the Park -2.DKNラブストーリー

公園を舞台にした短編集です。

2.DKNラブストーリー

DKN=土管
土管の中で愛を育む中学生カップルのミキとカイト。
二人はある日、ディープキスをするがそのことがきっかけで思いがけない展開を迎えることになる。

サニー公園の北側の丘、球場そばに大きな黄色いペンキで塗られた土管があった。
ドラえもんの、のび太君やジャイアンスネオの憩いの場、空き地にも土管はあった。コロコロコミックに連載されていた昭和四十年代の空き地には工事用の土管があるのはありふれた光景だったようだ。
 今この公園にある土管は、遊具というよりアート作品である。大人が中腰で立ち上がれるくらいの大きな筒状で、3~4人は問題なく中に入ることができる。前に小さな記念碑みたいなプレートに作品のタイトルと作者の名前が刻まれているが、雑草が多い茂り誰もそこには目も触れない。広場で小さい子供やそのママたちがいる遊具エリアと違いここのエリアには人がいつも少ない。昼間でも、茂みで死角が多く変質者が今にも飛び出そうなような不気味な雰囲気がある。それをわかっていたミキとカイトはあえて放課後、この場所でたむろした。
 コンビニでパックのジュースやチュッパチャップスなどのお菓子を買って、この土管にやってくる。北綱中の三時の終業チャイムがなって、いの一番に飛び出し二人はやってくる。たまに先約がいることもあったが、大体いつも鉢合わせるのが北綱の二年生のカップルで、中三のミキが一言、「うちらがいつも使っているんだけど?」と強気にでれば、嫌々ながらも譲ってくれる。
その先輩特権は中一のカイトにはできないことであった。
 ミキがカイトを好きになったのは単純だった。ミキが中一の時、初恋の相手が当時中三のカイトの兄、ヒカルだった。バスケ部の主将をしていたヒカルは女子から絶大な人気を誇っており、廊下を歩くだけで黄色い声援が上がるほどの超人気者であった。
 ミキは入学したての頃、ヒカルを廊下で見た時、人生ではじめた一目惚れした。
それはまるで全身を流れる血が炭酸水になってシュワシュワ身体中を刺激した。
それから寝ても覚めても、ヒカルのことばかり考えた。 
 近づくためにバスケ部に入部した。ミキの見た目は大きな鼻が少し目につくが、それ以外のパーツは大きく整い、それなりのモテる側の女の子であった。しかしヒカルからみたミキは、単なる後輩の一人でしかなく、全く相手にされなかった。時に大胆に、時に控えめに、色々な形でヒカルにアプローチをかけたが、いつも簡単にあしらわれてしまっていた。諦めかけていた冬休み中の練習中。ミキはカイトから重大な情報を手に入れた。

「そういやさ、来年俺の弟が入学するから…」

 ヒカルの弟。弟がいたんだ。
そのことを聞いた途端、ミキは一気にヒカルからの気持ちが覚めた。
 ヒカルはきっと手が届かない。一年間色々アピールして、尽くしてみたけど周りに敵が多すぎる。ヒカルがダメなら、弟。
いとも簡単に切り替わってしまった。
それからというもの、ヒカルに会えば
「弟さん元気ですか?」
「バスケ部に入るんですか?」
「見た目は似ていますか?」
と弟のことを聞きまくった。(当然不審がられた)
 それに弟の通っているだろう小学校の前にまで行って、それらしき人物がいないか張ったことすらあった。
 結局、ミキがカイトの入学前までに得た情報はカイトという名前と、バスケなどのスポーツに興味がなくゲームや音楽好きのインドア派、どちらかというと兄とは似ていないということであった。
 それでも入学式が終わって、すぐに新一年生のクラスにカイトを見に行った時、すぐにカイトがカイトだとわかった。

―俺とあんまり似てないんだよなぁ…

ヒカルはそんなことを言っていたけど、嘘つきとミキ呟いた。
運動していないせいだろうか。まだ成長期に入っていないからだろうか。小柄で線が細く、女の子のようであったけど、カイトはヒカルと瓜二つであった。
そしてカイトを見た瞬間、再びミキの心の中でヒカルとはじめてあった時と同じことが起きた。全身を炭酸水がつつみこみ、身体中のあちこちでパチパチはじけだしたのだ。

* 

 土管の中でカイトがPSPのアクションゲームをし、チュッパチャップスを咥えたミキがつまらなそうにスマホをいじっている。女友達に送った無料アプリで送ったメールが全然返ってこないのだ。
「クミ、既読スル―。また返さないし」
 ミキは横目でボタンを連打しているカイトの顔を見たが、全然こちらを見なかったので、何だかムッとした。そこで身体をギュッと密着させ、右腕に絡まりつき、あえて制服から胸を押しあてた。ミキは初潮をとうに迎え、クラスの中でも胸が大きいと男子の間で「ボインちゃん」の裏ネームが付いていることは密かに知っていて、自分にとっても影ながらの自慢であった。
「わわわ」
カイトが顔を赤くさせ、PSPを揺らしてしまう。画面にいた銃を持った兵士がそのまま瓦礫のそこに落ちてしまい、ゲームオーバーの文字が現れる。
「なんだよ、びっくりしちゃうじゃんか」
こっちを見てくれた、かわいいとミキはにんまりする。
 ミキは四月の中旬、放課後の帰宅道で兄の知り合いという体でカイトに話しかけた。最初は困惑していたが、事前にリサーチしていたゲームや音楽の話題をふり、次第に仲良くなった。週に一度帰るのをどんどん増やし、結局毎日一緒に帰ることに成功した。

「ねえ、してよ」
「う、うん…」
カイトは耳まで真っ赤にして、目を閉じたミキの両肩を手に抱き、恐る恐る唇を寄せる。
付きあって半年。それでも何もかもが初体験のカイトはぎこちなく、キスもまだまだ下手くそだ。初めてのキスは夏休み中に縁日にいった帰り、ミキが半ば強引にした。カイトの方が思わず泣いてしまいそうな表情をしていたのをミキは忘れない。
別れた帰り道、「まるで私が逆レイプしたみたいじゃない」と残念がった。ミキの方もカイトとのキスが初めてだったのだ。

 それでも姉御肌はまだまだ抜けない。
今日もミキの方から強引に声をかける。
「舌だして」
「舌?」
「いいから!」
耳たぶを親指と人差し指でつまんでいじるカイト。緊張したり、困るとこうするのが彼の癖だ。
ゆっくり、少しだけベロをだしたカイト。
それを見て小さく笑ったミキもベロをだして、ゆっくり小さく絡めた。
ミキの方が大蛇で、カイトは小さなナメクジみたいな動きをした。
今にも飲み込まれそうだ。
カイトは、ひっそり声にならない喘ぎ声をだして、ミキの身体を押してしまう。
「ダメだよ・・・」
「どうしてよ?」
ミキはとびきりの悲しそうな顔をしてカイトをみた。
「だって僕たちまだ中学生じゃないか」
 そうだ、確かに二人は中学生だ。
でも今時の中学生なんてみんなキスぐらいするわよ、キスを投稿するSNSだってあるじゃない。ミキはそんな言葉を浴びさせたくなったがすぐに冷静になった。

―カイトはまだ子供なんだ。

 ふと、ミキは自分の太ももに当たるカイトの急所の感触に気づいた。ミキも処女だったから、男の人についていて自分についていないものをまじまじと見たことがなかったが、大体男女が体をくっつけあうとココがどうなるかぐらいは知っていた。
すごい柔らかい。いや、柔らかいを通り越してなんだか恐怖で縮んこんでしまっている感覚すらした。

「ただいま…」
ぽつりとつぶやき、玄関に入った。
ミキがカイトと解散して自宅に戻ったのが夜八時。リビングからはママの甲高い声で電話をする声が聞こえる。どうせまたお向かいの清水の婆さんとくだらない世間話をしている。徒歩二十秒の向かいに住んでいるんだから電話なんてしないで直接会いに行けばいいのに。ローファーを脱ぎ捨て、玄関を上がるとトイプードルのモコが全速力で玄関にやってくる。
カリカリカリカリ。
爪でフローリングを勢いよく引っ掻くから床は傷だらけだ。
ミキを見つけ、モコはひたすら吠え続ける。
キャンキャンキャン。
キャンキャンキャン。
キャンキャンキャン。
モコは普段、ママ以外の人間とは散歩はおろか、だした餌すら食べない。だから、こうやって吠えるのは飼い主を見つけた嬉しさではなさそうだ。かといって、番犬のような威嚇する様子もなく、もう自分が何のために吠えているのかもわかっていないのだ。
ミキは小さく「馬鹿犬」と小さく言葉を投げ捨てた。
 ミキは最初からトイプードルを飼うのは反対だったが、ママが押し切って購入した。柴犬とか秋田犬とか日本の犬が欲しかった。社長夫人とはいえ、全身ブランドで着飾り、厚化粧でシャネルの香水を全身に浴びたママがトイプードルを買ったら、本当にベタベタな成金ババアになると思ったからだ。
結局、ミキの訴えは虚しく、通常の倍する五十万のトイプードルを購入した。血統書付でブリーダーの方に紹介してもらった犬だった。はじめは大人しかったのだが、ここ数年の荒れぶりは半端ない。吠えて吠えて、おしっこをもらしまくる。
それもこれもちょうどパパが女をよそで作り、全く帰ってこなくなった頃からだった。ママは昼間からブランデーやらワインをひっかけては、ろくに家事をしなくなったのをモコも見ていたんだろうか。

 電話の声をよそにミキは二階の自分の部屋に上がり、一目散にベットに飛び込んだ。
真っ暗な室内でスマホを触る。
待ち受けにはカイトとミキが土管の中でじゃれ合っている写真が写る。その画像はミキを幸福にさせながらも、どうしようもなく意地悪な気持ちにさせる。

メールアプリをひらき、カイトにいつもの他愛のないメッセージを送る。

ミキ:―なにしてるん? 20:11 既読

特に用がなくても、夜大体ミキの方から「なにしてるん?」と送るのがお決まりだ。
すぐにカイトから返事が入る。

―リビングでご飯食べ終わったところ。兄貴とゲームしてる。20:11 既読
―あっそ 20:12 既読 
 カイトの家は本当に絵に描いたように幸せな家庭だった。普通の会社員の父、優しい専業主婦の母、美人な音大生の姉、優秀なスポーツマンのヒカル、そしてカイト。駅の向こう側、バスを使わないと不便な場所にあるこじんまりとした青い屋根の一軒家。小さいけれどウッドデッキのある庭があり、週末は親戚や友人家族が集まってバーベキューをする。カイトの母によってよく手入れをされた庭には家庭菜園があり、そこから新鮮な野菜を取ってきては、サラダにしてみんなだ食べるそうだ。
 ミキの家にもカイトの家の三倍はある大きな庭がある。でも誰も出やしない。ミキが小さい頃はよくパパと鬼ごっこしたけれど、今では雑草が生い茂げ放題だ。ひどいところでは腰のあたりまで葉が伸びている。

「ミキ!帰っているの?ミキ!返事くらいなさい」

下からママの大きな声が聞こえてきた。
ミキは瞬間的にスマホの画面を消し、目を閉じ、そのまま眠りについた。

 雨の日の土管は便利だ。
普通の子供は雨だから、公園で遊ぶのは止めようとなると思うが、ミキとカイトにとっては、雨だから余計にドカンに行きたくなる。
いつも以上に周りに人がいなくなり、雨音を聞きながらドカンでUの字になって寝そべると、まるで世界に人がいるのはここだけなんじゃないかという安易な錯覚に陥ることができる。

 カイトがスニーカーで土管の壁を蹴って、腰を浮かせて、まるで一回転でもしようとしている。
ふいにミキがお腹を押さえ、上半身を起こす。
小さく喘ぎ、細かく息をハァハァさせる。
カイトはすぐに気づき、同じく体を起こした。
「なになに、ミキ。どうしたの?」
ミキは長い髪をお化けみたいに垂らして、うつむきながら口を開いた。
「あのね…私ねこないのよ」
「こないってなにが?」
「生理…」
それを聞いたカイトがきょとんとしている。
「生理ってあの…女のおまたから血がでる…あれ?」
「そう。どうしよう。こないのよ」
「…そんな時もあるんじゃないの?」
困ったようカイト。たじたじになって、耳たぶに手が伸び触り始める。
「ちがうのよ。生理こないとどうなるかカイト知っているの」
「え…どうなるの?」
「赤ちゃんができちゃうのよ。」
下を向いていたミキが長い黒髪の間からギョロリをカイトを見つめた。
慌てて視線をそらしたカイトは言葉が見つからない。長い沈黙が続く。
ちょうど雨の音が一層激しくなった。
口の開いたカイトはいまいち状況が整理できていないのだ。

―赤ちゃん。赤ちゃん。誰のお赤ちゃん。俺の赤ちゃん…?

数秒間の間に、カイトの幼い頭の中で色々なシュミレーションがなされた。どんなゲームのバッドエンドよりも悪そうだ。

「そんな、俺…困るよ」
「困るのはこっちの方だわ!」
かぶせるように大きな声で反論するミキ。
そして、うわぁぁぁぁんと泣きだし始める。
 ミキは全部わかっていた。カイトは女性と付き合うということ自体には大人のようなカッコよさは見出していたが、まだ性のイロハは何もしらない。恐らく、オナニーすらまだしていないと思う。だから子供がどうやってできるのかなんて全く知らないと確信していた。場合によっては、「コウノドリが運んでくる」とまだ信じているかもしれない。

 ミキは横目でカイトを見ると、下を向いて固まったままだ。口を鯉みたいにパクパクつぶやいて何か言おうとしている。
そして、こちらを見ず、学生鞄をとり、一言
「ミキちゃん――――ごめん!」
そういって雨の中、傘もささずに走って逃げてしまった。
「ちょっと、カイト!」

神妙な声をやめた、いつものミキの声は雨音にかき消され、カイトに届くことはなかった。 

 雨の中、とぼとぼと帰宅したミキは迷いながらも、カイトにメールを送る。

ミキ:―なにしてるん? 19:40

日付が変わるころまでスマホを握りしめてベッドから天井を仰いでいたが結局、既読マークがつくことがなかった。

 翌日の昼休み。
ミキはカイトからメールの返信もなく、いつまで経っても既読マークがつかないので、気になって一年六組の教室をのぞきにいった。
三年生のA棟と一年生のC棟は離れている。一年のカイトが先輩の棟に来るのは何とも度胸がいるので、いつも学内で用事があるときは、ミキの方からC棟にお邪魔していた。
 慣れた様子で教室を後ろのドアから、こっそり窺う。昼食を終えた大半の男子生徒が騒いでおり、女子達が迷惑そうにしていた。
 その中の大柄な男の子がミキに気が付く。
ミキの方も、その子は知っていたのは学内でも少ない相撲部の一員であることと、美化委員会で一緒だったためだ。ミキは彼の名前はカイトから聞いていたが、いつも覚えられず二人の会話の中ではいつもお相撲君と呼んでいた。
「あ、カイトっすか?」
お相撲君が友人にかけていたプロレス技をほどき、近づいてくる。
びっくりしたようにミキはうなずくと、
「あいつ今日休みなんすよ~。カイトは風邪に強い印象だったんだけどなぁ…。小学校は六年間、皆勤賞でしたから。うちの小学校で皆勤賞だったの、あいつだけなんですぜ。」と、こちらからは何も聞いていないのに、世間話が好きなおばさんみたいにべらべら喋った。
 今日は風邪で休みと朝電話があったと担任教師から朝の会で報告があったそうだ。
確かに、ミキが出会ってからの半年間。カイトは風邪はおろか、体調が悪そうな姿や話なんて聞いたことがない。
ミキは素っ気なくお相撲君に礼をいい、教室を後にすると、
「恋の病ぃ~だったりして!」と廊下からお相撲君のふざけた声と男子達の笑い声が聞こえたが、振り返ることはしなかった。

カイトは次の日も、その次の日も、気づけば半月近く学校を休んだ。


 カイトに送ったメールに既読が付かないまま。ミキは来る日も来る日も一人でサニー公園の土管に寝そべった。
 今日から十一月で日も大分短くなった。五時を過ぎると辺りは真っ暗だ。ミキが朧げに土管の外の景色を見つめる。土管の輪っかの中に金木犀の木が見える。この前まで、この辺りは金木犀の花の匂いがしていたが最近はなんだかしないなと、ミキはふと思った。
ミキよりチビなカイトに、嗅ぎたいからとってきてと頼んだがこのあたりの金木犀は異様に背が高く、必死にジャンプしたがカイトはとることができなかった。
円の中で小さな少年がジャンプする姿がなんだか浮かんできて、ミキは涙目になった。

―――嘘。
妊娠したなんて嘘に決まってるじゃん。
でもなんで、素直に謝れないんだろう。
カイト半月も学校来ていないのに。

ごしごしとブレザーの袖で瞼をこすり、辺りの真っ暗な外に出た。スカートのまわりついた砂をポンポン払い、ミキは公園を後にした。

 ミキの自宅に帰り道は駅前の線路沿いの道を進まなくてはならない。線路沿いどちらからでも帰ることができ、いつもは人でごった返す商店街側を通っていたが、今日は意味もなく、なぜかひと気の少なく薄暗い通りを使った。
 道の真ん中あたりに赤いポルシェがとまっていることにミキは気づいた。何だか胸騒ぎがする。ナンバーの0314が見えた途端、すぐにパパの車だと確信した。(パパの誕生日が三月十四日だった)
 中学二年の十一月二十二日から家に帰ってきていないパパ。良い夫婦の日にママに浮気を指摘されたのは、わざとだろうか。家中の家具をなぎ倒して、ディズニー映画の野獣の様に吠えまくった。ミキは二階のクローゼットの中、膝を抱え、ただ耐えるしかなかった。ちょうど一年経つのに、今更家に帰ってくるつもりなのか。それともこんなところで帰ろうか迷っているのか。色々なことがミキの頭をかき混ぜて、足元が小鹿のようにガクガク震えてきた。

 ポルシェを止めた道路の向かいの団地風の建物からパパが出てくる。どこからが髪の毛で、どこからか髭か境目のわからないモジャモジャの顔は未だ健在だった。

―パパ!

ミキは叫びたかった。あなたがいなくなって大変だったのよ、ママは酒浸りになって、頭がおかしくなったのよ。そういって、思いっきり、頬の肉が削げるぐらいビンタしてやりたかった。
 でもその声はミキの心の中でしか響かず、実際に道路で聞こえたのは三、四歳の男の子の声だった。それは無邪気で、天使のような可愛らしい声だった。
 団地から飛び出した男の子は一目散にパパの身体に飛び込み、パパもそれを笑顔で受け止めた。その顔は自宅にあるアルバムの私とパパとママと三人。幸せだったあのころを切り取った顔をしていた。

「カー君、危ないでしょ」
そういって、建物からもう一人、身長百七十センチ以上ありそうなスラッとした女性が出てきた。肩からは柔らかそうなベージュのストールをかけ、とても品のある感じの人だった。
 パパはカー君を抱き上げ、肩車をして右左みて、それを教えるかのように道路を渡った。暗かったからミキになんて全く気付いていなかった。それはミキにとって、最初からミキなんて存在はいなかったんだと言い聞かせるように思えて仕方がなかった。
 パパはカー君を女性に抱き渡し、最初にカー君のマシュマロみたいな頬っぺたに小さくキスをする。その後、パパは何かを女性に伝えてから、ねっとりと唇にキスをした。
この瞬間、ミキは理解できていない状況を把握することができた。

――浮気相手がこんなに近くにいたなんて…。
ママより数倍美人で知的なあの女…。
私の弟、カー君…。

 パパは最後に女のお腹をそっとさすり、お腹にもキスをした。恐らくお腹にはもう一人子供を妊娠しているんだろう。
パパは手を振って、車に戻り去っていった。
窓越しに何か言っていたが、ミキは聞き取れなかった。恐らく

「今度の金曜日にまた来るよ!お腹の子を大事にね!」

なんて言っていたに違いない。
女とカー君は幸福そうにポルシェが消えるのを眺め、いつまでも手を振っていた。
ミキはその光景を眺めて不潔と思った。

 その次の日曜日の夜、状況が一変した。

―ピンポーン。

夜九時を過ぎて、家のチャイムが鳴るのは、配達遅れの宅急便か向かいの清水の婆さんが夕飯の残り物をおすそ訳に来るぐらいだ。

二階のベッドでスマホのゲームをしていたミキは音に気づいていたが出るつもりはない。

―ピンポーン。ピンポーン。

ミキは寝返りを打って、ママ出てよと思った。

―ピンポーン。ピンポーン。

あまりにしつこいので、ミキは嫌々ベットから体を起こした。ユニクロで買った上下グレーのスウェットだったが、どうせ洒落っ気を使うべき相手ではないだろう。ドタドタと音をわざとママに聞こえるように立て、ミキは玄関に向かった。

 扉脇のガラスからドアの向こうには複数の人がいるのがわかった。
それに「夜分にすみません。」と中年ぐらいだろうか、男が扉の向こうから話しかける声が聞こえ、何事だろうかとミキは玄関の電気をつけた。
不穏な空気を察したのか、ママも一階の自室から出てきた。ヨレヨレのネグジェで顔にはクマが無数に刻まれ、いつもの数倍年老いて見えた。

ミキは恐る恐る玄関の扉をあける。

「申し訳ございません!」
玄関をあけると、競走馬のゲートが開いたと同時に駆け出した馬のような状態で、スーツ姿の男が殴りこんできた。
はあ?とぽかんとしたミキのママをよそに、
男が大理石の玄関で土下座する。

「なんですか!あなたこんな夜遅く?どちら様です?」
ママはそれを見て、事情も知らないのにヒステリックなキィーキィー声をあげる。

するとドアの向こうから、涙をボロボロに流すのをこらえるようなカイトと、その背中を押すヒカル(高校生になってモデルにでもスカウトされるんじゃないかというイケメンぶりだった)が現れた。
 そして、親子三人頭を下げる。ミキはその様子をあっけにとられて眺めるだけだった。
自分のことなのにやけに客観的に見ている、まるで安いテレビドラマを見ているような気分になった。脇ではママが腰を抜かしている。

「誰なのよ、あんたたち!」酒臭いママが怒鳴る。
すると、カイトが
「僕はミキさんと…お付き合いをしています瀧澤…カイトと言います…。」と必死に歯を食いしばって挨拶をした。続いて、父とヒカルもそれぞれの立場を説明した。
ミキの背中から次第に冷たい汗が流れ落ちていく。
あのことだわ。あのことだわ。あのことだわ。
それしか頭になかった。

「この度…僕はミキさんとの間に…子供をつくってしまったことを…お母さまにお詫びに…まいりました!」
カイトがそこまで言い切ったところで、カイトの瞼から、滝のように涙がこぼれ落ちた。
ヒカルも幼い弟の背中をバシッと思いっきり叩き、一緒に涙を流し、その脇にいた父親も「申し訳ございませんでした!」と再び涙声で土下座した。

「妊娠!ミキ、どういうことなの!どういうことなの!」母が私の両肩をつかみ、ぐわんぐわん全身を揺さぶってくる。

―そうなの。私たち、ベロチューしたから、妊娠したの。望みもしない子供を妊娠したの。
パパもきっとベロチューしたのかしら。
こんな酒臭いお化けみたいなママが嫌だから、あのきれいなモデルみたいな女とベロチューしたのかしら…。

 ミキは体を大きくゆすられ、この玄関にいる誰よりも大きな声で泣いた。こんな叫び声みたいな声で泣いたのは、赤ん坊の頃以来なんじゃないかなと思うぐらいのボリュームだった。

 それから全ての事情を説明し、逆にミキがカイト一家に謝る頃には、日付が変わっていた。
 ミキは放心しきったカイトを直視することができなかった。けれど、真実を話す前に玄関でうずくまって泣くミキに、「僕が責任を持って育てる」と中学一年生の超無責任で、愛情たっぷりのカイトの言葉を聞けたことが嬉しかった。

 それからしばらくミキとカイトは顔を合せなかった。ミキは廊下でお相撲君にカイトが学校に復活したことは聞いていたが、もう自分から声をかけにいけるような立場でないことなどわかりきっていた。

 放課後、ミキは今日も一人であの土管に寝そべる。一人でいても、二人でいても。
ここは、なんだか落ち着いて、懐かしい感じがする。ミキはその理由が何だか最近わかった。土管の円のラインがきっと子宮の形に似ているんだろう、と。
この土管を出る度、新しい私が生まれる。
嘘をついたり、だまされたり。
からかったり、からかわれたり。
構ったり、構われなかったり。
そうやって少しづつ一皮むけた大人の私が生まれる。

外にでると、マフラーをまいた冬仕様のカイトがミキを土管の中に押し倒した。

「今度はベロチューし放題だからね」

そういってはにかむカイトの顔が、何だか幼かった子供から、一つ大人になったようだった。

the Park -2.DKNラブストーリー

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the Park -2.DKNラブストーリー

公園を舞台にした短編集。 どこにでもあるような住宅街と駅前商店街の真ん中に位置するサニー公園。 昼夜問わず、悩める周辺住人たちが色々なドラマを持ってきます。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-04

Copyrighted
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