ENDLESS MYTH 第2話―8

8

 静けさというよりも妙に張り詰めた空気がショッピングモール全体を、重くのしかかるように支配していた。
 まっすぐの鋼鉄の通路が伸びる両側にテンポが構えられている。国籍は様々で、フランスのブランドショップ、アメリカのファストフードチェーン、インド料理店、アフリカの民族工芸品店と、ジャンルを問わずまさしく世界見本市の様相を呈していた。
 銃口の先に設置したサーチライトで周囲のテンポ内に生存者が隠れていないかをチェックするも、人の姿は見当たらない。まるで神隠しである。テンポ内部にはさっきまで人が居た様子は確かにある。飲みかけのコーヒーカップ、食べかけの食事が入った皿、開店準備中だとおぼしき段ボールが店の前に置きっぱなしの店舗もある、
「地球と同じ事が起こったと考えるのが妥当だな」
 誰もが緊張感の糸を張り詰めさせる中に、ファン・ロッペンが言葉を投げかけた。全員が不意にドキッと胸の奥で地球での大惨事を思い浮かべていた。
 ただ1人、地球での出来事を知らないジェフ・アーガーだけが、首を傾げていた。
「そうだ、地球はどうなって。イギリスは? 僕の故郷はどうなったか分からないか? 両親が居るんだ」
 声を多少、大きくしたジェフの問いはしかし、沈黙の中に転がり落ちた。
「なんにも知らないのね」
 いつもの調子で甲高いジェイミーの声が広い通路を駆け抜ける。
「地球はもう終わりよ。イギリスだって――」
 と、言いかけた刹那に、歩を進めていたベアルドとマックス神父の脚が静止した。
「シッ! 黙れ」
 ベアルドの声は緊迫感を増していた。
「なによ、黙れとは」
 憤慨した様子でジェイミーが頬に赤いものを登らせるたが、状況は彼女の怒りなど、眼中にない状況になっていた。
 先頭で前を照らすベアルドのライトの先に、人の影が見えたのである。
「生存者」
 少年っぽい声色で、誰よりも早く生存者を救出し、英雄気分にないたいイラートが掛けだした。と、彼の胸を押すように腕でせいしたベアルド。
 なにすんだ。と言いたげに若い兵士を睨む青年。
「彼は君を助けたんです。あれは生存者などではありません」
 横で憤慨して逆立ったイラートの気持ちを撫でて抑えるように、マックス神父が冷静に呟いた。
 ライトに現れたのはどう見たところで人間の女性である。白人で髪は茶色く、シーンズに緑色のシャツを着ている。
 未来人たちは何を言っているのかイラートには理解できなかった。
 が、ものの数秒もしないうちに彼らが意図としているところを把握せざるおえなくなった。
 ライトに照らされた若い白人女性は、ゆっくりと一行の方へ近づいてきた。足取りは妙に重く、1歩がやっとといった風であった。1歩、1歩と距離が縮まるにつれ、神父と若い兵士の間に緊張感が高まる。
 そして3メートルと距離が縮まった時、ベアルド・ブルは女性の額めがけ引き金を引いた。
「おい!」
 兵士の肩に驚きと憤慨で手を当てたイラート。
 背後では現代の若者たちが全員、ぎょっと顔を蒼白にしている。
 人を殺害した。誰もがそう思った時、当の銃弾を浴びた女性はしかし平然とその場に立ち、血しぶきを噴き出した顔面は、鉛色をしているのがようやく、全員の把握できるところとなった。顔色は人間の色ではない。
 床に鮮血を流しながらまた1歩、彼らの近くへ接近する女性。と、不意に女性の輪郭が歪み始めた。顔は瞬く間に膨張すると、水風船のようにはじけ飛び、頭蓋、脳髄、目玉を周囲に散乱さた。そして頭部が無くなった内部からは複数の、大腸のような触手が無数に放出され、タコの足の如く蠢き、ミミズの如く這いずった。
 女性陣は悲鳴を上げ、男性陣はおののき、神父、ベアルド兵士は銃口を化け物にすかさず向けた。
「浸食とはここまで早いんですか」
 この状況下、未だ新人のベアルド・ブルが臨時上官に尋ねた。
「これが我々の敵ですよ」
 と、答えるなり神父は引き金を引き、ベアルドも併せて銃弾を放射した。
 そこへ背後でおののいていたニノラ、イ・ヴェンスも参戦し、化け物へ銃弾の雨を降らせるのだった。
 けれども最初の一撃が敵にとって皆無だったように、銃弾は化け物にとって致死とはならず、肉片が地面やショーウィンドにこびりつき、腕がちぎれたところでそこからは、肉の塊が樹木のように生え、人の形をますます消失した化け物へと変化していくばかりであった。
「ジェフ君」
 銃撃の最中、銃撃戦へ参戦すべく銃のロックを外すのに手間取っていたジェフへ、神父が叫び声を発する。
 顔をあげ神父を明滅する火花の中でジェフは見る。
「ここに隣接する区画はなにがありますか?」
 唐突な質問に一瞬、脳内が混乱したジェフ。
「えーっと・・・・・・。居住区画と宿泊区画です」
 思い出したように答える。
 すぐさま神父は判断した。
「ここは引きます。我々のできることは逃げることです」
 異論は誰にもなかった。これだけの銃弾を浴び、なおも化け物は彼らへと近づいてくるのだから。

ENDLESS MYTH第2話ー9へ続く

ENDLESS MYTH 第2話―8

ENDLESS MYTH 第2話―8

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted