招霊機 「逝く処」5章 反撃


 佐々木が見事な前屈姿勢で駆けてきた。
「馬鹿な・・・ありえない・・・ササキ・リモートが破られるなんて」
 視線の先には大事な彼女を奪った憎たらしいロボット。
「人間の魂は動物霊を操るようにはいきません」
 杏奈が抜けた招霊機は元の銀色のボディに戻って倒れていた。
「木村さん自信が判断しました。招霊機を出る、と」
「判断だと?できないはずだ」
 唸る佐々木。
「・・・できないはずなのに・・・今までできなかったことなんかなかったのに」
 佐々木は俯いた。硬く握られた両手がぶるぶると震えている。
「俺には生まれつき先祖代々から伝わる凄い能力があるんだよ。それで俺たち佐々木家にはむかう敵をやっつけてきた。財産も家族も何でも思いのままなんだよ。俺と一緒にいればまともにクダラナイ学校に行く必要もないんだ・・・だのになんで・・・その女は俺の言うことを聞かないんだ?」
「自分を殺したストーカーの言う事を聞く人はいない」
 Jの青い瞳が佐々木を見つめる。
「あなたはもう、そんなことすら判断できないのですか」
 佐々木の手の震えが止まった。
「恵まれているというのに、あなたは死に急いでいる。生きていれば木村さんともいつか仲良く出来るやり方を見つけられたかもしれないというのに」
 虚ろな佐々木の視線。
「・・・意味、判んねーよ、おまえの言ってること。生物でない人造物のお前に何が判るってんだよ。いつまでも死にもしない『モノ』に、短いサイクルで生き死にする生物の気持ちが語れるとでも思ってんのか?」
 力を込めて喋りすぎて声が擦れてきたにも関わらず、佐々木はグダを巻くのを止めようとしない。
「それにな、お前らロボットは生まれた頃から完璧に出来ているだろう。だがな、人間は生まれた時は一人じゃ生存もできない赤ん坊から始まるんだよ。自分の意志では動けない親の思いのままにしか行動できない状態がスタートなんだよ」
 脳裏に浮かぶ、物心ついた頃からの映像。
 
 おどろおどろしい装飾の家に物や金が溢れていた。
 だが、いつ見ても不安と苛立ちしか与えてこない表情の両親、親戚。
 常に聞こえる死人の声、夥しい動物の屍骸。
 友達と遊ぶことも許されず叩き込まれる儀式の数々。
 我が家系以外はカスという教え。
 全てが揃っていた。与えられていた。それで当たり前だと思っていた。何も欲しいとは思わなかった。
 だけど、木村杏奈に出会った瞬間の、あの胸に光が射すような高揚感はそこには存在しなかったのだ。
 だけど、自分はそんな木村杏奈を手に入れる手段―自分が見下している能力を持たない一般の人間がやすやすとやりこなしているいわゆる『普通に喋ったり』『普通に遊びに行ったり』『何かを一緒にしたり』―をどうやってやればいいのか知らないできてしまっていることに気がついてしまった―この時代のこの蟲毒使いの家庭に生まれ落ちた時点から失い続けてきたのだ。
 生まれて初めて襲いくる絶望。
 それが今、自分を突き動かした。
 かつてないほど情熱的に。

「俺は、この世界が嫌いだ」
 佐々木は顔を上げた。

「・・・泣いています」
 ロボットの青い瞳が見つめていた。
「ごめんなさい、と」
「誰が、だよ」
「あなたの母親です」
「は?」
「あなたに実際彼女の声を聞いて頂きたいのですが・・・『再生』は一度きりしかできない」
「はあ?」
「彼女を『解放』します」
 Jは右手を自分の胸にあて、握りしめた。
「あなたならコンタクトできるはずだ」

 招霊機の手が振り上げられ、開いた。

「うぐ・・・」
 佐々木は目の前に出現した母親に言葉を失くした。
 彼女は自殺した醜い死体ではなかった。
 
 何も知らないでいられた幼い頃に見ていた、ただの普通の母の姿だった。

「・・・伸也。私が弱かったばっかりに、あなたを父さんや親戚から守れなかった・・・ごめんなさい」
 とても優しい悲しみを帯びた表情と声。
「母さん、あなたの傍にいてあげる。あなたが死んでも地獄まで一緒に行ってあげる・・・だから罪を償って」

 だが、佐々木の表情はずっと強張ったままであった。
「なんだよ・・・」
 喰いしばった歯の隙間から声が絞り出される。
「なんだよ、そのハートフルな身内で説得作戦はよ」
 佐々木は見下げた視線でJを睨みつけた。
「そんなセコイ説得にはひっかかんねーよ!」
 佐々木・母の霊体の足元から動物霊軍団が噴出した。
「伸也!」
 高くつんざくような悲鳴をあげ、あっというまに母の霊体が動物霊軍団に喰いちぎられる。

「なんてことを」
 Jの青い目に冷たさが宿る。
「最後のチャンスを無駄にしましたね」
「偉そうに!お前、俺の何を知ってらっしゃるつもりなのぉ?」
 佐々木は休むことなく叫んだ。
「ササキ・リモート!」

 佐々木の視線が地面に横たわっている元杏奈を霊媒していた招霊機に移った。
Jの聴覚に思念エネルギーの波動が伝わる。
―危ない!―
 さっき取り込んだばかりの杏奈という名の少女だ。
―あの中にまだ、人がいるの!―
 キィーン・・・。
 起動音をたてながら腹に穴の開いた銀色ロボットが立ち上がる。
―今度は、あの人達が操られて、また人殺しをさせられちゃうわ・・・―
 杏奈の悲痛な心の叫びがJに突き刺さってきた。
 音声にはなっていないが杏奈にJの思考がはっきりと伝わってきた。
―2名ほど霊体エネルギーが残っていますね―
 
「行け!」
 損傷箇所から火花を散らしつつ、招霊機試作品(プロト)は瞬時に飛び上がり、走り出した。
 標的はベンチで意識朦朧と横たわっている美月。

 Jには見えた。
 彼の体内の杏奈にも見えた。
 佐々木にコントロールされ、凄まじい形相で襲いかかってくる、体だけ痩せさらばえた中年の女と幼い男の子が。
―やめて!―
 Jの中の少女、杏奈が叫んだ。

 自然に杏奈の両足が動き出した。

 杏奈の動作がJに連動した。

 Jが走り出す。
 たちまち、佐々木に操られている破損個所だらけの銀色ロボットとの距離を縮める。

―『再生』は一度きりです。それを了承しておいてください―
 Jの声が遠くに聴こえる。

 招霊機の姿が、杏奈に変わった。

「私はここよ!」

 杏奈は叫んだ。
 手を差し伸べた。

「お願い!こっちを選んで!」

 細っこい十七歳の少女の手がロボットの背中に食い込んだ。

 その手がロボットの体内から餓鬼のような体の女と子供を引きずり出した。

 グァシャーン・・・・。

 急に脱力した銀色ロボットが地に崩れおちる。

 杏奈が引きずり出した子供と女の姿が、かき消える。

 佐々木は動じなかった。
 こうなることは予測していたのだ。
「かかったな、バーカ」
 ぼろぼろになった招霊機の戦闘能力など、はなからアテにはしていない。
「まとめて死んでもらって、木村・水月コンビの霊に祟り殺されるんだ、それでもオッケー!」
 自分が殺した女と強力な巫女の怨霊。
「俺、間違いなく即死」
 
 腐りきった肉体の動物霊達が佐々木の身体から噴出する瘴気から出現し一つの束となって巨大な蛇のごとく宙をうねりながら少女達に向ってくる。
―木村さん、あなたは、ここに―
 Jの指示が頭に響いたと同時に、杏奈の感覚が急変した。
 何か、見えないベール越しに外界と接触しているとしか説明のしようのない感覚。

 木村杏奈から金髪青年に変化した招霊機の拳が、先頭きって襲いかかってきた巨大化け猫の鼻っ柱を殴りつける。

「美月!」
 Jは応戦しながらジャケットの懐から白い布に包まれた物体を取り出し背後の美月に向って投げつけた。
 それは思い切り大きな激突音と振動を美月の横たわるベンチに喰らわせた。

 水月神社の宮司、美月の養父から託された神刀・十六夜丸である。

 美月の瞼が少し開けられた。
「十六夜丸・・・」
 ベンチから少し離れた処に見慣れた水月神社の紋が染めつけてある白い布が転がっている。
 彼女は、その中に、あの忌々しい刀―十六夜丸が包まれていることを知っている。
 これまで何度も美月が使おうとして、この神刀を握った。
 しかし、一センチたりとも持ち上げる事が出来なかった。
 本人が扱えるレベルではないから起きる現象だと父は言っていた。
 不思議な事に霊能力のない圭なら軽々と持ち上げられるという非常に癪に障る刀であった。
「十六夜丸レベルでないと勝てません。今まで相手にしてきた奴らとは明らかに違うということは充分に解ったはずです」
 押し寄せる動物軍団に応戦しているうちに後退してきたのだろう、うっすらと開かれた美月の眼にJの後ろ姿が視界に入ってきた。
 だが、その瞼が再び閉じられようとしている。

「美月、あなたのお父さんからの伝言です」
 美月の状態を確認したJは告げる。
「今を乗り切れないのなら、おまえは死んだ方が幸せだ―彼はそう言っていました」

 美月の眼が開いた。

 きつい眼付ではあるが、その瞳に宿るのは怒りや泣き言の類ではなかった。

「父さん・・・らしい・・・」
 擦れた美月の声。
 傷の痛みをこらえ、全身を震わせて起き上がる。
「だけど・・・」
 口元に頬笑みが浮かんだ。
「私は・・・」
 よろよろと歩きだす。
 美月にJの防御をすり抜けてきた動物霊軍団がひきりなしに激突し、彼女の体をふらつかせる。
 ぼんやりとした視界の中にJが見える。
 彼は次から次に襲いかかってくる動物霊軍団を素手で次々と破壊していた。
 しかし、どんなに彼の戦闘能力が高くても相手の数が多すぎる。
 すさまじい攻撃に傷の痛みが追い打ちをかけ、美月は前のめりに倒れてしまった。
 それでも美月は、その手を十六夜丸へと這い伸ばしていく。

 細い華奢な指先が黒塗りの刀の鞘に届いた。
「私は・・・生きていたい、から」

 美月の指が神刀を掴んだ。
 掴んだとて、神刀は1センチとも持ち上げられない。

「私の・・・」
 無理やり指を刀の下に潜らせる。
 全身の力を指に込める。
「私の・・・」
 その間も動物霊軍団の攻撃は止むことはない。
 さっきより、美月の体は大きく揺さぶられている。


 震えるその両手に握りしめるは十六夜丸。 

「・・・私の魂の行方は・・・」

 神刀が持ちあがる。
 歯を食いしばって刀の重みを受け止めながら白布をはぎ取る。
 精一杯の力で神刀を握りしめ体を起こす。

 両足を踏ん張る。
 立ち上がる。

「・・・私が決める」

 神刀、十六夜丸が白い光を放った。

「その現象は、刀が相手を認めた証です」
 美月に聞こえないようにJは呟いた。
「私は・・・覚えています」


 それまで帯刀であった十六夜丸が、月明かりを照らし返し輝く長い刀身と変化したのである。

「いくわよ」
 今までのやられっぷりはどこへやら美月は気迫充分の眼光を動物霊軍団に向けた。

招霊機 「逝く処」5章 反撃

いつも読んで頂いて有難うございます。感謝です。

招霊機 「逝く処」5章 反撃

『招霊機』ジェイソン・ミナツキモデル001―通称「J」。彼は霊魂を収容し再生し、また攻撃・破壊する機能を持つ霊能者守護用ロボットである。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-04-26

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