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『――先日火星を離陸した火星資源ポッドは明日の朝、地球に到達予定です。この火星資源ポッドは二回目の採掘成功例で、これにより――』
 男はニュースを伝えるテレビの電源を切ると、ベッドに滑り込みました。


 男は気が付くと、真っ暗な闇の中に立っていました。
「ここはどこだ?」男が問います。
「ここは夢の中です」どこかから答えが返ってきました。
「誰だ?」
「私はここです」
 そう声が言うと、男の目前の闇が晴れ、白くて大きな木が見えてきました。
「なんだろうか、これは」
 男は狼狽えることなく言いました。男の夢の中で無生物が言葉を話すことは珍しくなかったのです。
「これは生体コンピュータ。私はこれを通してあなたに声を届けています」
「はあ。すると、あんた自体は誰なんだ」
 男は腕組みをして聞きます。
「私は、四次元の存在です。お伝えしたいことがありまして、あなたの意識に、アクセスしています」
「四次元の存在っていうのはそんな声を出せるものなのか?」
「四次元の存在は声を出すことはできません。私があなたに話しかけているのは、たとえばあなたがた人間が、人工知能に対してコンピュータ言語で話しかけているようなものなのです。」
「はあ」
 男は分かったような、分からないようなもやもやした気持ちでしたが、
「それで、伝えたいことってなんなんだ」
「それは、まさしく四次元のことについてです」
「そんなのは次元を研究する研究者に言ってくれ」
 男は宇宙科学者でした。

「とにかく聞いて欲しいのです。まず私たち四次元の存在を説明する前に、0次元を考えてみましょう。それは一つの点。点が連続することで、それは線となります。これが一次元です」
「そんなことは基本だろう」
「ええ。それに沿って、線の連続である面が二次元。面の連続である立体――これは3Dプリンターを想定すると分かりやすいですが――立体が三次元となります」
「…それで?」
「では四次元は?四次元は、立体の連続、動き、時間であり、すなわち『歴史』です」
「意味が分からない」
「歴史の教科書の付録に年表があるでしょう。それは、あなたの生きている世界で、過去にあった動きの連続でしょう」
「作り話を除けば、な」
「ええ、あくまで年表はたとえです。ともかくあなたの生きている世界は、時間が生まれた瞬間から動きがありました。その動きの連続が『歴史』、すなわち私です」
「とすると、あんたは歴史そのものだっていうのか」
「その通りです」
「歴史が話しかけてくるっていうのか」
「私たち『歴史』には意思があるのです。意思のある動物の、高次元存在である私たちが意思を持たないことはありません」
 男の疑問は次から次へ湧いてきます。
「私たち?」
「ええ。『歴史』は私だけではありません。他にも数多くの『歴史』がいて、彼らは意思を持ち、それぞれ互いの歴史の一部分にアクセスすることが出来るのです」
「それは、タイムスリップとか、タイムトラベルとか言われることか」
「そうです。ですが少なくともこの世界のあなた方人間には不可能です」
「不可能ってなぜそんなことが言えるんだ。時空を超えようと研究にいそしむ研究者は数多いのに」
「それは、『歴史』が途絶えるからです。あなたがたの言葉で言えば、私たち『歴史』のすべてが死ぬからです」
「歴史が死ぬ?」

 男は腕組みを解くと、顎に手を当てます。木は風になびくように枝や葉を揺らします。
「私たちが互いの歴史にアクセスするうち、どの『歴史』もある時点で途絶えることが分かったのです。そしてそれはそう遠くはありません。人間が時空を超える方法を見つけるのには間に合いません」
 いよいよ話の行き先が分からなくなってきた男は、その場にあぐらをかいて座り込みました。
「どうして歴史が途絶えるんだ。どうしてあんたたち『歴史』はみんな死ぬんだ」
「さきほど時間が生まれた話をしましたね。私たち『歴史』が死ぬのは、時間が無くなる時です。それはつまり、無。宇宙ができる前の、全く何もない、0次元すら存在しない世界になるのです」
「じゃあなんで時間はなくなるんだ。なんで宇宙はなくなるんだ」
「歴史が途絶えるのは、今あなたが眠っているときから数百年後です」
 まだまだ先じゃないか、と男が言い返す前に、木が言います。
「ですが、人間、そして地球が滅びるのは数年後です。原因は、宇宙戦争」
 予想もしない言葉に男は絶句します。
「宇宙戦争?いったいどの国同士が戦争するっていうんだ?」
「国同士ではありません。星同士です。あなたがた人間の未発達な精神と能力では、宇宙に進出するのは早すぎたのです。ましてや他の星から資源を横取りするなど…」
「星同士ってなんだ?いや、資源を横取り…?確かに私の研究によって火星からの資源採掘が可能になったが、まさか今度は宇宙人なんて言い出すのか?」
「ええ。地球にとって外来種である彼ら他星生命体は、あなたがたを蹂躙します。抵抗むなしく人間は数年にして滅び、やがて地球を独占し始める他星生命体は、今度は別の他星生命体から襲撃されます。まさしく宇宙、宇宙間戦争…。その発端はこの地球のある一人の人間なのです」
「一人の人間…」
 男は頭を抱えます。
「私たち『歴史』は、自らの途絶を知り得たときから、その原因の究明を始めました。歴史へのアクセスを繰り返し、やがて見つけたのはこの地球のこの時間。火星資源を詰め込んだポッドの二号が地球へ帰還する最中に、他星生命体により細工されたポッドはそのまま核爆弾として地球に到達するのです」
「俺の研究の成果である火星資源採掘が…」
「あなたの研究のために、宇宙戦争が始まり、すべての生命体が滅び、宇宙も、時間も消え、『歴史』たちは死ぬのです。…そこで、ご相談です」

 男はそこで木に向かって手のひらを向けると、しばらく考え込みました。
 やがて男は妙な気持ちになって、立ち上がりました。そして聞きます。
「………………相談とはなんだ」
「私はあなたにこのことを伝えたのち、過去のあなたのもとへ飛び…」
「殺すのか」
「ええ。その承諾をいただきに来ました」
「承諾などなくとも殺してやってくれ」
 男はなんだか気持ちのいい気分でした。自分の存在が宇宙を滅ぼすという事実が男にはなんとも誇らしかったのです。
「そうですか、では。お邪魔しました」


 男が目を覚ますと、もう朝でした。男はテレビの電源を点け、ニュースを映します。
『――です。緊急警報です。本日朝、火星から帰投する予定の火星資源ポッドでしたが、予測を大幅に超えた質量と速度をもって現在地球に向かってきております。このままの進路では、ポッドは衝突し、莫大な被害が起きることが予測されます。国民の皆さんはただちに避難して――』
 男はテレビの電源を消し、再びベッドに入り込みました。さっきは夢の中でずっと木と話しておりましたから、今度はちゃんと寝たかったのです。

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夢の中で研究者に話しかける謎の木。 木は「四次元の存在」を自称する。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-06

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