飛ぶ男

 空を飛ぶ。空を飛びたかった。空を飛ぶことは、自由、天国、脱出への憧れであった。私は空を飛ぶにはどうしたらよいだろうと考えた。グライダー、パラシュートなどは論外だ。鳥のように着の身着のまま飛びたい。
 ある日、隣の部屋に住むAさんが飛び降りて死んだ。私の住むマンションからの10階から飛び降りたのだ。全身を強打し即死だったそうだ。世間の人は借金だ、女性問題だとさわぎたてた。私は思った。「空を飛びたかったかもしれない」その日から、新聞の死亡欄、テレビのニュースの事件コーナーをくまなく見るようになった。勿論、飛び降りの記事を見るためだ。しかし困ったことに後追い記事がない。よっぽどニュースバリューがなければマスコミもとりあげてくれないらしい。これでは自殺か飛行に失敗したかわからないではないか!
 男は結論として自ら飛び込んでみることにした。場所はマンションの屋上。準備は万端だ。鳥にだって飛べるのだ。人間にできないはずはない。屋上にあがった。ほぼ無風、天気も良く星々も輝きお月様も満月だ。
 いよいよ跳躍だ。2,3深呼吸をした。・・・・・・。2~3m後ずさった。3、2、1・・・・・・走り出した。跳んだ。一瞬、宙にとまった感覚になったが、体は真っ逆さまに落ちた。私の飛行は失敗だった。しかし、私は気づいた。
 「私がほしかったのは飛翔ではない。なにもない、真空、忘我の一瞬だ」
 一瞬であるが、跳んだ刹那私は、生まれてから欲しかったものを手に入れた。

飛ぶ男

飛ぶ男

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-04

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