理由
電車の席に座っていたら動悸がしてきた。脈打つ鼓動はすぐに大きくなった。漠然とした不安に襲われる。どこから来た、お前は。気分が悪い、吐きそうだ。ただ座っているのもしんどい。あと二駅だ、早く着いてくれ。イヤホンから流れる音楽に集中する。着いた。改札に出る。抜ける。エスカレーターを駆けおりる。バスは30分待たなければ。止まってはいられない。奴は来る。
電灯の少ない家路の通りは殆ど暗闇だった。人も車もない。孤独と暗闇は鼓動を一層強くし、奴は歩みを早め、近づいて来る。僕も足早にならざるを得ず、つんのめりそうになる。息は荒くなる。1月の冷たい空気が気管を震わせる。肩を、腕を、掴まれまいとただ急いだ。死にたくない、死にたくない。助けてくれ、誰でもいい、声を聞かせて、手を握って、頭を撫でて、肩を抱いて。コンクリートに頭を打ちつけたい、コンクリートに頭を打ちつけたい、殴り殺してくれ…、死にたくない。生と死の思考はひしめき合いながら、イヤホンから脳にながれるようであり、闇の中の視界が歪んだ。飲まれてはいけない、口の中の酸味に意識を向ける。光が見えた、もう少しだ。アパートの階段を駆け上がる、鍵を取り出す、ドアノブを回す、ドアを閉める。僕は鞄を置くよりも先にペンを取り、今、書き留める。震える手は治らないが、鼓動は落ち着いてきた。僕は生きながらえた。
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