炭酸水
プロローグ
何かの細胞のようにも見えた。
窓から覗く夕焼け空と都会の景色はあまりに狭苦しく重く窮屈な地面に対比した空がやけに目立つ。
ビルのライトが揺れ動くように点滅しその中にある無数の生命体へ思いを馳せる。
細胞のようだ、そう思った。陽が出れば増えるプランクトンのように蠢いているその塊を、人混みより熱いむさ苦しい何かを感じた。
あそこに死期が近い人間が何人いるのだろう、あそこに今死にたいと切に願う人間が何人居るだろう、考えて、やめた。
自分がプランクトンのような、ただの細胞のようなものの一部だと思う事は今までの人生全てを否定されるような気分で心底胸糞が悪い。
一人一人の人間に人生の物語があるなんて、そんなクドイことはあるか、
いっそのこと自分とその周りの人間は全てただの演出で、それこそ、細胞であったらいい。
視野の広い人間ほど固定概念に囚われ苦しむ者はいない、赤子が1人で生きてはいけないように、膨大な幸せを支える糧がそれ以上膨大な不幸であるように、持ちつ持たれつのその関係性をその循環を無下にしては生きていけないのだろう。
私はフッと息を吐いて、ソファに体重を落とす。
なにを考えているのかと、目を閉じる。
生命器具の音と、ナースコールの音が実にあっさりと、笑い声をかき消す。
30分が経っていた、外に目をやるとそこにはなにもなかった。
こんなものか、そう思い、勢いをつけて立ち上がると彼が遠くの方から歩いてくるのが見えた、できるだけ明るく声をかける。
「どうだった?」
どうだった、なんて白々しいにもほどがあるほどに甘ったるい台詞を簡単に消してしまえる言葉を彼は吐いた。
「駄目だった」
駄目だった、と。
ああ、そうか、死んだのか。
彼の中で私は死んだ。
あまりにあっさりと、私は死んだのだ。
1章
転校先の学校は錆びれていた。
ギシギシと鳴く廊下は子供ながらに不気味だと思った、端にある音楽室も理科室の埃混じりの匂いが私を無意識に遠ざけさせる。
転校して2ヶ月と10日が経った頃、私は早くも学生の人間関係からリタイヤしていた。
転校先である杉之原中学校3年の夏休み前の人間関係は出来上がっていたのだ。
言葉の壁より重い、空気感の壁が私を押しつぶすのはそこまで時間がかからなかった。
合わないのだ、学校という社会が。
私には心底合わないのだ。それこそ、鼻で笑ってしまえるほどに。
狭い箱に缶詰にされ強制を強いられる社会に唾を吐く。それでいて私には自信がない。
自分を売りにするものが何もない、私と友人になるとこんなメリットがあるだとか、クラスの空気の中での役割だとか、クラスに1人はいるムードメーカーだとか、いつも机に突っ伏す勇気だとか、そういった設定が、私には決定的に足りなかった。
その決定的に足りない何かを探し当てることも、まだ余っているであろう設定を選別し弾き出す気力も、私にはやはり無かった。
中庭の花壇に舞うスプリンクラーの水が光の粒になって地面に吸い込まれてゆく、あと5分で授業終了のチャイムが鳴る。
炭酸水