ヒナの孵化
1
人妻のヒナは夫のケイタとの結婚を機に仕事を辞めて子作りに励んだ、子どもがたくさんいる賑やかな家族に憧れを抱いていた。しかしなかなか子宝に恵まれず、そのうちセックスが二人にとって苦痛となり結婚から二年経った今ではダブルベッドにヒナが一人で、ケイタはリビングのソファで寝ている状況になりさがった。 ヒナはケイタに献身的に尽くしているもののケイタはヒナを疎ましく思っていて、仕事が終わると飲み会に行くことが日課であり、帰りはいつも日を跨ぐ。遅くまで起きて待っているヒナの、そのおずおずとした袖元がケイタを苛立たせる。
「なんだよ、めんどくさいから寝てればいいのに。」
「うん、ごめん。でも心配で……」
酒とタバコに焼けたジャケットをヒナに投げつけると、ヒナが着ている薄桃色のリンネルのパジャマが一瞬にして毛羽立ち汚れたようにみえた。
そんなケイタの態度に、ヒナは女としての劣等感を感じずにはいられずにいた。ヒナの見た目は決して秀でているとは言えない、モブとして街を構成するに適している。当たり障りのない茶髪のボブヘアに少し膨れた頬と、奥二重の垂れ目、脚も手も生活に適した形を保っていてそれ以上でも以下でもない。
一方ケイタは学生時代に野球部に所属していただけあって、恵まれた体格にネイビーのスーツがよく似合う。浅黒い肌と流行にのった短髪に鋭い眼、メーカーで営業を担当している彼の表情は自信に満ち溢れている。2人が並んで歩いていると、やはりヒナが丸め込まれているような、ケイタ優位の関係性は第三者からみても明白だった。
ある日の午後、ヒナがショッピングモールの食品売場で買物をしていると、同じ地区に住む白井アヤコに会った。アヤコはヒナより二歳上でケイタと同い年である。
「湯沢さーん、こんにちはぁ、なんか久しぶりじゃない?」
「アヤコさん!ね、ほんと最近会わなかったですよね、息子くんは元気?」
「げんきげんき、今日も運動会の練習あるからってはりきってたわー」
「ふふ、かわいいですね」
アヤコには七歳と四歳の息子がいて、四歳の方にヒナはよく懐かれている。アヤコは黒いミディアムヘアを耳にかけ、高い背に小さな顔とそこに造られた端麗な表情を前にするとヒナはその名のとおり鶏のヒナのような、丸っこくて幼い風に、一層みえる。
「なんだかヒナさん疲れてる? 元気ないようだけど大丈夫?」
「え、えっと、さすがアヤコさん。うん、あまり元気ないかもしれない……」
「やっぱり。どうしたの? ケイタさんは?」
「旦那はね。まぁ、その旦那と、うん、そのうまくいかなくって、ハハ、いやね」
ヒナは力なく愛想笑いした。
「そうなのね、夫婦って色々大変よね、ほんと。ヒナさんかわいいんだから自信もって? あ、ケイタさんの大好物、夜ごはんにしたら?」
「うーん。ご飯はとっても気を遣ってるつもりなんだけど、まず食べてくれなくて、帰りがもう夜中の一時とかでさ、作ってもそのまま捨てちゃうか私がやけ食いするかなの。ほんと、悲しい」
ヒナはショッピングカートのハンドルをグッと握って俯いた.
「仲良し、してる? その、アッチは……」
アヤコは深くくろい目でヒナに聞いた。
「え、まっさかぁ! ぜんぜんですって。いやだぁアヤコさーん」
恥ずかしさからかヒナはわざとらしく口を抑えながら、しかし頬は本当に赤くなっている。
「それよヒナさん! ヒナさんは今ただのケイタさんのお母さんなのよ。ヒナさんだって女でしょ? ケイタさんに愛されたいし、身の回りのお世話だけしてるなんてイヤでしょ? 私はイヤだったのね、私は子どものお母さんだけど旦那のお母さんではないって、何回も喧嘩したんだからよ」
「お母さん……」
「お母さんとしての役割に徹してるから、ケイタさんもヒナさんに対してこう、上から目線というか、ワガママ息子で居られる余裕があっちゃうんだと思うなぁ。ヒナさん優しすぎるのよ、もっと女の面で迫ってみなよヒナさんかわいいんだから!」
「女の面で迫るって、アヤコさんならどうやって迫るの? 私、アヤコさんみたいに綺麗じゃないし、スタイルも悪いから、自信ないんだけどなぁ」
アヤコはふふっと悪戯に笑って深紅の唇の先を尖らせて言った。
「じゃあ、もし私が、ケイタさんとセックスしたらどう?」
「え?! なにそれ、そんな」
「ケイタさんと私が、激しいセックスして、ケイタさんも私もトローンって、なってたらどう? 」
健康的な昼のショッピングモールの青果売場、柑橘類の苦味を帯びた唾液が滲む酸っぱさがみずみずしく二人を包んでいる。ヒナは目を穴のように丸くし、アヤコの足元を見続けている。唇を噛み締め、正体の知らない涙の予感に顔を強張らせるしかないようだ。
「ごめん! ヒナさんごめん! ウソよ? ほんとにウソだから、ね? やだぁ、ごめん私デリカシーなくって」
アヤコの大きな声につんざかれ、ヒナはハッとショッピングモールの空気に帰ってきた。そこにはループし続ける無害なバックミュージックが流れる、何の変哲もない初夏の昼下りがあった。二人の横を行き交う買い物客は、グレープフルーツのまえで佇む二人をただ邪魔そうに避けて通り過ぎるだけである。
「そうだよねぇー! あ、ごめん! もうこんな時間だね! 久しぶりにいっぱい話せて楽しかったね。じゃあまた、こんどねぇ」
ヒナは無理矢理笑い、ヒラヒラと手を振ってアヤコに別れを告げた。たまたま都合よく手にあたったグレープフルーツをむんずと掴み、籠に転がし入れて速足でその場を去った。怒りに震えていたのだ、常識のない言葉をいったアヤコを軽蔑し目の前にいることすら憚れる思いからその場から去った。夫婦である自分たちの馴れ初めを話したことを後悔し、アヤコには子どもがいるのだ、子どもがいる手前でそんなことを言うなんて非常識の極みであるなんて大人げない人だろうなんて可愛そうだ、溢れるアヤコへの怒りを流しきるためにヒナは常識の蛇口を全開にして頭のなかを高圧洗浄する。乱心を無理やり押し込め、どうにかやりこめたヒナを、アヤコはその姿をじっとりと見届けて最後にくすりと一人で笑った。
2
帰り道、ヒナは自転車のペダルをこぐ足に一層力をこめて坂を登った、惨めさで押し潰されてしまいそうだったのだ。家に着いてもその不甲斐なさが消えることはなく、ただただ没落していくヒナ、手持ち無沙汰でテレビをつけるとワイドショーが流れ始め可憐な女子アナウンサーが、コメンテーターの中年男性にからかわれている場面が流れた。
「可愛い子……」
ヒナはついつい独り言をもらした。テレビの横にかけてある鏡で自分の顔をみて、特徴のない、人畜無害である自分の容姿を改めて実感しているヒナ、しかし最近は脂肪の乗りがよくなってきたようで下半身を中心に四角いような、どっしりとした造形になってきたことが目についた。ボーダーのカットソーを脱ぎ、レースのベージュ色したブラジャーに覆いかぶされた大きな乳房、その下からだらしなく広がり膨らむ腹部、大腸のあたりは便秘のせいかそこだけ硬く、突き出ていて滑稽だ。スキニージーンズたるものを穿いてはいるものの、歪んだ骨盤と張り出した太ももが目立ち脚全体が逆三角形に丸みをおびている、ジーンズのウェストボタンを外し徐に脱ぎ捨てた、脱いだというよりは剥がしたとも言えるほどジーンズに肉が食い込んでいた。
「痩せないとなぁ……でも、食べないなんて絶対無理だし、運動だってなぁ。はぁ、タヤさんどうしてあんなに綺麗なんだろ」
ヒナの頭に、アヤコの身体が思い浮かんだ、均整がとれた引き締まった女性ホルモンを見方につけた健康的な身体は、ヒナは四角くなりつつある自分の身体が愚鈍なものにみえてきて自己嫌悪の念に駆られざるを得ない。ケイタの、浅黒く筋肉質で逞しい身体とアヤコの身体は、絡み合った途端にその二体が美の象徴として悦び溶け合う様が思い浮かばれる、美しい二人の間で交わされる淫粘の弄り合い、そこには絶対的な強さがある、ヒナはますます惨めになった。惨めになると同時にヒナは奇妙な念に諭されていた。
『っはぁ、ケイタさんダメよ、ヒナさんが知ったら大変……』
『いいんだよヒナなんて、鈍いから、きづかないだろ』
『そんなっ、っあぁん、きもちぃ』
ヒナは二人のセックスを想像し、惨めさと嫉妬がまず一番に沸き立ってくるのだが、しかしその裏にはひっそりと自分を馬鹿にしながらセックスに興じる二人の姿があり、それに膣の奥にうもれる柔らかな襞をちょんちょん突かれているような心地がしてジーンズを脱いで露になった太ももがぞくぞくと震えた。
『アヤコさん、きれいだ、すごく濡れてる』
『うん、ケイタさんとこんなことしてるんだよ、濡れちゃうよ、あっ、さわって? ねぇ、そこ、してほし……』
『あぁ……こんなになってる。舐めちゃおうかな、アヤコさんの』
「いやだめだめだめ、だめだって!」
ついつい声を荒げたヒナ、ヒナ以外だれもいないリビングには相変わらずワイドショーが流れている。しかし、ケイタ以外の男を知らないヒナは何時どこでこんな卑猥な妄想ができるようになったのだろうか。ヒナは、昼にアヤコに会ったときからの心の落ち着きのなさを反省しようとした「きっと生理が近いからソワソワしてるだけ、アヤコさんにもケイタさんにも申し訳ないから忘れよう」しかし子宮の状態からいえば今のヒナは生理前であるとは言えず、落ち着こうともがけばもがくほど正体の分からない心の波に飲み込まれていく。ヒナはソファにどさりと身体をもたげた、うすい水色のショーツ、両の太ももに圧されて柔らかな素材をして白い肉肌に吸い込まれていきそうなショーツのクロッヂは性器から滲んだ淫液で、こそだけ色が濃くなっている。
ヒナの不穏な感情の正体は餓えた性愛欲求ではないか、持たざるほどに脂肪を蓄え続ける臀部とこれまた歩行するには十分すぎるほどに栄養を蓄えすぎた白い太ももにかけ、その割には紐できゅっと結んだように引き締まった足首が、ヒナの無意識のうちに愛され、彼女の中心に鎮座する子宮に凝縮した濃厚な精子が放たれることを熱望しているように思える。
「ケイタさ……ん」
その予感にヒナ自身も気づき、健康的日常を保つことだけに尽力している自分の存在れ価値が剥奪されれようとも、それに対してむしろ少しの興奮を覚えはじめたようで、肉に埋もれたショーツのなかに指をそっと入れて自身の性器を軽く撫で始めた。
「ん……、ぁ。だめ」
右手はショーツのなかの蒸された隙間に、左手は器用にブラジャーのホックを外して転がるように現れた柔らかく大きな乳房の、陥没した乳輪内に申し訳程度に隆起している小さな乳首を摘んだ。ヒナの乳房は他の肌からして、もれなく乳白色のとても柔らかい質感のもので、果実の栄養素を想起させるものではない、乳製品のような羽二重餅のような空腹時にはそのまま吸い込めそうな乳房である。
「んん、きもちぃいよぉ、っあん」
性器をまさぐる人差指と中指が久しぶりに溢れてきた塩辛い膣液にふやかされ、痺れすら錯覚するほどに、ヒナの二本の指はクリトリスを厚く包む皮を挟み、芯への直接の刺激を恐れる主のために二本の指は皮からじれったくも執拗にそこばかりを挟み、出会うことのない芯をこねくりまわしている。
静かであるが確実である快感に浸かる身体は、は楽な方を求めて蕩けていくから、ヒナの身体はテレビにむかって花びらのように四方に広がり、テレビの画面に映る見知らぬ人々の活気溢れる笑顔に向かって陰部をさらけだしている、ヒナはそのことに気づいているのかいないのか、左膝あたりまでずり下がったショーツを右足で蛸のように絡めとった。 申し訳ない程度にしか存在していなかった乳首も、大きな乳輪ごと誰かに吸われたいと重い腰をあげて勃起し始めた。乳房の先のほとんどが色素沈着され、血色の悪い風に染まっているような、少女性とか儚さからは遠く離れた造形のヒナの乳房だって、ただの脂肪の塊としてしか存在しない訳にはいかないのだ、乳房からは動物的なにおいが放たれている。
「っだいまー」
そこにケイタが帰ってきた。ヒナは新鮮に響くドアが開く音や、彼が外から連れてきた青く埃くさいにおいに肩をすくめたが、何時もの彼女ならば慌てふためき必死にこの淫状を隠していただろうが、今の彼女はそんなことはせずに、脈打つ膣とその奥で主人の帰りを待っていた早くお役目を果たしてみたいと疼く子宮のためにケイタを呼んだ。
「ケイタさぁん、きて? ねぇ、おねがい、きてよぉ」
「え、なに? え、ちょっどうしたのヒナ?」
あまりの妻の変わりようにケイタは、男である前に人間であり、その変わりようにたじろいでしまった。
「え、穿いてないじゃん」
「んん。だって……こんな」
「どうしたの? ヒナって、こんなことするの?」
「っあ、きらいになった? ケイタさん、ねぇ」
ケイタは細身のスラックスを好んで穿くのだが、股間の張り出しは細身が故に悪意をもっているかのように目立ち、健康なケイタの男性器はとても解放されたがっているのだが、それにも関わらずケイタはヒナを一瞥すると冷たく言い放った。
「いや、正直ひいた。こんなことすると思ってなかったし」
「え、ご、ごめんなさい、私つい……」
ヒナの手はぴたりと止まる。
「やめるの?」
「だって、ごめんなさい」
「ヒナってさ、中途半端な人間だなって前から思ってたけど、やっぱりそうだったね。面白みのない中途半端な女だ」
そう言ってケイタは、いきなりヒナの穴に指を二本もいれてぶちゅぶちゅと掻き混ぜてやった。床に跪き、ヒナの脚をさらに大きく開かせた。
「っあぁあん」
「俺さ、ヒナのこと好きだけど抱きたいって思えないのね、なんでだろ、ご飯食べてる姿とか、あと化粧してるところとかさみてると笑っちゃうんだよね」
「っひ、ひどぃよぉ」
快感と、あまりにも冷徹なケイタの言葉の二つにヒナは涙を止めることができないでいる、その涙をケイタは全く見ようとしないで、ただ目の前でひくつく女性器が咥えこむ自分の指を見つめている。
「こんなんじゃ足りないでしょ? もっとすごいのいれてみる?」
「ん、ケイタさんのがいい、いれ……っえ! なにこれ、あぁあっ! いたい!」
「あーぁ。はいちゃった。だらしないやつだよヒナは、いつも出しっぱなしにしておくから」
ケイタはヒナの膣内に開封済みの、つい先ほどまで普通にマヨネーズとして使用されていた、そのマヨネーズの容器を膣内に入れた、それはヒナが昼に出かける前にサラダにかけて食べたままにしておいたマヨネーズだった、いつもリビングのテーブルに放置されているマヨネーズをはじめ調味料の類をケイタは不潔だとヒナに注意していたのだが、ずぼらで忘れっぽい性格のヒナは今日もまたマヨネーズを出しっぱなしにしていた。
「ごめんなさい、出して! いやだ! きたないよぉ」
「なんで? マヨネーズ大好きでしょ、何にでもかけて食べるじゃん。気持ちいでしょマヨネーズ。出してあげよっか? 中で」
「いやぁあ、やだやだ、ケイタさんごめんなさい、次からは片づけるからっ、あっ!」
ケイタはだらしなく転げるヒナの乳房の丸みに平手して、小刻みに揺れる乳房に憎しみを抱いたかのようにもう一度、さらに強く平手打ちした。
「いった、やん、やめて! いたいっ」
ヒナは唇をゆがませて泣いた、子どものように
「はは、ウソだってごめんね、ちょっとやり過ぎたかな」
ケイタは泣き叫ぶヒナの、赤い顔をみて薄く笑った。
ヒナの孵化