依存

読む時間目安:8分
あらすじ:

麻薬、アルコール、スマートフォン…
僕たちは、自分でも気づかないうちに、何かに依存している生き物です

読む時間目安:8分 あらすじ: 麻薬、アルコール、スマートフォン… 僕たちは、自分でも気づかないう

「頼む!アレをくれ!」
「何のことだか分からねぇな。値引きなんてふざけたこと抜かしやがって、ナメてんだろてめぇ?」

渋谷のクラブの一角、二人の男が言い争っている。否、二人の間には大きな上下関係があった。圧倒的に逼迫した需要と供給の偏りがあった。
大音量の音楽にかき消されないよう、二人は顔を寄せ合って話していた。

「頼むよマジで、金は用意できたんだ、本当だ、この前はちょっとした、出来心だったんだ、悪かった、頼むよ、信、じて、くれよ」

黒いジャケットに身を包んだ男は生まれたての子鹿のように全身を震わせ、充血した目でにらみ上げるようにしてもう一人の腕にしがみつきながら、懐からくしゃくしゃに握りしめられた万札を取り出して見せた。
その口から吐き出される息はヘドロのような重い感触と共にもう一人の鼻に入り込み、男を咳き込ませた。異常な力で締め付けてくる腕を振り払いながら、もう一人が口を開いた。

「お前、他所から買ったろう?」

子鹿は目を見開き、震えながら首を振った。

「一度だけだ、本当だ、どうしてもあんたが見つからなくて、つい、でも、一回だ、頼む、頼むからくれよ」

男は舌打ちをした後、「ついてこい」と言った。子鹿は背中を丸め、万札を決して落とさないよう両の手で握りしめながら、男に従った。


「これで最後だ」
人通りの少ない暗い路地で男は子鹿に小包を渡し、引き換えに現金を受け取った。

「二度とツラ見せんなよ。最初に売ったとき、俺らは対等だと言ったろう。約束を守れねぇやつは客じゃねぇ」

子鹿は男の言葉にわずかばかりの注意も割かず、その全てを小包に集中させていた。汗ばんだ指先が何度も小包の裂け目を往復し、子鹿はしゃがみ込みながらもどかしそうにうめき声をあげていた。

男は子鹿を置いて路地を抜け出し、万一に備えていた仲間、田辺と合流した。

「どうでした、あいつ」

田辺が早速口を開いた。

「終わりだ。あの様子じゃ近々引っ張られるだろうな。しばらくは新規は辞めといた方が良さそうだ」
「マジすか、あんな糞一匹ですよ?」

田辺は不満を隠そうともせず、懐に隠していたビール瓶を取り出し、一口含んだ。

「最近増えてるからな、仕方ねぇさ」
「はぁ…マジ勘弁してほしいっすね、ヤクチューは」
「それよりお前も、酒は程々にしとけよ。依存性はアルコールのが高いんだからな」
「いやいや、マジすか?俺は大丈夫ですよ、ちゃんとコントロールしてますって」

田辺はケラケラ笑いながら、ビールをもう一口含んだ。さっきの客といい、中毒者はバカだな、と思った。


田辺は翌日の午後、起きてすぐスマートフォンのニュースで薬物依存症の男が車でコンビニに突っ込んだことを知った。

「ほんとうに先輩の言う通りになったな」

田辺は足早に冷蔵庫に向かい、3段全てに詰め込まれたビールを一本抜き出し、タブを引いた。プシュっ。

名前も明かさない先輩から指示されるまでは特にやることも無く、田辺はスマートフォンのゲームを立ち上げた。直後にLINEを立ち上げ、Facebookを立ち上げ、代わる代わる画面を切り替える。

そんな折、知人の田中からメッセージが届いた。千葉の貸別荘で今夜パーティを開くから来ないか、という内容だった。
田辺は二つ返事で承諾し、無造作に散らばった衣服の山から車のキーを探し当て、部屋を出た。半日ぶりの太陽は心地よかった。プシュっ。


2時間後、田辺が運転する軽自動車が千葉の貸別荘に着いた。

「遅かったじゃん」

田中がトング片手に出迎えた。背後から肉の焼ける良い匂いと、数名の女の甲高い笑い声が聞こえてきた。

田辺は「マジちょっとスマホのナビが分かりにくくてさ」と弁明しながら田中の横を通り過ぎようとした。

「お前、飲んでんのか?」

田中は田辺と車を交互に見ながら聞いた。

「いやいや、ちょっとだけよ。大丈夫、俺こないだ捕まりかけたんだけどさ、息吐きながら吸えるからさ、俺。これマジ神業」

田辺は腹を凹ませ、唇を器用に震わせながら息を吸い込んだ。何も言わず踵を返した田中に舌打ちを浴びせながら、田辺はポケットに忍ばせたビールを空けた。プシュッ。


「田辺さん凄ーい、お金持ちなんだぁ」
女の一人がボロボロの声帯を震わせながら声を絞り出して田辺を持ち上げる。
田辺は女の汚い脚に目をやり「まぁ、瞑ればいけるな」と失礼極まりない品定めを終え、「まぁまぁ、だから今日は好きなもん食えよー」と、腕を女の肩にまわしながら答えた。
「えー、じゃあもっと肉が食べたいー」と女は言ったが、用意されていた肉は全て誰かの胃袋に落ち着いていた。

「仕方ない、買いにいくか」
田辺は女にもたれかかるようにして車に向かった。

「でも田辺さん酔ってない?大丈夫?」
「いけるいける、てか酔ってたほうがね、周りがゆっくりに見えてね、逆に冴え渡るんだよ」

田辺は女が乗るのを待って車を出し、別荘の敷地を出た。左右をしっかりと確認し、公道に出る。前方の信号が青いことを確認し、アクセルを踏み込む。助手席の女が何かを思い出したように叫んだ気がしたが、「ははっ、何言ってるかわかんねー」と言い終わる前に車はコンビニの塀に突っ込んだ。田辺は即死した。

女は幸い軽いケガで済んだが、その後パーティの参加者は警察の取り調べで何時間も拘束されることとなった。田辺の言動を何度も繰り返し供述するうち、田中は心底思った。あいつはバカだ、と。


「大学入ってからは半年に一度会うくらいだったよ。
 前から馬鹿なやつだったけど、こないだ会ったらガチクズになってて笑った。
 飲酒運転とかww」

田中は知人にメッセージを送った。すぐに返信が来た。

「大学生になってもバカやんのはバカだよな」

大学生にもなってその書き方こそバカだろう、と田中は胸中思いながら、また返事を書いた。その最中、階下の母親が田中に呼びかけた。

「そろそろ行くわよ!早く降りて来なさい!」

田中家はお盆の休みに、家族全員でキャンプに行く計画を立てていた。
「キャンプうぃる」と田中はツイッターに書き込み、階段を緩慢な動作で降りた。

「やはり、山の空気は美味いな」

5時間のドライブの果てにキャンプ地に着くや否や、田中の父が体を大の字に広げながら言った。

田中も晴れやかな気分だった。乗り物酔いでスマホが使えなくなったため、ドライブ中は地獄のようだった。妹が何かを言って両親が笑っている間も、田中は鼠のように小刻みに体を動かし続けていた。

端末から目を離しながらも画面を左右にスワイプしたり、電源を切ったり、入れたり、実に多忙だった。
しかし今この瞬間にもグループチャットで重大な会話が交わされているのではないか、自分が居ないことでシラけてはいまいか、想像するだけで手汗が吹き出し、自身の行為にそうせざるを得ない合理性があるように思えた。

ようやく車を降りてスマホの画面を確認した時、田中は驚いた。画面が真っ黒だった。

電源ボタンを長押しする。指にくっきり跡が残るほど強く何度も押し込んだが、付かない。
持ち歩き式の充電器を接続したが、だめだった。バックアップの充電器を接続する。だめだ。二つ目のバックアップを接続する。だめだ。田中の心臓が大きく跳ねた。

何度か端末を振り、突き、睨んだが、いずれも効果は無かった。

「父さん、ちょっとスマホを直したいんだけど、近くにショップ無いかな」
「無いよ、我慢しなさい」

我慢できないから聞いているのだ、父は自分の状況判断力を何だと思っているのか。
不満を隠すつもりも無く、田中は足下に生えていた小さな花を蹴り飛ばした。
両親はとことん現代文明を毛嫌いする性格で、スマホは持っていない。18歳までスマホ禁止、というルールにより、妹も持っていない。

田中は辺りを見回し、何かスマートフォンを充電できる物を探した。
もしくは、スマートフォンの代わりになるもの。何でもいい、誰かと会話ができる物は無いのか。
何度も同じ場所をぐるぐる回りながら田中は思考した。しかし普段偏った脳みその使い方をしている影響か、思考が堂々巡りするだけだった。そしてひらめいた。

直すしかない。

田中はiPhoneを解体すべく、様々な角度から眺めた。ネジが無い。なぜだ。
田中は新たな発見に興奮するでも無く、そこから次の考察をするでも無く、すぐさま次の行動をとった。
つまり、側面を力の限りひっぺがそうとした。が、どこにも爪が引っかからない。
地面に落ちていた尖った石で、力任せに継ぎ目を叩き始めた。二度、三度と叩くと、パキッと乾いた音と共に、端末がまっぷたつに割れた。

中を見る。何も分からない。どこか黒くなっているところを舐めて戻せば直る程度に考えていたが、迂闊だった。
しかし、なんとか直さねばならない。どこかを外して戻せば、なでれば、多分大丈夫だ。いける、なんとかなる。

「あれ、兄ちゃんなんでケータイ壊してるの?」
妹が端末の片端を掴み、間近に眺める。その瞬間、田中の後頭部で何かが弾けた。

「やめろおおおおお!!」

力任せに端末を奪い返し、妹を突き飛ばした。

「やめろ触るな!絶対に触るな!もし直らなかったら、直らなかったら、もう、どうしたら…」

終いに田中は泣き出した。妹も泣いた。元々息子の挙動不審を心配していた両親も泣いた。そして両親は思った。うちの息子はバカなのだ、と。



田中家の両親は、敬虔なクリスチャンをそのまま無宗教の日本人にしたような二人だった。
酒は飲まず、人間の範疇を超えて進化する現代文明から適切な距離を置き、ただ人として正しくあることを望んだ。
趣味は読書と散歩。自然に触れ、山の空気を吸い、たまに海を眺める。そんな生活が幸せだった。

しかしそんな健康生活を続けながらも父がある日体調を崩した。
数日で回復したのだが、母はそれを機に無農薬野菜を取り寄せ始めた。
無農薬、化学調味料なし、自然の恵み。こういった言葉に両親が心酔するのに時間はかからなかった。

「ほら、今日の天ぷらだって、味が違うでしょ?
 鹿児島の無農薬野菜を小豆島のオリーブだけを使ったオリーブオイルで揚げたの。
 ご飯も無農薬、水も富士山の雪解け水だけを使った、健康な水よ。
 鍋だって有機成分でコーティングしているからテフロン加工の味がしないし、
 調理に使う電気も太陽光発電で作った電気だから素晴らしいし、
 この家も全部木材で出来ているから生きたデルタ波が出ていて素晴らしいの」

父も母も健康意識に目を奪われるあまり、急上昇するエンゲル係数には注意を払わなかった。彼らにとって、長男がスマートフォンに頭をやられて使い物にならない以上、長女の健やかな成長に全てを注ぐしかなかった。
田中家の健康食材ニーズが高まっていることに注意を向けていたのは、とある食品メーカーの役員だけだった。


「重点モニタリング家庭の購入量が昨対比で200%伸びており、今後も健康食品部門の見通しは明るいと思われます」

役員室で、溌剌とした雰囲気の若い役員が言った。

「しかし本当に健康食品部門なんて必要なのかね?」

対照的に老獪な印象を醸す別の役員が問う。

「必要です。健康食品を食べる家庭は、たとえどんなに高い価格でもリピーター化しやすい。言い方は少々不適切かもしれませんが、いわば中毒性が高いのです」

男はニヤリと笑い、続けた。

「利益率が高く、中毒性が高い。この分野はかならず我が社の基軸事業へと成長することでしょう。栄誉など何も無いファーストフード事業は、いずれ不要だと見限られるでしょう。我が社の基盤が揺らぐ前に撤退するべきです」

今度は年老いた役員がにやりと笑い、「あぁそうか」と若い役員を制した。
「君はまだ役員になって日が浅い、知らないんだったね」

老人は笑みを絶やさず、熱り立つ若者を諭すような口調で説明した。

人間は本来、何も食べずとも生きられること。
野菜にも肉にも卵にも、栄養など欠片も含まれていないこと。
しかしヘロインを遥かに上回る劇的な中毒性があり、数時間でも服用を止めると腹部の痛み、体力の低下、意識の混濁、やがて心肺停止に至ること。
古代の王は国民に仕事を与えるため作物を作らせ、同時に食事中毒にすることで支配したこと。

「…では我々人類は、食品という劇薬の中毒者になっていると」
「そうとも、だから心配する必要は何も無い。我々の事業が揺らぐことは無い」

若者は、これまでの人間としての前提が覆された衝撃に言葉を失い、呆然としていた。
しばらくして、ようやく言葉をひねり出した。

「知れば知るほど、人間とは弱いものですね。なぜ我々はいつも何かに頼らないと生きていけないのでしょう。本当の自由とはいつ訪れるのでしょう」

老人は若者の背中をポンと叩いて言った。

「心配するな、これから君の中毒症状を改善するプログラムを始めよう。1年もすれば、食事中毒から抜け出せるさ」


そんなやり取りが交わされた地球から遥か数万光年。
とある惑星で、地球をテーマに卒業論文を書いていた優秀な宇宙人が、積み重ねた貫禄が滲む教授に尋ねていた。

「なぜ人間は空気などというものに依存しているのでしょう?我々は空気など無くても生きていけるのではないですか?」

老教授は笑みを絶やさず、熱り立つ若者を諭すような口調で説明した。

人間は本来、空気を吸わなくても生きられること。
空気には、生存に必要な物質など欠片も含まれていないこと。
しかし食物を遥かに上回る劇的な中毒性があり、数分でも服用を止めると体力の低下、意識の混濁、やがて心肺停止に至ること。
古代の王は国民に心地よい空気を貸し与え、同時に空気中毒にすることで高金利を巻き上げながら、今も支配していること…

依存

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ここまで読んでもらって、有り難うございます!
他にもいくつか短編作品を載せているので、
以下のサイトにもぜひ遊びにきてくださいな〜
http://ameblo.jp/dowanism

依存

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  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-02

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