クテンはどこへ消えた?

 とある日の朝、トーテンウサギが目覚めると、なにやら様子がおかしいことに気づきました
 彼の住むソーサクの村はぽかぽか陽気に包まれていますが、トーテンウサギはどこか居心地の悪さを感じました、歯を磨いて顔を洗って洗濯をして、昨晩観たムフフなDVDの後片付けをしても、その違和感は拭いきれませんでした
「あれ、おかしいな」
 トーテンウサギはその違和感の正体を探るべく、今日起きてからいままでのことを反芻してみました、するとひとつの心当たりがありました
 この物語の「地の文」が、ひどく読みにくいのです
 地の文が読みにくい理由はすぐにわかりました、「句点」がないのです、「句点」とは日本語の文章において使われる記号で、ひとつの文章の終わりを表し、文と文の切れ目を明示するために使われます、この記号がないと、文の切れ目がどこかわからず、非常に読みにくい文章となってしまいます
「なにやらよくないことが起こっているぞ、どうにかしなくちゃ」
 とトーテンウサギは思いました
 では、どうして句点がなくなってしまったのでしょう?
 それもそのはず、いつも一緒に暮らしているクテンネコの姿が、そこにはなかったのです

   ○

「なに…クテンネコがいない、じゃと・・・」
 トーテンウサギはまず、サンテンリーダーのところへ赴きました、口を開けばゲスな下ネタばかり言う老人ですが、村のリーダー的存在で、トーテンウサギも彼のことを慕っておりました、しかし彼は夜行性のフクロウなので、どうやらいまからお休みのご様子です、彼の台詞に使われている三点リーダも、あまりの眠気のせいでだらしなく適当に打たれていました
「うむ・・しばらく感じていた違和感の正体はそれか・・」
「そうなんです、ぼくも毎朝起きて『おいトーテンウサギ、オレの今日の朝食はカルパスな』って言われるのすごい鬱陶しかったんですけど、それが今朝なかったのがなんだか物足りなくて……それに、どうにかしないと、この物語がひどく読みにくいものになってしまいます」
「まあ・・・気まぐれな彼奴のことじゃ…どこかほっつき歩いているんじゃろうて・・・・」
「このままだと、この物語が完結できない」
 トーテンウサギは切迫した現状が伝わるよう必死に訴えかけました
「間に合わないんです、短編の投稿締め切りに」
「なに・・・快便で肛門切れ痔気味・・・?」
「ぜんぜんちがうよ!」トーテンウサギは慌てて訂正しました、「へんな聞き間違いしないでください、ていうかどういう状況ですかそれ」
「むにゃむにゃ・・・心配せんでいい…ワシはイボ痔じゃ」
「……喝っ!」
 トーテンウサギは、サンテンリーダーの目を覚まさせるべく、彼の左頬を思い切りぶん殴りました、びちんっと小気味よい音を立ててクリーンヒットし、サンテンリーダーの身体は吹っ飛びました、吹っ飛んだ先の床には、先ほどまで彼が観ていたのであろうムフフなDVDが散らかっておりました
 そのDVDを後ろ手に隠しながら、サンテンリーダーはむくりと身体を起こしました
「いてて……まったく、年寄りに乱暴しよって……」腰をさすりながら、彼はぶつぶつと呪詛を吐き始めました、「もしワシが死んだら貴様の枕元に立ってやる……末代まで未来永劫呪われるがよいわ……」
 トーテンウサギは、彼の台詞のなかで三点リーダがきちんと使われていることを認め、やや安心しました、でもいまはそれどころではないのです
「村の一大事なんです、クテンネコを見つけ出して句点を取り戻さないと、締め切りがじきに来てしまいます」
「締め切りか……あの嵐が来るのはまずい……まさか彼奴、森へ行っとらんだろうな……」
「森」という言葉を聞いて、トーテンウサギは身震いしました、このソーサクの村の外れには、一度入ると二度と出られない、恐ろしい森があるのです
「ワシらのような物語のなかに生きるソーサクの村の住人は、決してあの森に近づいてはならん……もしそうだとしたら、クテンネコ、彼奴の身が心配じゃ……」
「そうですね……」
 これはやはり、一刻も早くクテンネコを連れ戻さないとなりません
「そういえば、こんどの締め切りの嵐を無事に超えられたら、この短編はどうなるんじゃ……」
「優秀賞が狙えます」
「優秀賞…?」サンテンリーダーは眠たげに首を傾げました、「それを取るとどうなるんじゃ・・」
「印税五パーセントです」
「陰茎五センチメートル・・・・? 心配せんでいい………ワシのはそんなに短くは――」
「喝っ!」
 こんどは彼の右頬にクリーンヒットし、彼の身体はふたたび吹っ飛んで行きました

   ○

 村のリーダー的存在であるフクロウ・サンテンリーダーの指示は、「村の一大事じゃ、クテンネコを一刻も早く見つけ出せ、ワシは眠いからもう寝る」という至極的確なものであったため、トーテンウサギは彼の言うとおりにすることにしました、フシギなのは、サンテンリーダーに相談する前から、トーテンウサギは全く同じことをしようと思っていたのである、という点です、時間の無駄、という言葉は、しばらくは考えないことにしました
 トーテンウサギはハテナクマのところへ赴きました、ハテナクマは彼の旧来の友人なので、こういうピンチのときこそ助けてくれることでしょう
「え? クテンネコがいない? ほんとに? どうすればいいクマ?」
 トーテンウサギが事情を説明すると、ハテナクマはとたんにテンパり始めました
 トーテンウサギは頭を抱えました、ハテナクマは台詞のすべてに「?」がつくのだということを、彼は失念しておりました、ハテナクマに質問したことは、すべて疑問形で返ってくるので、相談事には永久に結論が出ません
「どうするクマ?」
「うぅーん」
「どうするクマ? どうするクマ?」
「そうだねえ」
「どうするクマ? どうするクマ? どうす――!?」
 トーテンウサギは旧友のみぞおちあたりに思い切りボディブローをかましました、ツキノワグマでいう三日月形の紋様があるところに、ハテナクマにはハテナマークの模様があります、ちょうどその「?」の下の点あたりにみぞおちがあることを、彼は小学校のときに体得しました、ちょうどいまと同じようにボディブローをかましたとき、ハテナクマがしばらく身悶えていたのを見て、彼は確信したのです
「ぐぅふ、えふ……!?」ハテナクマはみぞおちを押さえて身悶えました、「……じゃ、じゃあ、地の文がすごく読みにくいから、とりあえず会話だけでしのぐのは、どうクマ……?」
 そんなハテナクマの提案に、トーテンウサギは感心しました、会話だけで構成されている物語も、反則的ではあるにせよ、この非常事態ではアリかなと思いました、クテンネコが見つかるまでの応急処置です
「じゃあ、ハテナクマ、会話だけで場繫ぎしよう」
「わかったクマ?」
「うん、ぼくはわかったよ……じゃあ始めるよ、今日はいい天気だねえ」
「そうクマ?」
「……あれ、ハテナクマはそう思わない?」
「そう思うクマ?」
「いや、ぼくが訊いてるんだけど……」
「でも明日は雨クマ?」
「ごめん、天気予報観てないから、明日の天気はわかんないや……」
「ぼくは観たクマ?」
「あ? お前の今日の行動なんてぼくが知ってるわけないだろ」
「ぼくは観たんだクマーっ!?」
 会話になりませんでした
 トーテンウサギはまたみずからの拳を旧友の血で汚さなければならないことに哀しみを覚えました、みぞおちを押さえてうずくまるハテナクマを見つめながら、しかしこれは仕方のないことだ、とトーテンウサギはみずからの非業を嘆きました
「おい、あんまりハテナクマをいぢめるなよ!」
 そう言って現れたのは、同じく旧来の友、ビックリリスでした、身体は小さいのですが 、その声は耳障りなほどうるさいリスです
「なんか困ってるんだってな! オレ様が話を聞いてやるよ! トーちゃん!」
「そのあだ名で呼ぶなよ」
 いらいらしながらも、トーテンウサギはビックリリスに事情を説明しました
「え! なんだって! クテンネコがいなくなっただって!」ビックリリスは叫びました、うるせえなあ、とトーテンウサギは目を細めました、「こりゃ大変だ、いますぐ句点の代わりのものを探さないとな!」
 そんなビックリリスの提案に、トーテンウサギは感心しました、文章の切れ目を表す記号は、確かに句点だけではありません、句点以外ばかりを使うのは作法に反するにせよ、この非常事態ではアリかなと思いました、クテンネコが見つかるまでの応急処置です
「でも、句点の代わりなんてあるクマ?」
「ああ! なんと奇遇な! こんなところにびっくりマークが! びっくりマークなら句点の代わりに文章を結べるぜ!」
 白々しい、とトーテンウサギは舌打ちしました、こいつわかってて言ってやがったな、と
「じゃあやってみようぜ! 始め!」
 ビックリリスの合図が響き渡りました! これで地の文の末尾には、句点の代わりにびっくりマークが使われることになったのです!
 トーテンウサギは安心しました! これでクテンネコがいなくてもこの物語は完結できます! 優秀賞獲得は間違い無しです! やった! 大勝利っ! ビックリリス様天才すぎるっ!
「うるせえっ!」
 あまりの地の文のやかましさに耐えかねたトーテンウサギは、思い切り拳を握りしめ、ビックリリスをぶん殴ろうとしました、しかしビックリリスの体躯は小さかったためうまく当たらず、結局彼の拳はハテナクマのみぞおちに吸い込まれて行きました
「ぐはあっ!?」
「あ……まじごめん」
 今回ばかりはわざとではないので、トーテンウサギは申し訳なく思いました
「く……クテンネコが、いなくなったことに、なにか、こ、心当たりは、ないクマ……?」
 丸っこい両耳をぷるぷる震わせながら、ハテナクマが声を絞り出しました
「心当たり……?」
 トーテンウサギは記憶を反芻しました、するとどうやらひとつ思い当たる節があったようです
「そういえば、昨日彼とケンカしたなあ」
「どうしていままで忘れていたクマ! それが原因クマ!」
 思わずハテナクマが台詞に「?」をつけることを忘れ、怒り心頭に発してしまうほどの心当たりでした、ていうか明らかにそれが原因でした
「いつもあんなに仲いいのに……どういうケンカしたクマ?」
「ええと、確か……句点と読点ってどっちが『まる』でどっちが『てん』かわかりにくいよね、って話から、わかりやすいように一方が名前を変えようってことになって、どっちが変えるかで言い合いになって……」
「お前ら小学生かよ!」
 ビックリリスはトーテンウサギに呆れ顔を向けました
「でもあれだな、ぼくも大人げなかったかな、クテンネコだってよく間違われて大変な思いしてるのに、ぼく一方的に自分の都合を押し付けちゃったな、反省反省」
 トーテンウサギは神妙な面持ちでつぶやきました、「ああ、クテンネコ、いったいどこにいるんだろう」
「ああ! 心配だな!」ビックリリスがこの軽いノリで言うと信憑性に欠けますが、彼は彼なりにクテンネコの身を案じています
「うん? 心配クマ?」ハテナクマが首を傾げながら言うと他人事に聞こえますが、彼も彼なりにクテンネコの身を案じています
 そこへシメキリギリスがやってきました、ひどく焦った様子ですが、それもそのはず、彼はいつも締め切りに追われているキリギリスなので、締め切りから逃げるためいつも額に汗をにじませているのです
「ああ忙しいっ早くしないと締め切りが来ちゃうぞっああ忙しい忙しいっ」
 そう言って彼は去って行きました
 三人の顔は青ざめました、シメキリギリスが来たということは、すぐそこまで締め切りが迫っているということです、窓の外を見ると、風が野原の草をなでながら駆け抜け、遠くの空には黒い雲が渦巻いていました
 トーテンウサギの胸中は、同じようにさざめき立ちました、あの締め切りの嵐が来れば、もう村の外には出られなくなり、クテンネコを探しに行くことはできません、そして何より、締め切りの嵐のなかでは、そのあまりの過酷さに、クテンネコの身に危険が及んでしまいます
「やばい、締め切りが来ちゃう」トーテンウサギは絶望の表情で黒く淀んだ空を見つめました、「はやくクテンネコを連れ戻さないと」
 トーテンウサギは、この村の行く末とクテンネコの身を案じ、青臭くにおい立つ嵐のほうへ駆け出して行きました
「クテンネコ」彼は心の中で名前を呼びました、「みんなきみのことを待ってるんだ、一緒に村へ帰ろう」

   ○

 締め切りの嵐は森の向こうから来ているようでした、この森はドツボの森といって、ソーサクの村の住人が立ち入ると「自分の物語はおもしろくない」「誰も認めてくれない」という闇の思考に苛ませる地獄のような場所なので、村の住人はここに近づいてはならないと古来より戒められてきました
 夕方になると森の奥からカラスの啼き声がこだまします、これはゴジガラスの啼き声で、夕方五時の時刻を伝えるのではなく、物語の誤字や脱字を指摘してけちょんけちょんに貶めるという、世にも恐ろしい啼き声なのです
「まさか……この森のなかに……」
 トーテンウサギが森の入り口で立ち尽くしていると、ふいに頭上の木の枝で物音がしました
「わっ!」
 驚いたトーテンウサギがそちらの方を向くと、一羽の鳥の影がありました、あれが悪名高いゴジガラスか、と瞬時に身を固くしましたが、その影の正体はカラスではなくカギカッコウでした
「なんだ……カギカッコウさんか、びっくりしたなあ、もう」
「」
 カギカッコウは物語中の会話文に鉤括弧をつけてくれるので、村の住人からとても重宝がられていますが、自分自身はしゃべれないため、こうやって村のはずれでのんびりしていることが多いようです
「そうだ、カギカッコウさん、クテンネコを見なかった?」トーテンウサギはカギカッコウに問いかけます、「今朝から姿が見当たらないんだ、もうすぐ締め切りが来るのに、物語から句点がなくなっちゃって」
「」
 トーテンウサギはふたたび絶望しました、カギカッコウとの会話は、ハテナクマのときよりもよりいっそう成立しなくなっていたからです、ものをしゃべらない相手に話しかけるなんて、独り言をいっているのと同じことです
「」
 そしてカギカッコウは、トーテンウサギの言っていることを聞いているのかいないのか、ずっと森のほうを向いています、トーテンウサギのほうを見てくれるのは、数秒に一度だけ、という有様でした
「ああ、どうすればいいんだろう……」
「」
 カギカッコウはいまもずっと森のほうを向いています、そしてたびたびもの言いたげにこちらのほうを向くのです、森に巣食う闇に蝕まれていくような絶望のなか、しばらくカギカッコウを見つめていたトーテンウサギでしたが、しばらくしてカギカッコウの真意に気づきました
「そうか、カギカッコウさん、やっぱりクテンネコは森にいるんだね!?」
 カギカッコウがこちらを向いている間は「きみの言葉を理解している」のサイン、そして森の方角を見つめていたのは「きみの探し人はあの方角にいる」のサインだったのです
「」
 カギカッコウは無言でうなずきました
「そうか、ありがとう、カギカッコウさん!」
 トーテンウサギがお礼を言うと、カギカッコウはばさばさと翼を羽ばたかせて飛び立っていきました
 その姿を見送ってから、トーテンウサギはドツボの森の奥を見つめました
 トーテンウサギもクテンネコも、幼いころは友人たちとおもしろ半分で近づいたこともありましたが、あまりの不気味さに入る勇気はありませんでした、見たこともないような怪物の姿を想像し、そら恐ろしい気配を感じ、いつもみんな一目散に逃げてゆくのでした
 しかし今日は、逃げるわけにもいきません、クテンネコの身が危ないのです
 トーテンウサギは深呼吸をし、意を決して森のなかへ入って行くのでした

   ○

 森は深い闇に沈み、トーテンウサギは生と死の境目にいるような錯覚を覚えました、ここにいてはならない、と直感が呼びかけています、物語のなかに暮らす村の住人は、ここへ来てはならないと
 しかしトーテンウサギは歩き続けました、カギカッコウが指し示してくれた方角に、クテンネコがいるのです
「おーい、クテンネコ」トーテンウサギは恐るおそる呼びかけました、「どこにいるんだ、返事をしてくれ」しかしその声に応えるのは、得体の知れない鳥の啼き声と、嵐の到来を予感させる物々しい風の音だけです
「もう……どこ行ったんだよ……」
 トーテンウサギは早くも心が折れかけました、この場所にいては、ソーサクの村の住人である自分の人生が価値のあるものなのか、というように思考がドツボにはまってしまいます、トーテンウサギはあまりの自己嫌悪にうつむきました
 しかしそこで奇跡が起きました
 うつむくと、なんと自分の足許には、ネコの肉球の形をした足跡があったのです
「これは!」
 トーテンウサギは足跡をたどって駆け出しました、しばらくすると木々の生い茂っていた森から、やや開けたような場所に出ました、淡い月明かりに照らされたその空間の真ん中に、トーテンウサギは探し人の姿を認めました
「クテンネコっ!」
 トーテンウサギの呼びかけに、影はぴくりと反応しました
「トーテンウサギか」
「どうしたんだよクテンネコっ、今朝から姿が見えないからみんな心配してるんだよ」
「もういいよ」
 冬場の鉄棒みたいに冷えきったクテンネコの声を聞いて、トーテンウサギは身を震わせました
「放っておいてくれよ。オレのことなんか、ほんとうは誰も心配してないだろ」
 事態は思った異常に深刻なようです、一刻も早く連れ出さなければ……いまにも荒れ狂いそうな不気味な風が森を通り抜けて行きます
「そんなこと――」
「――そんなことないって、どうしてわかるんだ? 自分の人生に価値があるかどうかは、オレひとりじゃ決められない。じゃあ誰が決めるのか……?」
 クテンネコは問いかけました、しかしその問いかけは、トーテンウサギに向けられたものではなく、不気味な鈍色をした虚空に、そしてクテンネコ自身に向けられているようでした
「それは世間様が決めるんだ。世間の目がひとの人生を、品定めして、評価して、値札をつける。値段がついた人生だけが市場に並び、誰かに選び取られることができる。じゃあ……」クテンネコはそこでひと呼吸おきました、「選ばれなかった人生は、価値が付かなかった物語は、そのあと、どうなるんだ? わかるか、トーテンウサギ」
 クテンネコの言葉に、トーテンウサギは応えることができませんでした、ドツボの森に充満する瘴気に、ついに彼も当てられてしまったのです
 ――選ばれなかった人生は、価値が付かなかった物語は、そのあと、どうなるんだ?
 トーテンウサギはクテンネコの言葉を反芻しました、なにも言葉を発することができません、ビックリリス、ハテナクマ、サンテンリーダー、カギカッコウ……村の住人たちの顔が脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消え、トーテンウサギの意識は薄れていきました、そのまま二人は森に立ち尽くし、ただ人生が、物語が朽ち果てて行くのを待つばかりでした……
「おーい! トーテンウサギ! クテンネコ!」
 トーテンウサギは、森のなかからやかましい声が聞こえてくるのを感じ取りました、その声で彼ははっきりとした意識を取り戻しました、いけない、クテンネコを連れて、みんなのいる村へ帰らなくちゃ……!
 トーテンウサギはクテンネコへ向かって言葉をかけました
「クテンネコ、確かにぼくらの人生は、誰にも評価されずに終わってしまうかもしれない、それはとても哀しく、とても怖いことだ、けれど、それってほんとうにつまらない人生なのか? たくさんの人たちに支えられて、たくさんの人たちと助け合って、たくさんの人たちと笑い合った人生が、ほんとうにつまらないものなのか?」
 クテンネコは静かに虚空を見つめたままです、しかしトーテンウサギは語りかけ続けました
「きみの物語の登場人物は、きみだけじゃないんだ、きみの物語が終わるときには、たくさんの『名脇役』たちが一緒に立って、客席の拍手に応えてくれるだろう……そのとききみはどんな気持ちだい? 『ああ、つまらなかった、意味なんてなかった』って舞台を降りるのかい?」
 そうじゃないだろう、とトーテンウサギが語りかけたときでした
「あ! いた! トーテンウサギだ、クテンネコもいるよ、みんな!」
「大丈夫クマー?」
「心配かけおって……カギカッコウがおらんかったら、いまごろどうなっていたか……」
「」
 クテンネコは静かに顔を上げ、ビックリリス、ハテナクマ、サンテンリーダー、カギカッコウ、そしてトーテンウサギを順に見つめました……そしてその目には、確かな温度のある光が宿っているように見えました。
「あっ!」
 ビックリリスが叫びました。相変わらずやかましい叫び声ですが、それを咎めるものはその場にはいませんでした。
 だって、その場にいた全員が、目の前で起こった奇跡みたいな出来事を、祝福していたのですから。
「クテンネコが笑った! よかった、森に入ったって聞いたから、どうなることかと!」
「よかったクマ?」
「いや……ワシに訊かれてもなあ……」
「別に訊いてないクマ?」
「ああん……? 何じゃと……どういうことじゃ……?」
「」
 そんな騒々しい森の住人たちを眺めながら、トーテンウサギとクテンネコは笑い合いました。
「どうだ、これでもつまらない人生か?」
「もうやめろよ、トーテンウサギ。オレが悪かったよ」
「ああ、昨日はぼくも悪かった。赦してくれよ」
「もうやめろって」
 クテンネコがトーテンウサギを小突きます! 何とも微笑ましい光景! この雰囲気にはやはりびっくりマークがぴったりです! やった! 完全勝利! ビックリリス様天才すぎるっ!「うるせえっ!」
 トーテンウサギはビックリリスをぶん殴りました? こんどはしっかりとヒットしたので、流れ弾に当たらなかったハテナクマは胸(みぞおちあたり)を撫で下ろしました? ああ? よかったよかった?「悪ノリするなよハテナクマ、せっかく物語に句点が戻ってきたのに……ていうかハテナクマ、そんなにぼくに殴られるのびびってたのか」
「お前ら相変わらずバカだなあ」
 クテンネコがふざけ合う住人たちを見てまた笑いました。それにつられて住人たちも笑いました。そうして彼らは、いつまでもいつまでも笑い合いました。
「そうだ、もうすぐ締め切りが来ちゃうよ。みんな、早く村へ帰ろう」
 ひとしきり笑い合ったあと、トーテンウサギがそう言い出しました。締め切りは恐ろしい嵐ですが、でももういまは怖いとは思いませんでした。
 だってぼくには、みんなと一緒に帰る場所があるんだから。
 トーテンウサギにとって、こんどの物語は、なんだかとても良いものになる気がしてなりませんでした。
 めでたし、めでたし。

クテンはどこへ消えた?

クテンはどこへ消えた?

ある日トーテンウサギが目を覚ますと、物語に句点がありませんでした。それもそのはず、いつも一緒にいるはずのクテンネコの姿が、そこにはなかったのです。 共幻文庫応募作品。お題『。』 「小説家になろう」にも掲載中。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-03

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著作権法内での利用のみを許可します。

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