cheerful person.10
これからも
8月2日の午後6時。
秋風の家の近くの神社では、すでに人でいっぱいだ。
「えーと、鳥居の前に集合で良いんだよな・・・?」
待ち合わせの時間は午後6時。場所は神社の鳥居の前。ついでに、右側だそうだ。
俺は念のため10分前から来ているが、秋風もそろそろ来る頃だ。
それにしても、不思議なものだ。
待たされているのに、全くと言っていい程、苛立ちや嫌悪感がないのだ。
もしかして俺って、秋風のこと好きなのかな、と冗談で思っていると
「シユくーん、待ったー?」
まさかの、ご本人登場である。
ここから少し離れた歩道の方でブンブン手を振っている。
そのおかげで、彼女の整った外見と相俟ってすごく目立っている。
よく見ると、服装もいつもとは違い、薄いピンクっぽい色をした浴衣を着ている。
ナゼ浴衣という物は、着るだけで女性特有の色っぽさを出せるのだろうか?
アレを考えた人はきっと天才だったのだろう。
そんなくだらないことを考えていると、いつの間にか秋風が目の前にいた。
「アレ?シユ君はいつもと変わらないね。」
「そ、そうだな。」
正直、いつもよりと服装が違うというだけで、かなり緊張してしまう。
自然といつもより距離を取りたくなるが、生憎後ろには鳥居があり、いざ神社に入れば人混みだ。
さりげなく距離を置くことは、おそらく不可能だろう。
「じゃ、行こっか。」
秋風に促され、神社へと入る。
頼むから持ってくれ、俺の理性。
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「あ!射的あるよ、射的!」
神社に入り、しばらく経ったころ。
最初は無難な会話をしながら歩を進めていた俺たちだったが、時間が経つに連れ、2人ともテンションが上がってきた。
適当に出店を見て回っていると、秋風が射的の出店を見つけたようだ。
「射的かー、夏祭りで1回見て、後はあんまり見ないんだよな。」
「そうだね。こんな時にサラっと景品取ってくる人ってかっこいいよね。」
よし、分かった。
「秋風、俺、行ってくるよ!」
「え、行くの?」
行くしかないだろう。あそこまで完璧な前フリをされたのならば!!
「すいません、1回良いですか?」
一応、この店の主に声を掛けてみる。テンションが高いと、無駄に人と話したくなるのだ。
幸い、ここの主人は明るく活気のよさそうな男性だったので、初対面でも笑顔で対応してくれた。
「お、なんだ兄ちゃん、彼女にプレゼント?」
「まあ、そんなところです。」
あの子は友達だ、と否定して場の空気を盛り下げるのも何なので、曖昧に返事しておいた。
1回300円で弾は5発。5発で何か景品を取らなければならない。
「・・・よし。」
俺は某メガネの少年のように、射的が特技というわけではないが、これで何も取れなかったらアレなので、何としても取らなければならない。
「がんばれー。」
いつの間に買ったのか、秋風は綿菓子を食べながら後ろでこちらを見ている。
ここで景品を取ってプレゼントしたら、アイツ、喜んでくれるかな?あ、これ取れないフラグだ。
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数分後。
「まあ、良かったじゃん。景品貰えて。」
秋風はそう言っているが、俺としてはあまり嬉しくない。
確かに、景品は貰えた。貰えたのだが
「マトリョーシカって・・・・・なんか・・・・・地味・・・。」
しかも、顔はこけしのこけしマトリョーシカだ。もう、こけしかマトリョーシカかどちらかにして欲しいものだ。どっちもあんまり嬉しくないけど。
それに、最初は秋風にあげるつもりだったが、こけしマトリョーシカを貰ったところで、別に嬉しくないだろう。
「ごめんな・・・秋風・・・。」
「?、なんで謝るの?」
何故か不思議そうな顔をされたが、とりあえずこれで射的の件は終わりだ。
折角の夏祭り、楽しまなければ損だろう。
気分をスッキリさせる。そのとき、ドン、という大きな音が聞こえてきた。
「あ、花火だ!」
どうやら、花火が上がったようだ。
こう来たら、人目に付かないところに移動して、2人で花火見て
「君の方が綺麗だよ・・・。」
とか言ってみたいが、言ったらまずドン引きされるし、まずここは人混みの中だ。
なので花火が上がっても「あー、花火だー。」くらいの感想しか持てないのである。
しばらく、ほけーとしながら花火を見ていると
「ねぇ、シユ君・・・・・ちょっといい?」
秋風が、俺の服を少し掴んで尋ねてきた。
「どうした?」
「と、とりあえずこっち来て!!」
「えっ、ちょ・・・」
急に腕を掴まれ、来た道を戻って行った。
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「・・・・・で、何なんだ?」
俺は今、神社の石段の近くの木陰に来ている。
確かにさっき、2人きりになりたいなー的なことは思ったが、それは花火とセットでだ。
ここでは当然、花火も見えない。
当の秋風は、花火を見た時は嬉しそうだったので、花火が苦手ということではないと思う。
では何故、こんなところまで来たのだろうか?
「ご、ごめんね・・・急にこんな所に連れてきて・・・。」
「いや、俺は別に良いけど・・・。」
というか、むしろ役得だ。
さっきから、距離が近い。こんなに間近に秋風がいることは、まず無い。
なので俺は迷惑どころか、すごく嬉しいのだが、向こうは申し訳なさそうにしている。
「つーか、どうした?何かあったのか?」
「・・・そうじゃなくて・・・その・・・」
ここまで歯切れが悪い秋風を見たのは、どれくらい前だろうか。おそらく、5月くらいに見た限りだろう。
本当に何なのだろうと思っていると
「あ、あの、言いたいことがあるから・・・聞いてくれる・・・?」
俺はここで、言葉が出なかったのだと思う。
無言で肯定を示し、話を聞くことにした。
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思えば、いつ頃からだろうか。
少しずつ、しかし確実に、彼を見る目が変わっていったのは。
最初は、少し変わってるなと思って、声を掛けた。
彼は少し困ったような感じで、話に付き合ってくれた。
それが続き、1週間、2週間、1ヶ月、2ヶ月と続いた。
その中で、いつの間にかお話できる友達から、親友に変わっていた。
場の空気を読んで、相手を盛り立てて、盛り立てられて。
そんな、つまらない友達ではなく、本当の、思ったことを素直に言える親友に。
次第に、相手のことを知りたいという気持ちも、強くなった。
そして、知っていくうちに、ある感情が芽生え始めた。
今彼は、目の前で黙って話を聞いてくれている。いつも通り、私の話を聞いてくれている。
「・・・・・それでね、少し前から思ってたことがあってね・・・」
さあ、これで前置きの言葉は終わった。残る言葉はあと1つ。最後の、1番伝えたいこと。
言ったあと、もし彼が離れていってしまったら。そんな不安もあるが、言わなかったら、一生後悔するような、そんな気がする。
「この人ともっと一緒に居たいなって・・・だから・・・」
後のことは後になって考えれば良い。今は、この言葉を紡ぐことに集中しよう。
「私と・・・・・こ、恋人になって・・・・・くれませんか・・・・・?」
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その場の雰囲気で、何を言うのかある程度察することは出来たが、それでも信じられなかった。
まさかな、そんなことあるわけない、と。
しかし、言葉にして言われてしまうと、もう受け入れるしかない。
秋風は、俺の体にもたれるようにして顔を隠している。もう耳まで真っ赤なので、隠しようがないのだが。
さて、どうしようか。
彼女はここまで、一途に自分を好いてくれている。
俺としては、当然OKするところなのだが、相手が可愛いから、という理由で付き合うのは秋風に失礼な気がする。
俺は一体、秋風のことをどう思っているか。
外見も可愛いし、性格も優しく、器が大きい人間だと思う。
俺のような人間が友達では、さぞ不釣り合いであろうと、何度も思った。
今回求められている関係は、その上のモノだ。
この人と一緒に居たい。そう秋風は言ってくれた。
ならば、俺はどうだろう。ずっと一緒に居たいと思うのか。
そう自分に問うと、すぐに答えは返ってきた。
「ああ・・・。こいつとずっと、生きれたらいいのに・・・。」
いつか、口から零れた言葉。もう既に、答えは出ていたのだ。
ならば、早く答えを返してあげよう。
「なあ、秋風・・・本当に俺でいいのか?」
「・・・ウン。」
短く、答えが返ってきた。
「そっか・・・俺もさ、前から思ってたことがあってさ。」
「・・・・・・・・・・。」
秋風は無言のままだ。いや、おそらくさっきの俺と同じで、緊張で言葉が出せないのだろう。
「秋風とずっと居られればいいなって・・・側にいたいなって・・・・・」
そういえば、ずっと華って呼べと言ってたっけ。ずっと忘れてしまっていた。
「だから、俺からも言うよ・・・・・大好きです。俺と付き合ってください、華。」
「・・・ハイ・・・・・!!」
短く、しかし嬉しそうに、彼女は頷いてくれた。
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「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
静かだ。すごく静かだ。今までに無い程。
今は、華を家の家に向かっている途中なのだが、あの告白の後は、これでもかという程に会話が無かった。
俺も華も、おそらく理由は同じ。
恋仲になって、何を話せばいいか分からないのだ。
しかし、このまま無言で帰るというのもどうかと思うので、何か話しをすることにした。
「そ、そういえばさ・・・」
俺が急に口を開いたからか、華はビクッと肩を震わせた。
「華はさ、家族に話す?このこと。」
「き、聞かれたら・・・ね。」
「そっか、俺は話せそうにないけどな」
話した途端、色々と大変なことになるだろう。父はもちろんのこと、母も。
その光景を想像して、少し憂鬱な気分になっていると
「・・・フフッ。」
何故か、華に笑われた。
「何だよ、おかしいか?」
「いや、やっぱりシユ君はおもしろいなって。」
それをおかしいと言うのだと個人的に思う。
「だって、自分の思ってることを色んな方法で表してくれるんだもん。」
「・・・俺、今回表したつもりないんだけど。」
「顔がすっごく嫌そうな顔してたよ。あのお父さんのこと考えてるんだろうなって、分かっちゃった。」
俺の父が、華の中では既にブラックリストに載っている人物だと分かってしまったが、何とかあの静けさからは脱出できた。
しばらく華と他愛ない話をしていると、あっという間に華のマンションに着いてしまった。
「あ、着いたね・・・。」
華が少し残念そうな顔をした。俺も話が盛り上がってきたところだったが、着いてしまったものは仕方がない。
「じゃ、また今度な。」
「ちょっと待って!!」
急に呼び止められた。
「あのさ、またいっぱい会えるよね・・・?」
「当たり前だろ。」
ここは直ぐに答えてやる。折角恋人になったのだ。今度からは、俺からも遠慮なく会いに行くことにしている。
つまり、減るどころか増えるのだ。一緒に居られる時間が。
「!、ウン!!そうだよね!!」
秋風は最後にじゃあね、と言って自分の部屋に向かっていった。
そう、また会える。一緒に居られる。
ずっと、ずっと。これからも・・・。
cheerful person.10
これで終わりです。
読んでくださった方、ありがとうございました。