冬の歩道橋~春の予感~
明けましておめでとうございます。一久一茶です。最近は寒い日が続いていて、僕的には温度的にも財布的にも人生充実方面的にも例年より激しい大寒波です。さて、この物語の主人公も寒く長い冬を過ごしているみたいです。どうぞお付き合いください。
冬の街、きらびやかな電飾に彩られたこの空間を、一人で歩くのはもう慣れた。私はいつだってひとり。周りのみんなが何をしようと、いつも馴染めずにいた私は、恋愛なんてものも当然出来ずにいた。勿論、好きな人が出来たことくらいはある。でも、そんな時も決まって告白できずに恋が終わってしまい、そんなこんなで今年も例外なく一人ぼっちな年の瀬を過ごしていた。
私には唯一、趣味と呼べるものがあった。それは私の心をいつも癒してくれる、私の後ろ向きな性格を少しだけ変えてくれるものだった。そして今日も、この街で……
『くだらないこの街の風景に
何気ないこの街の光景に
浸りながらまた口ずさむ
誰が何て言おうと構わない
君が何て言おうと構わない
僕は君の笑顔のため歌うんだ……』
ギターの音色にのせ、今日も君の歌を歌う。誰にも邪魔されずに、私の気持ちを素直に歌う。今日はこの歩道橋を通るカップルが大勢立ち止まってくれているけれど、そんなの関係ない。いつもと変わらず、甘酸っぱい歌を大声で。
全て歌い終え、立ち止まっていた人も立ち去った後私が片付けをしていると、ひとりの男が話しかけてきた。
「お疲れ様です」
「え、あ……ありがとうございます」
スーツの上に上品なコートを着込み、とてもデート名所であるこの街とは似つかない出で立ちの男……私に何の用だろ?
「それにしてもブレないですね、曲」
そりゃどうも。
「作詞は君ですよね?」
「はい、そうですけど」
「へぇ……」
よく見ると、この人はここ最近何度か私を見に来てくれている人だと気付いた。ファン・・・と呼んでいいのかどうかはさておき、私の歌に興味を持ってくれている。私は少しだけ嬉しかった。
「甘酸っぱい歌だね、君の作る歌は」
「はい」
「毎度この辺で君が歌ってるとつい立ち止まってしまうんだよね。なんだか、青春時代の僕の気持ちを代弁してくれてるみたいで、聞いてて心にくるものがある」
「ありがとうございます!」
「いつもここで歌ってるの? 」
「はい」
「へぇー……でももうすこし大きな駅前とかで歌えばもっと注目してもらえると思うよ。ファンだって増えるだろうし、あの辺は音楽関係のスカウトの人もちょくちょく歩いてるからチャンス掴めるんじゃないかな?」
確かに、ここは決して人の多い場所じゃない。こうやって路上で歌をやるにはあまり向いているとは言えないだろう。でも……
「いえ、注目してもらおうとか、そんな理由で歌ってるんじゃないので」
「そうなんだ……結構消極的なんだね」
消極的……という言葉に少しイラっと来た。消極的なんじゃない。私は、ここで歌いたいからここで歌ってるんだ。それを人にとやかく言われたくない。
「ごめん、もしかして気に障ったかな?」
私が表情を曇らせたのに気づいたのか、すぐに謝り、続けた。
「確かに、歌をやる人間にとって歌う意味は大事だね。勿論人気になりたいっていうのも立派な意味だとは思うけど、僕自身それじゃ足りないと思っていてね。その点、見た所君はそこを持ち合わせているみたいだしそこは素晴らしいと思うよ」
さっきまでの微笑みを含んだ顔から一転、男は真面目な顔を見せた。
「君の歌う意味を僕は知りたいな」
最後にそう言い残し、男は去っていった。
私は今絶賛冬状態だけど、こう見えて人生の春を感じたことだってある。大好きな先輩と、登下校の間の短い時間だったけど話すのが私にとってはとても楽しくて、とても幸せで。そして決まって、私たちはあの歩道橋で朝待ち合わせ、夕方手を振って別れた。私にとって、この歩道橋は大好きな先輩との思い出の場所なんだ。先輩が遠くに行った春のあの日から、私はずっとここで歌っている。歌手になりたいとか、有名になりたいとかじゃない。私はただ、私が唯一積極的に想いを伝えられる方法で、先輩への気持ちを伝えてるだけ。
あの日々に伝えられなかった気持ちを。
あの男と話した日からしばらくして、私はまた歩道橋にいた。誰がなんと言おうと、私はここで歌うんだ。
「あ……」
準備をしている途中、ふと視線を上げるとあの男が。つい声を出してしまった。あの日、最後に言い残した意味深な言葉が脳裏によぎる。
『君の歌う意味を僕は知りたいな』
私の歌う意味、そう改めて問われた私はここ何日かで考えて、一曲作っていた。予定変更だ。本当は今日歌うつもりなかったけれど、一曲目でぶつけてやろう。
ギターをかき鳴らす右手に力を込め、身体でリズムを刻む。私にしては珍しい、アップテンポな曲調に元気な声をのせ歌う。
『私の気持ち あなたへ届け 大好きなあなたに
あの日からずっと 隣にいない あなた想いながら
一緒に歩いた歩道橋 あなたと出会ったこの場所で あなたに恋したあの光景は、今まで忘れたことないよ
夏の暑い日 一緒に食べた あのカキ氷だって
寒い冬には ちょっぴり側に 寄り添い歩いたね
左を見上げて見える顔 いっつも笑っていたからね 私もいつも幸せで 隣で笑っていたんだよ
……』
幸せだったあの日々を思い出しながら書いた歌詞、いつもはすこし悲しげな曲になるんだけど今回は違った。素直な、幸せな日々を歌に出来ていた。そして、それを歌う今も、笑顔があふれてくる気がした。
「君の歌う意味、分かった気がするよ」
全てを歌い終え、片付けをしているとまたあの人が話しかけてきた。
「あれからすこし考えたんで」
「へぇ……って君あんな明るい歌作れるんだ。そこにも驚いたよ」
「ありがとうございます!」
また笑顔で褒めてくれる。でも私は、その次の言葉を・・・真剣な面持ちになって私に投げかける言葉を待っていた。
「まぁ、君が歌う意味が改めて分かったところで言わせてもらうね」
すっと、男の顔から笑みが消えた。
「君、本当にここ以外で歌うつもりはないのかい? もしそうなら……やっぱり君は消極的だよ」
消極的……この言葉を、この前私が思わず顔に苛立ちを出してしまったこの言葉を男は再び口にした。けれど今回は苛立つことはなく、そこまでして私に伝えたいことがあるのだろうと男の次の言葉を待った。
「君はあの歌の中の『あなた』にずっと気持ちを伝えたいからここで歌ってるんだよね? それとも、この場所で歌うことに縛られてるのかい? この場所を忘れないのは大切なことだけど、もっと大胆に、積極的に『あなた』にその想いを伝えたいって思わないのかい?」
それは、私の歌う意味の根本をつく問いだった。
「君はこの場所でその気持ちを歌いたいのかい? それともこの場所の思い出を乗せて『あなた』に気持ちを伝えたいのかい? この場所で歌う意味もよくわかるけれど、もっと積極的に伝えたいって思わないのかい?」
一瞬、この場所にこだわろうとする私がいた。でも、すぐに気づいた。いつも、いつも、私は想いをつたえようとすると決まって尻込みしてしまう。先輩にだって何度も自分の気持ちを伝えようとして、でも逃げていた。この人は、ただ歌うだけじゃ足りない、聞いて欲しい人がいるならその人に向けて全力で歌えって私に訴えている。
「歌は、聞いてくれる人がいて初めて意味を持つものだと僕は思うんだ。手紙と一緒。ちゃんと送り主の住所と郵便番号を書いて、切手を貼って、ポストに投函してこそ手紙の意味がある。送り主へ届いてこそ意味を持つ。君の歌はまだ、文面を書いて、宛先を書いただけ。切手すら貼ってない。ちゃんと届けたいなら切手を貼らなきゃ駄目だ」
「はい、あ、ありがとうございます」
「君の歌は、魔法の手紙だと思うよ。君がその手で切手を貼れば、その歌声にのせて相手に届くほど力があると僕は思ってる」
嬉しさと、希望。私の長かった冬にこの人は暖かな光を当ててくれた。寒くて一人で震えていた私は、もう終わり。この光を浴びて、私は歌い続ける。
「そう言えば……まだ自己紹介してなかったね」
しばらくして、男はふと思い出したような声でそう言った。そう言えば私この人のこと何にも知らない。誰なんだろ?
「君の歌、全国に……君の想い人に届けるお手伝いがしたい。いいかな?」
渡された名刺には、音楽レーベルの名前が記してあった。
冬の歩道橋~春の予感~
お読みいただき、ありがとうございます。
音楽を絡めて物語を描くのは何度目だろう。文を書くときはだいたい音楽を聴いている関係か、多くなってしまうんですね。あ、聴く曲は決してストリート系ではありません。はい、違うジャンルも挑戦せねば(今年の目標)