碧い海、淡い恋

プロローグ

いつかの日、見つけた星が住む綺麗な海辺。

透き通る青に碧色の髪。夜の海のような瞳。

大丈夫、まだ思い出せる。だから、だから。


ーーーー早く帰ってきてくださいね。先輩。


きっとその声も海が奪うのだろう。

こんな些細な想いも波にさらわれる。

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何処かで見た雑誌に、確かお互いに履いているローファーがお揃いだったか何だったか。とりあえず、ローファーがきっかけで恋に落ちるんだよ!みたいな、よくわからない特集があったのを思い出した。
確かその二人は教室でローファーを履いていて、何らかのアクシデントにより女子のローファーが脱げたのだ。まず、そうなったなり初めから私は問いたい。
そして、「あっ、俺もそのローファーだよ!お揃いだね!」と、なり。「トゥンク…。私この人が好きっ」なんて、ツッコミ満載の結末で終わる。
実際見た時、体の底から湧き上がる黒い感情に支配され、床に叩きつけた覚えがある。それほど際どい特集だったのだ。
ともあれ、私はそのローファーを当て付けに買って履いているが。高校生活をこのローファーで迎えて早、二年。そのような事は起きた事がない。
だから、私が言いたいのは恋はローファーからでなく。
「おい、そこ俺の特等席なんだけど」
耳から、という事だ。
「えっ、あ、はい。えっと…どきます?」
急に上から凛とした声が降ってくる。
砂浜で仰向けになっていたので、丁度その声の主の顔が視界に入る。
綺麗な青。今、目の前にある海よりキラキラしている青。その髪一本一本が宝石なんじゃ、ってくらい私には輝いて見えた。
私はぼうっと見惚れた頭を大袈裟に横に振り、起き上がった。
「こんな物好きも俺以外にいたんだな」
言いながら全体的に青っぽい少年は、私が寝そべっていた場所に寝転がる。
えっ、と声を上げる私だが。少年は見向きもせず、先の私みたいに仰向けになって空を見上げた。
釣られて私も不満が込み上げる瞳で空を捉える。
「わぁ…綺麗」
「ふっ。それが分かるなんてお前、かなりの物好き」
にっと笑って見せる少年はとても魅力的で。碧色の不思議な瞳に映る私は、きっと真っ赤だろうと思いながら。私は目を伏せてそうですね、と素っ気なく呟いた。
すれば、今度は透き通るほどの海が目に入る。これも青。少年の髪色よりには劣るも、心奪われるものだった。
「こんな時間に海なんか来て、怒られないんですか?」
私はうろ覚えのせめてもの敬語で話しかけた。
少年の着ている服は私と同じブレザーに緑のネクタイ。一目で上級生だと分かった。私は赤のネクタイで、一年からの持ち上がりだが。少年…いや、先輩は全くヨレヨレのネクタイではい。
私は先輩の隣に座り、砂浜に四肢を同じく投げ出した。少し頬に引っ付く砂さえ、今は心地よい。
すれば、先輩はそんな私にくすりと微笑を返し、
「俺はいいんだ。もう推薦来てるし」
「へぇ、進学するんですね。うちはなかなか推薦なんて貰えないのに、すごい」
「…まぁ、俺がいいって言ってくれるとこが、あったからさ」
「こんな授業を放っぽいて、海まで来ている先輩に、ですか?」
言うけれどここから学校まで、ほんの四五分である。学校自体が海のそばにあるため、夏になれば学校帰りに海水浴をしたりと。何かと楽しみのある学校だと思う。今はもう、すっかり残暑も消えて秋、という海には少し寂しい季節だった。
それでも暑い日はあるし、海から湿った塩の風に吹かれたいと思い。よくここにサボりに来る生徒も数知れずだ。
少々、私は嫌みたらしく言ってやった。
一応は先輩だし、しかも初対面なのにこんな口の利き方。なんて、私怒られると思い恐る恐る先輩の顔を盗み見た。
「ははっ、確かに。でもそれお前にもブーメランで言えるくないか?」
笑った。
「そ、そうですけど…っ。三年生の先輩よりはマシかと思います!」
声を出して、体いっぱいを使って。
先輩は笑った。
「マシねぇ…。お前、こんなとこ来て何に成りたい訳」
「別に何も。卒業して就職して…って感じですかね」
先輩はそうかと、その単語一つ吐くのにだいぶ疲れたように見えた。
その顔にはもう先までの笑顔はない。
最初、声をかけられた時から見える暗い表情に戻っていた。

「先輩は何になるんですか?」
じっと、先輩の顔を見つめるも先輩は暗い顔のまま。青色のキラキラした髪が目にかかって、どこを見ているのか分からなかった。
「俺は、」
言いかけて先輩は口を閉ざす。
「先輩…?」
気になって私は問えば、先輩は力なくこちらを振り向いてはにかんだ笑顔を浮かべた。
「俺、お前に偉そうなこと言えるほど、いい奴じゃないんだわ」
そして、この日はここで会話は終わり。何となく暮れていく夕日を眺め終えてお開きになった。

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翌日の同時刻も、その次の日も。なんでか私は先輩の特等席へと足を向けた。授業をサボるなんて、といつも言われたが七時限目は履修していないので何ら苦じゃない。だけれど、私はいつも授業は退屈なんですよ、と嘘をついた。でなければ、ここへ来ることを許されそうにも。先輩と釣り合いもしないと思ったから。

初めて会った日以来からずっと先輩とここで二、三時間話しては帰るを繰り返し一月経とうとした。その間、私と先輩は何らくだらないことを言い合っては、絵に描いた男女のように仲つつまじかった。きっと恋愛漫画でよく描かれる友達以上恋人未満とはこれを言うのかもしれない。
例えば、この日本海には“日本”と付くだけに日本の独特の塩の味がするのだとか。いや、一つの海を人間が勝手に見えない線を引き、名前を付けただけだから、それはないと。そんな夢のないこと止めてくれ、と。本当にくだらない。どうしてこんな会話に時間を割き、こんなにも胸が温まるのか。本当に、どうしてなのか。
そんな気持ちで私は先輩に言葉かけた。
「もう海に来るのも寒くなってきましたね」
「そう、だな…。もう来るのも最後かも知れないし」
先輩は相変わらず素っ気なさを維持するも、今日はどこか違った。
そんな返事に違和感を覚えるも、私は何も言えなかった。いや、言葉が見つからなかったのかもしれない。こんなにも幸せから遠のいた人は初めて見たのだ。誰よりも可哀想で寂しい人。それが先輩の正体だった。
「まさか苦し紛れにここへ来たら、お前なんかに会って…。本当に何でだろうなぁ」
悔しそうに目を細め両手で大きく顔を覆う。その指の隙間から私を見て、先輩は助けを請うように言う。
「なんで、なんで…。ここに帰って来たいって思うかなぁ」
独り言のように。私に理解を求めてないけれど、聞いて欲しい。そんな、変なわがままを先輩は最後の最後でい言う。
行きたくない、と。帰る場所が出来たから、と。
「あのな、俺…名古屋に行くんだ」
そうして始まる先輩の悲しい短い話。私は黙ってじっと聞いていた。
「そこに妹がいる。一つ下のやんちゃな妹なんだ」
語る先輩は切なげで、見ていてこちらが涙するほどに、悔しいほどに不幸な人だった。
妹さんは幼い頃から離れて暮らしており、先輩は名古屋の家からここへ独り立ちしたらしい。それも、家庭が貧しく妹一人を養うのに手一杯だったという。だから家を出て、アルバイトをし、なんとか高校に入って卒業し仕事に就こうと思っていた。だけれど、家族仲は最悪。先輩が稼いだお金は両親に振り込まれていて、稼いだ半分以下のお金が先輩の生活費だった。とても貧しい一人暮らしで、その日暮らしのような毎日だったという。
そして、秋。これでもかと言う不幸が先輩を襲う。
「妹が白血病だったらしい。それも、次発作が起これば死間違いなし。助かるには…」

臓器移植。

その重い言葉が私の身体の重力を倍にしたように、重く重く胸にのし掛かった。
「兄貴が二人いるんだけど、全員不適合だったらしくて。母さんもダメだったらしい。でも、俺だけが適合した」
淡々と、自分に説明するように言う口調は酷だ。私の心はそんな金メッキなんかじゃない。脆く、先輩の想いも受け留めてあげれない程に小さく浅い。
「だから、名古屋に行く。俺しか…俺しかあいつを救えないから」
どうしてと、私の口は刻んでいた。声に出せない言葉だから余計、刻むしかなかった。
「大丈夫だ、有名な医者らしいし。今の医学はすごいって聞くもんな」
力なく肩で笑ってみせるも、それが私は悔しかった。
臓器移植と言えば大手術で、よくテレビでも聞くものだ。そのどれも、良いも悪いもあって。失敗例も成功例も多々ある。けれど、一番人には悪いことが耳に入りやすい。だから、私は怖かった。いくら名士でも百パーセントという数字は何叩き出せない。なんせ人間なのだから。
「あとな。母さんもガンらしい。肺に五ミリ位のガンがあるんだってよ。何でかなぁ…、何で今…」
そう言って先輩は崩れ落ちた。膝からガクッと砂浜に足を付き薄ら涙を浮かべて海を眺め見た。
「何で…何で、こうなるかなぁ。俺、もう」
言わないで。それ以上、何も。
その一心で私は先輩を後ろから抱きしめた。たくさんのことを抱えすぎてしまった、大きな先輩を。
「私はっ…。先輩が決めたことだから、止めません。けど、行って欲しくは…ありません」
もしかしたら死ぬかもしれないのだ。先輩も妹さんも。どちらも、その重大なリスクは背負っている。けれど、先輩は臓器移植という決断を下した。なら、私の私情で止められない。けど、行って欲しくはない。
先輩はうん、と小さく頷いた。
「待ってます。先輩が…っ、帰って来るまで…!待ってます!」
「うん…」
「だから、負けないで下さい。先輩は言ってくれた…。帰りたい場所が出来たって」
もし、自惚れても良いのなら。そこは私がいると良い。そして、大学生になった先輩とお付き合いして、元気になった妹さんに挨拶に行くのだ。ガンを患ったお母さんを看病してあげて、お母さんが息災なうちに、二人で貯めたお金で結婚式を挙げてお母さんに見せるんだ。そんな、図々しい夢物語を並べた。
「だから、帰って来てください。私はずっと、ここにいます」
それが私に出来る最大のことだろうと。私は先輩を送り出した。

碧い海、淡い恋

ノンフィクションを少々、フィクションに変えました。
少年は私の“父”で少女は私の“家族”です。
父が命がけで妹を救うんだと、決意を固めて打つ明かしてくれてたとき、私は何も出来ませんでした。そうなんだと、受け止めるぐらいにしか出来ず。物語の中でも待っているだけの状態ですが、行き違いも多い親子ですので。こうして感謝を表現出来たらと思い書きました。


追伸:父は存在です。今夜は休肝日と言って、大好きな焼酎を飲まず私の作った肉じゃがを美味しく食べてくれました。
あくまでも、フィクションです。

碧い海、淡い恋

ジャンル【恋愛、学園、ノンフィクションを基にしたフィクション(つまりフィクション)】

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-07

Copyrighted
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