今時の悪魔
とにかく早く、とにかく終わらせるを意識して書き上げた作品です。製作時間約二時間。
今時の悪魔
ケイ氏は金に困っていた。それもこれも、ケイ氏が自身の友人の借金を肩代わりしたためであった。彼は身の回りで売れるものは全て売ったのだが、それでも膨れ上がった借金は返済しきれなかったのだった。
もはやこれまで、と腹を決めたケイ氏はとうとう最後の賭けに出た。それも、悪魔を呼び出すという離れ業であった。実はかつて、ケイ氏は興味があって悪魔を呼び出す方法について学んでいたのであった。当時は半ば冗談で学んでいたが、まさかこうして実行することになるとは予想だにしていなかった。その下地のためか、準備はあっという間に整った。そしてケイ氏は早速儀式を始めたのであった。
すると、ケイ氏が描いた魔法陣から、まさに悪魔と言える人物が煙を立てて現れた。
「おう、私を呼び出したのは貴様か」
ケイ氏はうまく儀式が成功したので大いに喜び、この悪魔らしき人物にすぐさま相談を始めた。
「そのとおりでございます。それでは早速、願いを叶えてもらいたいのですが……」
悪魔は掌を突き出して、焦るケイ氏を静止した。
「待て、待て。なんと気が早い。まずはここはどこなのか、教えてくれ」
ケイ氏はあっけに取られたが、相手は悪魔、そして自身の願いを叶えてくれる張本人だ。なぜ場所など知りたがるのかとは思ったものの、ここがとある場所であることを伝えた。
「そうかそうか、失礼した。いや、悪魔の世界もけちくさくなったものでね。呼び出されるたび、どこに出たのか報告する義務があるのさ。召喚されるのもただじゃなくてな」
のんきにそんな事情を話すので、ケイ氏はこの悪魔に対してそう緊張感を抱かなくなってきた。とにかく悪魔の用事も済んだので、今度こそ願いを伝えてみた。
「悪魔よ、私が君を呼んだのは他でもない。たった今私は、お金に困っているんだ」
「ほう、金か。それは嬉しい問題だ。いくらだ、いくら欲しい」
悪魔に嬉しい問題、と言われるのは鼻についたが、話が早かったのでケイ氏は適当な額を悪魔に伝えた。すると悪魔は急に眉をひそめた。
「なんて無欲なやつだ。せっかく私を呼んだのだから、もっと大きい額を言え」
ケイ氏にとっては十分な額を伝えたつもりだった。だが悪魔がやたらに文句を言うので、しょうがなくケイ氏は聞きなれない単位を使った額を伝えてみた。それを聞いて悪魔は嬉しそうに承諾した。
「よおしよし、それでいい。それなら善は急げだ、取り掛かるとしよう」
そう言うと悪魔はある人間の姿に化けた。どこかの石油王だろうか、ケイ氏はそう尋ねてみた。
「いやいや、これから私は起業するのだ。会社の社長が悪魔の姿をするわけにはいくまい、適当な人間のふりをするのだよ」
それを聞いてケイ氏は驚いた。なぜ悪魔がわざわざ起業する必要があるのか理解できなかった。
「なぜ、わざわざそんな真似をするんだ……」
ケイ氏が想像していたのは、魔法か何かでぱっとお金を生み出すものだったためだ。
「無論、貴様が金を望んだためだ。これから私は忙しくなる。まず今年は会社を立ち上げて、地盤を整える。そして二年目は業績を高める。そして三年目に経営を多角化して、会社を安泰にするのだ」
ケイ氏は混乱した。これが前途ある若者ならば感心もしたが、相手は悪魔なのだ。悪魔が地に足ついた話をし始めるものだから、こうなってしまうのも当然の事だった。
「会社を立ちあげるだって。そんな時間がかかる方法はよしてほしいよ。悪魔なんだから、魔法ですぐに大金を用意できないものかい」
ケイ氏は呆れ気味にまくしたてたが、悪魔も反論の用意をしていたようだった。
「そう言われても困るのだ。もともと、我々の使える魔法などたかが知れている。それに、今では人間の方がはるかに高い技術を用いた魔法を使っているではないか。少し前までは、遠く離れたところの人物と通信できるのは我々の特権だったのだ。それが今では、人間はほとんど苦労しないで地球の裏側の人物と連絡がとれてしまう……」
これは悪魔も相当頭に来ている問題だったようで、それからも熱心に文句を言い続けた。
「……昔ならちょっとした金を魔法で用意してやるだけで誰もが喜んだが、今では誰もがはした金と言うだけで喜びもせん。しかも魔法はただではないし、準備もいる。ねこだましの演出としてしか、我々の魔法は役に立たなくなったのだよ。だから我々は変わったのだ。魔法で何でもかんでも生み出す時代はもう終わった。今では人間の方が役立つ知識を数多く持ち合わせている。それを用いて呼び出した者の願いを叶えてやることにしたのだ」
どうやら悪魔もかなりの苦労を抱えてきたようだった。ケイ氏は悪魔の勢いに負けて言い返すことができなかった。
「そのため、貴様の願いを叶えてやるために、会社を立ち上げようというのだ。そして会社がちょっとやそっとで傾かないほど大きくなったら、貴様に取締役の座を渡す。そうすれば貴様はほとんど何もしないで、大金が転がり込む地位につける。億万長者になれるわけだ」
確かにそうなればケイ氏は望んだ金額などたやすく手に入ることになるだろう。だがケイ氏には時間がなかったのだ。明日にも借金取りになますにされてもおかしくない身だった。ケイ氏が必死に訴えると、悪魔は渋々指を鳴らし、魔法陣の上にある程度のお金を呼び出した。
「分かった分かった、それなら当座の金を貴様に渡してやる。ただし絶対に契約するんだぞ」
何やら想像していたのと順番、内容共に滅茶苦茶になってはいたが、とにかくケイ氏の首の皮はつながったのだった。そして契約を済ませると、忙しなく悪魔はケイ氏の家を飛び出したのだった。
ただ、やはり彼は悪魔であって、それから彼の言ったとおりになった。悪魔は三年で大勢が注目する大企業を作り上げた。業績も右肩上がりで、これからも期待される企業になっていた。そしてある日、悪魔はケイ氏の家にやって来た。悪魔は地位を譲るための様々な書類を持ってきており、ケイ氏にサインを書かせた。これにて契約どおり、ケイ氏に取締役の立場を譲り、悪魔は「契約を忘れないように」と言い残して満足そうに消え去った。
さて、これからケイ氏のバラ色の人生が始まるかと思いきや、残念ながらそうは行かなかったのだった。
ケイ氏はその立場にただ収まるだけなら文句もなかったが、大量の仕事が降って湧いてきたのだ。もともとこの企業はいきなり現れて、これだけの規模になったものだから世間・業界から顰蹙を買った。自然それの対策に追われた。加えてこれまでの取締役がいきなり見たことも聞いたこともない人物にすり替わったために、会社内部からもクレームが噴出した。このような逆風に立ち向かいつつ、それでいて業績を常に上向きにするよう努力しないと、株主からもやかましく言われてしまう。ケイ氏に味方はおらず、不安から夜も落ち着いて眠れない日々を送った。まさに生地獄のような生活だった。
また毎月ケイ氏の給料が天引きされていることも分かった。そのお金はどこか分からぬ口座へと振り込まれていた。ケイ氏はお金の行き先はあの悪魔だと察した。これが契約金というわけなのだろう。あの時ケイ氏は悪魔が急かしたのでよく確かめなかったが、契約書には魂などではなく金銭で報酬を差し出す旨の文章がしっかりと書き込まれていた。どうやら悪魔の棲む世界でも、貨幣の文化が根付いているようだった。しかも契約金は依頼人が望む対価、つまり今回の場合は望んだ金額によって増減するとの文章も加えられていた。悪魔が高い金額を望むようケイ氏に文句をつけてきたのはこれが原因なのだろう。
悪魔は確かに大金をケイ氏に与えた。その代わりに、面倒事を全てケイ氏が負担し、契約金に達するまで毎月お金を悪魔に振り込まなければならなくなった。全額支払うまで、悪魔がうまく手引したのだろうか、ケイ氏は現在の立場を退くことができなかった。
釈然とはしなかったが、人だけでなく、悪魔もうまい稼ぎ口を見つけたものだとケイ氏は感心した。
今時の悪魔
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