し』だな」と笑いながら、曲がらない方向に曲がっている足首を気合で元に戻した。

九回裏ワンアウト一塁。走者は相撲竜二。
代打は告げられずそのまま、なんとか竜二が打席に立った。
監督竜二は相撲竜二にサインを出した。
「走れ」

ライバル竜二が投げた瞬間に走る相撲竜二。
相撲竜二に向かって叫ぶ監督竜二。
ライバル竜二が投げた球をなんとかバットに当てたなんとか竜二。
一二塁間へ弱い打球で転がる球を取りに行くライバル竜二。
ぜいにくを波打たせながら走る相撲竜二。
球を取りに行くライバル竜二を制止する一塁竜二。
一塁に向かって走るなんとか竜二の前に球を取った一塁竜二。
絶体絶命ななんとか竜二。
してやったり顔の一塁竜二。
転ぶ相撲竜二。
ジャンプして一塁竜二の上を飛び越えようとするなんとか竜二。
真上に2メートルジャンプするなんとか竜二。
おどろいた身長3メートルの一塁竜二。
あえなくアウトになるなんとか竜二。
あとアウト一つで完投勝利と言う状況にほくそ笑むライバル竜二。
土がついた相撲竜二。
黒星スタートの相撲竜二に向かって叫ぶ監督竜二。
また走り出す相撲竜二。
二塁へ球を投げる一塁竜二。
二塁へ滑り込む相撲竜二。
二塁で球を受け取ったキャッチャー竜二。
ホームベースから二塁まで走ってたキャッチャー竜二。
そこは別の竜二に任せたらどうなんだキャッチャー竜二。
おいしい所はわたさないぜキャッチャー竜二。
おまえのこと睨んでるぞセカンド竜二。
あれは睨んでるんじゃなくて「先輩かっこいい」の目だから問題ないセカンド竜二。
それでもキャッチャー竜二。
そろそろ試合に戻らないか―ところで君は何竜二?
オレは4番竜二―準決勝まではな―なのになぜか今日は試合に出してもらえない―わからないよキャッチャー竜二。
まあ試合に戻ろうか4番竜二。
ああキャッチャー竜二。
交錯する相撲竜二とキャッチャー竜二。
審判を見上げる相撲竜二。
逆光でシルエットの審判竜二。

相撲竜二は泣きながら甲子園の砂を袋に入れている。
監督竜二は帽子を取って客席に礼をしている。
荒廃竜二は監督竜二の頭めがけて球を投げまくっているが、ことごとくマネージャー竜二(女子)の顔面にめり込んでいく。
ライバル竜二がオレの所に来た。
「怪我でもしていたのか」
オレはおもむろに右手で左手首をギュッとつかみ、顔をゆがませた。
「ちょっとな」
うそついちゃった。てへっ。
ライバル竜二がうなずきながらオレの肩を叩き去っていった。
後ろ姿に「優勝おめでとう」と言うとライバル竜二は左手をあげた。

全てのセレモニーが終わった後、トイレで監督竜二と会った。
二人並んで立ち小便器でシャーシャーする。
「どうしてオレを出さなかったんですか」
監督竜二は顔をくしゃっとさせながらため息をついた。
「『第1104回チキチキ竜二甲子園』の出場ルールを言ってみろ」
「名前が『竜二』であること」
「そうだ」
「オレだって竜二だ」
監督竜二はシャンシャンと上下に腰を振ってチャックを閉めた。
「昨日、お前の母親からお前あてに伝言を預かった」
監督竜二は蛇口をひねった。勢いよく水が飛び出てきたのをきゅきゅっと調整する。
「小さい頃、自分の名前が嫌だったそうだな」
監督竜二は手を洗いながら鏡を見た。
「それで母親に『名前を変えてくれ』と言っていたそうだな」
「あまりよく覚えてないけど、そんなこともあったかもしれないです」
「10年以上前におまえの母親が、当時お前が好きだったお菓子の名前で改名願いを役所に出したそうだ」
とてつもなく嫌な予感がした。
「昨日受理されたそうだ。新しい名前は『ポテトフライ』だ。だからお前はもう竜二ではない。それで試合には出せなかった」
ごめんなポテトフライ、と監督竜二は天を仰いでつぶやいた。
手を洗い終えた監督竜二は蛇口を閉め、尻のポケットからハンカチを取り出した。
そのハンカチで手を拭くのかと思ったらそのまま口に当てて笑いをこらえているようだった。
声を押し殺しながらもだえる監督竜二を見て思った。
そうだ、芸人になろう。

竜二たちの甲子園

竜二たちの甲子園

絶体絶命の大ピンチ。ピッチャーマウンドに集まった九人に囲まれてオレは家に代々伝わる「勝利のドジョウすくい―金魚すくい編―」を審判に羽交い絞めにされるまで踊り狂った。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-12

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