ミスミソウ

自サイト『lache』における
ハナコトバシリーズ作品。

12.03.22

「あいつ、ほんっと何考えてるか分かんないー!あー、腹立つ!あたしだけこんなに振り回されて……っひ、く」

「あーほら飲み過ぎだって!……って顔白いんだけど大丈夫か?」


今日は会社の飲み会。

乗り気ではなかったが、上司や同僚との関係を円滑にするためには不可欠な付き合いだ。まったく、大人の世界っていうのは見えない制約が多すぎる。


乗り気ではない理由は、とても私的なものだ。最近彼氏と上手くいっていない。もっとも、そう感じているのは私だけかもしれない。


あいつが何を考えているのか全く分からない。私のことを好きなのかも分からない。寧ろ私の告白を受け入れてくれたのは、私のことを好きだと思ってくれたからなのかすら分からない。


頭痛い……。完全に飲み過ぎた。鈍器で打たれたような痛みがぐわん、と響く。


「っ、無理かも。……吐く吐く吐く」

「はぁ!?まじかよ!?」


視界がチカチカとして、血の気が引く感覚。これはまずい、と本能的に確信した。


「う、」

「待て待て!」


トイレに駆け込みたいんだけれどね、視界が曖昧過ぎてさらに頭痛やら眩暈やら、自分の身体と意識が切り離されてるようなそんな感じ。


首を振る私に、同僚(男)は状況を察したらしく支えるようにトイレまで運んでくれた。というか、連行された。


男女兼用のマークが描かれた扉が二つ。鍵が開いていた片方に崩れるように座り込み咽せる。背中をぽんぽん、と叩かれながら、生理的になのか自分のふがいなさになのか、視界が歪む。


「うー……げほっ」


背中にある手の感覚に、なんだか申し訳なくなる。たまたま私の隣に座ってしまったがために、色々と愚痴を聞かされたかと思えば介抱までさせられて。


「、なんで……あいつと付き合ってるん、だろあたし……っ」


だいぶマシにはなったが、未だに整わない呼吸で言葉を吐き出す。


ほんとに。私ばっかり好きでそのレスポンスが無いのが辛い。……なんて言うのは女の我が儘?


お酒ってのは怖い。蓋をしていた感情がどっと溢れ出す。


「んー。じゃあ、俺と付き合うかー?」

「それ、は嫌だっ!……げほっ」


私の即答に始めから答えは分かってるよ、と首を傾げおどけたように笑う。それは私を慰めるための冗談であることは明らかだった。


落ち着いたところで、夜風にあたるためにお店の外に出た。


寒い。北国の冬は過酷だ。雪は降っていないものの、積もったそれが月の光を反射している。ちょっと待ってろ、と言われて大人しく星なんかを見上げているとセンチメンタルに拍車が掛かってしまいそうだ。


「おい、帰るぞ。送ってく」

「や、いいよ。……ただでさえ迷惑掛けたのに」


だいぶ酔いが覚めて、冷静になってみると目の前の同僚に土下座したい。なんかもう色々、醜態晒してすみません。


結局、私の鞄を持ち歩き出した背中に従って少し後ろを歩く。気分も楽になり、ゆっくりとだが歩けるまで回復した。それと同時に彼氏のことを考える余裕が現れると、心臓がぐしゃりと握り潰された気がした。


たまに、右?左?と曲がる方向を聞かれたり、歩ける?と確認されたりしながらも、着実にマンションへと近づく。



と、向かいから足音が聞こえ、そこにはぽつんと影が一つ伸びていた。


「、あ」


直ぐ分かった、分からないわけがない。嫌いだけど、大好きな人。


じっとこちらを窺う夜と同じ色の双眸に、今の状況を弁解したくなった。違う、隣にいるのは会社の同僚で、別にそれ以上でも以下でもなくて……、って。


言葉とは時によっては薄っぺらく陳腐なものだ。脳内で並べた言葉をくしゃりと丸めた。きっと、そんな言葉を求めているんじゃない。


声を零し立ち止まった私に、空気の読める同僚は鞄を手渡し、また会社で。と短く告げて来た道を引き返して行った。



しん、と広がる静かな銀世界に雪を踏む音だけが響く。彼の方から距離を詰めてきた。逃げたい衝動を堪えて、じっと目を見た。



「おかえり」



そう言って差し出された右手には、今朝うっかりと忘れてしまった彼と色違いのマフラー。その彼の鼻は少し赤い。


いきなり緩んだ空気に、拍子抜け。そして、あいつは誰だ?と問い詰めない彼に少しの苛立ちと、諦めが交差した。ねえ、私のこと好き?


「さっきの人、誰だか聞かないの?」


我ながらに、幼稚だ。言って後悔した。しかし、口に出してしまっては、無かったことには出来ない。


そんな私を見て、ふっと笑った彼は



「だって、君は俺のことが好きだから」


──ああ。馬鹿だ、私。



一粒流れた涙の通り道は、風によって冷やされる。


ふわりと包まれた身体は温かくて、二回目の「おかえり」は心地良い。


「……ただいまっ」


信頼は彼にとっての最大の愛情表現。



視界の隅には、街灯の頼りない明かりに照らされながらも雪を割り、しっかりと上を向く花弁。



――その花の名は

『ミスミソウ』

( 花言葉:信頼、自信 )

ミスミソウ

ミスミソウ

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-23

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