閉じた青い世界

西木眼鏡

 青い閉じた世界を覗く人がひとり。
 そんなこととはお構いなしに、厚いガラスの向こうで泳ぎ回る機械仕掛けの小さな魚達。
 その後ろで、僕は、水槽全体をどうにか写真に収めようとするフリをして、カメラの画面の端に魚を追いかける少女の姿を映す。シャッターを切り、そしてまた一つ世界を切り取った。
「こんな機械の魚を写真撮ってるの。しかも、カメラなんかで」
「ああ。だってきれいじゃん。写真を撮るなら後で視覚情報を取り出せばいいんだけど、僕せっかくカメラ持ってるからさ」
 それは半分嘘で、もう半分は本当だ。僕の趣味は、時代遅れのカメラで写真を撮ることなのだ。
 視覚情報を画像データにするというサービスが最近の流行で、それのせいでカメラは一気に廃れた。見たものがそのまま写真になるのだ、カメラのように構える必要も高価な機材も必要としない。
この他に視覚情報は様々な場所で使われている。簡単に言うと人の記憶を取り出しているようなものなのだ。決定的な瞬間を証拠として残す。例えば、事故や事件の決定的瞬間を見ていた人がいたとすれば、その人から提供された視覚情報は十分証拠としての力を持つだろう。
 僕は今、そんなすごい技術に頼ることはできない。視覚情報から個人が画像を取り出すときに、人が映り込んでいる場合、見られているという旨がすべて本人に通知されてしまう。それはまずい。非常にまずい。バレてしまう。
 水槽の前で楽しそうに眺めている彼女は、恋人でも何でもないただの友達。たまたまに似たような趣味を持っていることだけが共通点の友達。少しだけ好意を寄せている。
 それから、もうひとつ。僕はある抵抗組織に所属している。抵抗している相手はこの国。今の政府をよく思っていない連中の集まりで、この国を混乱させることが目的だ。最終的な目標は末端の僕には聞かされていない。幼いころに親を亡くして以来、ずっと親代わりの男がいて、その人が抵抗組織にいたから僕も所属しているといったところだ。
 休日である今日は、友達を連れて、都市部の機械水族館へと来ていた。



 都心の大型ショッピング施設で一通り遊び尽くし、レストランで慣れない本物の食材でできた料理を食べた。普段は栄養摂取の効率を最大限に高めたゼリー状の食べ物を食べている。味は言うまでもなく不味い。肉なんかはとくに酷くて、茶色のゼリー状の少し硬い何かにナイフとフォークを入れる感触を思い出すのさえためらわれる。少し前はそういった生き物の死骸を普通に食べていたらしいが今では想像できない。幸い僕らが食べたものは本物の小麦を使ったパンだったので、特別どうということはなかった。
帰るために駅へ向かおうとしているときだった。歩道を歩いているときに、ここには水族館があるという看板を見かけた。僕らはすっかり帰りの雰囲気だったのだが、機械仕掛けの魚というのがどうにも気になった。
 ある考えが過る。所属している抵抗組織の奇襲作戦の爆破目標の候補の一つに、この商業施設があったことを思い出した。理由としては、ここの水族館は高いビルの中ほどの階にある。そこに爆弾を仕掛けることができれば、盛大に爆破することができる。すると組織内での僕の評価も上がるかもしれない。今回は下見程度の調査といこう。
「ここの水族館行ってみようよ」
 僕が誘うと少女はあっさりと承諾した。
「私もきれいな海が好きなの。せっかくだから見に行きたいな」
 来た道を引き返して水族館へ向かう。チケットを購入して、いよいよ中へ入って薄暗い通路を抜けると、水槽が見えてきた。
 土曜日ということもあって、他に人は多かった。家族連れや友達と来た人。次いで、恋人同士で来ている人たちが多かった様な気がする。不快ではなかったが居辛く感じた。
 また水族館外のスペースを利用して、期間限定の奇妙な個展を開いているということもあって、余計に多かったのかも知れない。
 薄暗い館内だ、多少のロマンチックさに惹かれて来るのかも知れない。
 人混みで離ればなれにならないように、先導する少女の後ろをついて行った。
 金属の魚の泳ぐ水槽を覗き込む少女に、思い切って声をかける。
「知ってるか。その魚食べられるんだよ」
「え、嘘」
 話しかけるきっかけとしては下手なネタを使ってしまったと少し後悔する。
「ホント。もちろん、今泳いでる金属のやつじゃなくて、本当に生きてるやつだけど」
 現在、食材としての魚は少数流通しているものの、観賞用の魚は殆ど見ることができない。見たければ人の手の入っていない太平洋のど真ん中の深海あたりに行くしかないだろう。それができなければ、街にある機械仕掛けの魚を展示している水族館に行くしかないというのが、少女も知っている常識となっている。
 事実だとしても、僕はそこまでして見たくはないので遠慮したい。鱗は本物の色を模してはいるけれど、やはり本物の魚とは違う。その身体は泳ぐには重そうな金属質で、そのせいなのか動きも少し鈍い。
 やがて、水族館も一通り見終わってしまい、今度こそ帰っている途中彼女が言った。
「ホントに楽しかったの。つまらなそうだったけど」
「機械仕掛けの魚ってこんなもんなのかなって思って見てた。案外拍子抜けだった。もっときれいなものを想像してたから」
「綺麗だったじゃない。都心で熱帯の魚が見れるのって結構レアなんじゃない」
「その綺麗じゃなくて、動きの滑らかさとか。本物の魚はもっとイキイキしてる」
 本当は魚なんてほとんど見ていないなんて言えない。正面から見られるとどうしても目を合わせられない。
「まるで本物を見てきたような言い方ね。川も海も魚が住めなくなるほど汚くなったっていうのに」
「違う。今も海や川には魚はいるよ。結構小ぶりで、毒素をたくさん蓄えてるけど。みんなが食べてしまわないように、政府が僕らに嘘をついているんだ」
 僕らの主食であるゼリー状の食べ物を供給しているのは政府だ。自然の食材で料理を推奨していないのも政府だ。人々はすっかり信じ切っている。 それ故に本当のことさえも見えなくなっているのだ。
「話が脱線しちゃったけど、今度よかったら本物の魚を見せてあげるよ」
「大丈夫なの。毒とかあるんでしょ」
「心配ないよ。食べない限りその毒の影響はないから。たぶん」
 そうして、話しながら歩いているうちに駅についてしまったので、お互い反対方向へと向かう電車に乗り込んで帰路に就いた。



 電車に揺られながら、僕は今日のことを思い出していた。わずかな時間ではあったが、久しぶりに過ごした休日は満足のいくものだった。
 抵抗組織の爆破作戦場所に水族館はやめるべきだとボスに伝えようと思った。あの人がきれいだと思ったものを壊したくないのは、僕が好意を寄せているという可能性も否定できない。理由は適当に、暗くて脱出が困難になりそうです、とでも言っておけばいいだろう。もちろん、僕程度の末端の構成員がそう簡単に意見するなんてことはできないかもしれない。しかし、できる限りのことはしてみようと思った。

閉じた青い世界

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