ENDLESS MYTH第2話-18

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 居住、宿泊区画からの移動がここまで大変だと誰が予想したであろうか。エレベータールームの作動システムが完全にダウンしてしまい、移動手段を検討した結果、連絡通路への梯子の移動が最善の方法だと結論が出て、一行はメンテナンス作業員専用の分厚い鋼鉄の扉のレバーを手動で回し、壁へ入り込んでいるロック棒を扉の中へ収納すると、イ・ヴェンスの怪力で扉を開き、窓のない鋼鉄製の、四隅が丸く滑らかになった対路を進んだ。
 そこから数分進んだところに梯子があり、それを登ると、従業員専用のフロアへ到着した。
 メンテナンス作業員たちも、緊急用に使用するルートだけあって、ステーションの避難訓練以外でこうして使用されるのは初めてであったらしく、梯子を登り切った先の鋼鉄版のハッチは、まだ真新しかった。
 従業員フロアには、居住、宿泊区画の都市を制御するブースが中央に配置され、その周囲を各部署の事務室が円を描くように配置されていた。
 制御ブースの周囲を回る円形状の通路へ出たベアルド・ブルは、そのまま制御ブースへむかった。アクリル板の自動ドアは手動で開くことが可能であった。
 中に入ってすぐ、掌を端末にかざし、ソロモンの技術力でハッキングを試みた。ステーションのシステムにハッキングできれば、動きが有利になると考えたのである。が、システムが動いていなければハッキングどころではなく、完全に停止したシステムをいくらハッキングしようとしても、水のない河では泳ぎようがない。
 戻ると神父に首を横に振って、無理だったことを示す。
「ここの電源ユニットは何処ですか?」
 ジェフ・アーガーに視線が注がれる。
 アルバイトとしてステーションで働いていただけの人間が、ステーションの構造を熟知していること自体が不可思議なことであって、ここまで一行を案内するのが精一杯だった彼の視線は、中空を流れた。バイトの中での会話を必死に思い出し、ステーション内部の説明をされた時のことを脳裡に走らせた。
「確か製造区画の方だったと思います。連絡通路で電源が供給されているはずですから、向こう側がシャットダウンしていれば、こちら側にも電気がこないはずです」
 本来は電源が供給されなくとも、独自の発電システムが準備されているはずである。それが稼働していないのは、意図があってのことであり、これもまた誘導されている悪臭して、神父は多少嫌悪感に陥った。
 判断は彼の一存で行われる。どうするべきか。
「とにかく移動しましょう。ここに居てもさっきのようなことがまた起きては、今度こそ危険です」
 とメシア・クライストの顔を見るファン・ロッペン。
「そうだな、こいつも自分であるけるようになったしな」
 そう言い、メシアの背中を強めに叩くのはジェフである。
 デーモンに取り憑かれた事が一種のショック療法だったのか、落ち込んで、世界が暗闇に包まれていたメシアの世界に、少しではあるが光が戻っていた。
 この心境の変化はジェフの影響でもあった。初めてあったばかりの人間をこうして救おうとする男を前に、自然と彼の気持ちの重りが、溶けたような気分であったのだ。
 妙に説得力のあるファンの言葉を耳にした神父は頷き、連絡通路へ向かうことを決定した。

 従業員フロアからエレベーターで下りればすぐの場所にある連絡通路も、エレベーターが稼働していない今では、階段を使用するしかなく、連絡通路フロアに到着した時には、例の如くジェイミーの甲高い声が弱音を吐いていた。
「何処まで歩かせるつもりなのよ!」
 不機嫌に頬を膨らませる彼女を尻目に、イ・ヴェンスが苛立った様子で口を開いた。
「死にたくないだろう。口を閉じて歩け」
「なによ、偉そうに。あたしは女性なのよ。もっと丁寧に扱いなさいよね」
 その甲高い声が巨大な連絡通路へと響き渡った。
 連絡通路と言っても、地下鉄のトンネルほどもある巨大な通路であり、そこを移動するのはリニアモーターカーである。一行が下りた先には地下鉄のホームの如きフロアが広がり、その眼前にリニアモーターカーが横付けされていた。
 この光景にニノラは嫌な考えが浮かんだ。
「電源が入っていないってことは、これも動かないってことだよな」
 リニアモーターカーは電磁石の磁気によって浮上しながら移動する。電磁石は電気がなければ効果を発揮しない。
 案の定、ベアルドがリニアモーターカーを調べたが、やはり電源は供給されていなかった。
 ここを歩いて渡っていくしかない。誰が言わなくともそれはすぐに全員の脳内で察しが付いた。
 フロアには通常、案内板がホログラムとして出現しているのだが、電源がなければホログラムシステムも作動していない。
 神父は距離に関してジェフへ質問するも、流石にそこまでジェフも覚えてはいなかった。
「お姉ちゃんさぁ、さっきの龍をまた出して、乗せてってよ」
 凜と立ち、周囲のやりとりを黙然と見ているポリオン・タリーへ、ぶしつけにイラート・ガハノフが話しかけた。
 顔は冷静に無表情だったが、心中は憤慨していた。が、訓練でそれを表へ出すことを禁じられてきたKESYAの彼女は、淡々とイラートの提案を否定した。
「あれは乗り物ではありません。安易に人前で披露すること自体、戒律で禁止されているのです」
 これまでに出会ったことのない感覚の女性を前に、イラートはチェッと言いたげに彼女のそばを離れていった。
「馬鹿なことばかり言ってないで、行くよ」
 すでにベアルドはトンネル内部へと下りて行っていた。
 と、それを静止する声をジェフが咄嗟にはき出す。
「忘れてた。連絡通路を徒歩で移動する時は、必ず宇宙服を装着してください。連絡通路内は気圧が変化しやすい構造になっているので」
 ここにきて、彼のバイト時代の記憶が役立った。
 気圧の変化がある場所へ生身で向かおうとした危険性を、ベアルドはよく知っていた。
「それを速く言え」
 一行は再び従業員フロアへ戻ると宇宙服を装着、トンネルの暗闇へと装備品のライトを点灯させ、脚を踏み入れたのだった。

ENDLESS MYTH第2話ー19へ続く

ENDLESS MYTH第2話-18

ENDLESS MYTH第2話-18

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-03

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