枯葉の世界

幸せ者の奴隷

この世界は、色々な常識に溢れている。
火はモノを燃やすし、水は掴めないし、風は見えない。
小石を蹴れば飛んでいくし、怪我をしたら痛いし、いずれはみんな死んでいく。
これは常識。誰にでも分かる常識。人、いや、地球上の全ての生き物は、それを当たり前のように享受する。
こんな世界が、俺は大嫌いだ。
                                      ・
                                      ・
                                      ・
                                      ・
「ねー、聞いて佐ノ宮(さのみや)、昨日の試合さ、3打席のうち2打席デッドボールだったんだぜー。」
「そ、それはすごいな・・・。」
「佐ノ宮くん、昨日のアニメ見た?」
「あ、見た見た。原作とちょっと違ったな。」
「佐ノ宮、明日の教科なんだっけ?」
「数、体、理、音、国、社だ。お前はいい加減にメモしろ。」
俺の名前は佐ノ宮 輝(さのみや てる)。今年で15歳で、学年は中学3年生。
周りから見た俺の評価は、「優しい」「いいヤツ」らしい。
自分でも、どんな人とも分け隔てなく接している自覚はある。先生からも信頼されている。
しかし、俺は自分で、自分を優しいと思っていない。これが謙遜とは、1度たりとも思ったことはない。
俺はただ、良いことをした、という自己満足を得たいだけだ。周りから感謝され、自分が良い人だと思い込みたいだけなのだ。
「あ、そろそろチャイム鳴るから、座っとけよ。」
俺は、さっきまで話していた男子生徒にそう言って、自分の席に戻る。
これもそうだ。
自分は真面目だという、自己満足を得たいから、真面目な生徒を演じている。
俺が自分に対して出す評価はこうだ。
周りより秀でているフリをして、周りを見下したい自己中心的な自意識過剰者。
それが俺、佐ノ宮輝だ。
                                      ・
                                      ・
                                      ・
                                      ・
今日の学校が終わる。今は、帰り道を歩いている。
俺の周りには、誰もいない。学校では話す人はたくさんいるが、一緒に帰る人はなかなかいない。
多くの人と帰る方向が違うというのも、理由の1つ。もう1つは、近寄ると危ないから。
「おかえりなさいませ、輝さま。」
男らしい低い声の、スーツ姿の男に迎えられる。昔から、この光景は変わらない。
俺の父親は、裏社会で商売をする連中の親玉、要するにヤクザのボスである。
「ただいま。別に毎度出迎えなくてもいいんだぞ?叉木(またぎ)。」
「いえ、これが私の役目ですから。」
そう言っている間も、ずっと俺に頭を下げている。ここまでされると、さすがに居心地が悪い。
「・・・そうだ、今、父さんいる?」
「はい、大広間におられると思います。」
「そうか、ありがと。」
手短に礼を言い、武家屋敷に入る。
表では、普通の中学生。しかし、俺はまた違う顔を持っている。
今から、それに関する軽い話し合いを父、この町を取り仕切るボスとする予定だ。
いつもは無表情な叉木が、心配そうな表情を浮かべている。
それもそのはず。この話し合いは、よく場が荒れることが多いのだ。
                                      ・
                                      ・
                                      ・
                                      ・
「父さん、入るよ?」
俺は、いつも通りの穏やかな声で言う。ここでも、優しいフリは継続している。
襖を開ける。その奥に、紋付の羽織袴を着た父がいた。
「輝、いつまでその癇に障る喋り方を続けるつもりだ?威厳というものが全く感じられん。俺の息子なんだぞ、お前は?」
「・・・・・俺は俺だ。父さんは威厳のある言葉遣いが良いんだろうけど、俺はこの方が良いんだよ。」
俺の父親、「佐ノ宮 門司(さのみや もんじ」は、俺と同じく、自己中心的な性格をしている。
しかし、本人はあまり自覚していないのが、俺と大きく違うところだ。
「ほう、よく言うな。あんな得体の知れない研究をしておいて。」
口元に嘲笑を浮かべながら、そんなことを言ってきた。父の言う、得体の知れない研究こそが、俺の違う顔である。
「俺の勝手だろ?少なくとも躊躇なく自分の妻を殺すような真似よりはマシだよ。」
これは暗に、父のことを言っている。俺の母親は去年、組の情報を他の組に漏らしてしまった。
とは言っても、割とどうでもいい情報だったが。しかし父は、「母が情報を漏らした」という事実のみで、母を日本刀で斬殺してしまったのだ。
「そうか、じゃあお前も後を追うか?」
その言葉のあと、すぐに刀を持った男が2人、後ろから飛びかかってきた。
「・・・・・。」
別に、驚きはない。このパターンも、今回で5回目だ。
「よっと!」
刀をぎりぎりまで引きつけて、横にかわす。
そしてすぐに、右の男のこめかみに掌底を叩き込み、続けて利き腕で全力で殴り付ける。
一旦距離を取り、左の男の攻撃に備える。続く攻撃を全てかわし、隙ができたと同時に思い切り力を込めて右フックを叩き込んだ。
それだけで男は、横にすごい勢いで倒れ、床を滑って行った。ちょうど、父がいるところだ。
「・・・・・普通の奴は、素手と刀じゃ間違いなく逃げるんだがね。しかも1対2だ。その状況で大の男2人を瞬殺か。お前、普通じゃないな。」
「お互い様だよ、それは。」
普通、という言葉は嫌いだが、自分の息子を刀を持った男2人に襲わせるというのも、やはり普通ではないはずだ。俺がある事情で鍛えてなかたら、今頃死んでいるところだ。
「と、やっぱり話が逸れたか。父さん、刀を1本くれないかな?」
「またあの研究の関係か?まあ、いいけどよ。」
これで、交渉完了だ。俺は早速、刀が置いてある倉に向かうことにした。
                                      ・
                                      ・
                                      ・
                                      ・
夜になった。
俺は自分の部屋を出て、玄関へ向かう。
「おでかけですか?輝さま。」
靴を履いている途中、叉木がこちらに気づき、話し掛けてきた。
「ああ、ちょっとね。心配ないよ、護身用の武器はあるから。」
護身用、というにはあまりにも長く、殺傷力が高い日本刀を肩に担ぎ、そう答えた。
しかし叉木は、あえて何も言わなかった。表情も、無表情を貫いている。
「じゃ、行ってくる。朝には戻ってくるよ。」
玄関の引き戸を開ける。これから俺がすることは、周りからすると普通ではないのだろう。
しかし、俺自身はそう思っていない。
結局、どこに行っても、完全な答えというのは無いのだから。
                                      ・
                                      ・
                                      ・
                                      ・
周りを見ても、人を見ることはなかった。
それも当然だ。今の時刻は、午前0時前後。もう寝ている人も多いだろうし、俺の組の連中がたまに、暴行事件を起こすのも、この時間帯だ。
その影響もあるのだろう。いつもは交通量の多い車道も、全くと言っていい程、車が通らない。
シンとした空気の中で、自分の足音だけが聞こえる。
しばらく歩いて、ある公園で足を止めた。
その公園のブランコに、1人の青年が座っている。
歳は俺より3つ上。明るいブロンドの髪に、西洋人らしい綺麗な碧眼を持っている。
「お、来たか、輝。」
青年はこちらに気づき、ゆっくり歩いてくる。
「お待たせ。どれくらい待った?」
「5分くらいかな。結構ピッタリだったよ。」
目立つ顔立ちに反して、地味な黒いシャツの上にグレーのコートは羽織るこの青年。
名を、ルーサー・メルヴィン・スタンフォードという。
「さ、早々に終わらすぞ、今日の仕事も。」
俺が言うと、ルーサーも頷く。そして
「気をつけろよ?まだお互い、ハンニンマエの魔術師なんだからな。」
まだ覚えたばかりであろう単語を用いて、俺に忠告を告げた。
                                      ・
                                      ・
                                      ・
                                      ・
俺、佐ノ宮輝は魔術師である。と言っても、魔術の腕はまだ半人前だが。
俺が魔術というモノに出会ったのは、一昨年のこと。
いつも通り、学校から家に帰る途中、何だか周りの空気がいつもと違うことに気が付いた。
しかも、俺が前へ進み続けるのと比例して、その違和感は増していった。
その正体が知りたくて、いつもは通らない狭い路地を通った。
そこで、ドロドロに溶かされた男の死体を見た。
今までの経験からして、こんな死体は聞いたことも、当然見たこともがない。それにも関らず、俺は最後まで冷静だった。
こういうとき、自分の達観した性格は便利だと思い知らされた。
そのありえない死体のすぐ横に、つまらなさそうに死体を見下ろしている女性がいた。
女性にしては長身で、当時中学1年生だった俺より、15センチくらいは大きかっただろうか。
男物のスーツを着込み、髪は長く、色は艶のある黒。
美女と言っても差し支えないが、目つきは今まで出会ったどんな屈強な男よりも鋭かった。
すると女性は、ようやく俺に気が付いた。こちらを見て
「きみ・・・何でここに来れたんだ?」
と、心底不思議だとでも言うような口調で問いかけてきた。
「いや、何か変な感じがするなって思って歩いてたら、ここまで来ちゃって。なんか、すいません・・・。」
異常な光景を見せ付けられながら、自分でも呆れるくらい、いつもの口調で答えていた。
「フム、結界に気付いたか、それとも魔力に敏感なのか・・・きみ、何か特別な家柄だったりする?」
「一応、ヤクザの家ですけど・・・。」
女性の問いの真意はよく分からなかったが、とりあえず問いに答えた。
すると女性は、ああ、違うなと呟いて、しばらく考える素振りを見せたあと、また口を開いた。
「・・・・・この光景を見て、何も思わないの?もっと叫んだり怯えたりしてもいいと思うのだけれど。」
「俺、昔からここぞというときに冷静になれるんですよ。今もそうなんですけどね。」
何故か俺は、昔から自分が窮地に立ったとき程、冷静になれた。今もその状態なのだろう。
「なるほど。・・・きみ、魔術って知ってる?」
唐突に、そんな質問をされた。
「いえ、全く・・・その男を殺したのも、魔術ですか?」
「ああ、その通り。実は、魔術というモノは公に出てはならないモノなんだよ。つまりきみは、ここで殺されるのが普通なんだが・・・。」
つい、ムッとしてしまった。殺される、という単語よりも、普通という言葉が気にくわなかった。
それに、本当に殺されるかどうかは、女性の雰囲気や話し方で簡単に分かることだった。
「正直、きみのその才能をここで終わらせるのは惜しい。そこでだ、もし良ければ、私の元で魔術を習わないか?」
これが、俺が魔術にのめり込んだきっかけだった。
                                      ・
                                      ・
                                      ・
                                      ・
「Burn down the earth;flame(大地を焼き払え、炎よ)」
ルーサーが、短く言葉を紡ぐ。その言葉を発した途端、ルーサーの周辺が炎に包まれた。
今、俺たちに課せられている仕事の内容はこうだ。
魔術、及びそれに近い能力を用いて悪事を働く犯罪者の確保、抹殺すること。
俺、佐ノ宮輝とルーサー・M・スタンフォードは同じ師を持つ同門である。
この仕事も、魔術師という物騒な肩書きを持っている以上、こういった殺し合いに巻き込まれることも多いので、この仕事で慣れて来い
という師の考えで行っているものだ。
今、俺たちが相手しているのは、亀田 作造(かめだ さくぞう)という日本の連続殺人犯だ。
年齢は40代後半といったところで、体型は痩せ気味、というより痩せこけている、という表現の方がしっくりくる。
「ハァ、ハァ、・・・・・・くそっ!!風よ、吹け!!」
そう言った途端、とてつもない暴風が辺りに吹き荒れ、炎を鎮火した。
魔術には、主に2種類ある。
1つは、詠唱を必要とするもの。今回の亀田や、ルーサーがよく使う魔術がこれに当たる。
実は、詠唱というモノはただの暗示なのだ。別に何も言わなくたって、魔術を発動することは可能と言えば可能なのだ。
しかし、魔術には体内や世界にある魔力の他に、強いイメージが必要となる。
魔術を学ぶとき、魔力を感じれるようになった次の段階が、このイメージだ。
生半可なイメージでは、当然何も起こらない。漠然としたイメージではなく、脳内で限りなく本物に近いイメージをする必要があるのだ。
そこで助けになるのが、この詠唱である。
イメージを言葉にし、そのイメージを頭に留めておくのだ。
そうすることで、また頭からイメージを引っ張りだすとき、ほぼ変わらぬ映像で思い出せるのだ。
この便利な詠唱を用いても、この類の魔術を1つ習得するのにかかる時間は、1週間以上かかるのだ。
1週間、イメージだらけの毎日を送るとなると、中々つらいらしい。
「ハァ、何なんだよ、くそっ!!!」
亀田は、思わず声を荒げる。
昨日まで警察も発見できなかった自分を、今日になって急に襲われたのだから、無理もない。
しかも、相手は2人の上に、2人とも自分と同じ魔術師だ。亀田が圧倒的に不利な状況だ。
「くそ、くそ、くそ!ころ・・・して・・・やる・・・・・。」
「誰を?」
亀田は急いで振り向くが、もう間に合わない。
1秒後。
亀田作造は、上半身と下半身を奇麗に引き裂かれ、絶命した。
                                      ・
                                      ・
                                      ・
                                      ・
2つ目の魔術は、全ての人が潜在的に持つ、人それぞれの固有の能力を使うこと。
こちらは詠唱も強いイメージもいらず、前者に比べて自分の思うままに能力を使用できる。
しかし、魔術師全員がこの魔術を使えるかと言われれば、そうではない。
この、人それぞれの固有の能力を見つけるというのは、かなり難しいことなのだとか。
師は、自分を客観的に見れる人間は、この魔術に目醒めやすいと言っていた。
この場での該当者は、佐ノ宮輝ただ1人。能力は、「空間、次元の把握、操作」らしい。
師はこの能力を見て、鋭い目つきを丸くしていた。
「その能力があれば、死後の世界にも神がいるような世界にも行けるんじゃないか?」
師は、そんなことを言っていた。
俺は、この能力を手に入れたときは、本気で嬉しかった。
何故なら、これで俺がずっと疑問だったことが分かるかもしれないからだ。
この世界、宇宙は何故できたのか、なぜ物質というモノがあるのか、どうやって世界の法則は決まったのか。
他の人のことは知らないが、1度くらいは考えたことがあると思う。
しかし、今の世界、いや、今までの世界は、それを当たり前のように享受してきた。
なぜ、ここまで当たり前だと思えるのか。世界にはこんなに不思議が広がっているのに。
誰も教えてはくれなかったこの疑問に、この能力は答えてくれるかもしれない。そんな、予感がある。
確かに、今まで誰も教えてくれなかった。これからも、誰も教えてくれないだろう。
しかし、神ならば。
もし神というモノがいたならば、この世界のことを知り尽くしているのではないか。
俺の疑問には、おそらく完璧な答えは返ってこない。しかし、出来る限りの範囲でいい。それでいいから、教えて欲しいのだ。
この世界が誕生した原因を。
                                      ・
                                      ・
                                      ・
                                      ・
「それにしても、お前ホントに覚醒魔術に関しては凄いよな。ボクじゃ無理だな、覚醒魔術を使うのは。」
仕事の帰り、ルーサーがそんなことを言ってきた。
「ホント、覚醒魔術に関しては、だな。詠唱魔術に関してはお前に大分劣るけどな。」
魔術師の世界では、1つ目の魔術を詠唱魔術、2つ目の魔術を覚醒魔術という。
俺は詠唱魔術の方では、ルーン魔術をやっていたりする。ルーン魔術はイメージを詠唱に加え文字で補強してくれるのだが、
威力は書いた文字の大きさによるのだ。当然ながら、前準備でもしない限り、人間が書ける文字の大きさは小さいものだ。
なので、突発的な魔術師との戦闘では、牽制以外では何の役にも立たないのだ。
「あ、ところで輝、その日本刀大丈夫?傷付いてない?いや、多分傷付いてるからボクが処理しておくよ!!」
「欲しいだけだろ、お前。」
俺は、この世界が嫌いだ。常識に塗れたこの世界が。
しかし、別に人が嫌いなわけではない。どちらかと言うと、嫌いな人の割合の方が多いが。
実際、今目の前にいるルーサーとも親友だと思っているし、学校でも話す人は多い。
俺は、幸せ者の奴隷なのだ。この世界という支配者に従わされながらも、幸せだと感じている。
これも、佐ノ宮輝という人間の一部だ。
本当に、まだ未熟者だと、自分でも思う。
だからこそ、努力しよう。
こんな未熟な俺でも、いつかこの世界の始まりを知れるように。

枯葉の世界

別の投稿サイトに、改変したものがあります。

枯葉の世界

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-01-09

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

Public Domain