北風
北風に
追い付かれたから
北風の中を、女の子が走っていました。日の暮れかかった夕空からは、無情な冷たい大風が、吠え荒れ狂いながら吹き付けてくるのでした。林を透かして、女の子の家が見えました。あと少し、あと少し…。
そう思った瞬間に、物凄い力で口を塞がれ、息が詰まって、███は何もわからなくなってしまいました。
明るいカーテンのかかった薄暗い部屋のベッドに、███は横たわっていました。幾年かが巡っても、███は七才のままの姿でした。███としての心と体を、壊されてしまったから。
お母さんが入ってきておはようを言い、虚ろな目の何も言わない███に食事を与え、トイレの世話をして、静かに出ていきました。
カチコチと動き続ける時計の下で、この部屋だけが時の流れから切り離されたように、何も変わらぬ日々が続いていました。
今日で、あの日から七年経ちました。お母さんはいつものようにカーテンを開け、███の世話をすませると、ベッドの隣に座りました。そして、███が赤ん坊の頃によく唄って聞かせていた、子守唄を歌い始めました。
子守唄を聞いても、███はぴくりともしませんでした。お母さんはそんな███の様子をしばらく黙って見つめていましたが、突然、ベッドに突っ伏して激しく泣き始めました。
そうして、泣いて泣いて声が枯れるかと思った頃、ふと顔をあげると、███の首に両手を当てました。そしてゆっくりと、次第に強く、███の首を絞めたのでした。
瞬間、███が、目を見開いて叫びました。
それは長い長い叫び声でした。悲鳴というよりも、怒号に近いものでした。地の底から響いてくるような、腹の底から絞り出したうめき声でした。怒りと、悲しみと、憎しみに満ちていました。
お母さんはびくっとして、急いで手を離すと、「ごめんね、ごめんね」と泣きながら、震える手で███の胸にすがり付きました。
███は、魂の底の底から叫び続けていました。
帰宅して物音に驚き駆けつけたお父さんの影が、痩せた小さな二人の後ろに、ぼんやりと薄く伸びていました。
うららかなある春の日。長い眠りから目覚めた██子は、髪を二つのお下げにして、ベランダの花に水をあげていました。
相変わらず表情がなく、ものも言いませんでしたが、花が咲くのがいかにも不思議でたまらないという顔をして、植木鉢の土と花とを怪訝そうに覗き込むのでした。
お母さんはそんな██子の様子を見ると、突然うずくまり、悲しみとも喜びともつかない声で、息を詰まらせて泣きました。
すると██子は、無言のまま、小さな手でお母さんの髪を撫でるのでした。
北風
█████████████