ぷれぜんと

 この作品をフレンドのミードさんにささげます。

 ボクの名前は、どうでもいいけれども、高橋水城(たかはし みずき)、高校二年生だ。
 あ、どうでもいい、と言ったけれども、実際どうでもいい男なんだ。
 勉強もスポーツも秀でてはいないから、クラスでも目立たない存在。
 そんなボクだけれども、人並みに恋はする。
 同じ生物部の後輩で、並木ミチル(なみき みちる)に恋している。
 もちろん片思い。
 彼女学校中の男子の憧れの的みたいな可愛らしさ、に加えて成績優秀だからボクの様な劣等生なんて相手にしてもらえるわけがない。
 絶対ない。
 断じてない。
 ルックスはそう悪くないと自負しているけれども、ボクの能力では彼女につりあわないから仕方ないか。
 あきらめている。
 だってどうしようもないもの。
 どうしようもない、と言えば、両親からもどうしようもない息子と思われている、だろう。
 自分の進路について、まともに聞いてもらった試しがない。
 子供の意思を尊重して任せている、とはきれい事、本当は見放されているに違いないんだ。
 愛情がそこにない。
 かけらもない。
 法律上親子だから、義務的にひとつ屋根の下に暮らしている、ただ、それだけだ。
 現に、今日六月六日の日曜日、両親はボクをほったらかしにして外出してしまって、ボクの食事の用意はどこにもしてなかったんだからね。
 ボクはわびしくインスタントラーメンを作って食べる。
 美味しくもなんともない。
 ただ胃が要求するがまま、麺をすする。
 ピンポーン。
 そのとき玄関のチャイムが穏やかになった。
 日曜日は宗教の勧誘が多い。
 おそらくそうだと思って無視していたら、ドアを押し開いて誰かが入ってくる物音が。
 両親が施錠し忘れていったんだな、とボクは慌てて接客に出ざるをえない。
 空き巣狙いの可能性だってあるし、いやいやながら足を運んだら、見るからに訪問販売員みたいな中年男が軽く頭を下げていた。
 笑顔はさわやか系だが、でっぷりと太っている。
「こんにちは。わたくしこういう者ですが」
 男が差し出した名刺を受け取り、ボクはよく確かめもせずに、
「今両親は外出しておりますので、また後で訪ねてきていただけませんか?」
 と返した。
「いえいえ、わたくしは水城君、あなたに用があってまいりましたのですよ」
 名前で呼ばれてドッキリしたが、表札に家族全員の名前があるから、そこで確かめたのだろう。
「ボクに?」
「はい」
 英会話教材とかの押し売りだ、と直感した。
「結構です。まにあっています」
「まにあっている? そんなはずはないでしょう。話だけでも聞いてみる価値はあると思いますよ」
「どう価値があるんですか?」
「勉強ができるようになりたくありませんか?」
「そりゃあ、なりたいけれども」
「憧れの彼女に好かれたくないんですか?」
 再びドキリとした。
 どうして、こいつはそんな事がわかるんだ、と。
 いや、待てよ、誰だって学生なら勉強ができるようになりたいし、好きな異性の一人はいる、だからボクにこの販売員は鎌をかけているんだ、と思いなおし、
「いまさら勉強したって、すぐに頭はよくなりませんから」
 とかわした。
「並木ミチルさんは、頭のいい男の子が好きなタイプらしいですよ」
「     !」
 何故こいつはボクの気にしている彼女の名前を言い当てられるんだ?
 ボクの身辺調査をしている?
 嫌な気分を通り越して、ボクは不審者を警戒した。
「出て行ってください」
「なにも怒らなくてもいいんですよ。あなたにとって悪い話じゃない」
「警察を呼びますよ!」
「困りましたね。わかりました、退散します。ですが、プレゼントだけはここに置いていきますから、よろしければご試用ください」
 よほど警察が怖かったのか、男はそそくさと家を出ていった。
 ボクに強引に黒い箱と封筒を押し付けたまま。

「おー、すげー。水城のやつ、また一番だぜ」
 うちの高校は一応進学校で、中間期末テストの成績優秀者上位30名は、廊下の掲示板に、これ見よがしに張り出される。
 無論ボクにはまるで縁が遠かった世界のはずが、近頃ではトップになるのが当たり前だ。
 この急激な変化は教師達にカンニングを連想させたようだが、疑いはすぐに晴れる。
 だって事実不正などしていないのだから。
 そして、
「水城さん、いっしょに帰ろうよ」
 憧れの並木ミチルと仲良くなるのも、そう時間がかからなかった。
「今度私の家にいらして。教えてほしい問題があるの。ついでにお父様とお母様に紹介したいし」
 なぜこうなったのか?
 それは、あの変な販売員らしき男が残していった黒い箱の中身と封筒のおかげ。
 説明する必要があるので、すこし過去に戻ろう。

 その男が玄関ドアを出ていってから、ボクは単なる好奇心から箱を開けてみたのだけれど、中身はなんと目玉が二つ。
 ボクは驚いて腰をぬかさなかっただけ幸いだった。
 深呼吸してから気を落ち着かせてよくよく確かめてみても、やはり目玉以外のなにものでもなかった。
「気味の悪い」
 その時だ、それら二つの玉は突然箱の中でうごめいて後、ボクの両目に向かってピョンと弾んだのだった。
「あっ」
 と叫ぶ間もゆるされなかっただろう。
 ボクは激しい眼球の痛みを感じ、次の瞬間気を失ったようだった。
「なにしてるんだ、お前?」
 正気を取り戻して最初に見たのは、帰宅してちょいと額から湯気を出している父親の顔。
「目玉が、ボクの目の中に……」
「何言ってるんだ? 気でも違ったか?」
「箱の中に目玉が入っていたんだよ」
「箱? ああ、これか、よく出来ているなぁ。義眼というやつだろう。しかし、何でこんなものが、ここにあるんだ?」
「変な人が来て置いていった」
「変な人? 誰も入れないように鍵をかけていったのに」
「え? そうなの?」
「ったく。留守番もできんのか、お前は。で、この封筒は何だ?」
 封筒には白い紙が入っていた。
 父はそれを取り出して何も書かれていない、と言った。
 だがボクには見えた、紙片には文字がビッシリと書かれてあったのを。
 それから自分の部屋に戻り、ボクはあらためて文章を読んでみた。
 冒頭に、ここに書かれてある文章を百万回繰り返して朗読せよ、とあった。
 馬鹿な、と誰だって思うだろう。
 そんな暇人などいない。
 しかし、これを達し得た者は記憶の達人となるであろう、と書かれてあったし、また補足として、百万回が無理でも読んだ回数に応じて記憶力は増すであろう、とあったので、ボクは半信半疑、少し試みてみることにした。
 オール平仮名で、お経みたいに意味不明な文章が、原稿用紙一枚分くらい書かれてあって、普段なら苦痛のレベルだけれども、その日ボクは何故だか、取り付かれたように文章にすいつけられてしまったのだった。
 あるいは、この目玉のせいだろうか?
 痛みは消えたけれども、自分の眼球が自分の物でないかのようにさえ思えた。
 それだけではなく、その日からボクは一睡もできなくなってしまったのだ。
 というと不眠症かと言われるだろうが、そうではない。
 眠くならない。
 ボクはその日以来、寝るという行為から解放されたのだった。
 そしてボクは眠る事無く文章を朗読し続け、やがて記憶力が増大。
 十月の中間テストは一夜漬けの試験勉強にして学年50位。
 十二月の期末テストは試験当日朝二時間教科書とノートを、ちら見しただけで順位が学年13位。
 年が明けて三学期年度末試験では、とうとうトップに躍り出たのだが、この頃は既に授業で聞いた事は一度でみんな覚えてしまうので、特に勉強をしなくてもよい段階に達していた。

 それからは順風満帆(じゅんぷうまんぱん)で今に至る。
 高校三年生になってボクは優等生にして美人の彼女をもつ、全校生徒の憧れの的になっていた。
 当然両親の態度も良い方向へと激変。
 それはもう猫好きな人が子猫を可愛がるに似て、気味が悪いくらいに。
 幸せすぎて怖い、そんな表現が当てはまるくらいに充実している。
 と、ふと寝る前に暦をみていて気がついた。
 六月六日。
 ちょうど一年前に、あの変な訪問販売員がやってきたんだったなぁ。
「あいつは、いったい誰だったんだろう」
 ベッドの中でうとうとまどろんで考えていると、突然の金縛り。
 目蓋しか動かせない恐怖の中で、自分の腹部に圧迫感。
 ボクは、そのボクの上に座しているのが、例の男だということに気づいてさらに心臓が縮みあがる。
「お、お前は?」
 唇に、かすれた声がかろうじて許される。
「ホホホ、あれはお気にめしていただけましたでしょうか?」
「お、お前は何だ? 悪魔か?」
「悪魔?」
「か、金か? 命か? ボクの何が欲しいんだ。魔法の代償として」
「何も要りません。プレゼントと言ったはずですよ」
「物をタダでくれる奴なんていないだろう。サンタクロースじゃあるまいし」
「それです。わたし、サンタクロースです」
「ええっ?」
 確かにでっぷりと太って、ヒゲこそないものの、サンタ体型であるが。
「正真正銘のサンタクロースですよ。ちなみにサンタクロースは地球上のあらゆる言語を習得しています。もちろん日本語もね」
「で、でも今は夏ですけどぉ」
「ホホホ。南半球ではサンタは夏にやってきます。これ常識ね」
「そ、そうだけどさ、ここは北半球だし」
「冬に配るのは小学生までの子供だけね。夏に配るのは大人向けね」
「え、そうなの? 大人にも配っているんだ」
「そう。ただしサンタの存在を信じていない人にはやってきません。そういう人は、現代には、ほとんどいませんから、とってもヒマですね」
 そうだ、ボクは恥ずかしいけれども信じている。
 ネス湖のネッシーや宇宙人や死後の世界や、あるいはニホンオオカミやカワウソが絶滅したなんて信じていない。
「サンタのトレードマークのヒゲは?」
「暑苦しいので夏場は剃っていますね」
「そ、そうかぁ。でもボクの頭がこんなによくなるなんて、どんなプレゼントだったんだい?」
「箱には目玉が入っていたでしょう?」
「今も入っているよ」
「ああ、それは、あなたの目玉です」
「ええっ!」
「入れかわったはずです。今あなたの眼窩(目のくぼみ)にあるのは、ラーミアの持ち物です」
「ラミアって、RPGによく出てくるモンスターだろう?」
「もともとはギリシャ神話の中の美女で、女神ヘラの嫉妬(しっと)から眠れないように呪いをかけられたのです。ですが、これを哀れに思ったゼウスが目玉を取り外せるようにしたのです」
「そ、そうなんだ。それが今ボクの目玉になっているんだ!」
「そうです。だから、あなたは眠らないで平気」
「あのお経みたいな文章は?」
「あれはですね、日本の昔の弘法大師という僧侶が会得した虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)という技を簡略化して書いたもので、あれを何度も読めば記憶力が増大するのですよ」
「ギリシャ神話に空海大僧正かぁ。なんだか知らないけれど、すごいプレゼントありがとう」
「いえいえ。喜んでいただいて、わたくしも嬉しいです。それで、並木ミチルさんとは、その後うまくいっていますか?」
「ええ、おかげさまで」
「よかったです。では、わたくしは、このへんで失礼しましょうか」
「お茶も出さないですいません」
「おかまいなく。ホホホ」
 とサンタクロースが言い終わる前後にガラスの砕ける音がして、ボクの金縛り状態は解けた。
 窓ガラスが全開になって、外から湿度の重い風がカーテンを持ち上げては下ろすを繰り返していた。

 風が吹いていれば帆船は快調に進む。
 けれども風が強すぎれば、目的地をはるか通り越してしまうだろう。
 ボクにとって幸福である期間は意外と短かった。
 恋人にふられたとか成績が落ちたとかいうのではない。
 それなのにボクには辛い日々が待ち受けていたのだ。
「水城、お前どこの大学を受験するんだ?」
 藪から棒に父親がボクの部屋に押し入って開口一番。
「え? 大学?」
「ああ、これだけの成績だ。東大だって京大だって楽々だろうがよっ。俺はお前に医者が弁護士を目指して欲しいんだが、どちらがいいかは、お前の好きな道を選べ」
 正直、医者も弁護士も選択肢にない。
 ボクは水族館か動物園の飼育係になりたいのだ。
 でもとても、そんなこと言える雰囲気ではなかったので、とりあえず東大法学部と答えておいたら、父は大喜びで、
「東大法学部か、うん、それがいい。俺の知り合いに県会議員とコネのある奴がいてな。東大卒業したら、その議員の秘書になれるように計らってもらおう。うん、東大か、よし」
 と頷きながら父は出て行った。
 なんだか人生の方向性が確定してしまったみたいで嫌で、嫌で、ボクは恋人のミチルに相談したのだが、
「うん、いいじゃない。東大法学部卒、県会議員の秘書。ゆくゆくは大物代議士ね。私も応援するからさ、頑張って」
 と逆に背中をたたかれて激励されてしまった。
 人には夢があって、その夢に向かって努力することに力を惜しまないものだろうが、自分が好きでもない事に対してモチベーションを保つのは困難であろう。
 それからのボクは悲惨だった。
 やる気がでない。
 それが記憶力を鈍らせた。
 普段50点しか取れない者が90点取れば褒められるが、満点ばかりの者が90点では叱られる。
 こんな時は柔らかいベッドで眠りたかったが、それすらできない。
 期待されることが、こんなに辛いとは知らなかった。
 そうしてみると期待されていなかった頃がひどく懐かしい。
 並木ミチルを恋人にすることは叶わなかったにせよ、進路に関しては自分の好きな職に就けただろう。
 そして、職場でそれなりの彼女を、きっと見つけられただろう。
 なのにボクは、眠れないまま机に向かって勉強し続けるしか道がなかった。
 東大法学部とやらを目指して黙々と。

「あなた、聞いているの?」
「ああ、聞いているよ。帰りに食パンを買ってこい、だろう?」
 朝から妻の機嫌がすこぶる悪いようだ。
 もっとも彼女が不平不満をボクにぶつけない日はないのだけれども。
「いってきます」
 に返事もない。
 まぁそれに腹を立てるつもりもないが。
 ボクが悪いといえば悪いんだし。
 だってボクは東大法学部に進学しながら、こうして平々凡々なサラリーマンをしているのだから妻が怒るのは無理からぬこと。
 妻の名前は高橋ミチル。
 旧姓、並木ミチルだ。
 大学在学中にボクは彼女と結婚して、結婚をせがまれてかな、今に至る。
 大学卒業後、父親の友人の斡旋(あっせん)で代議士の秘書になったのはいいけれど、あまり役に立たないので解雇された。
 わざと、そういうふうにふるまったのだから、ありがたい話。
 がっかりしたのは両親と妻。
 出世の道が閉ざされたと、えらく落胆(らくたん)して正月ですらボクの顔を見にやってこない。
 やってきたとしても、相当に狭いアパート暮らしだから、迷惑以外のなにものでもないのだけれどね。
 勤めている会社は生き物とは縁遠いけれども、自室の半分を占める水槽にいろんな海水魚を飼育しているので楽しい。
 期待されないって、いいことだ。
 妻の愚痴だって、その引き換えと思えばそう苦にもならない。
 あ、そうそう、もうひとつボクには楽しみがあってね、それはギャンブル。
 東京オリンピックが終わってから好景気は終わりを告げ、大不況時代に突入した政府は、財源として公営カジノを認可したのであるが、それはボクにとって安定した収入源となった。
 ポーカーなどのカードゲームでボクは毎日儲けさせてもらっている。
 都会のカジノなどはトランプのカードを頻繁(ひんぱん)に交換するのだが、田舎のカジノでは相当古くなるまで使い続けること少なくない。
 カードも古くなると裏の模様が微妙にはがれたり、こすれたりして傷がつくものだ。
 ボクはそれらをすべて暗記する術がある。
 つまり対戦相手が伏せてあるカードも見えてしまうのであるから、負ける事はほとんどないのだった。
 加えて眠る事を必要としないので、徹夜でギャンブルに没頭できる。
 それで稼いできた金でもう一億円も貯金ができたのだが、これまでのお詫びに、妻には新居を、両親には世界旅行をプレゼントしてあげようと考えている今日この頃です。
        おしまい

1

ぷれぜんと

ぷれぜんと

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted