ENDLESS MYTH第2話-20
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胃袋や内臓が中空に浮き上がってくるような感覚を、メシアは初めて体感したわけではないが、何度体験してもこの感じには違和感以外は感じられなかった。
四散したトンネルの破片と肉の破片、得体の知れないヌメヌメとしたものが宇宙空間に広がる中、眼前に高速で迫る鋼鉄版をかいくぐり、周囲を見回した。行動を共にしている連中が無事かと確かめたのである。
ここ数時間しか行動を共にしていないジェフのことすらも、彼は気に掛けていた。
慣性の法則で発射と同じ速度を保ちつつ、あらゆる破片が飛び散る中、トンネルから這い出てきたミミズの化け物は、その体液で濡れ他肉体を一回転させてくねらせると、宇宙空間へ咆哮を発した。
「あいつ、無重力でも生きられるのかよ!」
驚きながらも、どこか興奮気味なのは、イラートだ。全員の無線に彼の興奮度合いが反響していた。
「無事な者はジェットパックを使って、製造区画へ自力で移動しろ。もしもの事があっても消して救出には行くな。自分の命を守ることだけを最優先に考えろ」
雑音の入る無線機からベアルドの厳しい声が飛んだ。
ステーションへ侵入した際に宣言した通り、自分の身を護るのは自分しかおらず、他人に関与していては、生きていけない。ベアルドの言葉通り、生きている人間たちは、全員、四散する瓦礫の中を、背中に背負ったジェットパックのスイッチを入れ、エア噴射を使用して飛行を開始した。
メシアもベルトに装着しているジェットパックの操縦スティックを外し、トリガーを握った。すると背中から軽く前へ押し出す衝撃を受け、身体が自然と前へと移動を開始した。
が、前進する方向には多くの瓦礫、何か分からない赤黒い物体などが漂い、破片同士が衝突して、いつ自らの方向へ高速で迫り来るか分かったものではなかった。
眼前から迫る瓦礫、異物は直線的に移動するので、予測ができ、スティックの操作スイッチを駆使して避けることは可能であった。
巨大な円盤型の製造区画まで、目測では1キロを切っていた。
もう少し。メシアがそう心中で呟いた瞬間、無線機から割れる叫び声が彼に向かって響いた。
「避けろ!」
見づらいヘルメットを必死に左右へ移動させて、何が起こったのか確認しようとした時、右側から激しい衝撃を受け、メシアの身体は十数メートル移動した。
エアを噴射して移動を静止させ、改めて状況を確認するメシア。
彼の身体を抱きかかえていたのはジェフであった。
するとジェフの後ろ側を赤黒い20メートルはあるであろう肉の塊のような、何か、が高速で飛んでいくのであった。
「ありがとう、助かったよ」
額の汗が流れ落ちるのを感じながらも、拭うことのできないメシアが、引きつった笑顔でジェフを見た。
しかしシェフの視線は別の方向を眺めている。まるで大切な物を失っていくような瞳をしていた。
メシアも彼の見る方角に視線をスライドさせると、未だ核兵器の光とハリケーンの雲と火山の赤い粉塵に包まれ、崩壊しつつある地球の姿があった。
「・・・・・・」
言葉はジェフになかった。ただ本当に自らの故郷と家族が失われている事実だけを見つめるのだった。
「行こう。製造区画はもうすぐだ」
ジェフの肩に力なく分厚い化学繊維の手袋で包まれた手を乗せるメシアも、マリアを失ったあの瞬間を思い出し、胸の奥に針を突き刺した思いがした。
が、彼らを見逃すほどミミズの化け物は容赦しなかった。
運命を司る2人が揃った瞬間を待っていたかのように、ミミズの化け物は巣穴から出るように、宇宙空間にうねりながら高速で這い出てくると、3つの顎を広げ彼らへと牙を剥きだし突進した。
宇宙空間を移動する原理は不明だが、異形の生物は宇宙空間で死滅することはなかった。
化け物の巨体が移動したことに気づかぬはずはなく、いち早く気づいたベアルドがライフルを構え、トリガーを引いて弾丸を乱射した。身体が銃の反動で移動してしまい、照準がうまく定まらない。
「逃げろ!」
右腕を力任せに振り、逃げろと叫ぶが明白に彼らの死は避けられないように見えた。
が、彼らは死の淵で救われた。迫ってきたミミズの化け物が突如として内部から、沸騰するかのようにヌラヌラとした皮膚を膨らませ、内蔵から爆発を起こしたのである。
身体をちぢこめたメシア、ジェフの周囲をバラバラになった牙が飛び散っていく。
何が起こったのか、肉片の埃の中で茫乎とする2人。
「ぐずぐずするな、行くぞ」
と、ニノラの声色が2人を誘導する。
黒人青年は彼らより数十メートル先に居たが、その横には巨体のイ・ヴェンスが掌を2人の方にかざしていた。アジア系の巨体の彼の能力、熱エネルギーを操る超常的力で、2人は救われたのである。
この光景を斜め上方からニタリと笑いながら見ている視線があった。面長の長身男は、横に居るエリザベス・ガハノフへとニタニタとしならが目線を送った。
「良かったですねぇ、愛しい人が無事で」
嫌味なのは分かっていた。だから彼女は無視をした。だが、本心はファン・ロッペンが言い放ったことが図星であったのだ。
ENDLESS MYTH第2話-21へ続く
ENDLESS MYTH第2話-20