死に損ないの修正者「番外編 溶け込んだ世界」

初めまして、アスネです。
このお話は色んなサイトに載せているシリーズですが、こちらにも掲載したいと思います。

設定は死の世界という在り来たりですが、死んだ人間が人間らしくあるために、死にながらも生き続けるお話です。
本編の前に番外編なのは気分なので、お気にせず。

楽しんで頂ければ幸いです。

「番外編 溶け込んだ世界」


さざ波が穏やかな、夏の日差しが照りつけるとある孤島。
SOUTHゾーン特有の南国風景は見ているだけで心が休まる。
大きく広い、しかし終わりのないこの海には、何百もの小島が浮かんでいる。それもちょっとした出来心のような。
そこから、この死の世界の神がどれだけ適当なのかが図れる。
けれど、シオリはそんなSOUTHゾーンが好きだった。
厳密に言えばこの海と、本島にあるギルドから離れた。この孤島が好きなのだが。
周りを見ればどれも同じような島ばかりで、別にここが特別なわけではないように思える。
しかし、視線の先で楽しそうに海の中を興味深く見ている少年を見やれば、やはりここは自分にとって特別だと思えた。
「ハスキは海、初めてだっけ」
真っ白な短髪に付いた水滴を、無作方にハスキは振り払った。
そして、元気よくハスキはこちらに振り向いた。
「はい、こんな綺麗なゾーンがあるなんて、知りませんでした」
普段は砂漠のEASTゾーンにいるハスキだ。こんな風に海を見ることも、満ち溢れた水を見るのは異例なのだろう。
だがこれはハスキに聞いた話ではない。シオリの目的のために、情報を極秘に集めたためだ。
けれど、今はそんな任務を遂行する気にはなれない。
「シオリさんはパンプキン・ナイトには入って、長いんですか?」
時間という貴重な概念が存在しないこの世界に、長いなどという単語は意味をなさない。
けれど、各ゾーンごとにある太陽が昇ったり、沈んだりすることで、なんとか時間感覚はある。
そこから数えると、かれこれ数十年以上だ。
なのに体は衰えやしないし、外見的にも何も変わらない。心だけがどんどん年をとっていくばかりだった。
「まぁまぁよ。ここは居心地がいいし、つい長居しちゃうぐらい」
本当は自分がシャドー・クロウのメンバーだとは言えない。
長い間ギルドマスターのケイトの計画を遂行する為に、シオリはこのギルドに潜入した。けれど、ずっとパンプキン・ナイトにいたが、ケイトの言うような不可解な点は見当たらなかった。
ましてや、パンプキン・ナイトのギルドマスター、ササラが神の回し者だという可能性さえ否定できるくらい、このギルドに違和感は無かった。
最寄りのない、行き場を失った子供が自然と集うような、そんなギルドだった。
「シオリさんが楽しいって言うギルドなんだから、良いギルドなんでしょうね」
そのハスキの言い方はどこか諦め気で。自分には手に入らない物を愛おしく思うようで、寂しかった。
もっとハスキには幸せな思いをしてほしい。こんな世界で現実でいう、あたり前の幸せを望むのは絶望だと、シオリは知っていたが。けれど、ワイルド・イーグルのギルドマスターであるハスキは、そういった些細な幸せにも有り付けない。
現時点のワイルド・イーグルは、ギルドメンバーを次々に襲われる始末で、ギルド内中が殺気だっている。
しかし、その非があるのは他ならざるシオリだった。
シオリが本籍で所属するシャドー・クロウは、"緊急ミッション"を起こす為、修正者狩りをしている。それも、ワイルド・イーグルのメンバーを狙って。
そもそも、"緊急ミッション"の発動条件は死の世界で大量に夢喰が発生することである。
本来なら記憶の世界でしか存在しないはずの夢喰。それが死の世界でも、修正者が死ぬことにより、出現と増殖を繰り返す。つまり、人工的に夢喰が生産可能なわけだ。
しかも、修正者は何度死のうが、その度に生き返るので、夢喰を増殖させるのにもってこいである。
そんな胸ををえぐられる作戦を思いついたのは、他の誰でもなく、シオリ自身だった。
だから、作戦から降りるわけにもいかず。ましてや、心を通わせたい相手を傷つけるなど、もってのほかであった。
もし、ハスキに出会わずハスキを“ハスキ”と知らなかったら。こんなにも罪悪感に苦しまれずに済んだかもしれない。
大人気ない言い訳を並べるも、シオリが選んだ道は変えられない。
「シオリさん?」
愛くるしい笑みでハスキは手招きする。
そんな事がいちいち胸に優しい気持ちを伝える。
もう捨ててしまったはずの気持ちを。
「言っておくけど、海になんて寝転ばないから...って、ひゃぁ!?」
ハスキに近づけば勢いよく手を引かれ、シオリは抱き寄せられるようにして、浅瀬の海へとダイブした。
「シオリさんは濡れていた方が良いですね」
「何よそれ。私が人魚だってでも言いたいの?」
「そうですね。人魚以上に綺麗です。」
「またそんなことを軽々と...」
そう言うハスキだが、真剣な趣きで口調のトーンもいつもと違う。おちゃらけた様子ではない。これから起こり得ることを理解しきって、諦めているような。
シオリはそういうハスキの所が好きであり、嫌いでもある。
変えられない結末に抗うよりも、受け止めて心の傷を塞ぐ方が効率がいい。
けれど、その先には大切な人はいない。なら、思いっきり全力をかけて失うほうが、シオリはいいと思った。
しかし、それはハスキには伝わらない。
「これで最後だって思うと、ふざけられませんね」
その言葉でシオリは確信した。ハスキは自分との未来を諦めきっていると。こんな世界では未来もなにも無いけれど。
「ハスキ、そんな顔しないで」
そっと頬を撫でて、海水か涙かどちら付かずのモノを拭った。
「シオリさん俺と付き合ってください」
情けない顔でハスキはそう言うと、こちらを抱きしめた。
その温もりが愛しくて手放したくなかった。
ずっとこのままで、誰にも邪魔されず。二人きりの世界を誰か守って。叶うわけもなく、崩れてしまうのだけれど、
「明日になったらね」
そんな守りきれない約束で、守ってみせたい。


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走馬灯のようにここでの生活を思い出せれ、直ぐさま消されていく。
脳内に流れるのは悲しみ、絶望、憤怒、恨み。汚く醜い人間の業だった。
抵抗することも出来ない。助けを求めることも出来ない。
もうそれで良いかと、シオリは薄ら笑いを浮かべた。
四肢を取り押さえられ身動きは取れない。目前で己の記憶の媒体を燃やされ、凄まじい苦しみと闘うまでだ。
隣ではハスキも同じように取り押さえられ、今は気絶している。
きっとこのまま自分は死ぬのだろう。悟った時にはもう遅く、脳内に勢いよく流れ込むのは、あのシーンとなった。
「ああ、そうか。私、消えちゃうのね」
何処にでもなく、ただ呟いて見せた。
レインはシオリの生前から今までの記憶を書き留めた本、言わば存在そのものを踏みつぶしながら、
「そうだよ、あんたは死ぬんだ。綺麗に儚く。惚れた男の側で」
言って修正器《》を記憶の本に押し当てる。チェーンソーウ型の剣はたちまち本をビリビリに引き裂く。その度に枯れ切った悲鳴が響く。けれど、それは長くは続かなかった。
最後のページにまで剣が達した瞬間、シオリの存在は消えた。儚く一瞬にして。
ざまぁみろと笑うレインで気を取り戻したハスキは、その光景を見て呼吸を忘れた。
「シオリ…?何でシオリが…」
言葉にはならないとはこの事で。途中ハスキは自分が何を言っているかも、分らなかった。
「ハスキさんが殺したんですよ。俺を裏切るから。俺たちを裏切って何処かに行くから」
それはレインの一方的な言い分だった。だが、そうだなとハスキは何なとなく受け止めれた。レインのその言葉がストンと、入ってきたのだ。
「だったら余計に俺は戻れない。悪いな」
掴まれていた腕を振り払い、レインはシオリが存在ところに歩み寄る。
もう温もりも、あのお姉さんぶった口調もお節介も消えた。シオリという存在が消え、この世界に溶け込んだのだ。もう二度と人間として生き返られず、永遠にココで…。
「俺はパンプキン・ナイトに行く。行ってシオリがやりたかったこと、成し遂げて来るよ」
レインは重たい修正器チェーンソードを、地面に大きく落とした。
「そんなの…ないじゃないですか。俺は…。俺はずっと“あのハスキさん”を取り戻そうとしてたのに…」
そんなのない、酷い、理不尽だとレインは叫んだ。
だが、この世界は理不尽で不合理なことだらけだ。そうやって人間の絶望を寄せ集めて作った世界だから、余計に。寂しくて、悲しいことばかりだと、シオリは言っていた。
それでも、彼女は幸せを願った。どうかこの世界の皆んなが報われますように、と。行き過ぎ、働き過ぎた修正者に報いあれと。彼女はずっと願っていた。それが出来るのはパンプキン・ナイトだけだとも、彼女は言っていた。
だからハスキは行くのだ。例え大切な仲間を、家族とも言えるギルドメンバーを裏切ってでも。行かねばならない。
「レイン、俺のことを恨んで堕ちるんじゃないぞ」
「ハスキ…さん、」
「もし墜ちたとしても、俺が救いに行くから。いつでも呼んでくれ」
言ってハスキはギルドに背を向け歩き出した。
後方から名を呼ぶ声が聞こえた。行かないでと、情けない声が聞こえた。振り向かず、振り向けず。ハスキはWESTゾーンから姿を消した。

死に損ないの修正者「番外編 溶け込んだ世界」

死に損ないの修正者「番外編 溶け込んだ世界」

ダークファンタジーです。テーマ「理不尽」となっているので、少し飛躍のするお花となっております。 また、キャラクター一人一人が再度人間としての生を望まないなど、生前に何らかの大きな不幸があったキャラクターばかりで暗いですが。そんな理不尽な死と運命を争うために戦うお話です。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-01

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