ふたりの絆⑱

再開Ⅰと毛糸の帽子

アカリが岐阜を離れてから2ヶ月程が過ぎ、季節は秋になっていた。

アカリとの再会は思わぬ形でやってきた。

10月上旬のある日、仕事をしていたヒカルの携帯にメールが入ってきた。

「誰からだろう?」

メールの受信BOXを見ると、相手はアカリだった。

「今度の休み、何をしていますか?」

唐突な内容である。

今度の休みがいつのことを指しているのか判らない。

ヒカルはアカリに聞きなおした。

「今度って、いつの休みのこと?」

「来週の日曜日、空いてるかな?」

ヒカルは特に用事は無かった。

しかし、ここで大きな疑問がヒカルの頭の中をよぎった。

「待てよ・・・アカリは今、群馬県にいるはずだよな。」

「群馬まで来てほしいということなのかな?」

ヒカルはアカリに確認を取った。

「今どこにいるんだい。」

「短期バイトで群馬にいるよ。」

ヒカルの予感は当たっていた。

その後のメールのやり取りから、アカリは群馬県でも長野より

のずっと奥にあるホテルでバイトをしていることがわかった。

「やっぱり遠いから、無理だよね?」

何か悲痛なメールに見えたヒカルだった。

ヒカルはアカリの性格を知っていた。

負けず嫌いで、頑張り屋の子だ。

そんなアカリがメールをしてくるのは余程のことがあったんだと感じた。

「いいよ、会いにいくから。」

「本当!嬉しい。」

メールの向こうにアカリの喜んだ顔が浮かぶ。

さて、行くとは返事をしたものの、群馬県には一度も行ったことがない。

ヒカルはインターネットで調べ尽くした。

ついでに、群馬は寒いだろうからと、プレゼントに毛糸の帽子を用意した。

そして、ついに約束の日が来た。

ヒカルは初めて行くので、時間の余裕をみて夜中のうちに岐阜の自宅を出た。

空は秋の空気を感じるような、満点の星空だ。

片道5時間ほどのドライブである。

長野を経由して、一般道に入り、峠越えをしてホテルホテル近くに着いたのが朝の6時頃だ。

外はまだ真っ暗だが、上を見上げると落ちてくるのではないかと思える位に、星が無数に輝いていた。

アカリとの待ち合わせは朝8時だ。

ヒカルは車の中で仮眠をとった。

「寒い、とてもじゃないが眠れない。」

同じ秋でも、里と山の中では寒さが全然違うのだ。

結局、約束の時間が来るまで一睡もできなかった。

ヒカルは待ち合わせ場所のホテルの駐車場に車を移動した。

待つこと5分・・・アカリの登場である。

「お久しぶり!元気にしてた?」

アカリのお決まりの挨拶である。

「元気じゃなければここにいないよ。」

笑いながらハイタッチする2人だ。

ヒカルはアカリを乗せると、草津温泉に向かった。

ホテルからは車で30分ほどで行ける。

ヒカルは草津温泉の道の駅に車を止め、ベンチに座ると、お互いの近況を話した。

アカリは薄いベージュ色の毛糸の帽子をかぶっていた。

ヒカルは鞄から袋を取り出し、アカリに手渡した。

「はい、これアカリに。」

「何、開けてもいいの?」

袋を開けて中の物を取り出したアカリである。

「かわいい帽子だね!ありがとうヒカル!」

アカリはかぶっていた自分の帽子を取ると、プレゼントした毛糸の帽子をかぶった。

「どう、似合うでしょ。」

笑顔でポーズをするアカリ。

「うん、カワイイよ帽子が。」

思わず笑い出す2人。

この日、アカリは1日中この帽子をかぶっていてくれた。

「とりあえず温泉街を歩こうか。」

2人は仲良く手を繋いで温泉街を散策した。

温泉饅頭を食べたり、湯畑を見たりしてあっという間に時間は過ぎていった。

心残りは温泉に入る時間がなかったことだ。

草津まで行って、温泉に入らなければ意味がない。

アカリといられる時間は限られていた。

門限の4時には、ホテルに送らなければならない。

ヒカルはアカリをホテルに送る為、朝来た道を引き返して行った。

途中の山の中で車を止めた。

そこは、見晴らしの良い展望場になっているところだった。

そこから見る景色は、温泉地らしく岩肌がゴツゴツした山々である。

2人は車を降りると、柵に手をかけて並んで立った。

「アカリ、今日はありがとう。会いにきてよかったよ。」

アカリを見つめながらヒカルは言った。

「ううん。私のほうこそ無理言ってごめんね。」

アカリも優しく答えてくれた。

ここまでは、2人は良い関係でいたのだ。

この後、ヒカルの余計な一言によって状況は一変した。

実は、ヒカルはアカリと再会したときから気になっていたことがあった。

アカリが首からかけていたペンダントだ。

以前、ヒカルがプレゼントした物とはあきらかに違う物だ。

「ペンダントよく似合ってるね。」

ヒカルは探りを入れた。

「これ、もらった物なんだ。」

嬉しそうに言うアカリであった。

「家族の人、それとも友達から?」

アカリの顔が一瞬曇ったのを見逃さないヒカルであった。

下を向いているアカリだったが、意を決したかのようにヒカルに話し始めた。

「これ、許婚の人からいただいた者なの。」

ヒカルは一瞬言葉を失っていた。

「許婚のことなど、一度も聞いたことがない。」

腹立たしさと、虚しさが一度に襲ってきた感じだった。

それでも、グッとこらえてアカリに聞いた。

「その人とは、会ったのかい?」

「ううん。まだ会ったことはないの。」

「大阪の人だということは、母から聞いているけど・・・」

アカリの困惑した表情を見ていた。

「判ったから、もうこの話しはやめよう。」

あえて優しく接するヒカルだった。

「アカリに誰がいても、2人は仲良しなんだからね。」

「そうだよね、仲良しだもんね。」

安心した表情で答えるアカリ。

「アカリはいつまでここにいるんだい?」

これからの予定を聞いたヒカル。

「10月いっぱいはここでバイトして、それから一度三重県に寄ってから、徳島の実家に帰る予定なの。」

そう教えてくれたアカリだった。

(そうか・・・許婚のことは、一度はっきりさせておいたほうがいいな。)

そう思ったヒカルである。

アカリを再び車に乗せると、ホテルの駐車場に急いだ。

門限の15分前に着いた。

ヒカルは右手をアカリに差し出し、アカリも何も言わず右手を出した。

堅い握手を交わす2人・・・何も言葉など必要はないのである。

お互いの気持ちは通じていると信じているからだ。

「元気でな、体に気をつけて。」

「また、会おうね。」

後日、ヒカルにアカリからメールが届いた。

「昨日はありがとう・・・そして、嫌な思いをさせてごめんなさい。」

アカリには何も言わないが、しこりの残った再会になった。

                                    →「危機一髪(群馬編)」をお楽しみに。  1/9更新

                                    ホタル:群馬と岐阜とは・・・とてもじゃないけど会いに行く距離としては
                                        かなり遠いですね。それでも、アカリの我侭にヒカルは答えてあげる
                                        ところが優しいなって感じました。さて・・・許婚の話がこれからの展開を
                                        どう変えていくのしょうか。

                                     -18-

ふたりの絆⑱

ふたりの絆⑱

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-09

CC BY-NC-ND
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