ヤモリの指輪

「ヤモリの指輪、ないかな?」
N先輩からの休日の突然の電話。さして仲良くもないので、正直驚いた。
昨晩、数人と自宅で宅のみをすることになり、そのなかにN先輩がいたのをおぼろ気に思い出した。
「あーいま掃除してるんで、出てきたらおりかえします」
「見つかったらすぐ連絡してくれな」
 掃除機をかけているとき、見つけた。カーペットに埋もれていた。拾い上げ、眺める。
 なんの変鉄もない銀色の指輪。くるりと回すと、簡素なイモリの姿が彫り込んである。
 ださっ。
「ありましたよ、指輪」
「そうか!よかった」
間が空く。そしてN先輩がおもむろに切り出す。
「なあ、悪いんだけど、その指輪、おれんちに持ってきてくれないか?」
「え。いや、それはちょっと」先輩の家はたしか三つ先の駅ちかだ。
「頼む」
さすがにいい気分ではない。落とし物をしたのは先輩なのに、よりよって持ってこいなんて何様だよ。
「バイトがあるのですみません」
「じゃあそれ終わってからでいいから、ほんとに頼むよ」
自分でこい。その言葉を飲み込み、のらりくらりとかわしてバイトに向かった。
 
 バイトが終わり、スマホを見て驚いた。着信50件。ほとんどN先輩からだ。しかし、最後の一件は友人からだった。
「やっとでた!おい、N先輩知ってるか?」
「うん。てか、あのヒト、しつけー、、」
「死んだよ。はねられたんだって」
 N先輩はどうやらうちに来ようとしていたらしい。その途中車に跳ねられた。犯人はいまだ捕まっていない。
 僕はまだ指輪をもっている。ヤモリの指輪を。
 どうすりゃいいんだ。
ぼんやり眺めていると、彫られたヤモリが妙に生々しく見えた。

ヤモリの指輪

ヤモリの指輪

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-30

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