一番乗り
長い間眠っていたはずだが、人工冬眠中は夢を見ないせいか、大和田にとってはアッという間だった。宇宙へ旅立つ大和田のために、友人たちが催してくれた壮行会が昨日のことのように思える。
(それとも、発射直後に何かトラブルでも発生して、すぐに起こされてしまったんじゃあるまいな)
体の自由がまだ利かないため、大和田は首だけを動かして冬眠カプセル内のカレンダーを確認した。間違いなく、50年以上の月日が流れていた。
(ふん。少なくとも、友達の誰よりも若さを保ってるってことだな)
大和田は皮肉な笑いを浮かべようとしたが、表情筋がうまく動かない。
その時、カプセル内に声が響いた。
《お早うございます》
大和田が目覚めたことを察知したらしく、覚醒プログラムが起動したようだ。
「お早う、というのはちょっと変だな。だが、まあ、他に適当な言い回しもないか」
《日本語ではない方がよろしいでしょうか。ほとんどの言語に対応可能ですが》
「いやいや、そういう意味じゃない。日本語でいいよ。それより、体中がガチガチだ。何とかしてくれ」
《了解いたしました。筋肉の柔軟性を速やかに回復する薬を注射し、マッサージを開始します》
30分後、大和田はカプセルを出て、船内用の服を着た。人工冬眠システムに莫大な費用がかかり、予算的にギリギリで一人乗りになったため、船内に他人がいるわけではないが、やはり素っ裸では落ち着かない。それに、目覚めたことを、通信用のモニターを通して地球に報告しなければならなかった。
通信機のコンソールパネルを点検した大和田は、血の気が引いた。
「深刻なエラーだって!どいうことだよ!」
記録を辿ると、発射して半年後には地球との通信が途絶えていた。大和田はほぼ50年間、宇宙の迷子だったのだ。不幸中の幸いだが、飛行コースは大きく逸れてはいなかった。このまま順調に行けば、間もなく目的の地球型惑星に到着するだろう。
(仕方ない。不得手だが、通信機を直すしかない。せっかくネオアースに一番乗りしても、誰にも知られないんじゃ、意味がないからな)
ネオアースというのは正式名称ではなく、今回の宇宙飛行プロジェクトの仲間内の通称であった。最も有望な第二の地球として、各国が競って有人飛行を計画していた。中でも日本は一番乗りの最有力候補であり、その大役を任されたことは、大和田の誇りであった。
大和田は苦心して通信システムを回復させた。その直後、非常に近くから通信が入って来た。
――こちらはネオアース、ニュートウキョウ宙港の管制塔です。大和田船長、ご無事の到着を、心よりお喜び申し上げます――
「え、何だって?どういうことだ?」
――大和田船長が出発されて半年後、通信システムの故障で連絡が取れなくなりました。何とか救出すべく、日本の科学力を結集した結果、ワープ航法が実用化されました。しかし、いかんせん、ワープ航法は通常の宇宙空間を通らないため、ピンポイントで大和田船長の宇宙船と遭遇する確率は極めて低く、最悪の場合、衝突する危険もありました。そこで、ネオアースに先回りして、お待ちすることにしたのです。今では毎日定期便が発着し、ニュートウキョウという立派な都市もできました。長い間、ご苦労様でした――
「そ、そんな…」
(おわり)
一番乗り