リクルート
時間目安:5分
ハイパーゆとり世代が暴力団の面接を受けたらどうなるか…
時間目安:5分 ハイパーゆとり世代が暴力団の面接を受けたらどうなるか…
「それでは、自己紹介をお願い出来ますか?」
「かしこまりました」
黒いリクルートスーツに身を包んだ大学生が、テーブルを挟んで面接官と対峙している。
緊張で声が裏返らないよう、軽く深呼吸を挟む。「皆受かる、就活完全対策!」に書かれていた通り、相手の目をしっかりと見ながら話し始めた。
「佐藤亜堕夢、28歳です。稲田大学3年、専攻は心理学です。趣味は読書、美味しいお店探しです。志望理由はー」
機械的な説明を面接官は「いいですよ、志望理由は後で聞きますから」と遮り、手元のタブレットに佐藤の「対話力」に、5点満点中4点をつけた。相手の目を見て話せれば4点、とマニュアルに指定されていた。
「大学では何に打ち込んでいたのですか?」
「自分探しです」
佐藤は自信たっぷりに答えた。面接官はこめかみをポリポリと掻いた。
「具体的に言うと?」
「本をたくさん読みました。そして良い本を読むには良い場所を見つけることが大事だと先輩に言われたので、空いた時間にはカフェを巡り、良い場所を見つけたら、そこで本を読んでいました」
「なるほど。どのような本を読んでいたのですか?」
「山本円字絵留さんの(人生を幸せにする8470の方法)とか、田島愚零戸さんの(なぜあの人は、なぜあの人は幸せなのかを読んでいるのに幸せになれないのか)を何度も読み直していました」
「他にはどんなジャンルの本を読みますか?例えば森鴎外とか、福澤諭吉は?」
「誰ですか、それ?」
面接官は「行動力」に2点をつけた。スマートフォンをいじる以外の時間の過ごし方を普段から心がけていれば、最低でも2点をつけるとマニュアルには規定されていた。
「大学ではどのようなことを学んでいたのですか?」
「明確な人生ゴールを持っている人達の行動特性を研究していました」
「それは興味深いですね。彼らにはどんな特性があるんですか?」
「とても活き活きと生活していることが分かりました」
面接官はタブレットを操作しながら、佐藤が言葉を繋げるのを待った。沈黙。5秒経過。顔を上げると、佐藤は「なにか?」と言わんばかり、ぽかんとした表情をしていた。
たまらず面接官は「他には?」と続けた。
佐藤は面接官の問いに怪訝な表情を浮かべながら「うーん、そうですねぇ」と漏らした。
「とても充実した毎日を過ごしているようでした」
「結果については分かりました。では、過程を教えてください。抽象度の高い結論に聞こえますが、どのように調査されたのですか?」
「友達に聞きました。10人くらい聞いたかな」
「それが、あなたの卒業論文ですね?」
「はい」
「一日どれくらい勉強や研究に割いていたのですか?」
「1時間ほどでしょうか。残りの時間は自分探しに励んでいました。
一人一人の独創性とスタディライフバランスを重んじる校風でしたから」
面接官は「説明能力」に3点をつけた。少なくとも自分のやって来たことを理解して説明できれば3点と、マニュアルにあった。
面接官はタブレットを自分の鞄に戻し、改めて佐藤に向き合った。面接室に僅かな緊張感が走る。
「あなたは、なぜ弊社を志望しているのでしょうか?」
来た。事前に用意していた回答を思い出さねば。
佐藤は少し背筋を正し、昨晩予習してきた回答を記憶の中から取り出した。
「御社で働けば、自分が成長出来ると感じたからです」
面接官は表情を変えないように努めつつ、質問を重ねた。
「具体的に、どんなふうに成長できると思うのですか?」
「うーん、何だろう…ルールに縛られないというか、自由な発想でお金を作れる、独立した人間になれると思います」
「それがあなたにとっての理想像ですか?」
「はい」
「なるほど」
しばらく面接官は黙りこくった。あえて沈黙を織り交ぜることで相手から本音を引き出すのが狙いだったが、佐藤からその後の言葉が続く気配はなかった。所在なげに部屋を見渡し、天井の隅に設置された監視カメラに気づくと、画面の向こうの誰かに対して微笑んだ。
実際には画面の向こうには、鍛え上げられた屈強な体に無数の入れ墨を刻み込んだ男達が数人待機していた。万が一にも面接官が襲われるようなことがあれば、ポケットに忍ばせたバタフライナイフを手に、直ちに面接室に飛び込めるよう、半身で待機していた。
そんな事情を知る由もなく、佐藤の面接は続いた。
「あなたは弊社でどのような仕事がしたいと考えていますか?」
「店舗運営を経験したいです」
「確かに店舗運営は人気のポジションですね。しかし、仕事はそれだけではありません。貸し出し金利やみかじめ料の計算、縄張りの新規開拓、暴力の行使、鉄砲玉の採用業務等も平行して担当する可能性もあります。場合によっては、店舗の運営には2~3年は関われないかもしれませんが、それでも弊社を志望しますか?」
佐藤は昨日、この面接に備えて目を通した就活四季報を思い出した。たしか、山田組。
業務内容は店舗運営と書いてあったが、備考欄に暴力経験があれば尚よしと書いてあった気がする。
佐藤には暴力経験はおろか、蚊を殺したことも無かった。
「はい、何でもがんばって覚えたいと思います。ただ、ぼくには暴力経験がありません…やはりダメでしょうか?」
ダメだと言われたら辞退するわけでもあるまいし意味の無い質問をしてくれるなよ、と面接官は内心落胆しながら「えぇ、社内研修が充実していますから、未経験でも問題ありませんよ」と答えた。
「他に何か、弊社について聞いておきたいことはありませんか?」
「えっと、御社の仕事のやりがいを教えてください」
「普段はつらいことばかりです。電話詐欺の事務所の契約を更新したり、養殖詐欺の資料を作ったり、華やかな仕事は一つもありません。
ですが相手の弱みを見極め、コツコツ準備して来たことが実ってカモから徹底的に金をむしり取った時には、この仕事をやっていて良かったなと思いますね」
佐藤は深く感銘を受けたようにうなずきながら「はい」と「へぇ~」を繰り返していた。その後、ぼんやりした視線を面接官に向けて待ち構えていたので「他には?」と促した。
「ワークライフバランスは充実していますか?」
面接官は小さく舌打ちした。なんという愚問だろうか。面接官が正直に答えているかどうかも分からないし、YESと言えばそれを信じるのだろうか。NOと言えば辞退するのだろうか。何の益も無い薄っぺらい会話に辟易しきっている自分に気づいた。
「忙しい時期というのはどうしても避けられません。良い関係を築いていた警察関係者が引き継ぎも何もせず引退した時や、同業者が羽目を外し過ぎたときは、毎日定時帰りという訳にはいきません」
佐藤は再び「はい」「へぇ~」を繰り返しながら感服したような眼差しを向けていた。
(もうこれ以上話しても何も出てこないだろう)と判断した面接官は「では、面接は以上です」と切り出し、佐藤をエレベータまで案内した。佐藤を乗せたエレベータのドアが閉じてようやく、ほっと一息ついた。
「どうだった、さっきの学生は」
面接官の先輩が、缶コーヒーを手渡しながら聞いた。
「優秀ですよ。今の時代ならね。30年前なら間違いなくポンコツ中のポンコツでしょうが、最近なら人間の言葉を話せるだけマシでしょう。どこを見渡してもスマホでしか会話できない奴らばかりですから」
「ついにハイパーゆとり世代が就職活動か、感慨深いな。歴史はググれば分かるからもう教えない、って世代だっけ?」
「算数もアプリで出来るから教えない、って世代ですね。あと優劣が付くといけないから、といってテストが無くなった世代です」
「あの頃は暴力団も良かった。人には困らなかったしな。ボクシング部の後輩をうちの者が勧誘したり、夜の街でチンピラを誘ったり。最近の奴らは悪さもしねぇ、外出もしねぇ、携帯ばっかいじって、他には何もしねぇ。何が楽しいんだか」
「それにしても先輩のアイデア、ハマりましたね。もう100人近く学生の応募がありましたよ」
「アイデアって、金を払って、就活サイトの「就職したいランキング」1位にしてもらったことか?それとも、編集者を脅して「編集部のイチオシ就職先!」に選んでもらったことか?
そりゃ上手くいくさ、今のガキは情報の選別なんか出来ないからな。皆が同じものを「良い」って言えば、それが奴らにとって良いものだ」
「しかし、僕は今後が心配ですよ。彼らに日本の未来を任せられるとは、とても…」
「心配するな、知識も能力も全て比較対象があってこそだ。周りが全員バカなら、バカは居なくなる。相手がバカなら、バカでも事足りるってことさ」
「そうですね…そうかも知れません。あ、そろそろ次の面接の時間だ」
「がんばれよ、全部終わったら飲みに行こう」
「はい!」
リクルート
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