身売り島

私が小説みたいなものを書くきっかけになった、処女作です。
賛否両論の評価をいただき、とても楽しい経験になりました。


                 1

内閣総理大臣、三橋卓也氏がお亡くなりになりました。三十五歳の若さでした…
 「今日は朝からこのニュースばかりだな。そりゃそうだろう。
史上最年少の三十四歳で総理大臣なんかになっちゃった人だもんな。
同い年の俺とは大違いだ」
寝癖のついた髪をぼりぼりとかきながら、竹中はテレビに見入っていた。
三橋卓也、享年三十五歳。高校卒業後に渡米し、西から東へ自転車で北米大陸を横断。そしてロシア、イスラエル、中国…。帰国後、二十八歳で衆議院議員に初当選し、瞬く間に総理大臣の座まで登りつめた男。時代の寵児としてもてはやされ、これからの日本に夢を持たせてくれた、稀有の人物。それが総理になって1年もたたないうちの飛行機事故で逝った。
 「人生ってわかんないもんだよな。いくら出世したからって、こんな早く死んじまっちゃあな。まあ、俺には関係ないけど」
 しがない電子部品会社のヒラ営業マンである竹中には、雲の上の話としか思えなかった。
 「さあ、そろそろ仕事に行くか」

 朝の通勤電車は相変わらずの混み具合。新聞を折り曲げて器用に読んでる人、寝てる人、ただ外を見つめてる人…。でも、電車の中の光景って不思議だよな。普通の人も、それなりの地位にある人も、みんな同じに見えて区別がつかない。ある意味、平等な空間。竹中にはそれがなんとなく心地よかった。
「さてと、今日はIT会社の社長さんに会うんだよな」
会社に着いて、朝礼して、竹中はまた電車に乗った。
「今日の社長さんも、俺と同じくらいの歳だって言ってたな。やっぱ日本人にも人種があるのかなぁ」
なんとなくいじけ気味になりながら、六本木ヒルズにあるお客の事務所に入った。受付を終えると、ちょっと美人系の事務員さんに、社長室を案内された。
「失礼します。佐藤電子の竹中です。今回はお忙しいなか、時間を作っていただいて、恐縮です」
挨拶を終えて顔を上げると、ノーネクタイの社長が、ちょっと沈み気味の顔で座っていた。
「こちらこそご足労していただいて、ありがとうございます。私が代表の神崎です」
シワひとつないYシャツ、磨き抜かれた靴、そして嫌味のない身なり。センスのいい人って、こういう人のことを言うんだな。
型道理の挨拶が終わり、さて本題に…と思ったら、社長さん、唐突に
「三橋総理が亡くなりましたね。私もあの人と同い年なんですよ。なんか他人事に思えません」
やっぱりこの話がでたか…
「実は私も同い年なんですよ。神崎さんもすごいですね、この歳でナンバーワンベンチャー企業の社長さんをやられてらっしゃる。僕なんかはぺーぺーのしがない営業です」
ふいに神崎氏が質問してきた。
「竹中さんは、人生、成功するのと、長生きするのでは、どちらがいいですか?」
「はぁ…やっぱり成功した方がいいですね。正直、神崎さんが羨ましいです」
「成功の方がいいですか…でも死んでしまっては、何にもなりませんからね…」
神崎さんは、どことなく思いつめた様子だった。ちょっと話題を変えるか。
「ご旅行が好きなんですか?こちらに沢山の写真を飾ってらっしゃる」
「あ、これね。まあ、旅行というか、なんというか…」
「海がきれいですね。どの辺に行かれたんですか?」
「これは小笠原です。小さな島ですけどね。ちょっと用事があったので行ったんです」
何かを考えこみながら、神崎氏は写真を見つめていた。
「あ、すっかり話が脱線してしまいましたね。仕事の話に戻りましょう」
約1時間ほどで商談をすませ、竹中が席を立とうとすると、神崎氏は、
「さっき、長生きよりも成功した方がいいっておっしゃいましたね。よかったらこの写真の場所に行ってみませんか?何かつかめるかも知れないですよ。竹中さんは、本気を出せばやれる人に見えますんで。この写真、差し上げます」
「何かって…この島で、ですか?」
「はい、まあ、リラックス効果はあります」
ちょっと笑いながら、神崎氏は出口に案内してくれた。
それから1週間後だった。神崎氏の訃報を聞いたのは。

 「美人薄命とは言うけれど、男も成功すると早死になのかな」
葬儀のなか、先日の神崎氏の思いつめた表情が目に浮かんだ。
遺品となってしまった1枚の写真。小笠原って言ってたけど、小笠原にも島はいっぱいあるからなぁ。漁港のような所で撮ったみたいだけど、どこだろう。
神崎氏の謎解きみたいな言葉にちょっと興味があった。
「ちょっと行ってみるか」

休暇をとるのに課長とひと悶着あったが、まあ、有給がまだあったので、なんとか出かけられることができた。
 目的地は意外とあっさりわかった。島の名は三瓜島。船員さんに見せたら一発で教えてくれた。ただ、「この島の人はよそ者を嫌いますよ。特に男性一人の方は」とのこと。
「そんなんでリラックス効果なんてあるのかな」
船にゆられて約5時間、目的地に着いた。
この島で降りたのは竹中ともう一人、老人の女性。うさんくさい目で竹中を見ていた。うさんくさい目はその老婆だけではなかった。港にいた島の人間の全てが、同じ目で竹中を見ていた。
「感じ悪い島だなぁ」
しかし、周りを見渡すと、およそ田舎の島には似つかわしくない立派な家が何軒も建っていた。
「漁師ってこんなに儲かるのかな」
まあ、まずは宿探し。島の人に聞いてみると、この島に宿は1件しかないらしい。まあ、小さな島だし、およそ観光地にもならない風景なので、しょうがないか。宿に着くと、おかみさん、「お客さん、一人かい?何しに来たんだい?」
おいおい、そんな言い方はないだろうと思いながら「知り合いに紹介されて、ちょっとリラックスしにきたんですよ」と答えた。「ほんとにそれだけかい?」船員さんが言ってた通りだ。思い切りうさんくさく思われてる。
「ほんとにそれだけですよ」
「知り合いって誰だい?」
「神崎という人です」
「神崎?ああ、覚えているよ。あいつ、まだ生きてるのかい?」
「いえ、先日亡くなりました」
「だろうね」
「は!?」
「あんた、長生きしたけりゃ、早くお帰り」
「は、はぁ…」
なんて島に来たんだ、リラックス効果なんて、ぜんぜんないじゃん。

ちょっと島を散策してみた。ホントに豪邸が多い。公共施設も充実してる。
ただ、道を歩いていても、島民にはほとんど会わなかった。
「この島の人はどこにいるんだ?」
ふと、前から初老の男性が近づいてきた。
「あんたかい?今日来たよそ者って」
どうやら俺のことがうわさになってるらしい。
「そうですね」
「何しに来た?」
また聞かれた。
「まあ、観光です」
「この島には観光なんかできるところは無いぞ」
「いや、知り合いが薦めてくれたので…」
「神崎か?」
「はぁ、よくご存知で」
「ひとつ教えといてやる。夜は外にでるな。」
「なぜですか?」
「なんででもいい。とにかく夜は宿にいろ。あと、あんまりこの島に長居はするな、じゃあな」
「はぁ…」

「なんなんだ、あの人は」
リラックスするどころか、不機嫌になってる。
ムッとした顔でぶらぶら歩いていたら、若い男が5人ほど、道に立っていた。白い布を巻いた、長い棒を持って。無視して通り過ぎようとしたら、
「おまえか?今日来たよそ者って」
「はぁ、たぶんそうだと思います」
いきなり顔面に棒が飛んで来た。目が見えない。
「な、何をするんだ!」
「うるせえんだよ!」
問答無用。ぼこぼこにされてしまった。全身血まみれ。
「明日もこの島にいたら、またやるからな」
男たちは行ってしまった。
「どうしてこんな目にあうんだ!」
なんかとことん歓迎されていないらしい。血まみれのまま、宿に戻った。

「あぁ、やっぱりやられたね」
宿の女将は、当たり前のように俺の惨状をみていた。
「ちょっと待って。救急車を呼ぶから」

「あの…僕がこの島にいるのって、迷惑なんですか?」
病院で宿の女将に聞いてみた。
「誰かに言われたのかい?」
「なんか初老の男性に…」
「あんた、神崎に何か教えられなかったのかい?」
「いや、別に…」
「あんた、野心家かい?」
「まあ、成功はしてみたいですけど」
「どれくらいの成功だい?」
「まあ、人に認められるくらいは…」
「総理大臣とかになりたいとか思ってる?」
「いや、そこまでは考えてないです」
「命と成功はどっちが大事だい?」
「う…ん…難しい質問ですね」
「あんた、身を犠牲にしても、成功したいかい?」
「どんな犠牲ですか?」
「死、だよ」
「死ぬのは、ちょっと…」
「じゃあ、早くお帰り」
もうやだ、帰ろう。
「じゃあ、明日帰ります」
「そうしておくれ」

「神崎さん、なんでこんな島を勧めたんだろう」
夜になり、宿に戻った俺はビールを飲みながら考えた。ちょっと傷が痛む。
「しかもみんな成功だの死だのって話ばかりするし」
コンコン…
窓からの音だった。
「こんばんは」
窓の外に若い女性がいた。
「どなた?」
「わたし、恵子っていいます。中に入ってもいい?」
「え?ど、どうぞ」
「宿のおばさんに見つかると大変だから、窓から来ちゃった」
ちょっと可愛い感じの女の子。まだ二十歳くらいのようだ。
「あーあ、派手にやられちゃったね」
「なんでこんな目にあうんだ?」
「この島には、知ってて来たの?」
「いや、何も知らないで来た」
「神崎さんの知り合いでしょ?」
俺はホントに島中のうわさになってるらしい。
「神崎さん、死んじゃったんだってね。」
「うん、そうだよ」
「でも、それって契約だから」
「契約??」
「そう、契約。うちのお姉ちゃんと」
「どんな契約?」
「死んじゃうのと引き換えに、成功してお金持ちにしてあげる、そして死んだら財産を全てお姉ちゃんが相続するっていう契約」
「あの…意味がよく解らないんだけど…」
「この島の女性って、不思議な能力があるの。この島の者じゃない男性と生娘の時に抱かれると、その男性は必ず成功するの。ただし、成功した後は、もう永くは生きられないの。例えは悪いけど、悪魔に魂を売るみたいな感じ。だからよそ者の男性がこの島に来ると、特に島の男は警戒するの。みんなあなたに冷たかったでしょ?」
「そんなことって…ホントにあるの?」
「ホントよ。もう何百年も前からの話。それこそなんとか時代とかの権力者たちも、若い頃、ここで生娘を抱いているらしいわ。実際、みんな早死にだったでしょ。この島って、漁師くらいしか仕事が無いのに、裕福だったでしょ?みんなその成功者が死んだあと、残った財産をもらってるからなのよ」
「じゃあ、神崎さんも…」
「神崎さんだけじゃないわ。総理大臣になった三橋卓也もそうよ。これは昔から権力者だけのあいだに伝わる、絶対の秘密なの」
「そ、総理大臣も!?」
「…ねぇ…しよ」
「えっ…」
「女の子のほうが誘ってるのよ、恥をかかせないで。私だって初めてなんだから…」
彼女の目がキラキラしてる。
これは金のためなのか、
それとも、思春期の好奇心なのか…
彼女が手を握ってきた。暖かい手、赤くほてった顔。
女の子から誘われるなんて、産まれてはじめてだ。
「手が震えてるわよ…」
「君もな」
ふたつのくちびるがかさなる。
甘いルージュの味。
「…わたし、いけない子かな」
「いや、最高だ」
「電気、消して…」
成功、名声、金、女…男の願望すべてが目のまえにある。
これに抵抗できる奴なんて、まずいない。
たとえその代償が“死”であっても…

その夜、竹中は生娘である恵子と結ばれた。死と成功の契約は成立した。
これは悪魔の契約なのか、満足のいく人生をおくって死んでいくひとつの手段なのか。ごく限られた人たちの間では、この島のことを“身売り島”と呼んでいるらしい。身と魂とを代金に、成功を収める。次の日、竹中は東京にもどった。港を出る時、見送った者は誰もいなかった。

                 2


じりりりりり…
「うぅぅん、6時かぁ」
あれから1年。竹中はあいかわずのヒラ営業。
あの島での出来事は、もう竹中のなかでは記憶のかなただった。
いつもの朝。いつものテレビ。
「人身事故のため、いま山手線は運休しています」
「へ?」
一度でも都内で働いたことのある人間だったら、山手線が止まるとどうなるか、
痛いほどよく解るだろう。
「今日は仕事になんないな。だいいち、会社にも行けないし」
ちょっと嬉しい気持ち。今日は臨時休業。
「じゃあ、もうちょっと寝よ」
幸せ気分の竹中が我にかえるのに、そう時間はかからなかった。
とぅるるるる…
携帯電話が鳴っている。会社からだった。
「竹中、なんとか会社に来れないか?」
「電車が動いてないですから無理です、課長」
「タクシーを使ってもいい」
「…なにかあったんですか?」
「とにかく急いで会社に来てくれ」

会社に着くと、課長と部長が電話対応に追われていた。
「すみません、はい、申し訳ありません…」
「はい、お客様のおっしゃる通りで…」
クレームの嵐だな。呼ばれたのは俺だけか。
「竹中、この間の企画、おまえの案だったよな」
「はい」
「あれを考えたのは、ホントにおまえか?」
「はい、そうですが」
「じゃあ、これはなんだ?」
企画書…(株)NDC。業界最大手だ。
「内容がまったく同じなんだよ。いったいどういうことだ、竹中!」

解雇。しかも身に覚えのない疑いで。
何を言ってもだめだった。みんな頭から俺が企画を盗んだと思ってる。
とぼとぼと歩く遊歩道。街路樹の落ち葉が暖かく見える。
「そうか、もうすぐ冬か」
これからのことを考えなければいけないのに、今はそんな気分ではなかった。
「死…」
竹中の頭に、以前よく聞いた言葉が浮かんだ。
「そうだ、俺は成功するんじゃないのか?なんでクビなんだ!」

―――そう、成功して頂くために、会社から離れてもらいました―――

!?
誰だ?
周りに人はたくさんいる。どいつだ?
あいつか?こいつか?誰なんだ!
周りの人間がみんな怪しく見える。みんなが自分を監視している?
そんなわけない、そんなわけない、そんなわけない!!
竹中は走っていた。とにかく人のいない、遠いところへ。
「う、うしろから誰か追いかけてくる」
背後から迫る、人の気配。
でも、うしろを見ても、誰もいない。
しかし、竹中ははっきりと追跡者の存在を感じていた。
「誰なんだ、だれなんだぁ!」
今まで感じたことがない程の恐怖。竹中の 体はがくがくと震えていた。

ーーー怖いのですか?ーーー

またあの声。
「いい加減にしてくれ!」
ここが何処かもわからない。竹中は走った。
今の現実から、逃げるように。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
気がつくと、知らない場所に立っていた。
潮の香り、船の音。
「港?」
目の前に紙が一枚落ちていた。乗船券。中国行き。
「これに…乗るのか!」
何かがはじまっていた、竹中の意思に関係なく。

「中国…か…」
古びた、とても豪華とは言えない客船。
竹中は甲板で水平線を見つめていた。
周りには中国人らしき乗客が数人。訳の解らない会話も聞こえてくる。
「中国語なんて解らないよぉ」
つい勢いで乗ってしまった中国行きの船。
これから何が起こるのか、この時点では竹中にはまったく予想がつかなかった。
「なんであんなところに乗船券が落ちていたんだろう」
誰かが仕組んでるとしか思えないが、周りにそれらしき人間は見当たらない。
しかも行き先は、新興国の旗手、中華人民共和国。
「あ、パスポートがない」
もちろんビザもなかった。
「向こうについても入国できないよ」
誰が仕組んでるのか知らないが、初歩的なミスをしたな。
何が起きるのかちょっと楽しみだった分、気持ちも冷めて…
「あんた、日本人?」
中国なまりの日本語。
「はい、そうですが」
「これ、頼まれた」
大きなカバン。
「おまえに渡してくれって、頼まれた」
「だ、誰に頼まれた」
「知らない、港で渡された。じゃあな」
「ち、ちよっと」
やっぱり誰かが動いてる。この船にも乗っているのか?
カバンを開けてみた。
中国紙幣の束。そしてパスポート、ビザ。
「用意周到か」

船室に戻った竹中は、いま自分に起きている事態がなんなのか、
冷静に見つめ直した。
会社はクビになり、訳も解らず中国行きの船に乗っている。
「誰か知らないけど、俺に何をさせようとしてんだろう」
成功。一言で言うのは簡単だけど、成功にもいろいろあるからな。
金、名声。
俺は中国に行って、どうなるのだろう。

ゴロゴロゴロ…
雷が鳴ってる。
「雨が降るのかな」
しばらくして、激しい雨がふりだした。船もかなり揺れてる。
嵐。なんか放送してるけど、中国語なんで解らない。まいったな。
どんどんどん!!
ドアを誰かがたたいている。
「誰?」
「船が挫傷した。逃げるぞ」
「まじ?てか、あんた日本人?」
食堂に乗客が集まっていた。
船長らしき人が何か大声でしゃべってる。でも中国語だから解らない。
「救命ボートに乗れって言ってるみたいですよ」
「あなたは…」
「あ、日本人です。観光で中国に行くつもりだったんですけど、
とんでもないことになってますね」
まさかこいつが仕組んでいるのか?そんなふうには見えないけど…
「あ、僕は須藤といいます。旅先で同じ国の人と出会うと、やっぱりホッとしますね」
「僕は竹中と申します。たしかに僕もホッとしました」
意気投合したふたり。やっぱり゛旅は道連れ゛なのかな。

とりあえず救命ボートに乗ったけど、これからどうしよう。
嵐のなかで漂流してても、風と波でひっくりかえったらおしまいだよな。
「いま無線で助けを呼んでるみたいです」
須藤さんは中国語が解るのか。ちょっと安心。
「竹中さんも中国観光ですか?」
「あ、僕は…はい、そんな感じです」
まさかホントのことは言えないもんね。

須藤さんはついこのあいだまでは大手商社にいたらしい。
でも、なんか今の自分に疑問を感じて、会社を辞め、
いろいろな国を旅してるそうだ。
「いつか僕も大きな人間になって、生きた証を残して死にたいです」
「…やっぱり成功したいですか?」
「はい、男として産まれたからにはでっかい人間になりたいです」
「…この写真、差し上げます」
「写真…ですか?」
神崎氏にもらった、あの風景写真。
「ここに行くと、なにか掴めるかもしれないですよ」
「ここは…どこですか?」
「小笠原です。まあリラックス効果はありますね」
「竹中さんもここにいかれたんですか?」
「はい」
不思議そうな顔をしている須藤さんを見て、竹中は神崎氏の言葉を
改めて思い出していた。
「あ、救助の船が来たみたいですよ」

上海。この国を世界第2位の大国に引き上げた都市。
竹中は船を降り、大きく深呼吸をした。
「あーぁ、ホントに来ちゃったよ」
「そうですね、僕も中国は初めてです」
「実は僕、ここに仕事で来たんで、ここで別れましょう」
「あ、そうだったんですか。ご一緒できて楽しかったです。
また機会があったらお会いしたいですね。写真、ありがとうございます」
「では、よい旅を」
「はい、竹中さんも」
これが、運命的な出会いっていうのかな。
俺が神崎さんと出会ったように。

「とりあえず、宿探しだな」
タクシーの運転手に教えてもらい、比較的安い宿を押さえた。
ベットに寝転んだ竹中は、今までの出来事を見つめなおした。
島での体験、ここに来るまでの経緯。
「でも、なんでこそこそと俺を動かしているんだ?堂々と
一緒にやりましょうって言ってくればいいのに」
今も監視されてる感じがして、竹中は少し不機嫌だった。
「まあ金もあるし、のんびりしよ」
やっとリラックス効果を感じて、竹中はいつのまにか眠っていた。

―――では、成功してもらいます―――

!?
また、あの声。
竹中は飛び起きた。
「なんだ?、なんなんだ?」
外が騒がしい。竹中は窓から下を見た。
黒塗りの高級車が5台。警察もいる。
コンコン。誰かがドアをたたいてる。
「はい、どなた?」
「日本大使館の者です。竹中さんですね。お迎えにまいりました」
「はぁ?」
「中国政府との交渉は明日です。竹中さん、あなたにかかっています」
「ち、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
「何も聞いてないんだけど」
「またご冗談を。神崎氏からお話は聞いていますよ。最高の交渉人だって」
「神崎さん??」
いったいどうなってんだ。神崎さんは亡くなってるのに。
「神崎さんはお亡くなりになったんじゃないですか」
「はい、生前に竹中さんをご推薦されました」
「どのようにですか?」
「次は竹中さんだと」
「次って…」
「はい、次の契約者だと」
「契約者?」
「島に行かれましたね」
!?
なんで知ってるんだ。
「竹中さん、日本を救ってください」

大使館につくと、なんと外務大臣が出迎えてくれた。
「遠路はるばる、ありがとうございます。外務大臣の中嶋です」
テレビで見た人物が、なんと目の前にいる。
「明日、北京にむかいますので、今日はごゆっくりなされてください」

上海でも有数のホテル。もちろん、スイートルーム。
竹中は何がなんだか解らなくなっていた。
「俺…どうしちゃったの?」
日本を救う?俺が?なんで俺が?
じゃあ、俺を操ろうとしてたのは、日本政府?

―――違います―――

また、あの声が。
「おまえは誰だ!!」

―――あなた自身です―――


「今日の議題は、レアメタルの日本への輸出についてです」
会議がはじまった。国家同士の駆け引きの舞台。
竹中は外務大臣の隣に座っていた。頭の中が真っ白なまま。
何も聞こえない。
いや、自分がしゃべっている。何をしゃべっているんだろう。
まるで体を誰かにとられたみたいだ。俺の意識は闇の中に追いやられてる。
身体だけ、誰かが操ってる。本当の俺は、邪魔者らしい…

拍手の音で、竹中は我に返った。
会場全体が拍手の音で満たされている。
自分は中国政府の代表者とかたい握手をしていた。
カメラのフラッシュがまぶしいくらいに光っていた。
「この歴史的合意は、今後の両国の友好が新時代に入ったことを証明するでしょう」
興奮の渦。
竹中の周りに人が集まる。みんなが握手を求めてる。
俺はいったい何をやったんだ。
いったい、何を…

その後の竹中は、まさにジャパンドリームの代名詞となった。この会議で中国政府からレアメタルの日本独占輸入権を手に入れ、巨額の富を手にした。メディアにも連日の出演。一躍“時の人”となった。
「これからの日本は…」
もう、以前の竹中ではなかった。
というか、変わってしまった。
テレビではこの国を語り、夜は銀座、六本木。
どこへ行っても歓迎され、彼もこの毎日に満足しきっていた。
ただ、もう“あの声”を聞くことはなかった。
「結婚しよう」
密かに付き合っていた女優との恋愛も実ろうとしていた。
マスコミの目をかいくぐり、婚姻届を出すために港区役所へ。
「婚姻届けをお願いします」
竹中は幸せだった。こんな毎日がずっと続くと思っていた。
「あの…竹中さん」
「はい?」
「もう配偶者が登録されてますが」
「はぁ?」
竹中は青ざめた。それ以上に青ざめていたのは、女優だった。
ピシッ!
彼女は竹中の頬をおもいきりたたいた。
「竹中さん、私をからかっていたの!!」
「ちょっと待ってくれ。何かの間違いだ!」
「でも、確かに配偶者は登録されています」
「誰だ!」
「恵子さんと登録されています」
「恵子!?」
竹中の頭の中に、あの島で抱いた女の子が浮かんだ。
「じゃ、竹中さん、さようなら」
女優は行ってしまった。
「恵子…」
契約なんて、すっかり忘れていた。
これから、清算がはじまる。

「死ぬのか、死んじゃうのか」
竹中はベッドでふるえていた。
死の恐怖。せっかく最高の人生を手に入れたのに。
ヒラ営業の頃はいつ死んでもいいやって思っていたのに、
いざ成功すると命が惜しくなる。
「これが成功の代償…」
あのときの神崎さんの思い詰めた表情が、脳裏にフラッシュバックしている。
「俺はどうしたらいいんだ。死にたくない…」
今更なにをと自分でも思うが、死にたくないものは死にたくない。
普段は飲まないウォッカをがぶ飲みし、竹中は外に飛び出した。
「死にたくない、死にたくない…」
まるで浮浪者のように、とぼとぼと街を歩いていた。

街はイルミネーションに溢れ、幸せそうな家族、恋人達でうまっていた。
「メリークリスマス!」
ああ、いつのまにかそんな季節になっていたんだな。
みんな普通の人たち。みんな幸福を満喫している。
「俺も普通の人でいればよかった。何が成功だ。死んだら何にもならない」
たしか同じ言葉を、神崎氏も言っていた。
「選ばれた人間?そんなのくそ食らえだ」
酔いと眠気が竹中を襲ってきた。そしてだんだん
意識が薄れていった…

「ここはどこだろう。なんか気が休まる。」
明け方の高原のような、広く清々しい空間。
ドクッ、ドクッ、ドクッ…
心臓の音?ここはどこだ。
「あ、おふくろ…」
産まれたばかりの赤ん坊が、母に抱かれていた。
「元気な男の子ですよ」
「名前、まだ考えていないんですよね」
「旦那さんが考えているかもしれないですよ」
あれは…
ふいに赤ん坊が俺を見た。

―――遊ぼうよ、俺―――


臨時ニュースです。中国との関係改善に尽力を尽くされた竹中氏が、
路上で亡くなっているのが見つかりました。死因は不明で…


「あら、恵子ちゃん、ずいぶん立派なお家を建てたのね」
「うん、あの人が思った以上にお金を残してくれたから」
「また男の人がひとり、ここに向かってるらしいわ。船長さんから連絡があったから。須藤さんって名前らしいわ」
「次の順番は誰だっけ?ひとみちゃん?」
つづく、永遠に

身売り島

身売り島

とりあえず、読んでみてください。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted