cheerful person.8
リンちゃん
6月。生ぬるい空気が充満するこの時期。
俺は今、家族とともに夕食を食べている。
「あら、この子また出てるの?」
いつも通り、喧しい父を鎮めた母が、テレビを見てそう呟いた。
今テレビでは、ゴールデンのバラエティをやっている。母は、その出演者の1人の少女に関心を持ったようだ。
「氷河 凜(ひょうかわ りん)だろ?今売れに売れてる歌手だからな。当然って言えば当然だろ。」
「そうねぇ、私この子の子役時代も好きだったわね~。」
氷河凜。さっきも言った通り、今売れに売れている人気歌手で、昔は子役としてドラマに出ることもあった。
年齢は、俺と同じ16歳らしい。16歳で1人で歌手として成功するのは、大分すごいことなんだろうと思っていると
「凜ちゃん、学校で告白されたりとかないの?」
バラエティの司会者らしい、はっきりとした男性芸人の声が聞こえてきた。
「たまにありますね。2、3人くらい。」
「勇気あるな~、その男子生徒!」
ある芸人の一言で、会場はどっと沸く。しかし、氷河凜は手を小さく振り
「いや、でも私の友達の方が凄いんですよ!その子、今年に高校入学してもう15人に告白されたんですよ!!」
その発言に、会場はえぇ~!!と言って驚いている。
「友達、すごいな!?」
司会者が言うと、周りの芸人もそれに共感する。
「え?歌手仲間かなんか?」
「いえ、プライベートです。ハナちゃんって言うんですよ。」
適当に聞いていると、なんだかよく知っている名前が出てきた。
・・・・・いや、まさかな。日本にハナって名前の人なんていっぱい居るしな。シユは居なさそうだけど。
・
・
・
・
「あ、シユ君。おはよー。」
教室に入ると、秋風が居た。いい加減、教室全体に聞こえる音量で挨拶するのはやめてもらえないだろうか。
「・・・おはよ。」
こちらは、小さく挨拶する。周りの怨念が辛い。
「?、なんかいっつも朝から疲れてるけど、どしたの?」
流石に唯一の友人に「貴女のせいで疲れるので黙ってください。」とは言えないので、
「朝弱いんだよ、俺。」
そう、返すことにした。
「え?でも私がこの前泊ったときは朝からすごい叫んでたじゃん。」
そう言った途端、男女問わず周りの生徒がこっちに来た。
「おい、立川!!お前とうとう秋風さんとそんなとこまで行ったのか!!!」
「このやろ~っっ!!普段はパッとしないくせに、ヤることはヤるんだな!!」
「あ、秋風さ、もう少し自分を守ろうぜ・・・・・な。」
「でさ、秋風。夜どんな感じだったの?」
ものすごい勢いで質問攻めしてきた。別に、何もやましいことはしてないんだが。ホントに。
「自分を守る・・・?あ、そういえばシユ君こっちに倒れてきたっけ。」
「「「「押し倒したのか!!!???」」」」
ええい、うるさい。アレは事故だ。リモコンのせいだ。
「そのあとうっかり、私のむ「秋風!!頼むからもう何も言うな!!!」
この先は事故だろう故意だろうが聞かれるとまずいので、強制終了。
しかし、周りの興味は尽きることはなかった。
結局この日は、この話題ばかりだった。
・
・
・
・
「あいつら・・・・・とうとう物理か。」
ついに、非リア男子群が物理攻撃に出始めた。秋風が誤解を招くようなことを言う度に、俺に消しゴムを投げてきた。地味な嫌がらせである。
しかし、あんなに人と賑わったのは久しぶりなので、それは嬉しい。そこは、秋風に感謝しておこう。
そんなことを思いながら歩いていると、何故だかテレビカメラと出くわした。どうやら、何かのロケのようだ。
「こちらが今、話題の中華料理店で・・・・・」
どうやら、おいしい店を巡る企画のようだ。遠目で見てみると、よくテレビで見る有名人が数人。その他はスタッフだ。
その有名人のなかに、昨日も見た人物が1人。
「凜ちゃんは、中華好きなの?」
「ハイ!もう大好きで大好きで・・・・・」
氷河凜だ。最近テレビでよく見ると思ったら、とうとう実物で見てしまった。
「本当に忙しいんだな、あの子。」
俺と同じ年なのに、立派なものだと、改めて思う。
しかし、別にあの子に特別興味があるわけではない。見物をやめて、早々に家に帰ることにした。
・
・
・
・
その約4時間後。
「何なんだ、秋風のやつ・・・。」
急に、秋風から呼び出しがあった。曰く
「会わせたい人がいるから、今から来れる?」
らしい。
ただいまの時刻は、午後8時。夏が近いとはいえ、流石に外は夜らしく暗い。
別に断ってもよかったのだが、断る理由はなかった。そして、今はこうして夜道を歩いている。
電車は、俺が乗ったので終電だったらしい。帰りは、もう歩くしかない。
その事実に少し憂鬱になりながら、ようやく秋風の家に着いた。
チャイムを鳴らすと、少ししてから秋風が出てきた。
「あ、待ってたよ!!さ、早く早く!!」
何故だか、少し興奮気味だ。そうとう、会わせたいらしい。
「リンちゃん、シユ君来たよ!!」
その名前を、少し前に聞いた気がする。確か、1ヶ月くらい前に。
中を見る。そこに
「はじめまして。立川くん、だよね?」
氷河凜がいた。・・・・・は?
「え・・・あ、士愉くんです。ハイ。」
思わず変な返答をしてしまった。そして、色んな疑問が浮かんできた。
なぜここに氷河凜がいるのか、秋風の言ってたリンちゃんってこの子のことか、つーか入学からもう15人に告白された人ってお前か秋風!!
「ほら、変な返答したでしょ?。」
「ホント、なんかおもしろいねこの人。」
なんか、俺抜きでどんどん会話が進んで行く。
「えっと・・・ひょ、氷河凜、さん?」
分かりきってはいるが、一応聞いてみた。
「ん~、一般的にはそう呼ばれてるね。本当は黒川 凜(くろかわ りん)だけどね。」
秋風と同じく、初対面でもフレンドリーな人である。悪くいえば、馴れ馴れしいが。
「ま、私のことはリンって呼んでね。立川くん♪」
「リンちゃんズルイ!!私まだ1回も華って呼ばれてないのに!!」
あ、懐かしい話題が蒸し返された。このあと面倒なこと間違いなしである。
「あの・・・2人はいつ頃から知り合いなの?」
置いてけぼりはキツイので、気になったことを聞いてみた。
「えっとね、小さい頃からだったと思うよ?」
「華ちゃん、その頃から自由奔放で捻くれてたんだよ。性格が。」
「捻くれてないもん!!周りに興味なかっただけだもん!!」
「それを捻くれてるって言うんだよ、秋風。」
どうやら、2人は小さいときからこんな感じらしい。それにしても
「俺・・・実はすごい人と知り合いなんじゃないか・・・?」
テレビにも出る有名人と当たり前のように話す秋風を見ていると、そう思えてならない。
こうして俺は、秋風の友達「リンちゃん」と出会ったのだった。
「まあ・・・よろしく、リンさん・・・?」
「ねえねえシユ君、私のこともそろそろ華って呼んでよー?」
ほら、面倒なことになった。
cheerful person.8
見てくださった方、ありがとうございます。