縁起物

こんにちは、一久一茶です。新境地開拓に見事に失敗しましたご覧ください。

何気なく、街を歩いていたときのことだ。
急に足元のマンホールの蓋が消えた。次の瞬間、僕はそこに落ちていた。
「……え、なんで?」
マンホールの蓋が消えるって!何それ。
……ったく、最近のテレビ局の連中は街ゆく素人にまでドッキリを仕掛けるようになったのか?……って違うか。そもそもドッキリならばすぐに芸人やらタレントが『ドッキリ大成功』のプラカード持ちながら僕に話しかけてくるはずだ。そんな気配は落ちてかれこれ五分くらい経つけどない。いやそれどころか道を歩く人がマンホールに落ちたというのに誰も僕に気づいていないようだ。上を見ると、マンホールを飛び越えるように歩く人のかげが往来していた。
「すみませーん。助けて下さーい」
僕は落ちて五分くらい経ってもまだ状況を受け入れられていない。それがこの呑気な声に現れている。……うーん、マンホールに落ちたってなれば、普通なら絶叫してでも助けを呼ぶ状況なんだろうけど、いきなり蓋が消えてそこに落ちて、でも誰も僕に気づいていないという新年早々の怪奇現象と放置プレイのダブルパンチは僕の顎に入ったみたいで、まだ状況を理解できていないんだよね。
どうしようか? 助けを呼ぶとき、助けを呼ぶとき・・・あ、そうだ百十九番にかければいいんだ。そうすればオレンジやら紺の服を着た男の人が助けに来てくれる。……よし、すこし恥ずかしいけど。『マンホールに落ちました助けてください』って阿保過ぎて恥ずかしいけど仕方ない。よし、携帯携帯っと……ん?
「な、なすび?」
……え、なんで? 待て待て、僕はいつもズボンの左側のポケットに携帯を入れている。てか入れる癖がある。うん。で、今左側のポケットに手を突っ込んで出てきたのは……なんでなすび?
……オーケオーケ分かった分かったアレだろ。僕が関西出身だからここで『はいはいこれでね、ぴぽぱぽぴー……ってこれなすび!(ドヤッ!』って言うノリ突っ込みを期待されてんだろ! よし、やってやろうじゃないか。
「はいはいこれでね、こーやってぴぽぱぽぴー……ってこれなすび!(ドヤッ!」
……マンホールの中って結構声響くんだ。お陰でこの恥ずかしい台詞が悲しく響いてたよ……って、そもそも僕の携帯は?いやいや、ノリ突っ込みとかしてる場合じゃなくて結構やばいっしょ!
「……ん?」
なんだこれ、何か壁に紙が貼ってあるぞ?
「なになに……『あなたの携帯なら、落ちるときに水没して駄目になったらマズイのでこの紙の後ろに隠しておきました。ああ、私ってなんて神対応』……」
突っ込みどころ満載だなおい。まず、お前誰? この紙書いたやつ誰? そして二つ目、なんで落ちるときの携帯の心配するのに俺の身体の心配しないの? いや落ちる前に助けてくれよ。そして何より
「なんで代わりになすび入れたんだよ!」
突っ込みどころ満載過ぎてそれ以上突っ込む気にならないのが不思議だ。紙を剥がすと、その裏に粘着テープで固定されている我が携帯を発見。ああ、やっと助けを呼べる。
「一、一、九、っと」
耳にあてがうと
『おかけになった電話は、現在使われておりません』
「え、マジかよ……ん?」
え、消防の通報用の番号が使われてないってどゆこと? え、おかしいでしょどう考えても。・・・落ち着け、気が動転して聞き間違えたんだきっと。
『おかけになった電話は、現在使われておりませ……申し訳ありません、使われております』
良かった。でも出来ればその報告よりも先に繋いで欲しいな。うん……
「……」
『…………』
「…………」
『…………』
「…………」
『…………ブチッ! プー、プー、プー』
……繋いでくれないんかーい!
何かおかしい。どう考えても何かおかしい。てかそもそもマンホールの蓋が消えたとこからおかしいし。でも、この携帯が消防に繋いでくれないなら仕方ない。自力で出るしかないか。なんか非常ボタン的な何かないのかな? 探そうか。
しばらく中を歩くと、それらしきものを発見した。でも、なんのボタンか分からない。ってかそもそもなんで人の立ち入ることのない今所にボタンあるのかも分からないけど、押してみる価値はある。
……押してみた。
ブー、ブー、ブー!
……ブザーがなった。良かった、警報機か。これで助けてもらえる……ん、風? 風が強く吹いてきた。待て待てしかもこの音! 水が勢いよく流れるこの音ってもしかして!
気づいたら流されていた。



「ん……寒いなぁ」
目が覚めた。身体が濡れている。あのまま流されていたようだ。けど、ここは外だ。どういうことか分からないけど、ん? てかここどこ?
見上げると青空が見える。視線を段々下げると……山が見えた。あのシルエット、あの雪の積もり方。それはどう見ても
「富士山……だよな」
どうやらここは富士山の麓らしい。もう突っ込むのも疲れてきたけど一応説明すると、僕は都内のマンホールに落ちてそこから流され富士山の麓まで流れ着くというワープ現象に見舞われたようだ。僕のいる場所はすこし開けているが、すぐそばに鬱蒼とした森があるところを見ればここはさしずめ樹海ということか。
この寒い時期に、濡れたコートに濡れた服。それから手にはなすびと水没した携帯・・・うん、これ遭難しますね。はい確実に。これはもう助かる方法ありません。助かる方法考えるより神様に頼んでいた方が気が楽だし確率も高そう。この阿保みたいな状況で冷静になれという方がおかしい。もうこれは神様頼りだ。
「神様、どうかお助け下さい! 」
まだまだ僕はしたいことがたくさんあるんです!確か、富士山の頂上には神社があったはず。そっち向いて神頼みすればなんか助かりそうな気がする。てか助けて本当に!
『おー坊主、何しとんねんそんなとこで水浴びしてアホちゃうか。新年早々呼び出すんちゃうわボケ!』
……なんと、返事が来た。でも同時に神頼みした自分を後悔した。
「な、な……」
『なんやなんや、ビックリしとんのかいな。こりゃワシのスーパーウルトラスペシャル神々しいオーラにびっくりしとんのちゃうかー?』
……なんて軽い。発言が軽い。こんな神様嫌だ。てかそもそも神様なのか?
『ワシは全知全能のスペシャルな神さんや。ワシに頼んだらなんでも出来んで! ワシは何でもわかるし何でも出来るっちゅう神さんやから何でも頼んでおくんなはれ。せやけどタダはやらへんぞ?』
「……」
なんか色々言いたいことがありすぎて言葉が出ない。でも一番言いたいのは何で富士山近辺にいる神様なのにコテコテの関西弁なのかということと、寒いからとりあえず服をくれってことかな。
『なんや? その顔はもしや、「なんでも出来るんですか! それじゃあ金ください!」って言いたいんやろ? そりゃあかんぞ。ワシは全知全能神さんやさかい出来るんは出来るけどやらんことにしとるんやすまんの』
あれ、全知全能の神様でなんでもわかるって言ってたのに今現在進行形で俺の言いたいことをことごとく不正解とは……本当に全知全能なのか危うい。ってか、声だけで姿を見せないけど神様どこなんだろうか?
「どこにいらっしゃるんですか?」
『あ? ここやここや!上や』
上……そこを見ると雄大に空を飛ぶ鳥が。
大きな羽音を立て地に降り立った自称神様は、こっちを見ながら自己紹介した。
『ワシは全知全能神さんや。今は鷲の姿をしとる。カッコええやろ? 』
え、鷲の姿……鷲って大きいやつの呼び方じゃね? 強いてゆうならこの姿……
「鷹じゃないんですか?」
『鷹やない、あんなちんちくりんなやつと一緒にせんといてくれ』
それ以上の突っ込みは辞めておこう。神様が鷲だと言っているんだから。カラスほどの大きさでも鷹なんて言わない……鷲なんだ。
「すみません、家まで連れて帰ってください。気づいたらここにいて困ってたんです」
『オッケー任しとき。坊主は何処から来とるんや? 』
「都内の◯◯◯です」
『よっしゃ、それじゃあワシの背中に乗れ』
「あの……乗れないです小さくて」
あ、なんかごめんなさい神様。小さくてって言った瞬間神様が悲しそうな顔してた気がした。やっぱ気にしてるんだ、鷲じゃなくて鷹だってこと。
結局、僕を足で掴んで飛ぶこととなった。ここは流石神様、飛ぶのが速く瞬く間に景色が飛び…………って!
「あの! あれ琵琶湖じゃないですか?」
『そや。あれはデカイなぁー! あそこの近くの飲み屋が美味いんや』
「いや、飲み屋の話じゃなくて、方向逆です。東京都内の◯◯◯です!」
神様が立ち寄る飲み屋の話も聞きたいけど!
『あー間違えたわ。ははは』
……全知全能なんですよね? 本当に。信じて良いんですよね?


滋賀県上空まで回り道をしていたのにもかかわらず、都内某所、僕の街に着いたのはあれから十分ほどあとだった。速いなぁ。
『よっしゃ、着いたぞ』
「ありがとうございます。本当に助かりました!」
『礼はええねん礼は』
なんと、流石神様だ。礼には及ばぬという所は尊敬に値す……
『んで、何くれるんや? タダではなんもせんぞって言うたやろ』
げ!
「え、いやでも僕今……」
完全に忘れてた。この神様『タダではやらへんぞ?』って言ってた!ヤバいぞこれは、この神様怒らせたら大変なことになりそうだ。財布は……って、財布ない! 流された時になくなったのか?
「何もないですどうしましょう」
『あ? 坊主それはあかんぞ。それともアレか? このワシに……この全知全能の神さんであるワシに正月早々タダ働きさせるっちゅうんかコラ!』
「ほ、本当にすみません。だからどうしたらいいですか? 払わないとかそういうことではないんです。本当にお礼がしたくて……』
神様は僕を睨みつけたまま。これは大変だ怒らせてしまった。どうしよ……ってあれ? なんかにやけてるぞ神様。何か嫌な予感がする。
『ほんだらええ事思いついたわ。ワシは鷲や。肉食の鷲じゃ』
……これは生命の危機だ。
『せやけどワシは肉より好きなもんがある。ホルモンや。あれは焼いて食うても酒に合うし、生で食うても精がつく』
……コレハセイメイノキキダ。
『特に最近の人間の腹わたは格別やねん。ええもん食うとるんかしてええ味出しとるんや。坊主らは食うた事ないやろけどな』
……コレハセイメイノキキダコレハセイメイノキキダコレハセイメイノキキダダイジナコトナノデサンカイイッタケドモウイチドイウトコレハセイメイノキキダ
『坊主の腹わた貰うわそれでええやろ?』
「ひ、そ、それはダメです! 僕死にますよそんな事されたら!」
『関係あらへん関係あらへん。ワシは長い事飛んだせいで腹減っとるんや。金よりむしろそっちの方が助かるから腹わた貰うぞ』
うわ、しかもお金はいくらでも払いますからって反論を先に潰してきた。嫌だ。腹わた啄ばまれるのは嫌だって!
『んじゃいただきます! 』
ガァー、っとひとつ声を出し、神様がにじり寄る。
「嫌です! 嫌だ! やめろ!」
僕は逃げた。けど、すぐに首根っこをつかまれ、神様は大きく羽ばたいた。
『動くなやコラ。食いにくいやろが』
「た、助けてー!」
わき腹に鋭い痛みが。嫌だ! 腹わた食うとか神様じゃないだろ!
「ぐっ、痛い! やめてくれ」
さらに腹に痛みを感じた。もう助からない。意識がどんどん遠くなる。僕、死ぬのか。まだお年玉も全然使ってないのに……死ぬのは嫌だ……
遠のく意識の中、神様の『美味いわこれ』という声を聞きながら、僕は意識を失った・・・



「うっ、うぅ・・・」
ん、あれ? 生きてる? あれ僕神様に腹わた食われて死んだんじゃなかったっけ?
「早く起きなさいよ。もうお昼よ。さっきから『助けて!』とか『死にたくない!』とか寝言言ってたけど大丈夫なの?」
あ、え、えっとー今の声は彼女の声。ん?あれこれどうなってるの? てかここ布団の上だし。
「はい、これ着替えだよ」
もしかしてさっきのは夢だったのか。よかった。
「何の夢みてたの?」
「えっと、マンホールに落ちて、なすびでノリツッコミして、流されて富士山まで行って、鷹に腹わた食われる夢……かな」
「はぁ? 何言ってるのよもう。まだ寝ぼけてるんじゃない? まぁーでもなすびと富士山と鷹が出てくる夢って新年早々とっても縁起いいじゃない」
あー一富士二鷹三茄子ってことか。てか縁起がいいんだか悪いんだか。最後とか臨死体験だぞ……
「今晩どこか食べに行かない? 私焼肉食べたくなっちゃった」
「あ、ああ。いいんじゃないか」
まぁとにかく、何気ない新年を過ごせそうでなによりだ。
「ホルモンいっぱい食べたいなぁ」
あ、やっぱ焼肉やめませんか……

縁起物

一久一茶です。一富士二鷹三茄子、どれも初夢に出てきたことは無いんですよね。今年の初夢は中学の友達と高校の友達と大学の友達という関連性の無いメンツでカラオケに行く夢でした。一度でいいから初夢で「一富士二鷹三茄子」見たいなぁ

縁起物

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-06

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