ENDLESS MYTH第2話-13
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弾丸は発射された。銃口から噴き出された火花は数度にわたって花びらを広げ、銃弾を放出した。
動線上にメシアの顔がある。ベアルド・ブルの新人が放つ弾丸にしては性格に、メシアの額を捕らえ、このままでは間違いなくメシアの脳髄は弾け飛ぶ。
銃声が数度にわたってロビーに反響した時、エリザベスの悲鳴もまた、銃声とぶつかるように立ち上った。
気持ちを抑えることなく、メシアに向かう弾丸を、自らの能力、稲妻を指先から放射し、鞭のように弾丸を叩き落とそうと、エリザベスの指先は青白い閃光を一瞬帯びた。
が、彼女が能力を使うまでもなく、弾丸はメシアへは到達しなかった。落ちくぼんだ瞼から2センチばかりのところで弾丸は、ゼリーにでも食い込んだように中空で停止してしまったのである。まるで何かの力に阻まれるように。
「やはりデーモンか!」
叫ぶベアルド。
「クハハハハハハ」
けたたましく背筋をかきむしるような笑いが周囲を渦巻く。誰が笑っているのでも、声帯を震わせ声を発しているのでもない。誰でもない何者かが発する、嫌味な笑い声であった。
「姿は現せというのは無理な話でしょうけれど、わたし達の救世主を返していただけませんでしょうか」
妙に丁寧口調で言う神父は、胸の前で神父らしく十字をきる。
すると笑い声は途端に消えてしまい、メシアの身体に異変が起こった。むんずと捕まえていたジェフの首から手を離すなり、ジェフの腹部を蹴飛ばすと、そのまま壁際へ走り出し、壁をなんとそのまま走り登っていった。そして天井へ蜘蛛のようにへばりつくなり、真っ青な顔はニタリと、まるで快楽殺人を犯した殺人鬼のような、ゾッとする微笑みを浮かべる。
「なんなんだ、メシアはどうしちまったんだよ」
困惑するイラート。その手には自然と稲妻が握られている。能力を開放する時がきたのかもしれない、と心を身構えていたのだ。
「アストラルソウルと我々は呼んでいますが、正確には“汎用性霊体”と呼びます」
「なんだいそれは?」
倒れて、久しぶりの空気を肺に吸い込み、ようやく生き返った心地のするジェフを引き起こすニノラが尋ねる。
天井を見上げ神父は眼鏡を指で押し上げた。
「簡単にいうと、人間を含めたすべての生命体が組み込まれた『因果律』という籠の中で飛び回る鳥のようなものです。ですが、物理空間、つまりこの世での行いが道を外れると、【デーモン】つまりあのようになってしまいます。
聞いたことがあるでしょう、悪霊憑き、という言葉を」
咳き込み、首に青あざがクッキリと出ているジェフが、やっとのことでつぶれた喉から、しわがれ声をだした。
「メシアは取り憑かれたってことか」
神父は静かに頷いた。
誰も神父の言葉を咀嚼などできてはいない、だが、悪霊に取り憑かれた事実だけは、メシアの姿を見て解釈していた。
「神父なのですから、悪霊を祓ってください」
面長の男は親友が天井をバタバタと這い回るの見上げ、冗談めいてディンガー神父へ言い放った。
内心、彼はこの状況を楽しんでいた。救世主がこうしてデーモンに取り憑かれ、天井を這い回るなど、実に滑稽な姿である。もし、この場で自分の能力を使用し、メシアをハエ叩きで潰した風にできたとしたら、歴史どころかすべてが変わってしまう。自分の、この手で何もかもを覆すことができるのだ。そう妄想するだけで、ファン・ロッペンは身震いした。
と、その時である。ロビーのソファが急に光に覆われた。
今度はなんだ、と全員がソファの方角の目映い光源に視界を遮られた。
「時代は正確なようですね」
光が消失し、視界にぼんやりと光に焼き付けられた残像を視界の端によせながら、声の主を探した。
巫女のようにあでやかな袴。それに革鎧をまとった、不可思議なアジア系女性が声の主であった。
光に空間がそぎ落とされたのか、ソファは光が放射された範囲、形に切断されている。
女性と視線が合致したのは、マックス・ディンガーとベアルド・ブルの2人だ。
「ソロモンの方ですね」
女性はそっと2人に尋ねる。しかし瞳から放射される輝きに油断はなく、緊迫感が凝縮されている。
格好を見て女性を認識した刹那から、ベアルドは女性が何者なのかすぐに把握し、アサルトライフルを構えた。
「KESYAの者か!」
叫ぶベアルドの警戒心は一気に上昇した。
それを冷静におさめるように、神父の手がライフルに乗り、銃口を下げさせた。
「今は組織間の対立よりもこちらの方が先決です。貴女ならデーモンを駆除できますね?」
女性を眺めた神父。
その視線を受け、彼女は天井を蠢くメシアの姿に視線の矢を突き刺した。
ENDLESS MYTH第2話ー14へ続く
ENDLESS MYTH第2話-13