友達について
かわいい菅原さん
小学校の五年生の時に一緒のクラスになった菅原さんとは、名前が“す”から始まる者同士、菅原さんが前で私が後、という順番で並ぶことが多く自然と仲良くなった。お互いクラスのトップを張るお洒落番長になるとは、目立ちすぎて趣がなく、とは言うもののフツーも嫌、なんていう子どもながらに我先に煎餅を両面焼きにしたいと企むところが似ていたんだと思う。
一緒にいればいるほど、違う部分が見えてきた。菅原さんはピンクが好きで私はレインボー、病気を疑われる程色が白かった私に対し菅原さんは異国情緒漂う浅黒い肌をしていたり。本人いわく「アムロちゃんに似ているとよく言われる」とのこと。私にはスリランカ辺りで水揚げされた大口を持つ魚に似ているように見えていた。
菅原さんとよく出かけた。過剰な感嘆詞を連呼する私に、色々なものを教えてくれた。駅前の大型書店の文具コーナー、上野で大量のたこ焼きを食べ、雑誌のダイエットコーナーを、お菓子を食べながら、学校の廃焼却炉の前に座って読んだりして、おかしおかし。とても楽しかった。
楽しい日々で何よりなのだけど、一緒に居る時間が積み重なる内に、じょじょに菅原さんの秘密が見え始めてきた。
小学生の頃といえば、よくよく友達の家に遊びに行ってはお菓子を御馳走してもらい、自分の家にも喜んで友達を招いたものだ。しかし、菅原さんは断固として家に人を呼ばなかった、理由も教えてくれない。自分のプライベートというか学校での顔以外のことを語りたがらなく、小学生の話の定番ネタであろう「家族」から立ち込める“温かさ”が彼女から欠けていたように思える。そう、彼女はいつも平温だった、やはり菅原さんは哺乳類ではないのかもと真剣に考えたりした。
私以外の子もみんなそう思っていたのかもしれない、菅原さんに友達が少なかったのは、そういう面が、彼女を身近に感じることを困難に思わせていたからかなぁ。菅原さんのつんけんした態度や身の内を話さない一文字の口は、甘いものが大好きな小学生の頃を思えば、それは口に合わず近寄り難いのも頷ける。
でも菅原さんは男子にモテた、かわいいかわいいと噂されていた、よくある不条理な話だ。でも菅原さんは男子に振り向きもしなかった。一人ぼっちの菅原さん、その強さは、何を食べているから? 残酷で気高く「うつくしい、うつくしい」と一人呟いていた。
ある程度いた友達の中で菅原さんだけ今もこうして特別視している理由は、仲良くしだったなんてどうでもいい、彼女を見ることが美しさを感じる初めての経験だったからだ。今も昔も私のことを「なみ」と呼んでくれるのは菅原さんだけであり、私も下の名前を呼び捨てで「みく」と呼べるのは菅原さんだけだったりする。実はノリのいい外人も、さっくりと「ナミ!」って呼んでくれますけど。
そんなこんなであっという間に小学校生活は終わった、何故始まったのかどうのようにして終わったのか覚えていない。
中学生になって、そういうお年頃だからお洒落に色気を塗り始めるようになる。例外なく私も菅原さんも、いや、むしろ異様な色気を放ち出した菅原さんのそれは例外に部類できるものだった。もう大型書店には行かなくなった。
私たちは同学年の女子の見た目についてやたらと罵倒するようになった。二人で密かに、メスだらけの動物園を作ってケラケラ笑っていた。
「山下ってさ、猿みたいな顔なのになんでモテんの?」
「えーなんでだろう。猿って人間に似てるからじゃん」
「はぁ? 意味不明っ、ふふ。 じゃあさ、えりなリンはなんでモテんの?」
「えーっと、うーん。なんでだろうなぁ、あの子も猿っぽくない? うーん、みくの方が絶対カワイイと思うんだけど」
「えぇ、そんなことないよー」
動物園というよりか猿の惑星だろう、みんな猿に見えた、自分たちがお山の大将ならばもれなく我らも猿なんだって、そんなこと口が裂けても言えなかった。
カワイイ菅原さんが何を言おうがすべて美しく、正しく思え、菅原さんの罵詈雑言だけはオーケストラの演奏にさえ聞こえた。小学生の時に釈然としなかった、菅原さんのくせになる美しさの正体は色気・大人気だったのかも、と気づいてしまった。
私は菅原さんの下僕になった。
今ならふざけて、無意味に「私は下僕だー!」と地球上の何処でも叫び出すことができる、だからどうしたって思いました? やってやりますよ。
しかし当時は“わざわざ”何かしてあげることが快感だったため、自分が下僕だなんて微塵も思わずにいた。けれど、菅原さんに「私は下僕だー!って大声で言って」なんて言われたら、そりゃもう身衣かなぐり捨てて下僕ウォンウォンしていただろうね。でも中学生の時の私なんて下の毛が生え始めたばかり、ただ何の意味もなく叫ぶなんて恥ずかしくてできなかった、菅原さんからの命令だからできたのだ。つまりは彼女の魅力にメロメロだった。
下僕の朝は早い。私の家から中学まで最短距離で一キロ半程、遠い部類入る距離だったが、私は“わざわざ”菅原さんの家まで彼女を迎えに行き、プラス一キロをひたひた歩いては二人で登校した。これこそまさにアッシー。さらには変質者が朝でも出没するブドウ果樹園の横を通らなければ菅原さんの家に行けないので、“わざわざ”変質者に追いかけられながら彼女の家を経由していたのだ。三年間がかりですり寄ったプラス一キロの無駄足は、メロスが走った三日間に匹敵する程の友情に溢れている。
しかし菅原さんは、友達に無駄足を課すだけの生ぬるい輩ではない。家のインターフォンを押すと二回のベルが鳴る、その後に菅原さんの母君の「なみちゃんきたよー」の声、菅原さんの「わっかってるー」ダルそうな返事、ドアが開いて父君の「おはよ! いつもごめんね」爽やかな笑顔と発進するシルバーのレガシー…………表札の“菅原”の彫刻文字に宿る葉の一片。
たらったら準備する菅原さんをひたすら待つ。二十分いやもっと短かったかもしれないが、速足できたせいで脈打つ呼吸を体中に押し込めながら永遠の錯覚と待った、もうこれって、一人走れメロス状態ではないか。
菅原家から漂う匂いが暇を潰す楽しみになっていて、それはパンの焼ける香ばしい匂いの時もあれば焼鮭の塩っぽい匂いの時もあった。今日の朝ご飯はアレだコレだと分かってしまう、朝ご飯が用意されない我が家なので、とても羨ましく、それよりもそういうことを語りたがらない菅原さんの家庭臭を独り占めできることが嬉しくてたまらなくて何時間でも待てた。くんくん、二回目の朝ごはんは興奮に満ちて、何時、自分が菅原家の石段を嘗め尽くしてしまうのだろうか。男子で言えばぼっ起みたいな、クレッシェンドを身体の真ん中で感じていた。
「ぉはよー」
短いスカートから生えた浅黒く健康的な脚が見えて、朝のこの瞬間、菅原さんは色が黒いなと春夏秋冬つねづね思ったのだけれど、これは彼女のコンプレックスなので欠片も指摘したことはない。竹の葉のような髪をなびかせ、ヘアコロンの香はころころ変わっていった。
「おはよ、今日の朝ご飯って、もしかして昨日の残りのカレーでしょ?」
「はぁ? んな訳ないじゃん、朝からカレーなんて太るし」
「ふーん。だよね」
軽い気持ちでもっと喋ってくれてもいいのにな、と餌を前に我慢を命令された犬になって、いつか菅原さんが“温かい”ことを話してくれることを期待して尻尾を振る毎日だった。そういえば、中学生女子の定番ネタの初潮や生理について、菅原さんと話したことは一度もなかった。今となっては面倒なこと、どうせ月に一回梅干しおにぎりを産んでいるんだから、だからどうした。
そんなこんなであっという間に中学生活は終わった。なぜ始まったかは覚えていないけれど、なぜ終わったかは覚えている。
高校生になった。菅原さんとは別の高校に進学した。二人とも第一志望の公立に落ちて私立高校に行くはめになりまして、菅原さんは頭の良い共学に、私はコースによって偏差値の差が二十以上ある女子高の最底辺コースに、散々馬鹿にされたことを覚えている。
高校生になってからは全く連絡をとらなかったため、菅原さんのことなんてすっかり忘れていたのだけど、一年生の秋、地元のターミナル駅で菅原さんと偶然会った。地下ホームの先頭車両の階段を降りてすぐのところにあるベンチに菅原さんともう一人は座っていた。二十二時をまわっている、上り方面のホームに人は全くいなかった。
「あ、なみ! ちょー久しぶり! えっ、なんでジャージなの?」
「あ、部活帰りだから。って、えぇ? みく! ほんっと久しぶりだねー。もしかして、彼氏さん?」
「そうそう、紹介してなかったよね」
「はじめましてぇ、みくの彼氏です、天馬っていいまーす」
「はーい夜露死苦―。あ、みく髪染めたの?」
何コイツ、きっも。この彼氏の名前は天馬なんとかだった、下の名前は春雨だか春巻だったかで、少女マンガからでてきたような胡散臭さが粒子レベルで鼻に突き刺さった。超絶面喰いだった菅原さんは何を間違ったのか、天馬氏はお祭りで釣り上げられる水の入ったヨーヨーにそっくりな顔をしていた。
菅原さんの学校の制服はそれはそれはかわいらしく、紺のタータンチェックのスカートがとても似合っていて、大人っぽくなったなーと感心する。一方私は背中に“○○高校陸上競技部”の文字が明朝体で脈打つ真っ赤なジャージを着ていた、それをダサイいと顧みる暇はなかった。
二人は寄り添い啄み合っていた。真ん中でちょこちょこ分け合うスターバックスコーヒーのヴィバレッチなぞ、脇にさしたプロテインの男臭さには敵わん。
「なみちゃんだよね? みくがよく話してる子だぁ?」
「そうでーす、なみちゃんでーす。あ、みく私のこと話しくれてんの?」
「えーべつにそんな、ね? 話してないよ」
「ごめんねぇ。コイツ生意気でぇ」
「もーう、うっさいなー、ほんとムカツクー。コイツ、ドSなの、いっつもイジメてくるの」
「へー、あのいじめっ子のみくちゃんが? いがーい」
「えぇ? コイツいじめっ子だったの? そりゃぁ、お仕置きしないと」
「やだぁ、ぃたーい!」
「……ふ」
思わず吹き出してしまったではないか、あの菅原さんが出目金、じゃなくて風船ヨーヨー野郎に見事釣られているなんて。
「いいなー、お幸せに」
それだけ言って、私を救うように到着した各駅停車新木場行きにそそくさと乗り込んだ。目まい貧血脳内糖欠、脇差プロテインのタンパク質を口に出してほしい。電車の中で、私は絵に描いたようにガクンと頭を抱えて項垂れた、そしてじわじわ泣いた。
今までの菅原さんはもういない、友達一人失うのはこんなにも悲劇めいたことなのか。猫撫で声ですり寄る姿、頬を抓られて上目使いで彼氏を見上げる菅原さん。あぁ、あの時のように私を靴底で蹴散らすように、あれやこれやと我儘を言っておくれよ。菅原さんの気高い美しさの隙間から覗く醜い性格と、頑なに黙りこくった知己で旧知の恥ずかしめいた内面! 私の知っている菅原さんはもうここにはいないのだ。結局男か! タカが男一人で? タカの子だかワシの子だか知らんが孕むのだ、もう誰の子でもいい。もしあの時天馬氏に、菅原さんは私があげたハムスターを三日で殺したとか、実は……なんて言える強さがあったらなぁ。
「……どんなセックス、すんだろーなぁ」
車内に鎮座する劇薬になりかけていた程私を猛烈に掻き立てた思考、メロスは墳怒した。気がついたら私のメシアは終点から折り返し、最終便の各駅停車大宮駅に変わっていた、心底惚れた、今こうして彼の中に入っていることがとてつもない幸せだった。
その後私は狂ったように男子の連絡先を漁り、心に烈火を燃やしながら、純情なヴァージンハートを情けなく燃やす焼土作戦と、連日の部活動のハードな練習を繰り返した。
高校二年にもなると、私は菅原さんのことを本格的に忘れていて“下僕の詩”なんて読み人知らずもいいところになった。一つ年上三年生の彼氏が我が地元に遊びにきた時、特に面白い場所があるでもない土地なので帰れと言ったものの、帰らんと言い張り、終いには私が通っていた学校を見たいと言い出した、なんという粘着力だ。そんなもの見て何になるのだ、相容れん、とかブツブツ言いながらメロスだったあの頃の道を何も考えずに二人で歩いた。
「ここで何回も変質者に追いかけられたんだー。でもさ、三年生くらいになったら“受験頑張って”とか言われるようになったし」
「わざわざ通らなくていいじゃん、危ないのに?」
「この先に住んでる友達の家に寄らなくちゃいけなくて……うん、ほら、あそこ」
なんだか変な感じだ。高校は電車で三十分ほどかかるところにあったので、部活だったり彼氏の家に行ったりでそれなりに忙しかったから、最寄駅と家付近に立ち寄ることはなかった。もちろん、あれから五年間“わざわざ”菅原さんの家まで来たことは一度もなかった。
風景は何も変わってないように見えた。午後三時くらいだったので、食卓の匂いもせずレガシーもないのだけど、私の中で瞬間冷凍された記憶ははっきりとした味とともに溶け出している。
「懐かしーい。みく、元気かな……」
わざわざ「ここが私の友達の家だよ」なんて、彼氏に言わない。けれどなんとなく歩く速さが遅くなっていた私に合わせて、ゆっくり歩く彼氏、彼は菅原家をじっと見た。
「……ここの家って……」
「?」
彼氏が菅原家の塀に向かって、今まで見たことないような意地の悪い表情をしてニヤニヤしている。犬の糞でもあったのかな、と思い目線の先を追ってみるとそこには三枚ほど貼られた選挙ポスター。
「なに? ポスター?」
「いや、ちょっと、こっちこいよ」
彼氏に連れられて十字路を曲がり、何がおかしいのか再度聞いてみた。
「いやね、お前の友達ン家、なんていうか……信仰宗教に入ってるっしょ?」
「え? 知らない! だってあんまりそういうこと話す子じゃなかったし、家行ったことないし……」
「ははは! 気を付けろよ、勧誘されたら面倒だから、俺んちの近くにもいてさー、やたらと電話かかってきてさー。でっかい仏壇とかあったっしょ?」
「し、知らないよ! だって……家、一回も行ったことないもん」
私の思い出は嘲り笑いの果て、みじん切りされていく。
「うっそぉ地元の友達ンちって、え、家行ったりしなかったの? あぁーそうだよ家がアレだから秘密にしてたんだなぁ」
「……なるほど」
結局その程度だ、自分の家が特殊なアレに加入していたから、家族のことを話さず家に呼んではくれなかったのか、阿保くせー。
実は菅原さんは人間じゃないとか、ひた隠しにされた小さな秘密に私はロマンスを感じて翻弄されていたのだ。菅原と言えば、光源氏も薫大将も空想の人物に過ぎないと思い知った、更級日記の作者もこんな気持だったのか、なんて。くだらない。ポスター一枚で菅原さんの美しさと醜さの塩梅が消える訳ではないのだが、そんな薄っぺらな友情なら忘れて正解なのだよ。菅原さんのだんまり一文字の美しさが、男に汚されて、私はただの下僕だった。私は菅原さんの下僕でいられなくなった、男を知ったから? 分らないけれど二人ともあれやこれや失っていったのかもしれない。
私は菅原さんの家の方に振り返り、叫んだ。
「ブース! しねッ! もーーーっ、しねマジこらぁはっははぁあーは!」
「え? え? 聞こえるよ」
私は彼氏の腕をむんずと掴んで引っ張った。
「どーもしない。もーいーよ。あぁ。あーそーだーセックスしよー家でセックスしよー」
今度はすべてを自分の意志で氷結した。ゴツゴツした彼氏の腕にぎゅっとしがみ付き、もう友達なんていらない、と強く思った。
「え、でもゴム持ってな」
「は? ゴムなんていーよ、べつに。ナマでいーじゃん」
川の流れのように、菅原さんのことはもうすっかり忘れた。忘れていることすら忘れて、それが何重層にも重なって瘡蓋がぽろりととれた。結局それだ、忘れてしまっただけだ。新しい傷はつけたくないから友達なんていらないや。
友達について