大官僚と狙撃手と2

大官僚と狙撃手と2

 年の瀬も迫った年末、ディックはオフィスにて書類を整理していた。部下である官僚達は帰らせ、ディックただ一人がオフィスに残っていた。と、そのとき。
 「兄上。両腕を上げて下さい」
まぎれもなく、リックの声だった。へイルンジャンが背中に突きつけられていた。その言葉を無視し、ディックはリックと向き合った。
 「リック。どういうつもりだ?」
睨みつけるようにディックが言うとリックは嫌な笑みを浮かべた。
 「兄上には死んでもらいます。安全保障局から依頼されました。これが、私の仕事なのです」
 「ほう。お前に私が殺せるか? やれるものならやってみろ」
ディックはへイルンジャンのトリガーを見ていた。リックの指が、若干だが震えていた。
 「ほら、な。お前に私は殺せない」
どこか勝ち誇ったような笑みをディックは見せたが、リックはへイルンジャンのトリガーを……引いた。パアンッという軽い音とともに、ディックはその場に倒れ込んだ。不思議だ、とディックは思った。体の中に銃弾があるのに、痛いと感じない。意識の朦朧としているディックは、リックをどうにか見上げる。そんなディックを見て、
 「ごめんなさい、兄上」
無表情で、リックが呟いた。
~~~
 ふと、ディックは目を覚ました。ゆっくりと立ち上がり、周りを見てみる。真っ暗な部屋だ。窓辺からはうっすらと夕焼けが入り込んでいる。
 「そういえば私はリックに撃たれたのになぜ生きているんだ?」
当たり前のような出来事を、ディックは呟いた。体全体を触ってみる。どこも撃たれた形跡はない。ただ、首のところに小さな針が刺さっていた。
 「これは……、麻酔銃の弾丸もとい針か? そういえば昔もこんなことがあったな。あれはリックだが……」
麻酔針を取り除いたディックは窓から空を見上げた。
 「先ほどから時間はあまり経っていないな。だがリックは私を殺すつもりで撃った。なぜ私は生きているんだ? もしや幽閉か?」
そう言ってディックは自問自答する。なぜリックがディックを生かしておいたのかがディックには分からなかった。任務放棄すれば、リックとて罰を受ける。まぁ、リックの場合は高飛びしてしまいガルバディアなどで狙撃手として生きていくこともできるだろう。ただ、もしそうなった場合、二度とエスタの地を踏むこともできず、何よりシーゲル家の裏切り者となってしまう。そんな環境に、果たしてリックは耐えられるだろうか?
 「それにしても年末にこんなところへ幽閉されてしまうとは私も情けないな」
そう言ってディックはため息をついた。そのとき、足音が聞こえてきた。
 「誰だ?」
ディックがきつい声を出した。
 「先ほどはすみませんでした、兄上」
足音の持ち主は、双子の弟リックであった。リックはディックが閉じこめられている部屋の鍵を開けた。
 「リック。お前はなぜ中途半端に殺人行為を行う? 安全保障局から依頼されたのだろう? ほら、早く殺せ。悔いはない」
真面目な表情をするディックに、リックはつい笑ってしまう。
 「何がおかしい?」
 「何か勘違いしてますね、兄上? これは私と局長からのサプライズですよ」
にっこりと、リックは笑った。
 「実は、エスタで一番有名な高層レストランの予約を取っているんですよ。兄上、さっそく行きましょうか。フォーマルな雰囲気のレストランなので、兄上も着替えて下さいね」
そう言ってリックが持ってきたのは、やはりブラックフォーマルのスーツだった。
 「お前は本当に喪服が好きなのだな」
そう言いながらディックは喪服に袖を通した。数分して、着替えが終わったディックはリックとともに部屋から出た。
~~~
 ディックとリックは高層レストランまでやってきた。レストランから見えるエスタの夜景は絶景であった。
 「年の瀬コースでお願いします」
イスに座ったリックが手早くオーダーを入れる。数分して、ディックとリックのもとにワインがやってきた。ディックはワインを一口飲むと、
 「リック。わざわざ麻酔銃を使わなくてもよかったのではないか?」
するとリックは小さく笑った。
 「兄上が年の瀬まで勤務していたので、心配になりましてね。あまり無理をするのはよくないですよ」
 「まあそうだが……」
 「とりあえず、絶景を楽しみながらワインを飲みましょうよ」
そう言ってリックはワインをごくり、と飲んだ。
 「それにしても兄上は真面目ですね」
リックがディックの瞳をじっと見つめた。
 「私が、真面目? どこがだ?」
首を傾げるディックにリックはさらに続ける。
 「部下のみなさんを帰らせて、自分だけオフィスに残るとは。私だったら絶対にそんなことしませんよ」
 「大官僚として当たり前のことをしたまでだ」
そこまで呟いて、ディックはワインを飲む。そんなこんなで、ディックとリックのテーブルの上にメインディッシュがやってきた。
 「どうです? 兄上? ここの一番の料理がこのリゾットなんですよ」
ディックがちらりとリゾットを見た。リゾットからは湯気が出ている。
 「じゃ兄上。お皿を貸して下さい。私がすくいますよ」
リックに皿を手渡すと、手早くディックの皿にリゾットが盛られた。そして、自分の分も皿へ入れる。
 「じゃ、食べましょうか。兄上」
リックがわずかに微笑み、
 「いただきます」
ディックとリックの声が重なった。ディックはまず香りを楽しむことにした。うっすらと魚介類の香りがする。きっといい出汁を使っているんだろうな、とディックは思った。れんげを持つと、ディックはリゾットを口の中に入れた。
 「なかなかの味だ。これは繁盛するだろうな」
自然とディックから笑みがこぼれた。それを見ていたリックも微笑んだ。
 「おいしいでしょう? 兄上? 雑誌でずっとチェックしてたレストランなんですよ。この日が来るのを楽しみにしていました。それにしても、本当においしいですねえ」
さらにリックはリゾットを自分の皿に入れた。
 「おい、リック。まだ他にメニューがあるんだろう? そんなに食べない方が……」
そこで、リックに言葉を切られてしまった。
 「私はこのリゾットだけで充分ですよ。とてもおいしいです。兄上は他のメニューを食べて下さい」
仕方なくリゾットはリックに譲ることにして、自分は他のメニューを待つことにした。次にやってきたのは、トマト仕立ての冷製ポタージュだった。小さなスプーンを持ち、ポタージュを飲んだ。トマトの若干だが青臭い香りは消えていて、普通のポタージュと変わらなかった。うん、と頷き、ディックはポタージュを全て飲み干した。
 「そろそろデザートですね」
先ほどまでリゾットに集中していたリックが口を開いた。
 「ここのデザートも絶品らしいですよ。マロンとショコラのケーキです。これ目当てで来るお客さんも多いとか」
口元に手を当て、リックが笑う。数分経たずして、ディックとリックのテーブルにデザートがやってきた。
 さっそくデザートをディックは口に入れた。濃厚ながらもさっぱりとした味だった。
 「リック。なかなかさっぱりしていていいな」
とディックは言うと、リックは首を傾げながら、
 「あまり甘くないですね……。本当にケーキですかね?」
 「お前は本当に甘党だな、リック」
苦笑いを、ディックは浮かべた。どうやらこのケーキはディックの口には合ったらしく、数分でぺろりと平らげた。
 「兄上。このケーキ、あまり甘くないのであげますよ」
とリックが悲しそうな顔で言ってきたが、ディックはにっこりと頷き、リックの分のケーキまで平らげた。それから数分して、
 「兄上。そろそろ1月1日になりますよ。日付が変わります」
リックが肩をつついてきた。レストランにあるモニタがカウントダウンを始めた。そして、 「2016年、ハッピーニューイヤー!」
時刻は2016年1月1日になった。それを見計らったリックは、ディックにひざまづいた。そんなリックにディックは驚いた。
 「どうした、リック?」
するとリックは顔を上げ、
 「兄上。お誕生日おめでとうございます」
そう言って、ディックの手を取った。
 「もしや、リックが私を誘ったのは誕生日のためなのか?」
 「そうです。今日は兄上の記念すべきお誕生日です」
やたら真面目な顔をしてリックが言った。するとディックは小さな声で、
 「何を言う、リック? お前とて今日が誕生日だろうが。私達は双子だぞ?」
その言葉を聞いたリックはゆっくりと立ち上がった。
 「ええ。私と兄上は双子ですから。同じ誕生日ですね」
リックが小さく笑う。
 「だが……、私の誕生日を覚えていてくれたとは、少し嬉しいな」
ディックがそう言うとリックは、
 「当たり前ではないですか。そもそも私の誕生日も1月1日ですから」
そう言って、リックははにかんだ。
 「そろそろ料理もなくなってきましたね。今日は私が奢ります。たまには実家でゆっくりしたいですし」
リックはディックの腕を引っ張りながら、会計で勘定を済ませた。
 結局二人は運転前にアルコールをとってしまい、実家シーゲル邸へは、タクシーで行くことにした。ややアルコールに弱いリックはタクシーの中で軽く眠っていた。そんなリックを横目で見ていたディックは、リックのさらりとした黒髪の一房に軽く触れる。そして、一言呟いた。
 「リック。今日は、本当にありがとう。記念すべき、いい日、いや、いい年になるだろう……」

END

大官僚と狙撃手と2

大官僚と狙撃手と2

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-12-31

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work