君を"大事"にしたい

君を"大事"にしたい

葛西奈緒という不幸な少女

 あの日君は、私のことを「好きだ」と・・・・「大好きだ」と・・・・・・そして「"大事"にする」って言ってくれたね
 私はすごく嬉しい半面、すごく怖くなったんだ・・・
 私も君がとても"大事"だったから・・・



 私は葛西奈緒(かさいなお)。21歳の女子大1年生。
 幼い頃から何をやってもうまくいかなくて、いろんな人に怒られて生きてきた。
 どんなに頑張ってもその成果が出るのは本当にずっと先。
 学校のテストはどんなに頑張って勉強しても下の中くらい。でも、いざ偏差値の高い学校を受験すれば、上位の成績で入学できた。
そのせいで、やればできるのにやっていないと家族に怒られ、最初はテスト期間中に外に出ることを禁じられた。
次は、テスト期間中の食事時間を削られた。その次はわからない問題がある度に叩かれた。それでも成績が上がらないときは外に追い出された。
家族とのいい思い出なんて本当に幼いころの・・・そう、まだ小学校の頃の記憶しかない。
 中学でテスト期間閉じ込められるようになり、付き合いが悪くなったと友達も離れて行った。
たまに話しかけてくれる友達には「ノートを写させて?」とか「飲み物買ってきてもらっていい?」しかなくて、まるで下僕。
いや、彼女たちにとって私はきっといい駒だったのかもしれない。寂しさに暮れていた私は、ちょっとしたそんな雑用でさえも嬉しくて仕方なかった。
そうして彼女たちに費やしてきたお金や時間は、バイトや深夜の勉強で取り戻した。その頃の私には寝る時間なんてもうないも同然だった。
 寝る時間が減ったことで顔はどんどんやつれていった。クマができ、しわも増えていた。化粧なんてしなかったので、疲れ切った顔が丸出しで、下僕として私を都合よく使っていた友達も話しかけてこなくなった。
接客業をしていたので、店長にももう来なくていいといわれ、バイトもなくなった。
 そうして、食事も減り、睡眠も減ったことで体調を崩しやすくなった。しかし、体調を崩しても、怒られるので休むことは許されない。私が本当に親に捨てられたのはそんなある日のことだった。インフルエンザだと知らず学校に行き、授業中に意識を失い倒れた。相当体に負荷がかかっていたらしく、何週間も病院で眠っていたようで、起きると看護師さんが慌てて医師を呼びに行った。体調は確かに治った。しかし、私が辛かったのはその後の医師の言葉だった。

「君のお母さんからお話があってね、借金をしてここの入院費などを支払ったそうだ。」
「え・・・でも、うち借金をしなければいけないほど貧乏では・・・」
「あぁ。その保証人を君にしておいたから、早く退院して働いて借金を返したら家に戻ってこいと伝えてくれと言われたよ。」
「え・・・?」
「私もとても驚いたし、君のことはかわいそうだと思う。しかし、うちの病院もそんな事情を抱えた患者をずっと入れておくわけにはいかないんだ。数日分の薬なら出してあげよう。すまないな・・・。」

 戸籍を確認すると、一応戸籍はそのままだった。だが、家に帰っても入れてくれることはなく、私は、中学1年の後半で先生にやめることを勧められ学校をやめた。
それから暫くはストリートチルドレンのように、路上で生活した。手っ取り早くお金を稼ぎ返すために体を売った。運よく体だけは悪くなかったことで、仕事の度にシャワーを借りることができたし、客も比較的多かった。
だが、もちろん私の精神はゆっくりと砕けていった。

 借金を返済しきったのは中学をやめてから7年後のことだった。借金返済が完了してすぐそのバイトはやめて、家に帰った。その後1年弱かけて高校卒業程度認定試験を受けて、自力で大学に入学した。
 分かってはいたが、同い年の同学年の人はいなかった。周りが後輩ばかりという現状と、何個も上という恥ずかしさと気まずさ、暫くまともに人と関われなかったことでコミュニケーション能力は落ち、いつまで経っても友達を作ることができなかった。
大学のキャンパスはとても広いので、1人になれる場所を探すのはとても大変だったが、なんとか見つけた滅多に人が来ない小さな書庫は、奈緒にとって唯一の天国になった。
 しかし、そんな天国は唐突にある男によって壊されることになる・・・・・・。

滝川柊斗という名の幸福な少年

 俺は本気で彼女を"大事"にしようと思っていたんだ・・・。
 だから今でも俺は理解できていない。君が俺から離れて行ったわけを・・・。
 いや、わかってるんだ・・・わかってるからこそ、俺は虚しくなっているんだから。



 俺は滝川柊斗(たきがわしゅうと)。19歳の大学1年生だ。
 幼い頃から何をやるにも守られ生きてきた人間だ。
 俺の家は、父が世界規模で展開する会社の社長であるため、金にはまったく困ることなく生きてきた。欲しいとねだれば手に入り、誰よりも真っ先に最新を手に入れることができる。いわゆる裕福な家庭で育った。
 中学の頃は親のおかげで・・・と呟かれるのが嫌で、勉強や部活を必死でやった。そのおかげで基礎が出来上がり、成績は上の上。クラス役員なども積極的に引き受け、高校の頃は生徒会長もやった。学校での成績だけが、あの頃の俺を証明してくれていたんだ。
 賢い良い子だと担任が褒めるたびに、俺は親の中で高い地位になっていった。少し帰りが遅くなっても何も言われない。少しお金を使いすぎても何も言われない。あの頃は、親に見てもらいたくて・・・少しでも親に関心を持ってほしくて必死だったのだろう。今となっては思い出すだけで笑えてしまう。
 中学の頃よく友達が「最悪だ」とか「このままじゃ俺は死んでしまうよ!」なんて感じのことを言っていた。遊びすぎだと怒られてゲーム機を取り上げられたりしていたらしい。俺はその言葉を聞くたびに少し友達が遠くにいるような気分になっていた。

「なぁーしゅーとぉー。お前んち行っていい?」
「は?急にどうしたよ」
「今さーテスト期間じゃん?ゲーム取り上げられちゃったんだよね。最悪だよ・・・。」
「ゲームしに来たいってことかよ?」
「さっすがしゅーと!話が早いね!」
「はぁ・・・仕方ねぇなぁ?」
「ほんとお前神だわ!お前と友達でよかった!」

 こんな会話が繰り返されるたびに、あぁ・・・俺はこいつらと違うんだ・・・。って思わされてならなかった。
 でも、今もだけど俺は結構ポジティブだったから、その影響で思いっきり落ち込んだりすることはなかった。むしろ、テスト期間になって奴らがゲーム没収されれば、ほぼ毎日のように勉強と偽って遊べるからラッキーだと思ってた。さっきも言ったように俺は基礎が出来上がってるから、簡単に成績が落ちることもなくて、むしろ優等生を続けてた。元々運動は好きだったので、体育なんて運動部と同じくらいできてた。教師には信頼され、周りの大人たちにも信頼され、もちろん友達も多く、自分で言うのもなんだが顔も結構いい方なので女子にもよく告白された。
 何不自由なく暮らしてたどころか、俺の人生は今も昔もきっと未来も、一生薔薇色といっても過言ではないだろう。

 そんな俺は今年もちろん首位で有名大学に進学した。やはり大学になると可愛い女子も美人もいて、初日から俺はわくわくしていた。
 新入生代表として挨拶したおかげか、その日のうちに俺の噂は広まった。その日の放課後には女子が囲んでくれた。俺にとって≪人気≫というのは、酸素と同じくらい必要不可欠になっていた。あまりに人数が多すぎて、名前を覚えられなかったくらいだ。
 その日俺は家に帰って、群がってきてくれた女子たちの整理をしていた。SNSを交換した子とはもちろん会話を始めた。チャットの打ち方・返信スピードから、あっという間に気軽に話せるような女友達を数人作った。だが、俺が一番気になったのは、ある女子から聞いた年上同学年女子についての噂だった。

【そういえばさっうちの学年に21歳の人いるらしいよねぇ~!】
【へぇ?そうなん?】
【え、しゅうとくん知らないの?なんか高校も行ってないって噂だよぉー?】
【高校行ってないってことは、認定試験受けてここ入ったってこと?】
【そうなんじゃない?え~なに~・・・しゅうとくんもしかしてその子気になるのぉ~?】
【いや、別にそんなんじゃないよ。】

 とても気になった。どんな人生を送ってたのか知らないけど高校卒業程度認定試験を受けてまで大学に来ようとする人なんているのかと驚いたんだ。俺は単純にどうせ行ける能力あるからっていう・・・まぁ、すごい成り行きで進学した。だが、その女子は違う。自らの意思で進学したいと思ったからこそ来たのだろう。すぐに話してみたいと思った。どんな人なのか今までにないくらい気になったのだ。

 翌日からその子の捜索に当たった。同じ学年というから女子と関わっていればすぐ情報が入って居場所がわかるだろうと思ったのに、想像以上に見つからない。19歳と21歳の女の顔の見分けすらできないのかと、少し自分を嘆きそうになったくらいだ。
 そんなある日だった。俺はレポートの資料を探しに、もうほとんど人が来ないという小さな書庫に行った。歴史あるこの学校の古い本は全部そっちにあると新しい書庫の整理をしていた先生に聞いたからだ。そこで俺は、やっと彼女を見つけることになる・・・・・・。

出会う。想う。

「え・・・」

 2人の声が重なった。当然だろう。お互い誰もいないと思っていた場所に、自分以外の人がいたのだから。

「あ・・・すみません。あの、私出ていくので・・・」
「あ、待って。もしかしてさ21歳の人?」
「え・・・?」

 自分でも失言だと思った。初対面の人相手に第一声が年齢の確認ってどうなんだよ・・・って感じ。
 彼女はその言葉に傷つくかもしれないのに、俺は何も考えずにその言葉を言ってしまった。言い訳しようと思えば、名前も顔も知らなかったから仕方ないといえる。だが、それとこれは別だろう。意識していなかったにしても俺は今この瞬間、彼女を傷つけてしまったのだ。

「あ、ごめん・・・!」

 下を見て暗くなってしまった彼女に咄嗟に謝った。しかし、彼女は怒ることも泣くこともなかった。ただ顔をあげたかと思うと、とても寂しそうな瞳をして俺を見て笑った。そして、大丈夫だと呟いたのだ。
 いつもの柊斗なら、許してくれたことに甘えてすぐに会話を取り戻していただろう。しかし、その時だけは自分の横を通り過ぎていく奈緒に何も声をかけることができなかった。柊斗自身どうして話しかけられなかったのかはわからない。ただなんとなく、誰のどんな涙よりもその寂しそうな笑顔は柊斗の胸を苦しくさせた。まるで全て自分が悪いのだとでもいうようなその笑顔に・・・。

 それから暫くは古い書庫に行っても会うことはなかった。彼女の年齢や経歴に関する噂も時間が経つにつれ消えていき、行事予定が近付くと噂は完全にかき消されていった。自分の周りから彼女の噂が消え、書庫で会うこともなくなると、本当は21歳の大学1年生なんていなくて全て自分が見ていた幻のように思えてきて怖くなった。
 クラスがないから見つけるのも難しい。そんなこと大分前に探していた頃にもう十分すぎるくらい理解している。しかし、俺はまだ彼女のことを忘れられないでいた。

 文化祭が近くなって、担当を決めることになった。俺の学科ももちろん出し物をするので担当を決めるのだが、特にこれと言ってやりたいこともなかった。女子に一緒にやろうと誘われたが、なんとなく1人でいたい気分だったから選出1人の担当を選んだ。その担当は打ち合わせも多かったので、あわよくば定期的な打ち合わせで彼女を見かけることができればいいとも願っていた。


 ふと気付くと、周りで自分の噂をする人間はいなかった。一瞬いつの間に消えたのかと思ったが、文化祭が近付いていたためだった。話題は初の大学文化祭で持ち切り状態。小さく学科で区切られている私たちの大学は、クラスこそないものの学科ごとの出し物がある。サークルで何をやるとか、個人的に何に出場するとか・・・そんな話ばかり聞こえてくる。周りの明るさに目をつぶって逃げてしまいそうになったくらいだ。
 そんな中、たまに書庫で見かけた彼を思い出す。正直最初は初対面で年齢の話を持ち出すなんてってすごく辛かった。だけど、事実だから言い返したりする立場じゃないと考えて込んでいた。だから驚いちゃった。謝られたことが・・・。本当のことを言っていて、彼は何も悪くないはずなのに・・・いや、むしろそれに関して悪いと思う人なんていないと思っていたからこそ、本当はすごく優しい人なんだろうなって思った。
 彼のことは講義が終わって、誰にも何も触れらないうちに廊下に出るとき、たまに女子の皆様に囲まれている姿をよく見かける。人気あるんだなぁと思った。向こうと目が合ったことはない。私は講義のときいつも隅のほうに座るし、講義が終わったらすぐに出て行くから、きっと彼は私を見つけられていない。こないだ書庫で会ったときも名前を知らなかったんだと思う。だけど正直、それに関して今はとても安心してしまっている。私なんかに関わっても良いことがないから・・・。
 文化祭が近付くと、皆何かしらの役割を与えられるものだが、私は、1人選出の誰もやらなそうな役割を選んだ。定期的に呼び出しがあるが、休憩時間に誰かと約束があるわけではない私にはもちろん何も問題はない。あとは誰かの迷惑にならないように、隅のほうで何事もなく文化祭をやり過ごせればいいと願っていた。

気付いてるよ

最初の集まりは、学年も何も関係なく係りの人全員が集まった全体会議だった。最初で説明があるからなのかわからないが、放課後に呼び集められた。

各学年各学科から1人ずつなのでそんな人数が多いわけではないが、奈緒にとっては恐ろしい場所だった。そこにいるだけで息がつまるような気になり、始まる直前まで近くのトイレに引きこもっていた。
暫くして、トイレまで響いてくる女子達の声。まるで大人気の俳優やアイドルが突然学校に来た時の歓声のように騒がしい。時間的にはまだ会議は始まらない。しかし、奈緒は気になったので、ちらりと外を覗いてみることにした。

「見なきゃよかった・・・」

そこにいたのは、あの日私の居場所を奪った男だった・・ ・。

真面目だからどれだけ嫌でもサボるようなことは絶対にしない。
それは、柊斗にとっても、奈緒にとっても小学校の頃から決めていたこと。今回この係を選んだのも1人になりたかったからなのだが、彼の周りにいる女子達はそれを許さない。教室に入る寸前、会議が始まる寸前まで柊斗から離れることはなかった。それは同時に、奈緒がトイレから出れないことを意味していた。

「あーえっと、ごめん。そろそろ会議始まるからいいかな?」

柊斗の放った一言に、それまで騒いでいた女子達が残念そうな顔をした。「なんでこの係選んだの?」「一緒のがよかったな。」など呟きながら、皆大人しく帰っていく。
少しずつ人が減っていって、最後の1人をきちんと見送った後に柊斗は女子トイレを見た。

「会議始まるよ、21歳のお姉さん。」

呟くように、けれど確かにその声は奈緒に向かって放たれた言葉だった。そっと、静かにトイレから顔を出して言う。

「気づいてたんですか?」
「うん、なんとなく誰かいるなーって思ってたんだけど、途中ちらって覗いたでしょ?その時気づいたんだ。」

奈緒は、一瞬で人を認識してしまうほど周りをよく見ていることに対して、ただ単純に凄いという感情しか覚えなかった。いや、”しか”というより、どんな大層な言葉を並べるよりも”凄い”というその単純な一言が、一番彼女が感じた感情に近かったのである。

一緒に帰ろ?

 始まった会議は淡々と進んだ。
 長時間行ったわけではないが、奈緒にとってはとてつもなく長い時間だった。

「今日はこれで終わりますので、渡した資料にきちんと目を通しておいてください。」

 係のリーダーとなった柊斗ともう一人の女の子が声をかけて皆ざわざわと教室を出ていく。

「あ・・・!ちょ、ちょっと待って!お姉さん・・・じゃ、なくって奈緒さん!」

 突然声を掛けられて驚いて声の主を見る。そこにいたのは柊斗だった。

「え・・・名前・・・」
「あ、うん!ほら、俺リーダーになったからさ、せめて同じ学年の名前くらいは覚えてみようかと思ってさ!今までお姉さんって呼んでてごめんね。名前ちゃんと知らなくって・・・。奈緒さん、お姉さんって呼ばれるのあんまり好きじゃなさそうだったし知りたかったんだけど、俺らクラスとかじゃないじゃん?機会がなかったんだ・・・ごめんね?」
「い、いえ・・・別に、大丈夫です・・・。」

 奈緒は会議前のものと合わせて二重で驚いた。あんな出会いをした人物が、自分の想像とはかけ離れた比較的良い子だったからである。

「あのさ?良かったら一緒に帰らない?俺もうすぐ終わるからさ!だめかな?」

 いつもの私なら、即座に逃げて先に帰ってしまっているところだ。それを・・・すぐ帰るだろうとわかっていて止めてきたのは初めてだった。ほとんど空気で回りに冷たくあしらわれている私に興味を持ってくれたのも初めてだった。だから、本当にただの気まぐれ。きっと彼も一度願いをかなえてあげれば、すぐに私に飽きてしまうだろう。そんな気持ちでいいよと呟いた。
 教室で待つのは辛いので、玄関で隠れるようにして待っていた。彼の家の方向を知らない。彼も知らないはず。家の方向が逆だったらどうするんだろう。そう思いながら待った。

「あれっ・・・えーっと・・・・・・。あ、いた。奈緒さん。」

 玄関を出てすぐいないと思って焦った。でも彼女が約束を破るような人とは思えなかったから、一番人目につかなそうな角を見たらやっぱりいた。ちょっと怯えたような瞳で下を見ている彼女。一緒に帰れると思ってなかったからとても嬉しくて、承諾してもらったときは泣きそうになった。

「帰ろうか?」
「あ・・・はい。」

 中途半端だけど少し遠い距離感。だけどその距離感が私にとって一番楽な距離感だった。

 中途半端な斜め後ろを歩く彼女。だけど俺は彼女にとってそれがいい距離感ならばそれでいいと思った。


 何を話すわけでも、何かして帰るというわけでもない。むしろついさっき一緒に帰ることが決まった二人は、静かに校門に向かって歩き出した。

勇気・・・

 本当に何も話さず、ほぼ彼に着いていくように歩く。偶然にも私の家の方向と同じだったから特別声をかける必要もなくて、ただ静かに夕暮れの赤い道を歩いていた。

「ねぇお姉・・・じゃないや、奈緒さん。」
「へ!?」

 突然話しかけられたから驚いた。だって、何の前振りもないんだもん。特別こちらを見るわけでもなく、ふっと声をかけてきた柊斗に奈緒は驚きすぎて声が裏返ってしまった。

「・・・ちょ、何その反応。笑うんだけど・・・。可愛すぎじゃん。」

 笑われたことでさらに恥ずかしくなって顔は真っ赤。いつも以上に下を向いて奈緒が呟く。

「だ、だって・・・突然話しかけてくるから・・・」
「ごめんごめん。まさかそんな面白い声出すと思わなかったんだ。でもやっぱり話してみると面白いね。」

 不思議な感覚だった。いつ以来だろう・・・こんなに人と話したのは・・・。あの仕事をしてから汚くなった自分が浄化されているような気がしていた。そんなことあり得るわけがないのに。
 そうして話し始めてからしばらくは話しながら歩いた。立ち位置も距離感も、目を合わせるわけでもない。ただ斜め前と斜め後ろでお互いに相手を見ることなく、独り言を言うように会話した。
 そしてしばらくして話題が切れ、ふと思っていたことを震えながら声に出してみた。

「あ、あの・・・滝川、くん・・・?」
「お、初めて俺の名前呼んでくれたね。どうしたの?」
「あの・・・家の方向一緒、なんですか・・・?」
「いや?俺の家あっち。」

 指さしたのはまた学校へ戻る道。

「え・・・な、なんでこっちに・・・」
「んー・・・なんとなく、かな?俺運も強いからさ!家の方向合ってるようでよかった!」
「あ・・・う、うん・・・。」
「まぁ、正直間違ってても、一緒にいる時間長くなるし良いかなって思ってたんだ。早く帰りたくて道違ってたら声かけてもらえて一石二鳥だしね。」
「確信犯はずるい・・・。」

 つい拗ねてしまった。年下なのに自分より上のような気がして、なんだかムカついてしまった。
 でもなんとなく好んでもらえてることに対する安心感があって温かく・・・居心地が良かった。

君を"大事"にしたい

君を"大事"にしたい

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-29

Public Domain
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Public Domain
  1. 葛西奈緒という不幸な少女
  2. 滝川柊斗という名の幸福な少年
  3. 出会う。想う。
  4. 気付いてるよ
  5. 一緒に帰ろ?
  6. 勇気・・・