予知夢

 なんとなく気持ちが落ち着かない。もう少しで、あの、工事中のビルに通りかかる。男は足を速めた。
 そしてビルの真ん前を通る。
「危ない!」
 声がする。男が「まさか」と思ってビルを見上げると、作業員の失態か、鉄骨が落下してくる。その真下は今、男が早足で歩き抜けようとしている。いまから立ち止まるなんて無理だ。頭のどこかでは分かっていても、体が追い付かない。
 鉄骨が宙に放り出されたとき、男の中ではさまざまな思い出が蘇った。

          ※

 ある日、男は夢を見た。
 夢の中で男は友人と釣りに来ていた。
 すると、川の向こう側から男の友人が手を振るのが見えた。
 そして夢は終わった。
 夢の中では何もかもが早く動いた。
 例えるなら、録画した映像をリモコンで早送りするようなスピードだった。
 夢を見たその日、男は友人に誘われて釣りに行くことになった。
 男が川に釣り糸を垂らしてしばらくすると、川の対岸から友人がこちらに向かって手を振るのが見えた。
 男は、どこかで見た光景だな、と思った。
 そうだ、夢の中だ。まあデジャビュというやつか、と思った。


 それからまたある日、男は夢を見た。
 夢の中で男は、片思いをしていた女性に告白をしていた。なんと、女性は男の告白を受け入れた。
 夢はまたしても早送りのスピードで終わった。
 夢から覚めた男は、これはツイてる、と思い、夢の中で見た光景を再現して、女性に告白した。なんと成功した。
 男は、自分が予知夢を見ていることを確信した。


 男は予知夢を見る事で、自分の現実を変えることに成功した。
 予知夢の中で見た光景を再現するかしないかは男が自由に決めることが出来た。
 仕事でミスをする夢を見たら、いつも以上に気を付ければミスをすることはなかったし、宝くじに当たる夢を見たら、夢の中と同じ時間に、同じ番号の宝くじを買えば見事に当たった。
 そうして男は人生を謳歌した。
 ずっと好きだった女性と結婚をし、子どもをもった。宝くじや仕事の昇進の機会さえ逃さなければ、金には困らなかった。欲しいものはいくらでも手に入れられたし、行きたいところがあればどこにでも行けた。


 そんなある日、男は夢を見た。
 いつも通勤に歩く道で、工事中のビルの前を通り過ぎるとき、作業員が失態をして、鉄骨を落とした。鉄骨は男の頭に直撃し、そのまま目の前が真っ暗になった。

 男は夢から覚めて、はじめは驚いたものの、すぐに気を取り直した。
 なんたって、さっきの夢の中の出来事はスローモーションだったからだ。
 いつも予知夢を見る時は、なんでも早送りで進む。スローモーションだった今の夢が予知夢であることはないさ。男はそう思って、いつもの道を仕事場へ急いだ。

          ※

 鉄骨が宙に放り出されたとき、男の中ではさまざまな思い出が蘇った。
 最初に予知夢を体験した川釣り、それから今でも円満な妻、無邪気に家の中を走り回るこどもたち。仕事場の同僚に、上司に、部下。とても幸せだった現実の思い出が蘇る。まさに夢のような人生。
 そして男は思い当たった。
 これが走馬灯というものだろうか。
 死の瞬間、人はそれがまるでスローモーションのように感じると聞いた。
 そうだ、夢の中では確かにスローモーションだったが、この走馬灯に比べれば、ずっと早いじゃないか。
 鉄骨は男の頭に直撃した。

予知夢

予知夢

予知夢を見る男の話。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-06

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