憂いと回顧に決別を

憂いと回顧に決別を

この作品は僕の初めての投稿になります、どうか生暖かい目で見守ってください。

この作品を書くに当たって、人物の過去と現在を交互に描写しなければいけなかったのが意外と難しくっててこずりました。
執筆途中にこれではわかりにくくはないだろうかとだいぶ思い悩んでいました。
結局のところ登場人物の呼称を分けるということに落ち着きました(苦笑)。
 余談ではありますが、作中では若き日の主人公を青年と呼んでおります。実際のところ「青年」というのは男女関係なく若年の男女を指すものだったと初めて知りました(笑)

402号室の男の想起

「雨宮さーん、面会の方がみえてますよ。」
 
残暑も消え蝉もなきやみ木の葉も色づき始めた秋のある日、県内のある病院で看護婦の

透き通るような声が響いた。室内には男が一人、穏やかな表情で窓の方を向いて風に当たっていた。窓からは涼しい風が秋のにおいを運ん
でいた。
 
「物好きな人がいたものですね。」
 
男は穏やかな表情で自嘲気味に口元を緩めた。
 
「またそんなこと言って。わざわざ面会に来てくれた人に失礼ですよ。」
 
「それもそうだね。」
 
そこまで言うと病室の引き戸がガラガラと音を立てた。現れたのは二十代後半くらいの一人の女性だった。後ろで一つに縛った綺麗な黒髪を揺らしながら深く頭を下げた。

「初めまして、涼川千歳と申します。」

 男は少し驚いた顔をしてからまたいつもの穏やかな表情に戻り少しうつむいてポリポリと耳の後ろを掻きながら口を開いた。

 「初めまして、雨宮です。雨宮、宗一郎です。どうぞおかけになってください。」

 女はベットの横の椅子に腰を掛ける。

 「私に何か御用でしょうか?自慢じゃないですけれど、私の面会になんてそうそう来る人はいませんよ?」

「雨宮さんの千里さんが代わりに様子を見に行ってほしいとのことで。」

「ああ、彼女は元気ですか?こうやって他の人をかわりに行かせるところをみるとまだまだ忙しいみたいですね。」

 男は過去を懐かしむように淡々と語る。まだ網膜に光が焼き付いていたあの日のことがふと心をよぎる。

 「はい、元気ですよ、最近は特に忙しいみたいです。」
 そのようですねと男は続ける。そう感慨深そうに語ると男の表情が少し曇った。
 
「どうなされたんですか?」

 「いや、大丈夫ですよ。すいませんねわざわざ。」

 女は少し苦い顔をして黙っている。

 「あの・・お体は、大丈夫なんですか?」

 「ああ、大丈夫ですよ。見てのとおり元気ですよ。」

 男ははにかみながらそう答える。しかしどう見ても彼は大丈夫ではない。

例えば彼の両目、今は包帯で隠れているがもうその網膜は光の像を結ぶことはないだろう。
例えば彼の両脚、今ではもうそれは脚としての機能を果たすことなく鉛のように沈むばかり。彼女もそのことは重々承知の上の
質問なのだろう、悲しげにピントの合わない目を男に向けている。

 「あの、事故の時のこと・・。」

 「聞きたいですか?」

 「奥さんとのことも・・・。」

男は微笑みの中で少し困った顔をしながらポリポリと人差し指で額をかき、自嘲気味に
 「それは彼女に悪いよ・・・。」

そういってまだ包帯にくるまれた目頭に手を当てる。

 「私、千里さんにも聞いたんです、そしたら彼に聞きなさいって言われてそれで」

 「彼女は君をここへ。」

男の脳裏に彼女の笑顔がよぎる、そうだったな、君はそういう子だったな。だから、好きになったんだ。
男は少しうつむき、微笑みをうかべる。そしてそっと口を開く。遠い、遠い過去を振り返るように。
不運だった。その一言ですべてはかたがついてしまう、そう、それだけの些細な話だった。どこにだってある、とりとめのない話だ
 
 外で季節外れの蝉が鳴いた。
 
                           ***


2001年、某所のあるアパートの一室、その台所にいつもとは違い、女性が立っていた。

以前はこの女性の婚約者である青年が台所に立つというのが日常であっただけのこと。外はクリスマスシーズンということもあり

イルミネーションであったりサンタに仮装した店員による宣伝やらにより街は一層賑わいを見せていた。

女が台所で夕食の支度をする中、ふいに玄関のドアが開いた。

「ちーちゃんただいま~。」

 玄関からはふやけた声が聞こえる。若き日の雨宮宗一郎である。既に5年がたつということもあり今と比べかなり若々しい。

「お帰り~、そろそろご飯できるよ~。」

 女は薄茶色い短髪を揺らしながら鍋に食材と鍋の素を放り込む。キムチ鍋のいい匂いが漂い始める。

この頃は、ほんとに幸せだったよと男は笑顔で語る、嬉しそうで、どこか悲しげで、胸を締め付けるような笑顔で。

 「ねねね、そうちゃん、明日はお仕事ないでしょ?どっかお出かけしようよ!」

 「あー、うん、それがね、ちょーっとお仕事残ってて遅くなるかも・・・」

 青年は申し訳なさそうに、それでいて何か楽しみを隠し切れない様子で語る。

 「ええぇぇ・・せっかくクリスマスなのにぃ・・・」

 女は落胆の表情を見せる、しかし急に何か思いついたかのように口角をあげ、まぁしょうがないかとつぶやいた。

 「何時くらいに帰ってくるの?」

 「ん~10時前後かな・・・」

 「いいよ、もう。友達と食べてくるから!友達にいっぱい愚痴ってやる。」

彼女は屈託のない笑みを浮かべる。僕は幸せ者だ、心からそう思った。この日常がたまらなく愛おしい、心からそう思った。

     ***


 男は以外にも楽しそうに過去を語る様子に、女は複雑な表情でうつむきながらながら話を聞いていた。その顔にはうれしさやら哀しさやら、また後悔までも同居しているようだった。既に季節外れの蝉もなきやみ、窓からの風の声ももはや聞こえない。

病室の掛け時計は午後の6時を指し、落ち着いた雰囲気の白い部屋を赤く紅く朱く、夕日が染めあげていた。

いつの間にか部屋には静寂が広がっていた。男は次なる言葉を発することをためらっていた、その口は次に発する言葉をためらうように中途半端に開けたままになっている。しばらくすると男は決心したかのように彼女とは逆の窓の方へ向き続きを語りだした。


男の目のまわりを巻く包帯からしずくが垂れ落ちるのを彼女に隠すように。


                                ***



翌日、時刻は夜の7時を迎えようとしていた。若きカップルの住むアパートの窓からは光が漏れていた。部屋には会社で遅くなるといっていた青年がせっせと走り回っていた。彼女には10時には帰るから、そしたらその後でゆっくりしようと告げていたわけだが。

今日、12月20日は彼女 荒津 千里の24になる誕生日であった。彼に仕事が残っていたのは確かだがそれは何も10時までかかるようなものでもなかった。こうしてあえて夕食を彼女に友達ととらせようと考えたのもほんの一週間前まで彼女がこの日の夕食を恋人である

雨宮宗一郎ととるべきか、誕生日は一緒に過ごそうと誘ってくれた高校からの友達数人が主催するパーティーに行くかを決めかねていた

訳であって、友人付き合いの苦手な彼女が高校時代に負った心の傷のこともあり、現在の彼女が今の人間関係を大事にしていたことを知っての青年の計らいだったわけである。そして彼は彼女にあるサプライズをするべく準備している最中であった。

「あ、そういえばワイン買ってなかったっけ。」 

そう思いだし、時計の方へと顔をやると時刻は既に7時半を過ぎていた。男は急いで財布をポッケに押し込むと駐車場へと向かった。

車を走らせデパートへ向かう車内、そこには何かを思い出してはニヤつく青年の姿があった。

サプライズ、それはプロポーズであった。

実のところ彼らが付き合い始めたのは高校時代だったのだがそれはまた別のお話。気が付けばなんだかんだで7年たっていたところだった。しかし結婚といえば指輪が必要だ、絶対にという訳ではないが、必要なのだ。大学院の二年を経てまだ社会人1年目のこの青年に指輪を用意するというのは容易なことではなく先月、さらに言えば今月のぎりぎりまで残業やバイトを入れせっせと働いていたわけだで、

その間彼女に寂しい思いをさせてしまっていたのではと心配と苦労の1か月余りであった。そう思いにふけりながら駐車を終えデパートに入る。デパートでは大勢の主婦やスーツ姿のサラリーマンやカップルでにぎわいを見せていた。

食品コーナーを曲がるとそこで思いがけない人物と出会った。

「あれ、そうちゃん。なにしてんの?」

宗一郎の旧友、長邉 優。身長はおよそ180、茶髪で一見チャラそうに見えるが義理堅く男気のあるやつである。

「今日、あれでしょ?あれ!」

ニヤニヤと肘でつっついてくる古き良き友を適当にあしらう。

「これからだよ、察してくれ。」

だが青年もさすがに照れたようで少々早口になる。

「ねぇねぇ!なんて言ってプロポーズすんの!?」
かなりハイテンションで迫ってくる長邉にたいしひとつため息を落とす。それから少し困ったように額を人差し指でポリポリとかきだし照れたように声を絞り出す。

「.....月が...。」
まだ全部言い終わってもいないのに一言挟まれる
「ないわ~....」

「ふざっけんな!」

プロポーズの文句にケチをつけられ、思わず声を荒げるが、本人は赤面しておりまったく怖くない。

「だって今どきの子にそんなん伝わんないって...」

「いいんだよ、あいつには伝わるから...きっと。」

宗一郎とその彼女である千里の二人の共通の趣味の一つは読書である、ライトノベルから純粋文学作品に至るまで基本なんでも読む。

メジャーな作品は基本的に一通り読んだつもりでいると彼は自負している。

「ま、失敗したら俺らが慰安旅行でも企画してやるよ、お前を含む割り勘で」

「縁起の悪いこと言うんじゃねぇよ、後なんで俺も払わなきゃいけないんだよ。」
そうして旧友との雑談を済ませ青年は一人目当てのワインを買いデパートを出た。

車で移動してる途中に、ふと先ほどの友人の言葉を思い出した。
「ふられたら、か。」


                            ***


 ふと男の言葉が途切れた、時計は電池が切れてしまったらしく6時15分を過ぎてからはもう動かなくなってしまった。

秒針の音すらしなくなった部屋の中で男はこれから自分が話そうとしていることについて考える。

ここでうその一つでも吐こうか、作り話でも混ぜようか、しかしそんな思いを脳裏に映る彼女の、最後に見た彼女の顔がよぎったところでなんとか振り払った。少しでも、彼女を憎んでいる自分が、悔しかった。人間はどこまでも人間だ。どんなに理想、美徳、道徳を並べたところで悪い意味での人間らしさを捨てることなどできないと悟ってしまった自分が、本当に悔しかった。
この5年間でそれを男は手術とリハビリのの繰り返しの中で悲しいくらいに痛感していた。カウンセリングを受けたときもそうだった、いくら口では大丈夫と繰り返そうが、気にしてないと呟こうがもはやそれはすべて綺麗事だと思ってしまう、情けない自分がただただ、悔しかった。

停止しかけた思考をなんとか再開し次に発する言葉を数秒間選び、独り言のようにこぼす。

 「悪いのは、僕なんだ。どうか彼女を責めないでくれまいか。」

  

                               ***


 交差点の信号が赤から青に変わる。隣接する車線の向こうに目をやる。緑色の屋根の見慣れたコンビニエンスストア―。そこから青いつなぎ姿の男がおでんと大量のアルミ缶が入ったレジ袋をもって出てくるのが一瞬見えたかと思うとクラクションの音に慌てて目を正面へと向ける。すでに信号が変わっているのを忘れていたために車を急発信させわが家へと再び向かう。

車内のナビゲーションシステムが無機質な声を発する。

「まもなく暗くなります、ライトを....」

気が付けばあたりはかなり暗くなっていた。カーナビのモニターで気温を確認する。

外の気温は⁻1℃

「雪が降るかもな。」


信号を渡った後、脇道にある公園を横目に見つつ交差点を渡り終えたところで自宅であるアパートが目に入った。しかしこの時青年はある

違和感を覚える。

「俺、電気消し忘れたっけ。」

しかしそんな疑問もきっと自分が慌てていて忘れたのだ、よくあることだと。と、この時青年は自己解決した。
 

駐車を済ませると何やらアパートの自室内に人の気配があることに気付いた。どんなに慌てていても戸締りは忘れてはいないはず、ならばきっとそのアパートにいるのは同棲している彼女、千里にほかないはず。
無論、そう推測した宗一郎の考えはけして間違いではなかった。

ドアノブに手をやり、ひねり、押してみるとドアは小さな音を立ててすんなり空いた。部屋の奥、ドアが閉まっているということもあり、なにやらよく聞こえない男女の会話がうっすらと耳に届く。

この時、彼は彼女を信用しすぎていた。彼女との長い付き合いの中であることに鈍感になってしまっていた。それが幸か不幸かは定かではないが。その時彼の脳が導いた推測の中で、彼は一つも彼女を疑っていなかった。

そうしてどうしようかと悩み、結局好奇心に勝てずドアをほんの少しだけあけて部屋の中をのぞいてみることにした。

この時まだ ``彼女の友人の前でプロポーズしてみようか、いや、ないな。´´ などとくだらない妄想を膨らませていた。
 ドアを数センチあけ中をのぞき込み、数秒、気が付けば男は涙をこぼし、手に持ったビニール袋を落としていた。

彼の目に映った光景に、自分の彼女である千里が、見知らぬ男性と抱き合い、唇を重ねている、その現実に、

 


 私は、数秒間目のまで今何が起こっているのかがわかりませんでした、そしてやっと脳がその光景を一つの単語として私に認識させたとき、私は彼女と目が合っていることに気づきました。彼女はひどく驚いた顔をして、数秒間固まったのちに相手の男から離れました。

私はどうすることもできず、何を思ったのか部屋に入っていきました。その時の感情は、よく覚えていません。ただ、涙が頬を濡らし続ける感覚と廊下からの冷たい風がそれを乾かしていく感覚だけが麻酔のように私の思考を奪っていきました。

相手の男も何かを悟ったようで、ゆっくりと身支度をし、私に一言、すいません。知らなかったんです。そう静に言い残して出ていきました。もはや追う気力も残っていませんでしたよ。彼女はうつむいて小さな嗚咽をこぼしながら小刻みに震えていました。

僕はそんな彼女を見て、やっと理解したんだと思います、彼女は浮気をしたのだと。

「ちがう、そうちゃんが悪いんだから・・私は、私は・・・。」



彼女の嗚咽交じりの声が静かな部屋に滲んでいきました、私はそんな彼女の頬に触れようと手を伸そうとした時、ふいに彼女が走り出してね、もはや放心状態だった私はそのまま一人取り残されてしまい、頭がやっとのことで更新されていく情報に追いつき彼女を追いかけようと思い、行動に移した時にはもう5分は経っていましたよ。

 いつの間にか病室を朱色に染める夕日も顔を隠し、部屋には残り火のような薄暗い赤が残るばかり。既に止まってしまった時計は先ほど看護婦に回収されてしまいかわりに小さな花瓶が一つ置かれていて、その影がぼんやりと顔をのぞかせていた。
花瓶には萩の花が活けられていたがどこか元気がなさそうだった。



                            ***
                    

 ドアのぶにかけた手をまわすのをためらっていた、果たしてここで追いかけてどうするというのだ。そんなふうな思いが青年の心に渦巻く。真実とは多面的なものだ。そもそもの話真実なんてものを追求する方が間違っている。真実なんてものは最初からあってないようなものでいつだってあるのは真理と解釈だけだ。ここをはき違えてしまっているのは何もこの男だけではないわけだが。

そして男は一つ息を吐き、あきらめと決心とを済ませドアを開ける。
 
 時刻は既に8時をまわっており、外もかなり冷え込んでいた。

「あ、雪。」

思わずそうつぶやく。この数十分の間で道路には気持ち少々の雪がちらほらと積もっていた。しかし今はそれどころではないのである。

彼女の行きそうな場所の候補を脳内にあげていく。そして真っ先に思い浮かんだ場所に男は走っていった。

宗一郎宅から走って約7分の大きな交差点、その脇にある小さな公園。ここは彼女との思い出が一番強い場所だった。かつて高校時代に並んでブランコに座り、雑談しながら揺れていた付き合ったばかりの夏の日、初めてケンカしたのもここの公園だった。そんな公園の静寂の
中に、小さくすすり泣く声が聞こえた。よく並んで座っていたブランコに目をやると、その片方に両目を抑え方を揺らす見慣れた茶髪の女性が座っていた。静かに歩み寄り反対側のブランコの上の雪を払い、そこに腰を下ろす。

「どうしたんだい、君らしくない。嫌なことや不満があれば言ってくれればよかったじゃないか。」

雪の漂う夜空を見上げ、一言こぼす。彼女はやっと自分の存在に気が付いたようで一瞬大きくびくりとしてからこちらを指の隙間からまだ
涙の滴り落ちる目を向ける。

「先月、ヒック...寂しかったから....。今日、のことだって....忘れてるんっじゃないかって....。」

息絶え絶えに、涙ながらに彼女は語る。

やはりか、と青年は心に大きな重しを落とされたような気分になる。けして彼女が浮気をする可能性に気付いていたわけではない。

ただこの一か月が彼女にとって何らかの負担になるのではと危惧していたそれが見事に予想できなかった最悪の事態に豹変したことで、過去の自分の過ちと対峙している今の自分へのやるせない虚無感が重しとなっているのであった。

だがこうなってしまった以上はもうどうしようもない、まずは説明を、そう思い四角く膨らんだポケットに手を伸ばす。それを見た彼女は
その瞬間急に駆けだした。彼女は察したのだ、彼のその行動の意味に。そのうえで逃げ出した。彼の思いに向き合えなかった。その勇気が
なかった。その覚悟がなかった。既に汚れてしまった自分が恥ずかしかった。この時点で彼女はまだその「箱」を目にしていない。その箱の「中身」をまだ目にしていない。だから逃げ出すしかなかった、今なら、まだそれを見るまでならば自分の予想、あくまで想像としてかたが付くから。

「あ、おい!待て!」

不意を突かれたが青年の頭は幸か不幸かこの時は冴えていた。彼女に後れを取ることなく走り出す、彼女との差はおよそ10数メートル。

 
 不運だった。その一言ですべてはかたがついてしまう、そう、それだけの些細な話だった。どこにだってある、とりとめのない話だ


女は交差点へ駆け出すが、

 信号、それはまだ人の歩行を許可してはいなかった。
 
 横断歩道、そこには若年のカップルが部屋を出たときに比べかなりの雪が積もり、幾多の車の走行を経てみぞれ状に白い線の上に広がっていた。

 彼女の靴、ほんの数時間前までデートを楽しんでいたままの靴を履いてきたため、歩きずらいものだった。

そして悲劇の幕はゆっくりと開けていく。

彼女は横断歩道の白線に足を取られ横に横転する形となる、この時青年はすでに先方より来るトラックを視界にとらえていた。
何も考えていなかった、それだけは確かだ。ただ反射的に駆け出し、彼女を精いっぱいの力で前方へ押し出す。これが最善策だった。
ふと視界が横へスライドするのと同時にトラックが目と鼻の先まで迫っているのがみえた。不意に見えた運転席にはどこか見覚えのある青いつなぎの男が顔を真っ赤にして居眠りしているのがみえた



(居眠りしてんじゃねぇよ..。)



大きな衝突音とともに視界が揺れる、急に飛び出し宙に浮いた状態で衝突したために体が宙を舞う。脳が揺さぶられ、途切れかけた意識。

そんな中最後に目に入ったのは、手を伸ばす愛おしき女性の、泣き顔だった。

                           ***


 「これが、事故のすべてです。ただ、それだけの、ことです。特筆すべき点なんてどこにもない。」

男の澄んだ声が部屋に響く。彼女の頬には涙が、すっかり暗くなったためにほとんど目立たず、ひっそりと足跡を残していった。

「あなたは、彼女のことを恨んでますか?」

おそるおそる、やっとの思いで彼女はそれを口にする。

「さぁ、どうでしょうか。」

笑みをこぼす、それは純粋で、屈託のない、綺麗な澄んだ笑顔だった。

病室を出たばかりの月が照らす。場には静寂が漂うばかり。しばらくすると看護婦がドアを開け一言。

「あの~、面接のお時間、そろそろ終わりますよ~?」

彼女が看護婦に会釈すると看護婦はにっこり笑って頭を下げ、ドアはピシャリと閉じられた。

「最後に一つ、いいでしょうか。」

「ええ、なんでしょう。」



「結婚の話は....どうなされたんですか。」



静かに、言葉を漏らすようにそれを口に出す。

「 彼女 が来たら、その時にしっかりとこの問題は解決させるつもりです。安心してください。」

「そうですか、そうですよね。この五年、彼女は一度も来てないんですよね、そういえば。」
悲しげに告げる彼女はどこか寂し気だった。

「それじゃあ、私はもう行きますね。」

立ち上がった彼女の背を月明かりが照らし薄黒いスーツを着た彼女の背中が窓に映る。もしそれを男が見ていたならどこかでダブって見えていたことだろう。

彼女がドアを開ける

「月が、綺麗ですね。」

男の声が部屋に響いた。いつ聞いても澄んでいて、どこか哀し気な。

ドアがピシャリトしまる。自らが閉めたドアにもたれかかり

「あなたとなら....死んでも、いい」


嗚咽交じりにそうこぼした。

                                   ― 完 ―

憂いと回顧に決別を

何とか10000字以内に収められました(笑)
これは自分の「純愛」 についての少しばかり歪んだ自己解釈から生まれたお話です。
この作品を書くにあたって、改めて自分のボキャブラリーの少なさを痛感させられました、できるだけ豊かな表現をとおもっていたのですが
見直してみてもせいぜい70点ぐらいでしょうかね。(初の執筆にしては上出来であってほしい。)

自分はこうやって思い立った物語を大体3日〜一週間ほどかけてババッと書くスタンスで行こうと思っていますが、どうしても誤字脱字等がどうしても多くなってしまっていがちですので見かけましたら声をかけてくれるとうれしいです。

あと、伏線を自然に張って行くのって難しいんですね...課題点です。

憂いと回顧に決別を

愛とは優免であり歪みである。 男の語る真実、そこには確かに「愛」があった。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-07

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著作権法内での利用のみを許可します。

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