記憶の無い海

記憶の無い海


「戦争が始まったらさ、この国はどうなっちゃうんだろうね」
「さぁ」「興味がないよ」
「この国の首相は、どうかんがえてるんだろうね」
「どうって」「なにをさ」
「この国の未来だよ」
「さぁ」「そういうのにはあまり興味がないんだ」「ただ、言えるとしたら、なにも考えてないんじゃないかな。そういう、この国の未来とか」
「あんな大っきな塔みたいなの作って?」「あれはいったいなに?」
「僕に聞かれたって、わからないよ」「でもあれって、確かに、何の意味があるんだろうね」
「もう私たちには関係ないけど。」「だって私たちが最後の世代でしょ?」
「らしいね」
「私たちはどうせ死ぬんだから」
「そんな悲観的になるなよ」
「だってそうでしょ?」「私たちがこうやって話すのも、これが最後かもしれない」
「本当に最後かもしれない」
「え?」
「昨日通告がきた」
「......」
「僕は明日、飛行機に乗る」
「先に行っちゃうんだね」
「これはしょうがないことだよ」
「なにがしょうがないの...?」
「すべてがさ」「そういう風に決まってるじゃないか。もうずっと昔から」
「どうして...?」
「知らないよ」「本当に知らないんだ」
「飛行機に乗った人はみんな…」「誰も帰ってこないじゃない」「あなたもきっとそう」
「多分そうだね」「なんとなくだけど、わかるんだ。多分もう帰ってはこられない」
「あの海の向こうになにがあるの…?」「なぜみんなあの海の向こうに行こうとするの…」
「多分だけどね、」「理由なんてないんだよ。もうずっと昔から、理由なんて誰も覚えてないんだ」

「もう行かなきゃ」
「最後にね、」「昔、お母さんが教えてくれたの」「あの海は昔、太平洋って呼ばれてたって」
「たいへいよう、か」「なんか如何にも壮大で果てしない感じだ」
「でもあの海には他に別名があるそうよ」
「別名?」
「そうよ」「あなたが昨日話してたでしょ?」 「あの海の向こうを目指す理由なんて、もう誰もおぼえてないって」「そのときに思い出したの」
「なんて呼ぶんだい?」

「記憶のない海」「あの海もきっと、覚えてないのよ何もかも」「水はただ雄弁にそこに佇んで、何かを感じても、全てさらって忘れてしまうの」
「よくわからないや」「僕には少しむずかしいよ」
「あなたも同じよ」「あなたのお母さんにその名前をもらってから、うみ、あなたも同じなの」「全てを忘れて、私の前からいなくなるのよ」
「またきっとどこかで会えるよ」
「きっとね」「そうきっと会える」「そのときまで私を忘れないで」「きっとよ…?」
「約束するよ」

「またきっと生きてどこかで会おう、僕らがもう少し歳を取ったら」

記憶の無い海

記憶の無い海

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-11

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