ENDLESS MYTH第2話-19

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 トンネル内部のエナメルのように光沢のある金属製の壁面は、嘘のように錆びが溢れ、宇宙服のバイザーに水滴が付着するほどの湿度であった。
 それでなくとも化学繊維を幾重にも重ねた宇宙服の重さは、120キロから近年、軽量化されたとは言え50キロを越える重さは変わらず、女性陣の呼吸は荒く、常にオープンにしていた無線からは、辛い息づかいが聞こえてきていた。
「少し休もう。向こう側に着くまでまだ距離がありそうだ」
 ベアルドが肩に装着されたサーチライトで先を照らすも、暗闇の向こう側に見えるものはなにもなく、闇が光を急襲しているようだ。
 リニアモーターカーが移動する溝の出っ張りに腰掛けた若者たちの息づかいは、呼吸困難に近かった。従って誰も口を開く者はいない。
「待ち伏せには絶好の場所ですよ。いっそ、外へ出てトンネルの外壁を移動するのはどうですか? 奴らも宇宙空間を移動するとは考えていないでしょう?」
 神父にベアルドが提案する。
 しかし神父は首を横に振る。ヘルメットの中で。
「奴らはかしこい。中を進もうと、外へ出ようと結果は同じです。この先できっと待ち受けているはずです」
 神父の覚悟は変わらない、援軍が来るまで、耐えしのぐしかないのだ。
 この時、息づかいの荒いジェフが横に同じく肩で息をするメシアへ尋ねた。
「お前、家族は?」
 過呼吸に近い息づかいの中、メシアはヘルメットの中で首を振る。
「そんなの、居ないさ。ずっと昔から」
 と、ジェフは宇宙服の外側に設置されたポケットから、スマートフォンを取り出す。もちろん圏外のまま、反応は一切皆無のままだ。
「僕には家族がロンドンに居るんだ。裕福じゃないけど、そんな家で大学まで行かせてくれた親父を尊敬してる。いつも相談にのってくれたお袋にも感謝してんだ。・・・・・・でもなぁ」
 急にジェフの声が震えだした。
「あんたたち、どうしてそうして平然として居られるんだよ。家族が居なくなって、大切な人を失って、こんな訳の分からないことばっかり起きて。
 さっきの龍は? デーモンってなんなんだよ!」
 心のたがが外れたとでもいうのか、ジェフの感情は濁流となってあふれ出してきた。
「メシアみたいに、あんたたちにも大切な人が居たんだろ? なんで平然としてられるんだよ!」
 無線は全員にオープンになっているから、全員がジェフの顔に視線を浴びせた。
 バイザーに付着した水滴が声で振動していた。
「あまり興奮するな。酸素カプセルが早くなくなるぞ」
 冷静に言ったのは、ショットガンを装備していたニノラである。
 武器の無意味さはここまでの道すがら理解してはいたが、万が一のためにここまで装備してきていた。
 ニノラの黒い顔をキッと睨み付け、ジェフが叫ぶ。
「あんた、家族はいないのかよ!」
 そう叫んだ時である、錆びつくはずのない金属製のトンネルの錆び染みが徐々にその版図を拡大していき、湿度も上昇しているらしく、化学繊維の宇宙服が妙に重たくなってきた。
 ベアルド、神父、ニノラ、イ・ヴェンスの4名は自らが選んだ武器を構え、異変に対処しようとした。が、異変が起こる速度があまりに俊敏すぎた。
 動物のあばら骨のような物がトンネルの下方から上方へ這い上がり、さらにそれを大腸のような肉のツタが這い広がっていく。
 それを覆い尽くすかのように、粘度の高い液体が上方から雨のように溢れ始め、見る間にそこは内蔵の中のように不気味な空間への変化した。
 怒りに震えるジェフも流石に絶句し、自ら構えるアサルトライフルをお守りのように握り占めた。
 するとこの異空間の奥、暗闇の彼方から何かが迫ってくる音が聞こえた。まるでウナギ無数にうねっているような、粘度質の音だ。
 それが少しずつ近づいてくるのが聞こえ、一行は後ずさりする。
 そして音の正体が眼前に現れた時、誰もが死の崖に立ったことを理解した。
 形容しがたい姿を敢えて形容するのであれば、ミミズ。しかもトンネルいっぱいの太さのある、巨大なミミズが彼らへ特急列車のように接近してくるなり、先端が3つにひび割れ、大きく開いた。その開く顎の力が強すぎたせいで、浸食した得体の知れない浸食物が押しつぶされ、錆びたトンネルが外側へ大きくへこんだ。
 割れた顎の先端には巨体のイ・ヴェンスをも越えるほどの牙が幾十も突き出し、体液で濡れ光っていた。そしてまた獣の咆哮として高々と張り上げる叫びと共に放たれる口臭は、腐った鶏肉のようであった。密閉されているはずの宇宙服内部にもそれは入り込み、一行を苦々しい表情とした。
 銃撃するベアルド、神父、ニノラ、イ・ヴェンスの4名。
 背後に逃げる他の者たち。
 ジェフは銃器を所持しながら、逃げる事しかできなかった。
 銃弾は巨大ミミズの口腔内に命中し、紫色の体液が飛び散る。が、打撃と呼べるほどの効力は微塵もなく、大きく開いた口は、凄まじい風圧で閉じられ、巨大な木槌を打ち付けたような、音がトンネルを振動させた。
 風圧で倒れてしまう銃撃していた4名。
 その時、ベアルドは次に起こる事態を察したのだろう、
「全員、無重力に備えろ!」
 と叫んだ。
 次の刹那、再度、顎を広げたミミズの化け物。その衝撃で1度外側へへこんでいた鋼鉄のトンネルが弾け、トンネルは外側との気圧差で、外側へと空気が吸い出されていった。
 これに抗える人間は1人たりとも存在せず、一行は宇宙空間へと放り投げられてしまった。

ENDLESS MYTH第2話ー20へ続く









  


 

ENDLESS MYTH第2話-19

ENDLESS MYTH第2話-19

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-04

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